オフィスビルに入ってきた清掃ロボットは、これまでほぼ床専用でした。日鉄興和不動産とJDSCが実証を始めた「Loki」は、アームで便器や洗面台に触れて洗います。走る機械から、触る機械へ。最初の関門になるのは、日本のトイレという設備そのものです。
日鉄興和不動産とJDSCは2026年8月24日、フィジカルAI清掃ロボット「Loki」の国内実証を開始したと発表した。LokiはスイスのLoki Robotics社製で、海外で開発・実証中の水回り清掃ロボットである。実証にはソフトバンクロボティクスも加わり、3社は基本合意書(MOU)を締結した。
第一フェーズは2026年8月に開始し、日鉄興和不動産の自社オフィスビルで、日本のビル環境・トイレ仕様への適合性、稼働オペレーション、遠隔運用体制を検証する。日鉄興和不動産グループが実証フィールドを提供し、JDSCが実証全体をリード、ソフトバンクロボティクスがロボット調達と運用基盤の提供、遠隔オペレーションを担う。
Loki Roboticsとして、Lokiの日本国内オフィスビルでの実証は初となる。
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国内初、フィジカルAI清掃ロボット「Loki」のオフィスビル実証を開始 ~日鉄興和不動産・JDSCが連携し、次世代スマートビル運営の実現へ~

【編集部解説】
床を掃く機械から、器具に触れる機械へ
これまで日本のオフィスビル向けに展開されてきた業務用清掃ロボットは、床清掃型が主流でした。ソフトバンクロボティクスのWhizシリーズは2019年の初代発売以来、運用実績を積み上げています。2026年8月に発表されたPUDUのET1も、床面の掃き・洗浄・吸引・乾拭きを行う機体です。こうしたロボットは、対象エリアを自律走行しながら床面を処理します。
Lokiが踏み込むのは、その先です。便器や洗面台といった器具に手を伸ばし、ブラシやワイパーを持ち替えながら、こすり、拭き、洗剤を塗る。Loki Roboticsは自社の製品を、高接触・高変動の環境に対応するよう設計され、道具を持ち替え、洗剤を精密に塗布し、器具や物体に物理的に接触し、働きかける「初のロボット」だと説明しています。
床は主として平面的な清掃対象ですが、トイレでは便器や洗面台など、形状も高さも位置も異なる器具を扱います。同じ建物のなかでさえ、階が違えば仕様が変わることもあります。走行して床を処理することに加えて、周囲を認識し、道具を操作し、対象物に適切な力で接触する必要がある。Lokiが前段で挙げた床清掃型のロボットと大きく異なるのは、「フィジカルAI」という呼称そのものより、こうした接触を伴うマニピュレーションまで清掃の対象に含めている点です。
「日本のトイレ仕様」という関門
今回のリリースで見逃せないのは、海外での普及状況に触れた一文です。海外では水圧式の水回り清掃ロボットなどの普及が進む一方、日本のビル環境・清掃品質に見合う製品は少ない、と書かれています。
少なくとも今回の発表が焦点を置いているのは、単純な普及の遅れではなく、日本のビル環境・清掃品質への適合です。たとえば温水洗浄便座のように、日本で広く普及した設備もあります。海外で使われている方式をそのまま持ち込めるかではなく、日本の設備や運用に合わせ込めるかが、検証の課題になっています。
だから第一フェーズは、単体の清掃性能だけを見る試験ではありません。発表資料は、清掃品質・環境適合性の検証から運用方法の設計までを一体的に進めるとしています。日本のビル環境・トイレ仕様への適合性、稼働オペレーション、遠隔運用体制。並んでいるのは、いずれも日本の現場で回るかどうかを問う項目ばかりです。海外で動いたロボットが日本でそのまま動くとは限らない。その前提から出発している点に、この座組みの現実味があります。
自律と遠隔は、対立していない
リリースは「フィジカルAIによる自律的な水回り清掃が可能なLoki」と書き、同じ文書のなかでソフトバンクロボティクスの役割に遠隔オペレーションを挙げています。一見すると噛み合わないようですが、そうではありません。遠隔操作は、Lokiの設計に組み込まれた要素です。
Loki Roboticsは、エンドツーエンド学習と遠隔操作を組み合わせることで、導入までの時間を大幅に短縮し、現実世界での能力を早く引き出すと説明しています。今回の座組みでも、ソフトバンクロボティクスが遠隔オペレーションと運用検証を担うことが明記されています。遠隔操作は、自律では処理しきれない場面を人が引き受けて業務を成立させる手段であり、同時に、実環境のデータを集めて自律の範囲を広げていくための手段でもあります。二者択一ではなく、両方に効く設計です。
この構造がわかると、日本で実証を行う意味も変わって見えてきます。発表資料は、実証で得られた運用ノウハウやデータを、他物件や国内他施設への展開検討に活かすとしています。日本のビルで実際に動かして初めて得られる情報がある、という前提が置かれているわけです。実証フィールドの提供は、場所を貸すことであると同時に、データが生まれる場所をつくることでもあります。自律と遠隔がどの比率で組み合わされるのかは、まだ公表されていません。
3社が持ち寄ったもの
役割分担も、フィジカルAIの社会実装がどういう作業なのかをよく表しています。
日鉄興和不動産グループが実証フィールドとビル運営側の要件を出し、JDSCが実証全体をリードして実証設計・運用設計を支援し、ソフトバンクロボティクスがロボットの調達と運用基盤、遠隔オペレーションを引き受ける。ロボットそのものを作った会社は、この3社のなかにいません。
ハードウェアを開発することと、それを現場で継続運用できる形に組み込むことは、別の専門性を要します。今回の役割分担も、その分業をよく表しています。稼働スケジュール、異常対応フロー、人とロボットの役割分担。第一フェーズで共同策定するとされている項目は、どれもロボットの仕様表には載らないものばかりです。ロボットが止まったとき誰が駆けつけるのか、清掃の仕上がりをどう確認するのか。この設計ができて初めて、機械は設備になります。
