アイキャッチ:ESA公式より引用
欧州宇宙機関(ESA)の2026年1月27日発表によって以下のことが明らかになった。
欧州宇宙機関の研究者David O’RyanとPablo Gómezが、ハッブル宇宙望遠鏡のアーカイブからAIを使って珍しい天体を発見する新手法を開発した。彼らが開発したニューラルネットワークAnomalyMatchは、ハッブル・レガシー・アーカイブの約1億枚の画像カットアウトをわずか2日半で検索し、1339個の異常天体を発見した。
そのうち800個以上は科学文献で未記録だった。発見された天体の多くは合体中の銀河や重力レンズだったが、クラゲ銀河や惑星形成円盤なども含まれ、数十個は分類不能な天体だった。この研究成果は2025年12月16日にAstronomy & Astrophysics誌に発表された。今後、ユークリッド宇宙望遠鏡やVera C. Rubin Observatory、Nancy Grace Roman Space Telescopeなどから生成される膨大なデータの処理にも、このAI手法が活用される見込みである。
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1400 quirky objects found in Hubble’s archive
【編集部解説】
天文学におけるデータ革命の最前線で、興味深い発見が報告されました。35年分のハッブル宇宙望遠鏡のアーカイブから、AIが1339個もの珍しい天体を発見したのです。このうち800個以上は科学文献に記録されたことのない、まさに「未知の存在」でした。
開発したのは欧州宇宙機関のDavid O’RyanとPablo Gómezの2名です。彼らが作り上げたニューラルネットワーク「AnomalyMatch」は、人間の脳の情報処理を模倣した機械学習システムで、約1億枚もの画像をわずか2日半で分析しました。
発見された天体の内訳を見ると、その多様性に驚かされます。最も多かったのは417個の合体・相互作用銀河で、これらは宇宙で起きている銀河同士の「衝突」の現場です。138個の重力レンズ候補も見つかりました。これは、手前にある銀河の重力が時空を歪め、背後の銀河からの光を円弧状に曲げる現象を捉えたものです。
さらに18個のクラゲ銀河、2個の衝突リング銀河も発見されています。クラゲ銀河とは、ガスの「触手」を持つ特異な形状の銀河で、惑星形成円盤をエッジオンで見たハンバーガーや蝶のような姿の天体も含まれていました。そして最も興味深いのは、数十個の「分類不能な天体」です。既存の分類に当てはまらないこれらの天体は、天文学の新たな発見につながる可能性を秘めています。
なぜこれほど多くの天体が見逃されていたのでしょうか。答えは「データ量の爆発的増加」にあります。ハッブル宇宙望遠鏡は35年間で膨大なデータを蓄積してきましたが、専門家が手作業で詳細に調べるには量が多すぎるのです。市民科学プロジェクトでも限界があり、AIの力が必要とされていました。
AnomalyMatchの強みは「半教師あり学習」と「能動学習」を組み合わせた点にあります。少数の正解データから学習を開始し、確信度の低い画像を研究者に提示して追加ラベル付けを求める、という循環を繰り返すことで、効率的に精度を高めていきます。わずか1400枚の訓練画像から始まったシステムが、1億枚のデータを処理できるまでに成長したのです。
この技術の登場は、まさに時宜を得たものです。2024年に観測を開始したユークリッド宇宙望遠鏡は、夜空の3分の1にわたる数十億の銀河を調査しています。2025年6月にファーストライト画像を公開したVera C. Rubin Observatoryは、10年間のLegacy Survey of Space and Timeで500ペタバイト以上のデータを生成する予定です。2027年5月までに打ち上げ予定のNancy Grace Roman Space Telescopeも、ESAが協力する形で参加します。
これらの次世代望遠鏡が生み出すデータ量は、人間の処理能力を完全に超えています。Rubin Observatoryだけで毎晩数百万件のアラートを発信し、年間で約4.4兆トークンものデータを生成すると予測されています。AnomalyMatchのようなAI手法なくしては、この「データの洪水」から科学的価値を引き出すことは不可能でしょう。
本研究の成果は2025年12月16日にAstronomy & Astrophysics誌で発表され、論文は2025年5月にarXivで公開されていました。発見された天体のカタログは、今後の天文学研究における貴重なリソースとなります。重力レンズは暗黒物質の分布を探る鍵であり、銀河の合体は宇宙の進化を理解する上で重要な観測対象だからです。
AIと天文学の融合は、もはや未来の話ではありません。それは現在進行形の革命であり、人類が宇宙を理解する方法を根本から変えつつあります。AnomalyMatchが示したのは、AIが単なる作業の効率化ツールではなく、人間が見逃してきた宇宙の秘密を明らかにする「新しい目」になり得るということです。
