TOPPAN×慶應義塾大学|量子コンピュータ実機でアニメキャラ画像を生成 ─ 量子とAIの分担で描く

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画像生成AIが日常の道具になりつつある一方で、一枚の絵を描き出すための計算の重さは、いまも課題として残っています。その計算の一部を量子コンピュータに担わせたら、何が起きるのでしょうか。TOPPANホールディングスと慶應義塾大学は、漫画・アニメーションのキャラクター画像を題材に、この問いを量子コンピュータの実機で試しました。10量子ビットの装置が描いた小さな画像は、AIの手を借りて256×256ピクセルのカラー画像へと仕上げられています。確認できた成果と、まだ答えの出ていない部分を順に見ていきます。


10月16日に明らかになった実証で、TOPPANホールディングスと慶應義塾大学は2026年2月から7月まで、漫画・アニメーション画像の生成を試した。拡散モデルに代えてフローマッチングを量子回路に実装し、量子コンピュータが髪型や表情を指定したコア画像の生成を、AIが背景・着色・解像度の補完を担う。

10量子ビットの実機で16×16ピクセルのグレースケール画像を16通りの条件で生成、AIで256×256のカラー画像にした。手書き数字のシミュレーションでは1万件学習時の識別精度が現在のコンピュータのAIモデル54.3%に対し量子モデル78.3%だった。実機での精度・速度の優位性は今後の課題とされた。

成果は「Qrazy Qreators」としてNEDO懸賞金活用型プログラムでCool Japan部門3位を受賞した。Season2にも採択され、10月から解像度向上と自然言語での条件指定を目指す。

From: 文献リンクTOPPANホールディングス、慶應義塾大学と共同で量子コンピュータとAIを組み合わせ漫画・アニメーション画像を生成する実証を実施

【編集部解説】

量子の「応用地図」の外側で

量子コンピュータの使い道として語られてきたのは、主に産業の上流です。化学・材料の計算は「量子の本丸」とも呼ばれ、創薬の初期探索、金融のリスク評価、製造や物流の最適化が続きます。こうした整理の中で、アニメや漫画が挙がることはほとんどありません。

その外側に、公的な枠組みが先に線を引いています。今回の成果が受賞したNEDOの懸賞金プログラムは、Society 5.0とQoLに並ぶ領域としてCool Japanを設けています。対象には日本文化や和食、観光に加え、アニメやゲームも含まれます。表彰式は10月15日で、80件を超える応募がありました。TOPPANの発表はその翌日にあたります。

海外にも似た動きがあります。ロンドンとバーゼルに拠点を置くMoth Quantumは、金融や創薬に向かう多くの量子スタートアップとは別の道を選びました。音楽やゲーム、ビジュアルメディアへの量子の応用を探っています。2026年5月には、IBMとIQMの量子実機で迷路を生成する無料ゲーム「Quantum Backrooms」を公開しました。ただし、古典コンピュータに対する実用的な優位があるわけではないとも指摘されています。今回の実証は日本の孤立した試みではなく、量子の出口を「暮らしに近い側」にも探す流れの一つとして見ることができます。

「絵」は誰の目にも届く出力である

身近な分野で試すことの意味は、ここにあると考えています。

創薬や材料探索では、計算結果が本当に役立つかが分かるまでに、合成や評価といった長い工程が挟まります。量子計算の貢献は、専門家でなければ判定しにくいものです。

画像生成は違います。指定した髪型や表情の通りに描けたかどうかは、目で見れば確かめられます。今回の実機検証でも、16通りの条件に応じた画像生成が正確に動作したと報告されています。評価のサイクルが短いことは、試行錯誤の速さにもつながりうるでしょう。そして結果を、量子の専門家でないクリエイターや読者とも共有できます。

ただし、見て分かることには落とし穴もあります。私たちが目にする256×256ピクセルのカラー画像のうち、量子実機が出力したのは16×16ピクセルのグレースケール画像です。拡大と着色はAIが担っています。完成した絵の印象が、そのまま量子の寄与の大きさを示すわけではありません。「見える」出力は、理解を助けると同時に、貢献の配分を見えにくくもします。