これから開くもの
実証を行うビルの名前も、導入台数も、実証期間も、費用も、現時点の発表資料では公表されていません。「第一フェーズ」とされていますが、後続フェーズの内容や実施時期も、まだ示されていません。「国内初」という表現も、Loki Roboticsとして日本国内のオフィスビルでの実証が初、という限定つきのものです。
それでも、この一歩が置かれた場所には意味があります。全国ビルメンテナンス協会が2025年10〜12月に会員を対象に実施した第56回実態調査では、「現場従業員が集まりにくい」が88.5%で最多となり、2013年度以降13年連続の1位でした。今回の発表も、トイレなどの水回りを、とくに作業負荷が高く自動化ニーズの高い領域と位置づけています。人が集まりにくい仕事のなかでも負荷の重い部分に機械を入れる。この順番は、自動化が「やりやすいところから」ではなく「必要なところから」進み始めた兆しとして読めます。
日鉄興和不動産は、実証で得た知見を他物件や国内他施設へ展開する可能性についても検討を進めるとしています。自社オフィスビルのトイレで始まった実証が、どこまで広がっていくのか。その答えが出るのは、まだ少し先です。
【参考記事】
SoftBank Robotics America Expands Solution Portfolio and Introduces New AI-Enabled Service Robots For The Commercial Cleaning Industry(外部)
2026年3月、Gausiumとの協業で床清掃ロボット3機種を投入。フィジカルAIソリューションを前進させるものと位置づける。
ビルメンテナンス情報年鑑2026(第56回実態調査結果)(外部)
2025年10〜12月に会員を対象に実施。「現場従業員が集まりにくい」88.5%、「若返りが図りにくい」74.1%が上位に並ぶ。
Toilet-cleaning robot makes us feel better about all this AI business(外部)
米国Somaticのトイレ清掃ロボットを紹介。月額1,000ドルほどで週40時間稼働し、初期設定はVRで清掃動作を教え込む。
【関連記事】
PUDU ET1|小規模店舗向けAI清掃ロボット
小規模店舗向けのAI清掃ロボット。床面の掃き、洗浄、吸引、乾拭きを1台でこなす。今回のLokiと対をなす床清掃型の最新機。
ソフトバンクロボティクス、Whizシリーズに新3製品 国産フルラインナップで政府AI戦略に呼応
ソフトバンクロボティクスが2026年5月に発表した清掃ロボット3製品。国産のフルラインナップで政府のAI戦略に呼応する。
清掃員は「ロボット・オペレーター」へ進化する
清掃の現場で人の役割がどう変わっていくのかを扱った記事。ロボット導入後に生まれる運用側の仕事のほうへと焦点を当てている。
【編集部後記】
便器を洗うロボット自体は、それほど新しいものではありません。米国のSomaticは2020年ごろから、月額1,000ドルほどで商業施設のトイレ清掃サービスを提供しています。海外には、すでに動いている機械があるわけです。
それでも、日本のオフィスビルでの実証は今回が初になります。この落差こそ、フィジカルAIの現在地なのだと思います。機械が動くことと、その建物で毎日回ることのあいだには、まだ距離がある。検証項目が性能ではなく適合と運用に振られているのは、その距離を測る作業だからでしょう。
【用語解説】
フィジカルAI
現実世界のモノを認識し、実際に動かして働きかけるAI。画面のなかで完結する生成AIと対比して使われる。業界で定義が定まっていない語であり、企業ごとに指す範囲が異なる。今回のリリースでは、便器や洗面台といった器具を扱う清掃ロボットに対して用いられている。
マニピュレーション
ロボットがアームやハンドを使って物体をつかむ、動かす、操作する動作の総称。走行や移動とは区別される。形状や位置が一定しない対象を扱うため、平面を均一に処理する床清掃より難度が高いとされる。
エンドツーエンド学習
入力から出力までを段階に分けず、一つのモデルでまとめて学習させる手法。ロボットでは、センサーが捉えた情報から動作までを一貫して学習する形を指す。Loki Roboticsは、これと遠隔操作の組み合わせを設計の中核に据えている。
遠隔オペレーション
離れた場所から人がロボットを操作すること。テレオペレーションとも呼ばれる。ロボット学習の分野では、人が介入した記録をそのまま学習データとして扱う手法が広く用いられている。今回の実証では、ソフトバンクロボティクスが担当する。
基本合意書(MOU)
正式な契約に先立ち、当事者間で協業の枠組みや意向を確認する文書。法的拘束力の範囲は個別の取り決めによる。
【参考リンク】
Loki Robotics(外部)
「Loki」を開発するスイス発のロボット企業。器具の深部清掃、表面清掃、設備の維持、建物内ナビゲーションの4動作を掲げる。
日鉄興和不動産(外部)
実証フィールドを提供する総合デベロッパー。赤坂・虎ノ門・品川を戦略拠点に、ビル・住宅・物流・ホテル・国際事業を展開する。
JDSC(外部)
実証全体をリードする東証グロース上場のテクノロジー企業。AIエージェントとデータサイエンスで日本の基幹産業の変革を進める。
ビルメンテナンス情報年鑑2026(第56回実態調査結果)(外部)
全国ビルメンテナンス協会による会員調査の結果概要。「現場従業員が集まりにくい」が88.5%で13年連続の1位となっている。
Somatic(外部)
米国のトイレ清掃ロボット企業。便器や小便器、床面の清掃に加え、ドアの開閉やゴミの回収、水と薬剤の補充までを自動でこなす。


















