Last Updated on 2025-03-31 12:12 by admin
ドイツのスタートアップ企業Isar Aerospaceが開発した「Spectrum」ロケットが2025年3月30日12時30分(中央ヨーロッパ夏時間)、ノルウェーの北極圏にあるアンドーヤ宇宙港から打ち上げられたが、打ち上げ約20秒後に制御不能となり墜落・爆発した。
Spectrumロケットは全長28メートル、2段式の軌道ロケットで、低軌道(LEO)に最大1,000kg、太陽同期軌道(SSO)に最大700kgの積載能力を持つ。推進システムには液体酸素と液体プロパンを燃料とする自社開発の「Aquila」エンジンを使用し、第1段に9基、第2段に1基を搭載している。
この打ち上げはロシアを除く欧州大陸初の軌道ロケット発射試みであり、ほぼ完全に民間資金で開発された欧州初のロケットだった。打ち上げは当初3月24日に予定されていたが、悪天候のため数回延期されていた。
打ち上げ失敗の原因は現在調査中であるが、打ち上げ約18秒後にベクトル制御システムが過剰修正を始め、その約10秒後に第1段のすべてのエンジンが停止し、ロケットが落下したとみられている。
Isar Aerospaceの共同創業者兼CEOのダニエル・メッツラー氏は打ち上げ後、「クリーンな離陸、30秒間の飛行、そして飛行終了システムの検証ができた」と述べ、テスト飛行は「すべての期待を満たし、大きな成功を収めた」と評価している。欧州宇宙機関(ESA)のヨーゼフ・アシュバッハー長官も「打ち上げ台から離陸できたことは成功であり、すでに多くのデータが得られている」とコメントしている。
from:Rocket carrying European orbital vehicle crashes after launch
【編集部解説】
Isar Aerospaceの「Spectrum」ロケット打ち上げは、失敗という結果に終わりましたが、欧州の宇宙開発における重要な一歩となりました。この出来事の意義を掘り下げてみましょう。
まず注目すべきは、この打ち上げがロシアを除く欧州大陸初の軌道ロケット発射試みだったという点です。これまで欧州の宇宙開発は主に欧州宇宙機関(ESA)を中心に進められてきましたが、打ち上げ自体は主に南米のフランス領ギアナやアメリカのケープカナベラルから行われてきました。欧州大陸内から直接軌道ロケットを打ち上げる能力を持つことは、欧州の宇宙主権にとって大きな意味を持ちます。
Spectrumロケットの技術的な側面も興味深いものがあります。自社開発の「Aquila」エンジンは液体酸素と液体プロパンを燃料とし、環境負荷の低減も考慮されています。映像分析によると、打ち上げ約18秒後にベクトル制御システム(TVC)が過剰修正を始め、その後ロケットが回転し始め制御不能になったようです。
注目すべきは、Isar Aerospace側がこの打ち上げを「成功」と位置づけている点です。CEOのダニエル・メッツラー氏は「クリーンな離陸、30秒間の飛行、そして飛行終了システムの検証ができた」と述べています。これは宇宙開発の世界では珍しくない見方で、初期テストでは軌道到達よりもデータ収集が主目的となるからです。
実際、宇宙開発の歴史を振り返ると、初期の失敗は珍しいことではありません。SpaceXも初期の打ち上げでは何度も失敗を経験しています。イーロン・マスク率いるSpaceXが現在の地位を確立するまでには、数多くの失敗と改良の繰り返しがありました。
Isar Aerospaceは2018年に設立され、これまでに4億ユーロ以上の資金を調達しています。2024年6月には6,500万ユーロのシリーズC資金調達を完了し、NATO革新基金からも出資を受けています。また、同社はミュンヘン近郊に4万平方メートルの敷地を確保し、「世界最先端の軌道ロケット製造施設」の建設を計画しています。完成すれば年間40機のSpectrumロケットを生産できる能力を持つとされています。
今回の失敗にもかかわらず、同社は既に2号機と3号機の製造を進めており、メッツラー氏は「最初の飛行テストの結果にかかわらず、迅速に打ち上げ台に戻る」と述べています。この姿勢は、失敗から学び迅速に改善するという現代の宇宙開発の特徴を表しています。
欧州の宇宙開発は現在、大きな転換期にあります。従来のESAを中心とした政府主導のモデルから、民間企業が主導する新しいモデルへの移行が進んでいます。この背景には、SpaceXをはじめとする米国企業の台頭により、打ち上げコストが大幅に下がったことがあります。
また、地政学的な観点からも、欧州が独自の宇宙アクセス能力を持つことの重要性が高まっています。メッツラー氏が「欧州の安全保障アーキテクチャにおける大きな盲点:宇宙へのアクセスを解決する」と述べているように、宇宙開発は単なる科学技術の問題ではなく、安全保障の問題でもあるのです。
【用語解説】
軌道ロケット:
衛星などのペイロード(積荷)を地球の周回軌道に投入するために設計されたロケット。サブオービタルロケット(宇宙空間に到達するが軌道に乗らないロケット)と区別される。
低軌道(LEO):
地球表面から高度2,000km以下の軌道。国際宇宙ステーションや多くの地球観測衛星が周回するエリアである。この高度では約90分で地球を1周する。
太陽同期軌道(SSO):
地球の南北極付近を通過する特殊な軌道で、衛星が同じ地域を常に同じ太陽光条件で観測できる。地球観測や気象観測に適している。例えるなら、毎日同じ時間に同じ場所の写真を撮影できるカメラのようなものだ。
ベクトル制御システム(TVC):
ロケットの方向を制御するシステム。エンジンのノズルを動かすことで推力の方向を変え、ロケットの姿勢を制御する。自動車のハンドルに相当する役割を果たす。
飛行終了システム(FTS):
ロケットが予定された飛行経路から外れた場合に、地上からの指令または自動的に飛行を終了させるシステム。安全上の理由から、すべての軌道ロケットに搭載が義務付けられている。
【参考リンク】
Isar Aerospace(外部)
ドイツを拠点とする宇宙スタートアップで、小型・中型衛星の打ち上げサービスを提供する企業。
Andøya Space(外部)
ノルウェー政府が支援する民営の宇宙港で、極軌道や太陽同期軌道への打ち上げに適した地理的条件を持つ。
European Space Agency(外部)
欧州の宇宙開発を主導する国際機関で、アリアンロケットなどの開発・運用を行っている。
【参考動画】
【編集部後記】
宇宙開発の世界では「失敗」が次の革新への重要なステップとなります。皆さんも新しいことに挑戦する際、完璧を求めるあまり一歩を踏み出せないことはありませんか?Isar Aerospaceの挑戦から、私たちも「失敗を恐れず、そこから学ぶ姿勢」について考えてみませんか。欧州の宇宙開発が新たな段階に入る中、日本の宇宙ベンチャーも同様の挑戦を続けています。皆さんは民間主導の宇宙開発にどんな期待や可能性を感じますか?SNSでぜひ教えてください。