掛川市「カケガワ de チョイノリ!」始動|BRJ「TOCKLE」で観光資源をネットワーク化

終電を逃した夜の繁華街、スマホひとつで電動キックボードを呼び出して走り去る——都市で見慣れたその風景は、電動マイクロモビリティの一つの正解です。けれど、それがすべてではありません。掛川市で6月に走り始めたTOCKLEは、あえて夜には走らないモビリティです。深夜こそ需要があるとされる業界の常識を捨て、運行を昼間に限り、危険な区域には機械が自動でブレーキをかける。便利さを少し手放してでも、地方の人が安心して使える「足」をつくる——同じ電動キックボードでも、都市で利便性を突き詰めたLUUPとは、まるで逆を向いた思想がそこにあります。しかもこの乗り物、掛川では単なる移動の道具ではなく、街そのものを学びの場に変えるプロジェクトの一部として導入されました。なぜいま、地方の小さな三輪車に未来の交通のヒントが宿るのか。その背景を読み解いていきます。


BRJ株式会社(本社・東京都港区、代表取締役社長・宮内秀明)は、2026年6月18日、次世代マイクロモビリティ『TOCKLE』(三輪電動シートボード、電動キックボード、電動アシスト自転車)の実証実験を静岡県掛川市で開始した。

掛川市の「全市生涯学習学びのキャンパス化プロジェクト」の一環であり、「掛川100景」や掛川城、大日本報徳社などの地域資源を巡る移動手段として導入する。実証実験「カケガワ de チョイノリ!」の配置期間は6月18日から10月18日まで。利用可能時間は5時から21時、基本料金は10分200円(税込)。

対象エリアは掛川市域内で、配置場所は掛川市役所、掛川駅北口・南口、掛川こだわりっぱ、掛川森林果樹公園とし、順次拡大する予定である。掛川市公式によると、稼働台数は27台(電動キックボード9台、三輪モビリティ9台、電動アシスト自転車9台)となっている。

From: 文献リンク静岡県掛川市で次世代マイクロモビリティ『TOCKLE』の実証実験を開始 「全市生涯学習学びのキャンパス化プロジェクト」の一環として観光資源や地域資源のネットワーク化を促進

BRJ株式会社公式プレスリリースより引用

【編集部解説】

掛川市の今回の取り組みは、単なる「新しい乗り物の実証実験」として読むと本質を見誤ります。注目すべきは、移動手段の提供が「全市生涯学習学びのキャンパス化プロジェクト」という都市政策に組み込まれている点です。掛川市は1979年(昭和54年)に全国に先駆けて生涯学習都市宣言を行った歴史を持ち、市全体を「学びの場」と捉える思想を長年育ててきました。TOCKLEは、その学びの拠点や「掛川100景」を巡るための”足”として位置づけられています。

つまりこれは、A地点からB地点への移動効率の話ではなく、「街を読む」ための装置としてマイクロモビリティを使う試みです。観光資源・地域資源をネットワーク化するという表現には、移動そのものを学習体験へと変える狙いが込められています。

技術面の前提を整理しておきます。今回のTOCKLEのうち電動キックボードと三輪モビリティが属する「特定小型原動機付自転車」は、2023年(令和5年)7月1日施行の改正道路交通法によって新設された車両区分で、一定の要件を満たす電動キックボード等に限り、運転免許なしで運転できるものです。対象は16歳以上で、最高速度は20km/hに制限され、ナンバープレートと自賠責保険が義務、ヘルメット着用は努力義務とされています。この規制緩和があったからこそ、免許を持たない観光客なども気軽に乗れるサービスが成立しているわけです。

なぜ「今」この実証なのか。背景には、地方公共交通の構造的な危機があります。地域公共交通総合研究所が2023年11月に日本バス協会の会員企業を対象に行った調査では、回答した68社のうち67社、99%が運転手不足と回答し、対策として47%が減便、34%が路線廃止を計画していると報告されました。いわゆる「2024年問題」が追い打ちをかけ、国も「交通空白」の解消を地方創生の基盤と位置づけ、2024年7月に専門の解消本部を設置して全国で取り組みを進めています。BRJの「地方の交通空白を埋める」という訴求は、こうした政策の潮流ときれいに重なっています。

