Last Updated on 2025-03-24 11:31 by admin
NASAのルーシー探査機が、2025年4月20日に小惑星ドナルドジョハンソンのフライバイを実施する予定だ。この小惑星は直径約4.8km(3マイル)で、約1億5000万年前に形成されたと考えられている。
ルーシー探査機は2021年10月16日に打ち上げられ、12年間のミッションで11個の小惑星を探査する計画だ。ドナルドジョハンソンは、木星のトロヤ群小惑星を主な目標とするこのミッションの2番目の小惑星フライバイとなる。最初のフライバイは2023年11月に小惑星ディンキネシュで実施され、予想外の衛星セラムも発見された。
サウスウェスト研究所(SwRI)のシモーネ・マルキ副主任研究員らの研究によると、ドナルドジョハンソンはエリゴネ衝突小惑星族の一員で、より大きな親小惑星が分裂して形成されたと考えられている。
フライバイ時には小惑星から約960km(596マイル)の距離まで接近する予定だ。この小惑星は、NASAのOSIRIS-RExミッションが訪れたベンヌや、JAXAのはやぶさ2が訪れたリュウグウの起源地域に近い内部小惑星帯に位置しているが、組成はケイ酸塩岩を主成分とし、これらの炭素質小惑星とは異なる特徴を持つ。
ドナルドジョハンソンは、1974年に約318万年前のヒト科の化石「ルーシー」を発見した古人類学者にちなんで名付けられており、太陽系形成の「化石」を探査するミッションの象徴的な存在となっている。
from:NASA Is Sending a Probe to a 150-Million-Year-Old ‘Space Fossil’
【編集部解説】
NASAのルーシーミッションが小惑星ドナルドジョハンソンへのフライバイを間もなく実施します。この小惑星は、太陽系の歴史を紐解く重要な「宇宙の化石」として注目されています。
ルーシーミッションは、木星のトロヤ群小惑星を主な目標とする野心的な計画です。トロヤ群小惑星は、木星の軌道上の特定の位置(ラグランジュポイント)に集まった、太陽系形成初期の名残とされる天体群です。これらの天体は、46億年前の太陽系形成時の状態をほぼ保持していると考えられており、惑星形成の謎を解く鍵として期待されています。
小惑星ドナルドジョハンソンは、約1億5000万年前に形成されたと推定されています。これは恐竜が地球を支配していた時代、ジュラ紀と白亜紀の境目にあたります。地球上では恐竜が繁栄していた時代に、宇宙では親小惑星の衝突・分裂によってこの小惑星が誕生したと考えられているのです。
この小惑星の名前の由来も興味深いものがあります。ドナルドジョハンソンは、1974年にエチオピアで約318万年前のヒト科の化石「ルーシー」を発見した古人類学者の名前です。人類の起源を解明する重要な化石にちなんで命名されたミッションが、太陽系の起源を探る「宇宙の化石」を訪れるという象徴的な巡り合わせとなっています。
サウスウェスト研究所(SwRI)のシモーネ・マルキ副主任研究員らの研究によると、ドナルドジョハンソンはエリゴネ衝突小惑星族の一員であり、その形状は細長く、自転が遅いという特徴があるようです。これは、長い年月をかけて太陽の熱による力(熱トルク)が小惑星の自転を遅くしたためと考えられています。
小惑星の自転速度や形状が変化するメカニズムは、YORP効果(ヤルコフスキー・オケイフ・ラジエフスキー・パディアック効果)と呼ばれる現象によって説明されます。太陽光の放射圧と熱放射の不均一性が小惑星に微小なトルクを与え、長い時間をかけて自転速度や軸の向きを変えるのです。このような非重力効果の検証は、小惑星の軌道進化や地球近傍小惑星のリスク評価にも関わる重要な研究テーマとなっています。
ドナルドジョハンソンの位置する内部小惑星帯は、地球近傍小惑星ベンヌやリュウグウの起源地域に近いという点も注目に値します。ベンヌとリュウグウはそれぞれNASAのOSIRIS-RExとJAXAのはやぶさ2によってサンプルリターンが行われた小惑星です。しかし、ドナルドジョハンソンはこれらの小惑星とは組成が異なると考えられています。ベンヌやリュウグウが炭素に富む「瓦礫の山」のような構造を持つのに対し、ドナルドジョハンソンはケイ酸塩岩を主成分とし、粘土や有機物を含む可能性があるのです。
