JAXAと国立極地研究所(NIPR)は2026年4月17日、2026年の北極の冬季海氷域面積が3月13日に1,376万平方キロメートルを記録し、衛星観測が開始された1979年以降で最小となったと発表した。
2025年の最小記録をさらに約3万平方キロメートル下回り、2年連続での記録更新となる。縮小の要因は、2026年1月から2月にかけてオホーツク海・バフィン湾・ラブラドール海で気温が平年を上回ったこと、およびオホーツク海で東〜南東の風が卓越したことである。
観測には「しずく」(GCOM-W)搭載のAMSR2と、「いぶきGW」(GOSAT-GW)搭載で2025年10月に定常運用を開始したAMSR3が用いられた。
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北極の冬季海氷域面積が広がりにくく、昨年に続き衛星観測史上最小を更新

【編集部解説】
今回JAXAと国立極地研究所(NIPR)が発表したデータを読む際に、まず押さえておきたい前提があります。JAXAの「海氷域面積」と、NASAやNSIDC(米国雪氷データセンター)の「sea ice extent」は、どちらも海氷密接度15%以上の領域を対象とするという点では同じ定義です。両値に差(JAXAの1,376万km² vs NASAの1,429万km²)が生じるのは「何を測っているか」の違いではなく、アルゴリズム・処理系・対象海域の範囲・時間平均の取り方の違いによるものです。「どちらが正しいか」という問いではなく、測定手法の違いとして理解しておくことが重要です。
ただし、どちらの機関の測定によっても「2年連続で観測史上最低水準」という事実に変わりはありません。NASAとNSDICは両年の差を誤差範囲内として「統計的な同着」と表現していますが、JAXAの計測では2026年が2025年を約3万平方キロメートル下回っており、明確な更新です。そしてより重要なのは、単年の記録よりも長期トレンドの深刻さです。JAXAのデータでは冬季の年間最大面積が年間約4.4万平方キロメートルずつ減少し続けており、NSDICのウォルト・マイアー上席研究員は「1〜2年の記録だけでは意味を持たないが、1979年以来の顕著な下降トレンドという文脈に置いたとき、それは全季節を通じた北極海氷の劇的な変化を強く裏付けている」と指摘しています。
日本にとって特筆すべきは、オホーツク海での変化です。オホーツク海の海氷は、親潮と混ざることでプランクトンを育て、北海道周辺の豊かな漁場を支える生態系の根幹をなしています。2年連続でこの海域の海氷が顕著に少ない状態となったことは、水産資源や地域の生業への長期的な影響という観点から、継続的な注視が必要です。
冬季の海氷が少ないまま春を迎えると、夏の融解シーズンの「スタート地点」が低くなります。氷が少ないほど、太陽光を反射するアルベド効果が低下し、海洋がより多くの熱を吸収します。その結果、さらに氷が溶けやすくなるという正のフィードバックループが加速します。JAXAの発表文は、今回の根拠としてIPCC第6次評価報告書(AR6)を引用し「北極海氷は地球温暖化の進行の中で変化に歯止めがかからなくなる可能性がある」と記しています。ただしAR6本文では、北極海氷面積は地球平均気温(GSAT)に対して線形的・可逆的に変化するという評価も示されており、不可逆なティッピングを断定しているわけではありません。懸念すべき変化が続いているのは事実ですが、この点は慎重に読む必要があります。
技術面で注目したいのが、新センサAMSR3の存在です。今回の記録更新を支えた観測の主軸は、前身のAMSR2を中心とした40年以上の継続データです。AMSR3は2025年10月に定常運用を開始しましたが、現在も初期校正・検証運用の段階にあり、一般公開に向けた準備が進んでいる段階です。AMSR3は6.9GHzから183GHzまでの21チャンネルを持ち、海氷観測に加えて降雪観測が可能になりました。これはAMSR2にはなかった新機能であり、積雪データと海氷データを組み合わせることで寒冷域の水循環をより立体的に把握できるようになります。また、気象予報や北極海の航路支援への活用もミッションとして掲げられており、科学研究にとどまらない実用的な価値が期待されています。
北極海の氷が減少するほど、北極海航路(NSR)の商業利用可能な期間は延びていきます。これは一見、経済的な機会のように見えます。しかし同時に、生態系の破壊・海面上昇・極端気象の増加といったリスクとのトレードオフを社会全体で問われる局面でもあります。衛星による継続的なモニタリングデータは、こうした意思決定の基盤となるものであり、JAXAとNIPRが40年以上にわたって積み上げてきた観測記録の価値は、まさにその点にあると言えるでしょう。
【用語解説】
海氷域面積とsea ice extentの違い
JAXAの「海氷域面積」とNASA・NSDICの「sea ice extent」は、どちらも海氷密接度15%以上の領域を対象とするという定義は共通だ。両値(JAXAの1,376万km²とNASAの1,429万km²)に差が生じる理由は定義の違いではなく、使用するアルゴリズム・処理系・対象海域の範囲・時間平均の取り方の違いによるものだ。「どちらが正しいか」という問いではなく、測定手法の違いとして理解するのが適切だ。
アルベド効果
地表や氷が太陽光を反射する割合(反射率)のことだ。海氷や雪は白色で反射率が高く、太陽エネルギーを宇宙へ跳ね返す。海氷が減ると、その下の暗い海面が露出し、太陽熱を吸収しやすくなる。これが温暖化をさらに加速させるメカニズムにつながる。
