Last Updated on 2025-05-11 22:50 by admin
中国国家航天局(CNSA)は2025年4月24日、2020年12月に月探査機「嫦娥5号」が採取した月のサンプル(1,731グラム)の国際貸与申請結果を発表した。
2023年11月に開始された国際貸与申請には、同年12月末までに11の国と国際機関から計24件(サンプル71点分)の申請が寄せられ、今回承認されたのは、フランスのパリ地球物理研究所、ドイツのケルン大学、日本の大阪大学、パキスタン宇宙・上層大気研究委員会、イギリスのオープン大学、アメリカのブラウン大学とニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の6カ国7機関である。
CNSAの単忠徳局長は「嫦娥は中国のものであると同時に、世界のもの、私たち人類全体のものです」と述べ、中国は月科学研究サンプルの国際申請を継続的に開放する方針を示した。
日本では大阪大学理学研究科の寺田健太郎教授のもとに月サンプルが届き、5月1日には近藤忠研究科長への試料説明が行われた。寺田教授は月研究のエキスパートで、最先端機器を駆使した独自の手法で月の砂を解析する予定である。
一方、アメリカの2大学については、「ウォルフ条項」の影響でNASAの資金を使った研究ができないという問題が生じている。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の惑星科学者ティモシー・グロッチ氏は、香港大学の惑星地質学者銭煜奇氏と協力してサンプルを分析する予定だが、NASAの支援は受けられないと明かした。
「ウォルフ条項」は2011年4月にアメリカ議会が承認した法律で、国家安全保障を理由に中米間のNASA関連の共同研究活動を禁止している。
嫦娥5号の月サンプルは、NASAがまだサンプリングしていない月の地域から採取されており、月の地質史に関する新たな洞察を提供する可能性がある。中国の研究者による分析では、20億年前の月に2~4マイクロテスラ程度の弱い磁場が存在していたことが確認されている。
なお、中国は2024年6月25日に嫦娥6号ミッションにより、月の裏側から1,935.3グラムのサンプルを持ち帰ることに成功し、人類初の月裏側サンプルリターンを達成している。これらのサンプルは2025年大阪・関西万博の中国パビリオンでも展示される予定である。
References:
美国科学家:终于从中国借到了月壤,但NASA不会资助研究
【編集部解説】
嫦娥5号が2020年12月に持ち帰った1,731グラムの月のサンプルは、1976年のソ連のルナ24ミッション以来、約44年ぶりに地球に持ち帰られた貴重な月の物質です。Science誌の報道によると、嫦娥5号は内モンゴルの草原に着陸し、表面物質と1メートルのコアサンプルを持ち帰りました。
今回の国際貸与プログラムには、11の国と国際機関から計24件(サンプル71点分)の申請があり、最終的に6カ国7機関が選ばれました。これは中国が宇宙科学における国際協力への姿勢を示す重要な一歩といえるでしょう。特に注目すべきは、アメリカの2つの大学が選ばれたことです。これは米中間の宇宙協力において象徴的な意味を持ちます。
しかし、「ウォルフ条項」という政治的障壁が科学協力の妨げとなっている現実も見逃せません。この条項は2011年に制定され、国家安全保障を理由にNASAと中国政府機関との直接協力を禁止しています。この状況は、科学的進歩と国家安全保障のバランスという難しい問題を提起しています。
嫦娥5号のサンプルが科学的に重要なのは、NASAがまだ調査していない月の地域から採取されたためです。これらのサンプルは月の火山活動の歴史や表面物質の多様性について新たな洞察をもたらす可能性があります。すでに中国の研究者による分析では、20億年前の月に2~4マイクロテスラ程度の弱い磁場が存在していたことが確認されています。
宇宙開発の国際情勢に目を向けると、現在、米中間で「新たな宇宙競争」が進行しています。Progressive Policy Instituteのレポートによれば、中国は2045年までに宇宙分野でアメリカのリーダーシップの地位を奪うことを目指しており、一部の分野ではすでに優位に立っているとされています。
この競争は月面探査にも及んでおり、アメリカの「アルテミス計画」に対して、中国は「国際月面研究ステーション(ILRS)」を計画し、13カ国が参加しています。このように宇宙探査は国際的な影響力を競う場ともなっています。
