J-HRTIが習志野に学習データ拠点|ヒューマノイド35台を5社で運用

[最終更新]

Googleで優先するソースとして追加するボタン

ロボットの実機から取る学習データには高い価値がある。しかし、それは高く付く。この二重の意味の「高い」をどう引き受けるかで、フィジカルAIの取り組みは分かれています。J-HRTIが8月26日に稼働させた拠点は、費用を5社で分け合うという答えを選びました。


株式会社山善が参画するコンソーシアム「J-HRTI」は2026年8月26日、ヒューマノイドロボットの学習データ収集拠点「J-HRTI 関東データファクトリー」を千葉県習志野市内に開所し、本格稼働を開始した。敷地面積は約1,400㎡、稼働台数は35台で、最大40台まで拡充する予定である。施設は模倣学習の元データを生成する「ロボットエリア」、動作映像や関節データを学習データへ変換する「アノテーションエリア」、参画企業の産業現場を再現する「テストエリア」で構成される。

J-HRTIは2026年3月26日に設立され、事務局はINSOL-HIGH株式会社が務める。発表時点で5社が参画し、2026年度内の現場実装を目指す。民間企業のみで運営するフィジカルAI学習データの収集拠点としては日本初としている。

From: 文献リンク「J-HRTI 関東データファクトリー」本格稼働開始―最大40台のヒューマノイドロボットが稼働―

【編集部解説】

実機のデータは価値が高い。そして、高い

フィジカルAIの学習データは、テキストや画像とは調達の仕方が違います。実際にロボットを動かし、モノをつかませ、その動作を記録しなければ手に入りません。

J-HRTI事務局長でINSOL-HIGH代表の磯部宗克氏は、ロボットの実機を使って集めたデータにはそれだけ高い価値があるとしたうえで、実機によるデータ収集はハードルが高く、だからこそシミュレーションデータのような代替の手段が各所で登場しているのだと述べています。

高い価値と、高いハードル。これをどう引き受けるかで、いま進んでいる取り組みは分かれています。

国は基盤の側から入りました。経済産業省は2026年6月末にマルチモーダル基盤モデルの開発事業を発表し、7月にFRONTiaとして本格始動しています。1兆パラメータ級のモデル開発をNoetraが担い、専用の計算基盤は2027年4月に構築を始めて2028年6月の稼働を予定します。裾野の広い産業が持つ現場データを生かすことを、経産省自身が勝ち筋として掲げています。

大企業が自社で抱える形もあります。LG ElectronicsがソウルのR&Dキャンパスに建設中のData Factoryは、延べ床面積が約1万平方メートル。自社の製造や物流で蓄えたデータを持ち込み、2026年末の全面稼働までに数百台のロボットを収容する計画です。実機から取るデータにNVIDIA Cosmosの合成・拡張データを重ね、10万時間分を確保するとしています。

J-HRTIが選んだのは3つめの形です。異業種の企業が費用を分担し、1つの拠点を共同で使う。約1,400㎡に35台という規模は、面積でLGの7分の1ほどにあたります。

器の大きさで並べれば、いちばん小さい取り組みです。ただ、この施設で見るべきなのは規模ではなく、実機データの費用を1社で背負わずに済ませる設計のほうだと考えます。

35台のロボットに、50人以上のオペレーター

では、その実機データはどう生まれるのでしょうか。

公開された写真には、高い天井の下に作業台が2列に並び、台ごとに1台のロボットが据えられた光景が写っています。目立つのは、車輪付きの台座に載る白い双腕型の機体です。ロボットエリアには、Unitree Roboticsの「Unitree G1」のような脚を持つ機体も置かれています。

目を引くのは、その脇に立つ人たちです。青い作業着のオペレーターが首に装着型のデバイスを掛け、両手にコントローラーを握っています。人が遠隔操作でロボットにお手本の動きをやってみせ、その動作を記録する。これが模倣学習の元データの作り方です。作業はモノをつかんで移す「ピック&プレイス」が中心で、樹脂をスコップですくって移し替える、製函機に段ボールを補充するといった、参画企業の現場を再現した動作も含まれます。

ディーエムエスの発表によれば、この施設にはオペレーター50名以上を含む約100名が常駐します。ロボット35台に対して、人のほうが多い計算になります。実機データが高く付くというのは、つまりこういうことです。