ポジティブな側面は明確です。バス路線の維持が難しい地域でも、低コストで柔軟にラストワンマイルを補完でき、観光回遊や中心市街地の活性化にもつながります。掛川のように観光資源が点在する都市では、点と点を結ぶ役割は小さくありません。

一方で、潜在的なリスクも直視すべきです。特定小型原付の利用拡大に伴い、電動キックボード等が関わる事故の件数も増えており、「免許不要」が交通ルールの理解不足と結びつくと、重大事故の温床になりかねません。BRJが掲げるジオフェンシングによる走行エリア制御深夜帯を運用しない方針(掛川市では営業を5〜21時に限定)は、この弱点を運用設計で抑え込む現実的な解です。とりわけ飲酒運転リスクの高い時間帯を外す判断は、安全を優先する姿勢の表れと読めます。

長期的に見れば、今回のような自治体実証の蓄積は、規制と運用ルールの「相場観」を社会に定着させていきます。掛川市は2025年10月からの第1弾を経て今回の夏〜秋フェーズへと継続しており、短期の話題づくりではなく、移動を地域インフラとして根づかせる中長期の検証段階に入ったと位置づけられます。生涯学習という独自の文脈と組み合わせた掛川モデルが成果を示せれば、観光と教育を両立させる地域交通の一つの型として、他自治体が参照する可能性も出てきそうです。

【用語解説】

特定小型原動機付自転車(特定小型原付)
2023年(令和5年)7月1日施行の改正道路交通法で新設された車両区分。一定の基準を満たす電動キックボード等が対象で、16歳以上なら運転免許が不要、最高速度は20km/hに制限され、ナンバープレートと自賠責保険が義務、ヘルメット着用は努力義務となる。TOCKLEのうち電動キックボードと三輪モビリティがこの区分に属する。なお電動アシスト自転車は同区分ではなく、掛川市公式では年齢制限なし・身長150cm以上を利用条件としている。

ジオフェンシング
GPSで地図上に仮想の境界線を引き、車両がその区域に入ると自動で停止・減速させる制御技術である。走行禁止エリアや危険箇所への侵入防止に使われ、自治体が地域の実情に応じて設定できる。

ラストワンマイル
駅やバス停から最終目的地までの「最後の短い移動区間」を指す。公共交通が手薄な地方ほど、この区間の移動手段が課題になりやすい。

【参考リンク】

BRJ株式会社(コーポレートサイト)(外部)
TOCKLEを運営する次世代モビリティ企業の公式サイト。「安全第一」の事業思想や、自治体での導入・検証実績などを確認できる。

TOCKLE(サービス紹介)(外部)
三輪電動シートボードや電動キックボード等、TOCKLEの車両ラインナップやジオフェンシング等の安全機能を解説する公式紹介ページ。

カケガワ de チョイノリ!(外部)
掛川市でのTOCKLE実証実験の公式利用案内サイト。車両仕様や配置場所、料金などの運用情報を、利用前にまとめて確認できる。

掛川市「全市生涯学習学びのキャンパス化プロジェクト」(外部)
今回の実証の背景にある、市全域を学びの場と捉え、「掛川100景」など地域資源のネットワーク化を進める掛川市の公式案内ページ。

掛川市「スモールモビリティシェアリングサービス」(外部)
実証で使う車両区分や利用条件(台数27台、年齢・身長など)を平易に説明する掛川市の公式ページ。本文の補足情報の出典。

公益社団法人大日本報徳社(外部)
二宮尊徳の報徳思想を伝える全国組織の本社。掛川城の東側に立地し、国の重要文化財の大講堂を持つ。今回の巡回対象となる地域資源の一つ。

BRJプレスリリース(2025年10月1日/掛川 第1弾)(外部)
本文が参照する、静岡県で初めて三輪モビリティのシェアリングを掛川市で始めた、第1弾の試行運用と車両特徴を伝える公式発表。