なぜフローマッチングなのか

技術の選び方にも、量子らしい事情がのぞきます。

拡散モデルは、ノイズを少しずつ取り除く処理を何度も繰り返して画像を作ります。フローマッチングは、より少ないステップでの生成を狙う手法です。古典AIの世界では2025年に、Zhengyang Geng氏やKaiming He氏らが「MeanFlow」を発表しました。ノイズから画像への変化を平均速度として学習し、ImageNetの256×256ピクセル画像を1回の推論で生成しています。

量子実機では、計算の回数そのものがノイズを呼び込みます。ステップが少ないほど、ノイズの多い装置でも動かしやすくなるはずです。リリースが注で触れた量子MeanFlowの論文は、IBMの量子コンピュータでMNISTの手書き数字を生成しています。画像1枚あたり回路評価1回で済む点を、この手法の特徴に挙げています。一方、1ステップ生成の画質は多ステップ版に及ばないとも記しています。速さと品質の綱引きは、量子でも解消されていません。

なお、この論文は今回の漫画・アニメ実証そのものではなく、それを発展させた手法に関するものです。

数字の読み方

54.3%に対する78.3%という差は目を引きます。ただし、この比較はシミュレーションで、題材は手書き数字です。比較相手は同規模のパラメータ数を持つ古典モデルで、現在の画像生成AIの最先端モデルではありません。

リリース自身も、局所解を避けられたと「推察できる」、少ないデータで性能を保てる「可能性が示された」と、慎重な言葉を選んでいます。実機での精度と生成時間の優位性は、今後の課題と明記しています。今回確かめられたのは「量子実機の上で、指定どおりの画像生成が動いた」ことです。「古典を超えた」ことではありません。

印刷から出発した企業が、量子に触れる理由

TOPPANはこの実証に、建装材の木目生成やコミックの自動着彩で培ったAI技術を持ち込んでいます。量子側の研究を慶應義塾大学が、絵として仕上げる側をTOPPANが担う分担です。なお共同研究はTOPPANデジタルが開始し、2026年3月末にTOPPANホールディングスが契約上の地位を承継しています。

同社グループの量子への関わりは、この案件だけではありません。慶應義塾大学とは2025年にも、量子カーネル技術による設備異常の検知で成果を共同発表しています。グループ会社のTOPPANは、耐量子計算機暗号を搭載したICカードを開発しました。

量子の専門企業でない会社が実機に触れられる背景には、公的な計算環境もあります。NEDOのプログラムは、審査を通過した参加者に、産総研の「ABCI-Q」をはじめとする量子計算環境を無償で提供しています。コンテンツ産業のように量子と縁の薄かった業界にとって、この入口の低さは小さくない意味を持つはずです。

これから問われること

Season2では、解像度の向上と、自然言語による条件指定が目標に掲げられました。解像度が上がるにつれて、絵のどこまでを量子が担えるのか。その配分の変化は、量子の寄与を測る一つの物差しになりそうです。

もう一つ、まだ語られていない視点があります。制作支援の対象とされるクリエイター自身が、この技術をどう受け止めるかです。少ないデータでも性能を保てる可能性が実機で確かめられたとき、それは作家ごとの絵柄に寄り添う道具になるのでしょうか。それとも、別の懸念を生むのでしょうか。量子が「身近な分野」に入ってきたいま、その答えは技術者だけでは出せない問いになりつつあります。

【用語解説】

NISQ(ノイズあり中規模量子コンピュータ)
John Preskill氏が2018年に提唱した呼称で、ノイズによる誤りを訂正しきれない中規模の量子コンピュータを指す。提唱時は50〜100量子ビット規模を想定。

拡散モデル
画像にノイズを加えて壊す過程を学習し、その逆向きにノイズを段階的に取り除いて画像を生成する手法。現在の画像生成AIの主流で、生成に多数の反復ステップを要する。