磯部氏は、拠点を広げるうえでの制約として、ロボットを置くスペースの限界と、オペレーターを無制限には採用できないことを挙げています。ここは発表者が自ら宿題として示している部分です。

1社では賄えないから、複数社で分担する

リリースは、単独企業での取り組みには限界があると率直に書いています。専用設備、人員、ノウハウ、資金。35台のロボットと約100名の常駐スタッフを1社で抱え、そこから自社だけが使うデータを取る。この投資判断ができる会社は、日本にそう多くありません。

磯部氏の説明も、費用を分担してデータを共有する仕組みだという点に置かれています。漢方薬のツムラ、ダイレクトメール発送と物流のディーエムエス、リースの芙蓉総合リース、ものづくり商社の山善。業種はばらばらで、共通しているのは人がモノを扱う現場を持っていることだけです。

業種が違うことは、この設計ではむしろ効いてきます。梱包する動作、薬を扱う動作、部品を運ぶ動作。異なる現場から集まった動作データは、1社の業務に最適化されたデータより応用が利く可能性があります。ロボットの種類や作業環境の幅がモデルの汎化に寄与するという報告は、ロボット学習の研究でも積み上がってきました。

構想から実物までの間には、変更もありました。3月の設立時に示された計画は最大50台、7月開業。実際に動き出したのは8月26日、35台からのスタートです。変更の理由は公表されていません。参画の条件やデータの利用ルールといった運用の細部も、これから示されていくところです。

「共通資産」という言葉の射程

リリースのなかで最も遠くを見ているのは、データが増えるほど価値が高まる循環を「国産フィジカルAIデータのエコシステム構築」と呼んでいる箇所です。

ここで山善が自社の強みとして挙げているのが、仕入先メーカー約3,000社と全国の製造業ユーザーを結ぶネットワークです。データを生む拠点と、データを使う現場をつなぐ役回りを引き受けるという宣言に読めます。

磯部氏は、拠点を全国10カ所へ広げ、産業特化型の基盤モデル群を構築する構想も語っています。

機体の性能で世界と競うのではなく、機体に何をさせるかを知っているデータで競う。そこは、日本の現場力とものづくり基盤を生かせる領域だと、経産省自身が位置づけている場所でもあります。習志野の1,400㎡は、その考え方が実物になった最初の一つです。答えが出る場所は、参画企業の現場になります。

【関連記事】

LG×NVIDIA「Data Factory」|ロボットの”経験”を10万時間生産するPhysical AI拠点
大企業が単独で構えるデータ工場の事例。実機データと合成データを組み合わせる方式を詳しく解説している記事である。

【解説】FRONTiaとは|経産省の国産フィジカルAI基盤、公式サイトが明かす名称の由来と開発計画
国が進める基盤モデル開発の全体像。計算基盤の構成と開発スケジュールを、公式サイトの情報から読み解いている。

ヒューマノイドロボット × 日本の未来|山善とINSOL-HIGHが切拓く産業競争力戦略
今回の拠点につながる2025年11月時点の構想を伝える記事。データ生成センターという発想の出発点が分かる内容。

【編集部後記】

磯部氏は拠点を広げるうえでの制約として、ロボットを置くスペースと、オペレーターを無制限には採用できないことを挙げていました。全国10カ所という構想が本当に走り出したとき、足りなくなるのは半導体でも電力でもなく、ロボットに動きを教えられる人のほうかもしれません。データを作る側の仕事が増えていく未来を、私たちはまだうまく言葉にできていない気がします。その職種には、定まった呼び名すらありません。


【用語解説】

フィジカルAI
画面のなかで完結せず、ロボットや機械の身体を通じて現実の物体に働きかけるAI。テキストや画像を扱う生成AIとは異なり、モノをつかむ、運ぶ、組み立てるといった動作をこなす。

模倣学習
人が実演した動作をAIに学習させ、同じ作業を再現できるようにする手法。ロボット自身が試行錯誤する強化学習に対し、正解となる動作をあらかじめ示す点に特徴がある。

遠隔操作(テレオペレーション)
人がコントローラーなどを使い、離れた場所からロボットを動かすこと。この拠点では、オペレーターがロボットにお手本の動きをさせ、そのときの動作が学習データとして記録される。