正のフィードバックループ
ある変化が別の変化を引き起こし、その結果が最初の変化をさらに強化するサイクルのことだ。北極では「海氷の減少→アルベド低下→海水温上昇→さらなる海氷の融解」という連鎖が典型例として挙げられる。
北極海航路(NSR: Northern Sea Route)
ロシア沿岸を通り、ヨーロッパとアジアを結ぶ海上航路だ。従来のスエズ運河経由と比べて航路が大幅に短縮できる。北極海氷の減少により商業利用が可能な期間が年々延びており、海運・エネルギー・地政学の観点から国際的な注目を集めている。ただし実際の開通日数は海氷厚・気象・規制など複合要因で変動する。
マイクロ波放射計
地表・海面・大気から自然に放出される微弱なマイクロ波(電波)を検知するセンサだ。雲を透過して観測できるため、天候に左右されず昼夜を問わない継続的なデータ取得が可能だ。海氷・海面水温・降水・積雪など、水に関する多様な物理量を衛星から推定できる。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)
国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)が設立した国際機関だ。世界中の科学者が気候変動に関する研究を評価・集約し、各国政府に向けて評価報告書を定期的に発表する。今回の記事ではJAXAの発表文が2021年発表の第6次評価報告書(AR6)を引用しているが、AR6本文は北極海氷の変化を「地球平均気温に対して線形的・可逆的」とも評価しており、不可逆なティッピングポイントを断定的に示しているわけではない。
【参考リンク】
JAXA(宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙航空研究を担う国立研究開発法人。ロケット・衛星から地球観測まで幅広い分野のミッションを展開する本記事の発表機関。
国立極地研究所(NIPR)(外部)
北極・南極の総合科学研究を担う大学共同利用機関。JAXAとの共同で長期海氷モニタリングを実施する本記事の共同発表機関。
いぶきGW(GOSAT-GW)/AMSR3(JAXA地球観測研究センター)(外部)
AMSR3を搭載した新型衛星「いぶきGW」のJAXA公式紹介ページ。センサ仕様・観測機能・データ公開の最新状況を確認できる。
北極域データアーカイブシステム(ADS)(外部)
JAXAとNIPRが共同運営する北極・南極の観測データポータル。海氷面積の速報値グラフをリアルタイムに近い形で公開している。
NSIDC(米国雪氷データセンター)(外部)
コロラド大学ボルダー校設置の米国中核研究機関。NASAと連携し、1979年以来の衛星ベース海氷データを公開・分析している。
ArCS III(北極域研究強化プロジェクト)(外部)
国立極地研究所主導の国家北極研究プロジェクト。2025年4月開始、北極域の環境・社会変化を総合的に研究し2030年3月まで実施する。
【参考動画】
温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」(GOSAT-GW)紹介ビデオ(JAXA公式、2025年7月)
北極の海氷面積が観測史上最小 今後の気象への影響に懸念も【スーパーJチャンネル】(テレビ朝日、2025年4月)
【参考記事】
Arctic Winter Sea Ice Ties Record Low, NASA, NSIDC Scientists Find(外部)
NASAの公式記事。2026年3月15日に北極海氷の年間最大面積が14.29百万km²を記録し、2025年の14.31百万km²と統計的に同着で衛星観測史上最小と発表した。
Arctic sea ice record low maximum strikes again | NSIDC(外部)
NSDICの公式発表。2026年最大値は1981〜2010年平均を136万km²下回ると指摘し、長期下降トレンドの深刻さを強調している。
2026 Arctic Winter Sea Ice Ties Record-Low Maximum | Mahomet Daily(外部)
NASA・NSDICデータをもとに2026年最大値5.52百万平方マイル(14.29百万km²)が2025年とほぼ同水準と詳報。多年氷の減少と一年氷優位化に警鐘を鳴らす。
Arctic sea ice was supposed to peak in March — instead, it dropped | Ecoportal(外部)
EUMETSAT OSI SAFデータに基づき、2026年3月15〜28日が観測45年で最低水準のまま推移したと報告する。
Arctic Winter Sea Ice Hits Record Low for Second Year | Down to Earth(外部)
NASAゴダード宇宙飛行センター氷圏科学研究室長のコメントを引用し、バレンツ海の氷の薄化とオホーツク海の海氷減少を数値とともに詳報する。
【関連記事】
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【編集部後記】
北極の海氷が減り続けているというニュースは、どこか遠い話に聞こえるかもしれません。でも、オホーツク海の流氷が減れば、北海道の漁業や観光にも影響が出てきます。
宇宙からの視点で地球を見つめ直すと、私たちの日常とつながっていることに気づかされます。みなさんは、衛星データが今後の社会にどんな形で活かされると思いますか?