【用語解説】
ハッブル・レガシー・アーカイブ(Hubble Legacy Archive)
ハッブル宇宙望遠鏡の35年間にわたる観測データを保存するデータベース。数万のデータセットと約1億枚の画像カットアウトを含む、天文学における最大級のアーカイブの一つである。
ニューラルネットワーク
人間の脳の神経回路網を模倣した機械学習の手法。複数の層からなる計算ユニットがデータのパターンを学習し、分類や予測を行う。画像認識や異常検知などの分野で広く活用されている。
半教師あり学習(Semi-Supervised Learning)
少量のラベル付きデータと大量のラベルなしデータを組み合わせて学習する機械学習手法。完全教師あり学習に比べてラベル付けコストを大幅に削減できる。
能動学習(Active Learning)
機械学習モデルが自ら「学習に最も有益な」データを選択し、人間に正解ラベルを問い合わせる手法。効率的に学習精度を向上させることができる。
重力レンズ
大質量の天体の重力が時空を歪め、背後にある天体からの光を曲げる現象。アインシュタインの一般相対性理論によって予言され、暗黒物質の分布を調べる重要な手段となっている。
クラゲ銀河(Jellyfish Galaxy)
銀河団の中を高速で移動する際に、銀河間物質との相互作用でガスが剥ぎ取られ、クラゲの触手のような尾を引く銀河。銀河進化の研究において注目されている。
衝突リング銀河(Collisional Ring Galaxy)
銀河同士の正面衝突によって形成される、リング状の構造を持つ珍しい銀河。衝突によって生じた密度波が外側に伝播し、星形成を引き起こす。
Legacy Survey of Space and Time (LSST)
Vera C. Rubin Observatoryが実施する10年間の南天全域サーベイ計画。500ペタバイト以上のデータを生成し、暗黒エネルギー、暗黒物質、太陽系天体、超新星などを研究する。
【参考リンク】
欧州宇宙機関(ESA)(外部)
ヨーロッパの宇宙開発を担う国際機関で、23の加盟国が参加。ハッブル宇宙望遠鏡をNASAと共同運用
ESA/Hubble公式サイト(外部)
ハッブル宇宙望遠鏡の観測成果や画像を公開するESAの公式ウェブサイト。最新の天文学的発見を発信
Astronomy & Astrophysics誌(外部)
天文学・天体物理学分野の主要な国際学術誌。ヨーロッパ天文学会が発行し、査読付き論文を掲載
Vera C. Rubin Observatory(外部)
チリに建設された次世代天文台。3.2ギガピクセルカメラを搭載し、2025年からLSSTを開始
Euclid Mission(外部)
ESAの宇宙望遠鏡ミッション。2024年から夜空の3分の1を観測し、暗黒物質と暗黒エネルギーを研究
Nancy Grace Roman Space Telescope(外部)
NASAの次世代宇宙望遠鏡。2027年5月までの打ち上げを予定し、広視野赤外線観測で宇宙の謎に迫る
【参考記事】
Identifying astrophysical anomalies in 99.6 million source cutouts(外部)
本研究の原著論文。AnomalyMatchの手法と発見された天体の詳細な分析を掲載
AI unlocks hundreds of cosmic anomalies in Hubble archive(外部)
AIが約1億枚のハッブル画像から1300個以上の異常天体を発見した経緯を解説
Uncovering Anomalies in Hubble Imaging(外部)
AnomalyMatchの機械学習手法を分かりやすく解説。学習プロセスの詳細を説明
Astronomers discover over 800 cosmic anomalies using AI(外部)
800個以上の未記録天体の発見を報じる記事。重力レンズやクラゲ銀河など具体的な発見内容を紹介
Rubin Observatory’s telescope camera: LSST(外部)
SLACが開発したLSSTカメラの詳細と、Rubin Observatoryの科学目標について解説
【編集部後記】
天文学の世界では今、人間とAIが協働する新しい時代が始まっています。35年分のハッブルのデータから800個以上もの未知の天体が眠っていたという事実は、私たちがまだ宇宙のほんの一部しか理解していないことを示しています。これから数年で、ユークリッドやRubin Observatoryが生み出す膨大なデータの中に、どれほどの発見が隠されているのでしょうか。AIが「新しい目」となって明らかにする宇宙の姿を、皆さんと一緒に見守っていきたいと思います。






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