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ーTech for Human Evolutionー

電気力学的テザー搭載のSPARCS 燃料不要の衛星軌道制御でデブリ問題に挑戦

 - innovaTopia - (イノベトピア)

テヘランのシャリフ工科大学の研究者が、電気力学的テザー(EDT)を用いた衛星軌道離脱実験「SPARCS(Spacecraft for Advanced Research and Cooperative Studies)」を開発している。

SPARCSは2機のCubeSatで構成され、SPARCS-Aは1U CubeSatの通信プラットフォーム、SPARCS-Bは2U CubeSatでEDTを搭載する。EDTは最大12メートルまで展開可能で、サーボモーターで制御され、カメラが展開状況を監視する。EDTは電流を流した導電性ワイヤーで、ローレンツ力を利用して地球の磁場と相互作用し、燃料を使わずに軌道を調整できる。この技術により衛星を制御された大気圏再突入に導くことが可能である。

JAXAのKITEやミシガン大学のMiTEEなど過去のEDTミッションは成功していないが、MiTEE-2が開発中である。SPARCSには軌道の放射線環境を監視する線量計も搭載される。エンジニアは設計を完了し、現在は工学モデルを構築中である。

From: 文献リンクAnother Plan to Test Satellite Deorbiting Takes Shape

【編集部解説】

宇宙デブリ問題は、まさに人類の宇宙活動の持続可能性を左右する重要な課題となっています。現在、低軌道には毎月多くの新しい衛星が打ち上げられている状況です。このペースが続けば、ケスラーシンドローム(連鎖的な衝突による宇宙空間の使用不能化)が現実のものとなる可能性があります。

電気力学的テザー(EDT)技術の革新性は、従来の化学推進システムに依存しない点にあります。地球の磁場とテザーに流れる電流の相互作用によって生まれるローレンツ力を利用することで、燃料なしに軌道制御が可能になります。これは宇宙工学における根本的なパラダイムシフトといえるでしょう。

理論的には、EDTシステムは軌道高度や磁場強度に応じて効率的な軌道降下を実現できるとされています。消費電力も従来の推進システムと比較して極めて低く、小型衛星の主要ミッションに影響を与えません。

しかし、過去の実績を振り返ると、JAXAのKITE(2016年)やミシガン大学のMiTEE-1といった先行ミッションは、テザー展開の技術的困難により期待された成果を上げられませんでした。宇宙空間でのテザー展開は、微小重力環境での機械的動作、静電気の蓄積、マイクロメテオロイドの衝突など、地上では予測困難な要因が複合的に作用するためです。

SPARCSミッションの特徴は、2機のCubeSatによる分散システム設計にあります。通信専用のSPARCS-Aと実験機能を担うSPARCS-Bに分離することで、リスクを分散し、より確実なデータ取得を目指しています。また、カメラによるテザー展開の視覚的監視システムは、過去のミッションの教訓を活かした改良点といえます。

この技術が実用化されれば、衛星の設計思想が根本的に変わる可能性があります。従来は軌道寿命を延ばすために大量の燃料を搭載していましたが、EDTシステムがあれば軽量化と低コスト化が同時に実現できます。特に小型衛星コンステレーションにおいては、個々の衛星が自律的に軌道離脱できることで、運用コストの大幅な削減が期待されます。

一方で、EDTシステムには潜在的なリスクも存在します。長大なテザーは他の宇宙機との衝突リスクを高める可能性があり、また電流を流すことによる電磁干渉の問題も完全には解決されていません。国際的な宇宙交通管制システムとの整合性も重要な課題となるでしょう。

現在の地政学的状況を考慮すると、イランのシャリフ工科大学によるこのプロジェクトが予定通り進行するかは不透明な部分もあります。しかし、宇宙デブリ問題は全人類共通の課題であり、技術的な解決策の開発は国際協力の枠組みで進められるべき分野です。

長期的な視点では、EDTテクノロジーは宇宙エレベーターや軌道間輸送システムといった、より野心的な宇宙インフラの基盤技術となる可能性を秘めています。現在の小規模な実証実験が、将来の宇宙開発の新たな扉を開く鍵となるかもしれません。

【用語解説】

電気力学的テザー(EDT):
宇宙空間で展開される長い導電性ワイヤーで、地球の磁場と相互作用して電流を生成し、ローレンツ力により推進力を得る技術。燃料不要で軌道制御が可能。

CubeSat:
10cm×10cm×10cmの立方体を基本単位(1U)とする小型衛星規格。質量は約1.33kg以下(1Uの場合)で、低コストでの宇宙実験を可能にする。

ローレンツ力:
磁場中を移動する電荷が受ける力。EDTシステムでは、テザーに流れる電流と地球磁場の相互作用により軌道制御力を生成する。

線量計(ドジメーター):
放射線量を測定する装置。宇宙機の電子部品設計において放射線環境の把握は重要で、SPARCSでは軌道上の放射線データを収集する。

低軌道(LEO):
地上から約160-2000kmの高度の軌道。多くの人工衛星が運用され、宇宙デブリ問題が深刻化している領域。

ケスラーシンドローム:
宇宙デブリ同士の衝突が連鎖的に発生し、宇宙空間が使用不能になる現象。NASAの科学者ドナルド・ケスラーが1978年に提唱した理論。

KITE(Kounotori Integrated Tether Experiment):
JAXAがHTV-6で実施した700メートルのEDT実験。2016年に実施されたが、テザー展開に失敗した。

MiTEE(Miniature Tether Electrodynamics Experiment):
ミシガン大学が開発したEDT実験用CubeSat。MiTEE-1は打ち上げられたが、EDT機能は正常に動作しなかった。

【参考リンク】

JAXA(宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙開発を担う機関。KITEミッションでEDT技術の宇宙実証を試み、現在も宇宙デブリ除去技術の研究開発を継続。

【参考記事】

Performance of EDT system for deorbit devices using new materials(外部)
2020年12月発表の論文で、新材料を用いたEDTシステムの軌道離脱性能について詳細な技術解析を提供。

NASA Sounding Rockets Annual Report 2024(外部)
NASAの2024年年次報告書で、SwingSatなどテザー技術の技術成熟度向上プロジェクトについて言及。

2023 Small Satellite Propulsion Technologies Compendium(外部)
小型衛星推進技術の包括的調査報告書で、EDTを含む各種推進システムの現状と将来展望を分析。

【編集部後記】

宇宙デブリ問題は、私たちの日常生活に欠かせないGPSや通信衛星の未来を左右する重要な課題です。電気力学的テザー技術は、まさに「燃料なしで軌道を制御する」という革新的なアプローチで、この問題に挑戦しています。皆さんは、もし宇宙空間が使えなくなったら、どんな影響が生活に現れると思いますか?また、イランの研究チームが開発するSPARCSのような国際的な技術開発について、どのような期待や懸念をお持ちでしょうか?ぜひSNSで、宇宙技術の未来について一緒に考えてみませんか。

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TaTsu
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