Apple Vision Pro×脳波計でコミュニケーション革命―Cognixionが手術不要のBCI技術で臨床試験

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Cognixionは、Apple Vision Proを活用した新しい臨床研究を実施している。この研究は2026年4月まで実施され、ALS、脊髄損傷、脳卒中関連の言語障害を持つ人々のコミュニケーション手段を探求する。

米国では1,400万人以上がコミュニケーションを制限する神経疾患を抱えている。

CognixionのCEOであるAndreas Forslandは、同社の非侵襲的BCI技術とAIアプリケーションがAppleのアクセシビリティ機能と連携することで、手術や拘束型システムを必要とせずに患者の自立を支援できると述べた。

Cognixionの技術Nucleusは、EEGヘッドセットのセンサーを通じて脳からの電気活動を読み取り、Vision Proと組み合わせることで空間コンピューティング環境内でコマンドに変換する。

Vision Proの視線追跡、Dwell Control、AssistiveTouch、Switch Controlなどの機能により、運動制御が制限された人でもナビゲーションと選択が可能になる。

研究で使用されているデバイスはまだFDAの承認を得ておらず販売されていない。

From: 文献リンクApple @ Work: How Apple Vision Pro is helping redefine accessibility through non-invasive brain-computer interfaces – 9to5Mac

【編集部解説】

Cognixionによる今回の臨床研究は、ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)技術における重要な転換点を示すものです。これまでNeuralinkやSynchronといった企業が侵襲的な手法、つまり脳に直接電極を埋め込む方法でBCI技術を進めてきましたが、CognixionはApple Vision Proと組み合わせた完全に非侵襲的なアプローチを選択しました。手術不要で、リスクを最小限に抑えながら、重度の障害を持つ人々にコミュニケーション手段を提供しようとしているのです。

この研究が対象とするのは、米国だけで1,400万人以上が抱えるコミュニケーション障害です。ALS患者は米国に約2万~3万人、脊髄損傷を持つ人は約30万人、脳卒中による麻痺を持つ人は数百万人に上ります。これらの疾患により、身体的な運動能力だけでなく、言語による意思疎通が困難になる患者が多数存在します。

従来の侵襲的BCIは確かに高解像度で高精度な信号を取得できますが、開頭手術によるリスク、感染症の危険性、デバイスの長期的な安定性、そして極めて高額なコストという課題を抱えています。一方、Cognixionが採用する非侵襲的EEG(脳波計)ベースのBCIは、頭皮上のセンサーで脳の電気活動を読み取るため、これらのリスクを回避できます。

Vision Proがこの研究で重要な役割を果たすのは、その高度なアクセシビリティフレームワークとハードウェア設計にあります。高解像度のビデオパススルー機能により、患者は現実世界を見ながらデジタルオーバーレイを通じてコミュニケーションを取ることができます。また、視線追跡、Dwell Control、AssistiveTouch、Switch Controlといったアクセシビリティ機能が標準搭載されており、運動制御が制限された人でも、ボタンに触れたり声を発したりすることなく操作が可能です。

技術的な仕組みとしては、CognixionのNucleusシステムがEEGヘッドセットを通じて脳の電気活動を読み取り、それをVision Proの空間コンピューティング環境内でコマンドに変換します。AIが脳信号、視線、頭の動きを組み合わせて解釈し、自然なコミュニケーションを実現します。初期の試験データでは、80%以上の精度で仮想オブジェクトの選択が可能だったと報告されています。

ただし、非侵襲的BCIには限界もあります。頭蓋骨や皮膚を通過する際に信号が減衰するため、侵襲的な方法に比べて解像度が低く、周波数も90Hz以下に制限されます。また、外部からのノイズや動作による影響を受けやすいという課題があります。それでも、安全性と展開の容易さという点で、非侵襲的アプローチは大規模な実用化に向けて大きな優位性を持っています。

研究は2026年4月まで実施され、最大20人程度の参加者を想定しています。デバイスはまだFDAの承認を得ていませんが、この研究の成果は、アクセシビリティ技術とコミュニケーション手段が今後どのように進化するかを形作る可能性があります。

長期的な視点で見れば、この技術は医療分野だけでなく、より広範な応用が期待できます。空間コンピューティングとBCIの融合は、将来的には教育、エンターテインメント、業務用途にも拡大する可能性があります。IDTechExの予測によれば、BCI市場全体は2045年までに16億ドル以上に成長すると見込まれています。

Appleは医療機器メーカーではありませんが、同社が長年にわたって構築してきたアクセシビリティフレームワークが、こうした革新的な医学研究を可能にしています。これは、プライバシー、セキュリティ、人間中心の設計に焦点を当てたハードウェアとソフトウェアの統合が、意図しない形で新たな可能性を開く好例といえるでしょう。

