Last Updated on 2025-06-03 06:47 by admin
天文学者チームが史上最大かつ最古の電波ジェットをクエーサーJ1601+3102で発見した。
このジェットは長さ20万光年で天の川銀河の約3倍に相当し、宇宙年齢12億年(現在の9%)の時代に形成された。質量4億5000万太陽質量のブラックホールによって駆動され、従来の理論より小さなブラックホールでも巨大ジェット生成が可能と判明した。
発見にはヨーロッパのLOFAR電波干渉計が使用され、アイルランドからポーランドまで50以上の観測所が連携した。研究はNSF NOIRLabのアニーク・グラウデマンスが主導し、ダラム大学のフリッツ・スワイエンが共同執筆者として参加した。追加観測にはハワイのジェミニ北望遠鏡とテキサスのホビー・エバリー望遠鏡が使用された。
ジェットは非対称で、南側ローブが北側より短く暗い。
この発見はThe Astrophysical Journal Lettersに掲載され、初期宇宙における比較的小さなブラックホールでも巨大ジェットを生成できることを示している。
From: The Largest Black Hole Jet Ever Found Is 3 Times the Size of the Milky Way
【編集部解説】
今回の発見における最も重要な科学的意義は、従来の宇宙物理学の常識を根本から覆した点にあります。これまで天文学者たちは、巨大な電波ジェットを生成するには数十億太陽質量クラスの超大質量ブラックホールが必要だと考えていました。しかし今回の発見では、4億5000万太陽質量という「比較的控えめな」ブラックホールでも、宇宙初期において20万光年という驚異的なスケールのジェットを生成できることが実証されました。
特に注目すべきは、ジェットの非対称構造です。2つのローブは中心のクエーサーの両側に約6万6000光年にわたって広がっていますが、南側ローブが切り詰められて見える一方、北側ローブが自由に伸びているという非対称性を持っています。これは、初期宇宙の環境が現在とは大きく異なっていたことを示唆しています。この構造は、周囲のガス密度や磁場構造の違いによるものと考えられ、初期銀河形成における複雑な物理過程を物語っています。
技術的な観点では、LOFAR(低周波電波干渉計)の革新性が改めて証明されました。従来の高周波電波望遠鏡では宇宙マイクロ波背景放射のノイズに埋もれてしまう微弱な信号を、ヨーロッパ全域に展開された50以上の観測所を連携させることで捉えることに成功しています。この多波長観測アプローチは、今後の宇宙観測における標準的手法となるでしょう。
この発見が示唆する長期的影響は、宇宙の構造形成理論全体の見直しを迫るものです。初期宇宙において、様々な質量のブラックホールが銀河進化に与えた影響を再評価する必要があります。ブラックホールジェットは周囲のガスを加熱し、星形成を調節する「宇宙のサーモスタット」として機能することが知られていますが、比較的小さなブラックホールでもこうした調節機能を発揮できるということは、初期宇宙の環境がより動的で複雑だったことを意味します。
将来的には、建設中のスクエア・キロメートル・アレイ(SKA)やジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測で、同様の現象がより多く発見される可能性が高まっています。人類の宇宙理解という観点では、この発見は「小さなブラックホールでも宇宙規模の影響を与えうる」という新たな認識をもたらし、宇宙初期の環境がいかに劇的で予測困難だったかを示す重要な証拠といえるでしょう。
【用語解説】
クエーサー(Quasar)
正式名称は準恒星状天体(Quasi-stellar object)。超大質量ブラックホールが周囲の物質を取り込む際に発生する極めて明るい活動銀河核で、宇宙で最も明るい天体の一つである。
電波ジェット(Radio Jet)
ブラックホールの極域から光速に近い速度で放出される荷電粒子の流れ。強力な磁場によって加速され、電波波長で観測できる巨大な構造を形成する。
赤方偏移(Redshift)
天体が地球から遠ざかることで光の波長が長くなる現象。宇宙膨張により、遠い天体ほど大きな赤方偏移を示し、距離と年代の指標となる。
降着円盤(Accretion Disk)
ブラックホール周囲で物質が渦巻き状に回転しながら落下する構造。摩擦熱により高温となり、強烈な電磁波を放射する。
宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background)
ビッグバンの名残として宇宙全体に存在するマイクロ波放射。遠方天体の電波観測において背景ノイズとなる。
【参考リンク】
LOFAR ERIC(外部)
ヨーロッパ全域に展開する低周波電波干渉計LOFARの公式サイト。52の観測所を持つ世界最大級の低周波電波望遠鏡の技術仕様と科学成果を紹介
NSF NOIRLab(外部)
アメリカ国立科学財団の光学・赤外線天文学研究所。ジェミニ望遠鏡やベラ・ルービン天文台を運営し、地上ベース天文観測の中核機関
Gemini Observatory(外部)
ハワイとチリに設置された双子の8.1メートル光学・赤外線望遠鏡。国際共同運営により全天をカバーし、系外惑星から遠方銀河まで幅広い天体を観測
【参考動画】
【参考記事】
Earth.com – Astronomers find the biggest black hole jet ever seen(外部)
LOFAR望遠鏡の技術的優位性と多波長観測の重要性について詳細に解説している
Phys.org – Astronomers just detected the biggest black hole jets ever seen(外部)
2024年に発見された別の巨大ジェット「ポルフィリオン」との比較研究で、ブラックホールジェットの多様性を解説
CBC News – This is the oldest black hole ever found(外部)
初期宇宙におけるブラックホール形成メカニズムと銀河進化への影響について分かりやすく説明
【編集部後記】
今回の発見は、私たちが抱く宇宙への根本的な疑問を新たな角度から照らし出しています。比較的小さなブラックホールでも宇宙規模の影響を与えられるという事実は、私たち自身の存在や地球という惑星の成り立ちにも深く関わっているかもしれません。皆さんは、この発見を通じて宇宙初期の姿をどのように想像されますか?また、LOFARのような国際協力による観測技術の進歩が、今後どのような宇宙の謎を解き明かしていくと思われるでしょうか?ぜひSNSで皆さんの宇宙観や期待をお聞かせください。