アノテーション
収集した動作映像やセンサーデータに、AIが理解できる形で意味づけを施す作業。何をつかんだか、どの関節がどう動いたかといった情報を整理する工程を指す。

ピック&プレイス
モノをつかんで別の場所に置く動作。産業用ロボットの基本作業であり、業種を越えて共通して現れるため、学習データの出発点になりやすい。

PX(Physical AI Transformation)
J-HRTIが掲げる概念。フィジカルAIによって労働構造そのものを再設計する取り組みを指す。デジタル化を意味するDXに対し、身体を使う労働の側から変革を捉える。

合成データ
実際の計測ではなく、シミュレーションや生成モデルによって作り出した学習用のデータ。実機での収集が難しい状況を補う目的で使われる。

1兆パラメータ級
AIモデルの規模を示す表現。パラメータはモデルが学習によって獲得する内部の数値で、数が多いほど複雑な関係を扱える一方、学習には大規模な計算資源を要する。

【参考リンク】

J-HRTI(外部)
ヒューマノイドロボットの社会実装を民間企業のみで進めるコンソーシアムの公式サイト。関東データファクトリーの施設概要も掲載する。

株式会社山善(外部)
ものづくり商社。生産財や住設機器、家庭機器を扱う。J-HRTIには運営委員として参画し、運営委員長も出している立場にある。

INSOL-HIGH株式会社(外部)
J-HRTIの事務局を務め、コンソーシアム全体の設計とデータ基盤の運営を担う。ヒューマノイドロボット基盤の開発も手がける。

株式会社ツムラ(外部)
漢方薬を中心とする医薬品メーカー。J-HRTIの運営委員として参画し、医薬品の製造現場での活用を見据えている企業である。

株式会社ディーエムエス(外部)
ダイレクトメール発送代行と物流を手がける。J-HRTIの運営委員で、物流現場でのヒューマノイド実装活動を本格始動している。

芙蓉総合リース株式会社(外部)
総合リース会社。J-HRTIの運営委員として参画し、設備投資を分担して拠点を共同利用するという今回の設計に加わっている。

Noetra株式会社(外部)
ソフトバンク、ソニーグループ、NEC、ホンダを中核とする出資会社。FRONTiaで国産マルチモーダル基盤モデルの開発を担う。

Unitree Robotics(外部)
中国のロボットメーカー。関東データファクトリーのロボットエリアには、同社の二足歩行機「Unitree G1」が置かれている。

【参考記事】

非公開の「AI学習データ工場」に潜入 人型ロボ30台超が稼働、意外と知らない「データ収集」の裏側とは(外部)
報道陣に公開された施設内部のレポート。人がロボットを遠隔操作して動作をデータ化する仕組みと、磯部宗克氏の発言を記録する。

J-HRTI/千葉県習志野市にデータファクトリーを稼働、物流などヒューマノイド実装へ(外部)
物流専門媒体による現地レポート。ピック&プレイスや製函機への段ボール補充など、公開された作業の内容を具体的に伝えている。

ヒューマノイド35台が稼働 J-HRTIがフィジカルAIのデータ収集拠点を千葉県習志野市に開設(外部)
事務局長の磯部宗克氏が語った、拠点を全国10カ所へ広げて産業特化型の基盤モデル群を構築するという構想を報じている記事である。

「J-HRTI 関東データファクトリー」稼働に伴い、物流現場におけるヒューマノイドロボット実装活動を本格始動(外部)
参画企業ディーエムエスの発表。常駐スタッフ約100名という、山善の発表には含まれていない人員規模を明記している資料である。

LG Electronics Accelerates Robotics Collaboration with Nvidia(外部)
LG Electronicsの公式発表。ソウルのData Factoryの規模と、10万時間分のデータ確保計画を示している。

日本再起の旗印となるか、国産マルチモーダルAI基盤「FRONTia」が始動(外部)
FRONTiaの開発計画を報じる記事。1兆パラメータ級の推論基盤モデルと、世界モデルからなる構成を伝えている内容である。

50台のヒューマノイドロボットが稼働する「データ収集施設」開業に向け コンソーシアム「J-HRTI」を設立(外部)
2026年3月26日の設立時発表。当時の計画が最大50台、2026年7月の開業予定であったことを示す比較用の資料になる。

Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

おすすめ記事