日本の視点からは、大阪大学が今回のサンプル貸与に選ばれたことは大きな意義があります。日本の研究機関が中国の月サンプル研究に参加することで、日本の月探査技術や分析能力の向上につながる可能性があります。
今後の展望としては、科学協力と政治的緊張のバランスが鍵となるでしょう。宇宙探査における国際協力は、人類全体の知識を拡大するために不可欠ですが、国家間の競争や安全保障上の懸念との兼ね合いが常に問題となります。
また、2024年に嫦娥6号が月の裏側から1,935.3グラムのサンプルを持ち帰ったことも重要な進展です。これらのサンプルについても同様の国際協力が行われる可能性があり、月の裏側の謎を解明する新たな機会となるかもしれません。
テクノロジーの観点からは、月のサンプル分析技術の進化も注目に値します。高倍率顕微鏡による超薄岩石切片の検査や磁性研究など、最先端の分析手法が用いられることで、月の形成史に関する新たな発見が期待されています。
innovaTopiaの読者の皆さまには、この事例を通じて、科学的協力と国際政治の複雑な関係性について考えるきっかけにしていただければ幸いです。テクノロジーの発展は単なる技術的な問題ではなく、国際関係や政治的決断にも大きく影響されることを示す典型的な例といえるでしょう。
【用語解説】
嫦娥計画(Chang’e Program):
中国の月探査プログラム。嫦娥は中国神話に登場する月の女神の名前で、これまでに嫦娥1号から6号まで打ち上げられている。嫦娥5号は2020年に月の表側から1,731グラムのサンプルを持ち帰り、嫦娥6号は2024年に月の裏側から1,935.3グラムのサンプルを回収した。
ウォルフ条項(Wolf Amendment):
2011年に米国議会で可決された法律条項で、NASAが中国と直接協力することを禁止している。国家安全保障上の懸念から制定され、中米間の宇宙協力の大きな障壁となっている。
サンプルリターン:
宇宙探査機が天体の表面から物質を採取し、地球に持ち帰ること。月や小惑星のサンプルは、太陽系の形成や進化の研究に貴重な情報をもたらす。
国際月面研究ステーション(ILRS):
中国が主導する月面基地計画。2035年までに月の南極に基本施設を建設し、2045年までに完全運用を目指している。13カ国が参加を表明している。
中国国家航天局(CNSA):
中国の宇宙開発を担当する政府機関。工業情報化部の管轄下にあり、北京に本部を置く。年間予算は約110億ドル(2018年推定)。
アメリカ航空宇宙局(NASA):
アメリカの宇宙開発を担当する連邦機関。1958年に設立され、アポロ計画や国際宇宙ステーション計画などを主導。年間予算は249億ドル(2024年度)。
ブラウン大学:
アメリカのロードアイランド州プロビデンスにある私立大学。アイビーリーグの一員で、宇宙科学分野で優れた研究を行っている。
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校:
ニューヨーク州にある研究型州立大学。ニューヨーク州立大学機構の旗艦校の一つで、宇宙科学研究も盛んに行われている。
大阪大学理学研究科: 日本の国立大学である大阪大学の理学部門。寺田健太郎教授を中心に月や惑星の研究を行っており、今回の月サンプル研究に参加する日本唯一の機関。
【参考リンク】
中国国家航天局(CNSA)(外部)
中国の宇宙開発を担当する政府機関。嫦娥計画を含む中国の宇宙ミッションに関する公式情報を提供している。
NASA(アメリカ航空宇宙局)(外部)
アメリカの宇宙開発を担当する連邦機関。宇宙探査ミッションや科学研究に関する情報を提供している。
ブラウン大学 惑星科学科(外部)
月や小惑星の研究を含む惑星科学の研究を行っている。今回の月サンプル研究に参加する機関の一つ。
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校(外部)
月サンプル研究に参加する米国の大学。ティモシー・グロッチ氏の所属機関。
大阪大学理学研究科(外部)
月サンプル研究に参加する日本の研究機関。寺田健太郎教授のチームが研究を担当する。
【参考動画】
【編集部後記】
月の砂が国境を越えて科学者の手に渡るこのニュース、皆さんはどう感じましたか?宇宙探査は人類共通の挑戦でありながら、地上の政治に左右される現実があります。もし皆さんが月のサンプルを研究できるとしたら、何を調べたいですか?また、科学の進歩と国家安全保障のバランスについて、どのような考えをお持ちでしょうか?SNSで皆さんの視点をぜひ共有してください。宇宙技術の未来は、私たち一人ひとりの関心と議論から形作られていくのかもしれません。