【用語解説】

BCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)
脳とコンピュータを直接接続し、脳の電気信号を解読して機器を制御したり、逆に脳へ情報を入力したりする技術である。侵襲的BCIは脳に電極を埋め込む手法、非侵襲的BCIは頭皮上から信号を読み取る手法を指す。

EEG(脳波計/Electroencephalography)
頭皮に装着した電極を用いて脳の電気活動を記録する非侵襲的な検査方法である。BCIにおいては、この脳波データをAIが解析し、ユーザーの意図をコマンドに変換する。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)
運動ニューロンが徐々に変性・消失していく進行性の神経疾患である。筋力低下や筋萎縮が進行し、最終的には呼吸筋麻痺に至る。米国では約2万~3万人の患者がいると推定される。

空間コンピューティング
物理空間とデジタル情報を融合させ、ユーザーが三次元空間内でデジタルコンテンツと対話できるコンピューティングパラダイムである。Apple Vision Proはこの技術を実装したヘッドセットである。

Dwell Control
視線を一定時間特定の場所に留めることで選択や操作を行うアクセシビリティ機能である。身体的な操作が困難なユーザーでも、視線だけでデバイスを制御できる。

AssistiveTouch
身体的な制約があるユーザーのために、タッチスクリーン操作を簡略化したり代替手段を提供したりするAppleのアクセシビリティ機能である。

FDA承認
米国食品医薬品局による医療機器や医薬品の安全性と有効性の承認である。Cognixionの研究デバイスはまだこの承認を取得していない。

visionOS
Apple Vision Pro専用に開発されたオペレーティングシステムである。空間コンピューティングに最適化されており、高度なアクセシビリティフレームワークを内蔵している。

【参考リンク】

Cognixion公式サイト(外部)
非侵襲的BCI技術とAIを専門とする企業。Nucleus技術でEEGベースの脳信号解読システムを開発している。

Apple Vision Pro公式サイト(外部)
Appleの空間コンピューティングデバイス。高解像度ビデオパススルーと充実したアクセシビリティ機能を搭載。

ClinicalTrials.gov(外部)
米国国立医学図書館が運営する臨床試験登録サイト。Cognixionの研究もここで確認できる(検索キーワード:Cognixion)。

Christopher & Dana Reeve Foundation(外部)
脊髄損傷患者を支援する財団。米国の麻痺に関する統計データや研究情報を提供している。

CDC National ALS Registry(外部)
米国疾病予防管理センターが運営するALS患者登録システム。米国のALS疫学データを収集・公開している。

【参考記事】

Cognixion launches study pairing BCI with Apple Vision Pro without surgery(外部)
Cognixionの臨床研究発表を詳細に報じ、非侵襲的BCIとVision Proの統合について技術的側面から解説している。

Cognixion Launches Clinical Study Integrating Non-Invasive Brain-Computer Interface Technology(外部)
公式プレスリリースに基づき、研究の目的や対象疾患、技術詳細を包括的に報道している記事。

Cognixion combines its brain-computer interface with Apple Vision Pro(外部)
医療技術専門メディアによる分析記事。CognixionのAxon-R技術やPupil Labsとの提携についても言及。

Cognixion Trials Non-Invasive EEG BCI for Apple Vision Pro Control(外部)
Neuralinkとの比較を交え、非侵襲的BCIの利点と課題、市場への影響を詳細に分析している。

You’ve heard of Neuralink. Meet the other companies developing brain-computer interfaces.(外部)
BCI業界全体を俯瞰し、Neuralink、Synchron、Blackrockなど主要企業の技術と戦略を比較。

How Neuralink’s chief competitor is tapping into the brain without surgery(外部)
Synchronの血管内アプローチなど、非侵襲的・低侵襲的BCI技術の最新動向を解説している。

Modulating Brain Activity with Invasive Brain–Computer Interface: A Narrative Review(外部)
侵襲的BCIと非侵襲的BCIの技術的な違い、利点と課題を学術的視点から詳述した論文。

【編集部後記】

私たちが当たり前のように使っている「話す」「書く」という行為。それが突然失われたとき、人はどうやって自分の思いを伝えればいいのでしょうか。

今回ご紹介したCognixionの研究は、手術不要で、思考と視線だけでコミュニケーションを可能にする未来を示しています。

Vision Proが単なるエンターテインメント機器ではなく、誰かの声となり得る技術であることに、私たちは深い可能性を感じずにはいられません。

アクセシビリティが「特別な機能」ではなく「当然の権利」として実装される世界。それは想像以上に近づいているのかもしれません。

みなさんは、この技術がもたらす未来をどう捉えますか?

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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