このような小惑星の多様性は、太陽系形成初期の環境や、その後の進化過程の複雑さを物語っています。同じような領域から来たと思われる天体でも、その後の歴史によって大きく異なる特性を持つようになるのです。
ルーシー探査機は2025年4月20日に小惑星から約960kmの距離を通過する予定です。これは地球から月までの距離の約0.25%という近さです。この接近観測によって、地上からの観測では分からなかった小惑星の詳細な形状や表面地質、クレーターの歴史などが明らかになるでしょう。
特に注目すべきは、この小惑星フライバイが単なる科学的観測だけでなく、ルーシー探査機の航行システムのテストとしても重要な役割を果たすことです。木星のトロヤ群小惑星は地球からはるかに遠い場所にあり、探査機の自律的な航行能力が不可欠となります。ドナルドジョハンソンとのランデブーは、より困難な遭遇に備えた「ドレスリハーサル」なのです。
2023年11月には、ルーシーは最初の小惑星フライバイとして小惑星ディンキネシュを訪れ、そこで予想外の発見がありました。ディンキネシュには小さな衛星(セラム)があったのです。このような予想外の発見は、宇宙探査の醍醐味であり、ドナルドジョハンソンでも何らかの驚きが待っているかもしれません。
小惑星探査の技術的・科学的進歩は、地球近傍小惑星の軌道予測精度向上や、将来的な小惑星資源利用、さらには地球に衝突する可能性のある小惑星からの防衛にも応用できます。一見、遠い宇宙の小さな岩の研究が、私たちの未来の安全や繁栄に直結しているのです。
ルーシーミッションは、12年間で11個の小惑星を訪れる壮大な旅です。この旅を通じて、太陽系の起源と進化に関する理解が大きく進むことが期待されています。ドナルドジョハンソンへのフライバイは、その長い旅の重要な一歩となるでしょう。
【用語解説】
トロヤ群小惑星:
木星と同じ軌道上にある小惑星の集団で、木星の前方60度(L4点)と後方60度(L5点)に位置している。太陽系形成初期の状態を保持していると考えられる天体群。
ラグランジュポイント:
二つの大きな天体(例:太陽と木星)の重力が釣り合う特殊な位置。L4とL5は特に安定しており、小惑星が集まりやすい。
YORP効果:
小惑星が太陽光を受けて放射する際に生じる微小な力が長期間にわたって蓄積し、小惑星の自転速度や自転軸を変化させる現象。
メインベルト小惑星:
火星と木星の間に位置する小惑星帯にある天体。ドナルドジョハンソンはこの領域に存在する。
エリゴネ衝突小惑星族:
約1億3000万年前の大規模衝突によって形成された小惑星の集団。ドナルドジョハンソンはこの族に属すると考えられている。
ディンキネシュとセラム:
2023年11月にルーシーが最初にフライバイした小惑星とその衛星。ディンキネシュは直径約0.8km、セラムはさらに小さい衛星である。
【参考リンク】
ルーシーミッション公式サイト(外部)
NASAのルーシーミッションに関する最新情報、ミッションの詳細、科学的目標などを提供している公式サイト。
NASA太陽系探査ページ(外部)NASAによるルーシーミッションの詳細解説と、太陽系探査に関する総合的な情報を提供している。
サウスウェスト研究所(SwRI)(外部)
ルーシーミッションの科学チームが所属する研究機関のウェブサイト。宇宙科学を含む様々な研究分野の情報を提供している。
【編集部後記】
宇宙の「化石」を探査するルーシーの旅、皆さんはどう感じられましたか?私たちの住む太陽系には、まだ多くの謎が眠っています。もし小惑星に名前を付けるとしたら、どんな名前を選びますか?また、宇宙探査と地球上の考古学には意外な共通点があります。週末に夜空を見上げたとき、そこに浮かぶ無数の天体にはどんなストーリーが隠されているのか、ちょっと想像してみませんか?