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PNNL研究で判明:激しい運動が免疫システムを一時的に抑制する可能性 – 消防士11名の分子レベル分析結果

PNNL研究で判明:激しい運動が免疫システムを一時的に抑制する可能性 - 消防士11名の分子レベル分析結果 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-06-14 12:17 by admin

パシフィック・ノースウエスト国立研究所(PNNL)の生物医学科学者エルネスト・ナカヤスと研究チームが、激しい運動が免疫システムに与える影響を調査した研究結果を学術誌「Military Medical Research」に発表した。

研究では11人の消防士を対象に、最大20キログラムの装備を背負って丘陵地帯で45分間の激しい運動を行う前後で血漿、尿、唾液を採取し、4,700を超える分子を分析した。

運動後、炎症に関与する分子の減少と末梢血管拡張剤であるオピオルフィンの増加が確認された。また参加者の口腔マイクロバイオームにも変化が見られ、抗菌ペプチドが増加したものの、大腸菌の成長阻害効果は認められなかった。

研究チームは激しい運動直後に体力の高い人がウイルス性呼吸器感染症にかかりやすくなる可能性があると結論づけた。

From: 文献リンクStudy Finds a Potential Downside to Vigorous Exercise That We Didn’t Know About

【編集部解説】

今回の研究結果は、運動科学における長年の議論に新たな科学的根拠を提供する重要な発見です。これまで運動と免疫の関係については「適度な運動は免疫力を向上させるが、過度な運動は免疫抑制を引き起こす」という「オープンウィンドウ仮説」が広く受け入れられてきました。

この研究の特筆すべき点は、従来の血中免疫細胞数の変化に焦点を当てた研究とは異なり、4,700を超える分子レベルでの詳細な分析を行ったことです。唾液中の炎症分子やオピオルフィンといった血管拡張物質の動態まで追跡することで、より包括的な免疫システムの変化を捉えています。

研究結果が示唆する影響範囲は決して狭くありません。消防士、軍人、プロアスリートなど、職業上激しい身体活動を要求される人々にとって、感染症リスクの管理は生命に関わる問題となり得ます。特に消防士は火災現場での有害物質への曝露という追加リスクも抱えており、この研究結果は職業安全衛生の観点からも重要な示唆を与えています。

ただし、研究の限界も明確に示されています。対象が健康な男性11名のみという小規模サンプルであり、消防士特有の環境要因が結果に影響している可能性も指摘されています。

長期的な視点で見ると、この研究は個人の運動プログラム設計だけでなく、リアルタイムでの免疫状態モニタリング技術の開発や、激しい運動後の感染リスクを軽減する具体的な対策法の確立への道筋を示しています。

【用語解説】

オピオルフィン(Opiorphin)
人間の唾液から最初に分離された内因性化学化合物で、5つのアミノ酸からなるペプチド(QRFSR)である。モルヒネよりも強力な鎮痛効果を持ち、エンケファリンという天然の痛み止めオピオイドの分解を阻止することで作用する。運動時には末梢血管拡張剤として機能し、筋肉への血流を増加させる役割を果たす。

抗菌ペプチド(Antimicrobial Peptides)
生体の自然免疫システムの一部を構成する小さな分子で、6-100個のアミノ酸から構成される正電荷を持つ両親媒性分子である。ウイルス、細菌、原虫、真菌など幅広い微生物に対して抗菌活性を示し、薬剤耐性微生物に対しても効果を発揮する可能性がある。

オープンウィンドウ仮説
激しい運動後に一時的に免疫機能が低下し、感染症にかかりやすくなる期間が存在するという運動免疫学の理論である。この「窓」の期間中に病原体が侵入しやすくなるとされている。

Military Medical Research
軍事医学分野の査読付き国際学術誌で、軍事環境における医学的課題や兵士の健康に関する研究を掲載している。今回の消防士を対象とした研究も、過酷な環境下での身体的負荷という観点から同誌に掲載された。

【参考リンク】

パシフィック・ノースウエスト国立研究所(PNNL)(外部)
米国エネルギー省所属の国立研究所で、化学、データ分析、地球科学における科学的発見と技術革新の主要センター

エルネスト・ナカヤス博士のプロフィール(外部)
PNNL所属の上級研究科学者で、疾患の分子メカニズム解明に焦点を当てた研究を行っている

クリスティン・バーナム・ジョンソン博士のプロフィール(外部)
PNNLの機能・システム生物学サイエンスグループリーダーで、20年以上の経験を持つ質量分析の専門家

【参考動画】

PNNL公式チャンネル – 2024年総括PNNLの2024年の主要な成果をマイクロソフトとの共同研究加速からGrid Storage Launchpadの開設まで5分間で紹介している動画である。

PNNL – 6つの発見とイノベーション次世代フロー電池設計からスクラップアルミニウムを使った車両部品製造技術まで、2023年のPNNLの6つの発見とイノベーションを紹介している。

【参考記事】

Intense Exercise Can Adversely Impact the Immune System, Reveals a New Study(外部)
Military Medical Research誌に掲載された研究について詳細に解説し、激しい運動が免疫システムに与える影響のメカニズムを分析

Intense exercise could impact immune system. Study reveals how(外部)
インドの健康メディアによる同研究の報告で、激しい運動が免疫システムに与える影響について一般向けに解説

【編集部後記】

日頃から健康維持のために運動を続けている皆さんは、今回の研究結果をどのように受け止められるでしょうか。

激しい運動が一時的に免疫機能に影響を与える可能性があるという知見は、私たちの運動習慣を見直すきっかけになるかもしれません。特に、風邪をひきやすい時期や体調が優れない時の運動強度について、皆さんはどのような工夫をされていますか。この研究が示唆する「運動と免疫のバランス」について、ぜひ皆さんのご経験や考えをお聞かせください。

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TaTsu
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