フローマッチング
ノイズからデータへの連続的な変化(流れ)を表すベクトル場を学習する生成モデルの枠組み。2022年にYaron Lipman氏らが提案し、拡散モデルより少ないステップでの生成を狙う。

MeanFlow(ミーンフロー)
各時刻の瞬間的な変化ではなく、区間全体の「平均速度」を学習するフローマッチングの発展形。理想的には1回の推論で画像を生成する。2025年にZhengyang Geng氏、Kaiming He氏らが発表。

MNIST
0〜9の手書き数字画像を集めた機械学習の定番データセット。新しい手法の基礎検証に広く使われる。

【参考リンク】

TOPPANホールディングス ニュースリリース(外部)
本記事の起点となった発表。実証の概要図、検証内容と結果の一覧表、用語の注記を掲載。報道発表資料のPDFもここから取得可能。

慶應義塾大学 WPI-Bio2Q(外部)
共同研究を担ったヒト生物学-微生物叢-量子計算研究センターの公式サイト。量子コンピューティングをヒト生物学に応用する研究コアを持つ。

NEDO Challenge, Quantum Computing “Solve Social Issues!”(外部)
今回の成果が受賞したNEDOの懸賞金プログラム。Society 5.0・QoL・Cool Japanの3部門と各Seasonの情報を掲載。

NEDO:表彰式開催のお知らせ(外部)
2026年10月15日の表彰式の告知。Cool Japan部門の対象領域、懸賞金額、応募状況を記載。

Quantum MeanFlow: single-shot generative sampling on NISQ hardware(arXiv)(外部)
リリースが注で言及した論文。量子フローマッチングを1ステップ生成に発展させ、IBMの量子実機で手書き数字の生成を検証。

IBM Quantum Learning(外部)
Qiskitを使って量子コンピューティングを基礎から学べるコースライブラリー。量子回路を自分で組んで動かす入口として。

ABCI-Qグランドチャレンジ2026(外部)
産総研の量子・古典融合計算基盤ABCI-Qを使い、社会的に重要な課題に挑む研究グループを支援する公募型プログラムの案内。

【参考記事】

Mean Flows for One-step Generative Modeling — arXiv(外部)
平均速度で流れ場を表すMeanFlowを提案。ImageNet 256×256の1ステップ生成で既存の1ステップ手法を大きく上回ったと報告。

Flow Matching for Generative Modeling — arXiv(外部)
フローマッチングの枠組みを提案した論文。拡散の経路を特殊例として含み、最適輸送に基づく経路で学習・生成が速くなるとした。

量子で何が変わる 産業別ユースケースを「効くところ」から理解する — CIO Japan(外部)
製造・物流、化学・材料、創薬、金融などの産業別に量子の効きどころを整理した特集。量子を古典の補助役と位置づける。

Moth Quantum on a Mission to Attract Artists, Creatives to Quantum — The Quantum Insider(外部)
音楽・ゲーム・ビジュアルメディアへの量子応用を探るロンドン・バーゼル拠点のスタートアップの取り組みを紹介。

【関連記事】

【編集部後記】

量子コンピュータと聞くと、私たちはつい研究所の奥にある、自分とは縁遠い装置を思い浮かべてしまいます。けれども今回の実証が差し出したのは、髪型と表情を指定された小さなキャラクターの絵でした。量子実機が描いたのは、まだ16×16ピクセルの粗い一枚です。それでも、結果が誰の目にも見える形をとるとき、量子は専門家だけのものではなくなり始めるのかもしれません。身近な何かを量子に託せるとしたら、私たちはそこに何を描いてほしいと願うでしょうか。

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野村貴之
大学院を修了してからも細々と研究をさせていただいております。理学が専攻ですが、哲学や西洋美術が好きです。日本量子コンピューティング協会にて量子エンジニア認定試験の解説記事の執筆とかしています。寄稿や出版のお問い合わせはinnovaTopiaのお問い合わせフォームからお願いします(大歓迎です)。

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