2024年12月、防衛省は2800億円で「見る」衛星網の構築を発表した。そして今度は「守る」技術だ。アストロスケールが10億円で受注した把持機構開発は、日本の宇宙安全保障が監視から防護へと拡張する転換点を示している。
株式会社アストロスケールは、防衛省より「軌道上での自国衛星の監視・防御技術に関する研究(把持機構)」の契約を受注した。契約金額は約10億円(税抜き)で、2025年12月から2028年3月までの期間で実施する。防衛省は2025年7月に「宇宙領域防衛指針」を策定し、宇宙領域における防衛能力強化の柱の一つとして「機能保証(Mission Assurance)」を掲げている。
今回のプロジェクトでは、軌道上での自国衛星の検査や運用継続のための補助衛星ドッキングに必要な把持機構の研究を行う。汎用的な把持機構システムの開発と地上実証を実施する。アストロスケールは2025年2月に防衛省から「機動対応宇宙システム実証機の試作」の契約も受注しており、今回が二つ目の防衛省向け契約となる。
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アストロスケール、防衛省より新たな契約を受注
【編集部解説】
宇宙空間が「戦略的領域」として認識され始めて久しいですが、日本においてもその動きが本格化しています。今回のアストロスケールと防衛省の契約は、単なる技術開発案件ではなく、日本の宇宙安全保障政策における大きな転換点を示すものです。
デブリ除去という民生技術が、いかにして防衛用途に応用できるかを示す好例といえます。アストロスケールが培ってきた「接近・捕獲技術」は、もともと宇宙ゴミを安全に回収するためのものでした。この技術が、自国衛星の検査や保護、さらには軌道上でのドッキング支援という安全保障分野にも活用されます。
把持機構の開発が難しいのは、静止軌道上という極めて限定的な環境下で、事前情報が不完全な衛星を確実につかまなければならないからです。衛星が意図せず動いたり、形状が想定と異なったりする状況でも機能する「汎用性」が求められます。地上でのロボットアーム制御とは次元が異なる精密さが必要となるでしょう。
2025年7月に策定された「宇宙領域防衛指針」では、「機能保証(Mission Assurance)」が柱の一つとされました。これは、宇宙空間における脅威が現実化する中で、重要な衛星の機能を継続的に守り抜くという防衛省の強い意志の表れです。通信、測位、偵察など、安全保障上不可欠な衛星が攻撃やデブリによって機能不全に陥れば、国家の安全が脅かされます。
アストロスケールにとって、2025年2月の機動対応宇宙システム実証機に続く二つ目の防衛省契約となります。約10億円という契約金額は、米ドル換算で約640万ドルと決して巨額ではありませんが、民間企業が防衛分野へ本格参入する道筋を開く象徴的な意味を持ちます。
デュアルユース技術(民生・軍事両用)の開発は、宇宙産業の持続可能性を高める上でも重要です。民生市場だけでは回収困難な開発コストを、防衛需要が補完する構造が生まれつつあります。ただし、技術の軍事転用に対する透明性の確保や、国際的な宇宙規範との整合性については、今後も慎重な議論が必要でしょう。
【用語解説】
把持機構
物体をつかんで保持するための機械装置。宇宙空間では、衛星の形状や状態が不明確な場合でも確実に捕獲できる汎用性が求められる。ロボットアームや専用グリッパーなどの技術が含まれる。
機能保証(Mission Assurance)
宇宙システムが果たすべきミッションにおける安全性と信頼性を確保するための一連のプロセスや対策。攻撃やサイバー脅威に対して、衛星の重要な機能を継続的に維持し、異常時には回復できる能力を指す。
宇宙領域防衛指針
防衛省が2025年7月に策定した、宇宙空間における防衛能力強化の基本方針。機能保証、宇宙領域把握(SDA)、対処能力の向上などを柱とする。
スペースデブリ
軌道上に存在する使用済み衛星や破片など、機能を失った人工物体の総称。高速で周回するため、他の衛星や宇宙ステーションに衝突すると深刻な被害をもたらす。
静止軌道
地球の自転と同期して地上から見ると静止しているように見える軌道。高度約36,000kmに位置し、通信衛星や気象衛星が多く配置される重要な領域である。
SDA(Space Domain Awareness)
宇宙領域把握の略称。宇宙物体の位置や軌道の把握(SSA)に加え、宇宙機の運用・利用状況、その意図や能力まで把握すること。防衛上の脅威評価に不可欠な情報収集活動である。
デュアルユース技術
民生用途と軍事用途の両方に利用可能な技術。宇宙開発では、民間企業が開発した軌道上サービス技術が安全保障分野にも応用される事例が増えている。
軌道上サービス
宇宙空間で運用中の衛星に対して提供される各種サービス。デブリ除去、衛星の寿命延長、検査、修理、燃料補給、軌道変更支援などが含まれる。
【参考リンク】
アストロスケール公式サイト(外部)
2013年創業、持続可能な宇宙環境の実現を専門とする世界初の民間企業。デブリ除去や軌道上サービスを提供する。
防衛省「宇宙領域把握(SDA)に関する取組」資料(外部)
内閣府宇宙政策委員会の配布資料。SSAとSDAの違いや防衛省の宇宙領域把握強化方針を説明。
【参考記事】
Astroscale Japan Awarded Ministry of Defense Contract(外部)
公式プレスリリース英語版。契約金額約640万ドル、2025年12月から2028年3月実施と明記。
Japanese MOD Contracts Astroscale For Satellite Gripping(外部)
Aviation Week誌による報道。アストロスケールが防衛省から衛星把持機構開発を受注。
Japan MoD Awards Astroscale Contract to Develop Gripping(外部)
二つ目の防衛省向け契約であり、日本の宇宙安全保障能力強化を目的とする内容を報道。
防衛省「宇宙領域防衛指針」を発表、民間企業との連携強化へ(外部)
宇宙ビジネス専門メディアによる解説。2025年7月策定背景と機能保証を含む強化方針を詳述。
Astroscale Japan Secures Contract with Ministry of Defense(外部)
2025年2月発表の初の防衛省契約。機動対応宇宙システム実証機開発契約の詳細を記載。
【編集部後記】
宇宙空間が「守るべき領域」になりつつある現実を、皆さんはどう受け止めますか。デブリ除去という平和的な目的で開発された技術が、いつの間にか安全保障の文脈で語られるようになりました。技術に国境はないとよく言いますが、その技術をどう使うかは、まさに私たち人類の選択次第です。
アストロスケールのような民間企業が防衛分野に参入することで、宇宙ビジネスの裾野は確実に広がっています。一方で、宇宙空間の平和利用という理念との兼ね合いをどう保つのか。この問いに、簡単な答えはないのかもしれません。皆さんはこの動きをどう見ていますか。


































