Last Updated on 2025-06-20 17:21 by admin
2025年5月28日に発表された論文によると、オックスフォード大学の物理学者チームが、量子ビット制御における世界最高の精度を達成した。単一量子ビットの論理演算で誤り率0.000015%(670万回に1回の誤り)という記録を樹立し、これまでの同チームの記録(100万回に1回の誤り)から大幅に進歩した。
この成果は、カルシウムイオンをトラップした量子ビットを用い、従来のレーザー制御ではなくマイクロ波による電子制御を採用することで実現した。実験は室温・無磁気遮蔽下で行われ、量子コンピュータ実用化のための技術要件を大幅に簡素化している。また、誤り率の低減により誤り訂正に必要な量子ビット数が削減され、量子コンピュータの小型化・高速化・効率化が期待される。
研究チームは、この技術が量子コンピュータだけでなく、量子クロックや量子センサーなど他の量子技術にも応用できると述べている。ただし、二量子ビットゲートの誤り率はまだ1/2000程度と高く、完全な耐故障性量子コンピュータ実現には更なる研究が必要とされている。
from:https://phys.org/news/2025-06-physicists-world-qubit-accuracy.html
【編集部解説】
今回のオックスフォード大学による量子ビット制御精度の新記録は、量子コンピュータ実用化への大きな一歩です。量子コンピュータの計算結果の信頼性を大きく損なう「デコヒーレンス」や「誤り」を、いかに抑えるかが技術的な最大の課題となっています。デコヒーレンスとは、量子ビットが外部環境の熱やノイズの影響で量子状態を失ってしまう現象です。
今回の研究では、カルシウムイオンをトラップした量子ビットを使い、マイクロ波による電子制御を採用することで、レーザー制御よりも安定性が高く、コストも低減できるシステムを構築しました。さらに、実験が室温・無磁気遮蔽下で行われたことも、量子コンピュータの設置や運用を大幅に簡素化する点で大きな意義があります。
スケーラビリティの観点では、誤り率の低減によって誤り訂正に必要な量子ビット数が削減され、将来的に量子コンピュータの小型化や効率化が進むことが期待されます。この技術は量子クロックや量子センサーなど、他分野への応用も見込まれます。
一方で、現時点では二量子ビットゲートの誤り率が依然として高いことが課題です。量子計算には単一量子ビットゲートだけでなく、二量子ビットゲートの高精度化も不可欠であり、今後の研究開発の進展が求められます。
今回の成果は、量子コンピュータの実用化に向けた技術開発の加速に寄与するものであり、産業応用や社会実装の道筋を明るくするものです。
【用語解説】
量子ビット(qubit)
量子コンピュータの基本単位。従来のビットが0か1のどちらか一方を取るのに対し、量子ビットは0と1の重ね合わせ状態を取ることができる。
デコヒーレンス
量子ビットが外部環境の熱やノイズの影響で量子状態を失う現象。量子計算の誤りの主な原因。
誤り訂正(量子誤り訂正)
量子ビットの誤りを検出し、訂正する技術。実用的な量子コンピュータの実現には不可欠。
カルシウムイオン・トラップ型量子ビット
カルシウムイオンを電磁場でトラップし、量子情報を保存する方式。長寿命かつ安定性が高い。
マイクロ波制御
レーザーではなくマイクロ波(電磁波)を用いて量子ビットの状態を制御する手法。安定性やコスト面で優位性がある。
【参考リンク】
phys.org(英語)
オックスフォード大学の量子ビット制御精度記録を報じるニュース記事。研究内容や技術の詳細が記載されている。
Physical Review Letters(英語)
物理学分野のトップ級学術誌。今回の研究成果が掲載予定。
Oxford Ionics(英語)
オックスフォード大学発のスピンアウト企業。高性能トラップイオン量子ビットプラットフォームを開発。