【参考記事】

バス事業者の「2024年問題」、99%が運転手不足と回答(トラベルボイス)(外部)
回答した日本バス協会会員68社のうち67社(99%)が運転手不足、47%が減便、34%が路線廃止を計画と報じ、地方交通の深刻さを伝える記事。

特定小型原動機付自転車に関する交通ルール等について(警察庁)(外部)
2023年7月施行の改正道交法で新設された特定小型原付について、免許不要の要件や反則金制度、講習制度などを示す公式解説ページ。

地域公共交通の現状(令和7年6月 資料/国土交通省)(外部)
国の「交通空白」解消本部の取り組みや、バス・タクシー運転手の担い手不足が続く現状を整理し、参画1,024団体などを示す政府資料。

2024年問題に関連した運転手不足についてのアンケート調査結果と提言(地域公共交通総合研究所)(外部)
編集部解説で引用した「99%が運転手不足」調査の一次情報。減便・路線廃止を計画する事業者の割合や、上限規制の延長提言を詳述する。

電動キックボードに関する交通ルールを確認しましょう!(政府広報オンライン)(外部)
16歳以上・免許不要となる基準や、ナンバープレートと自賠責保険の義務、ヘルメット着用の努力義務など、利用前のルールを平易に解説する。

電動マイクロモビリティの実証実験(Phase2)を実施!(東広島市・広島大学 Town & Gown Office)(外部)
近年、電動キックボード等の事故が増えているとして、利用者への安全啓発に取り組む方針を示す、実証実験Phase2の公式ページ。

【関連記事】

「TOCKLE」日立市×日立製作所が描く2035年のスマート交通|地方都市の交通課題に挑む 同じBRJ『TOCKLE』が茨城県日立市で日立製作所の共創プロジェクトに採用された事例。掛川とは異なる「スマート交通」の文脈を解説。

パナソニック サイクルテック初の特定小型原付「MU」発表|免許不要・着座式で安全性重視 同じ「特定小型原付」区分の着座式モビリティ。車両単体の視点から、安全性重視の製品トレンドを読み解く。

ガソリンスタンドが変わる。出光興産、小型モビリティ「mibot」の販売拠点に 地方の高齢者・ラストワンマイル課題に挑む小型モビリティの事例。流通網を活かす別アプローチとして対比できる。

【編集部後記】

電動キックボードと聞いて、あまりいい印象を持っていない人もいるかもしれません。歩道を猛スピードで走り抜ける姿や、飲んだ後にふらつきながら乗る人のニュース。新しい乗り物には、たいてい影がついて回ります。

TOCKLEの面白さは、その影に対して「便利さで殴り返す」のではなく、「便利さを引き算する」ことで答えようとしている点だと感じます。夜を捨て、走れる場所を区切り、乗る前にルールのテストを課す。普通に考えれば、それはサービスとしての魅力を削る方向です。にもかかわらず、地方の自治体がこの乗り物を選ぶのは、速さや手軽さよりも「安心して住民に勧められること」のほうが、その土地では価値を持つからなのでしょう。

ここにあるのは、技術そのものの優劣ではなく、同じ技術をどんな思想で運ぶか、という違いです。LUUPが都市の密度と速度に最適化したのに対し、TOCKLEは地方の余白と安全に最適化した。どちらが正しいという話ではなく、移動という行為が、場所によってこんなにも違う意味を持つのだということに、あらためて気づかされます。

そして掛川の試みがもう一歩踏み込んでいるのは、この乗り物を「学びの足」として位置づけたことです。城を見に行く、報徳社を訪ねる、知らなかった路地に迷い込む。その移動のひとつひとつが、街を知る体験になる。移動の効率化が叫ばれる時代に、あえて「ゆっくり街を巡る価値」を交通インフラに組み込もうとする発想は、どこか温かく、少しだけ未来的です。

あなたの住む街に、もしこんなモビリティが来たら。どんな道を選んで、何を見つけに行きたいでしょうか。便利さだけでは測れない移動の楽しさを、一緒に想像してみたいと思っています。

Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。