Anthropic、SpaceX超えIPOへ 862億ドルは時価総額ではない

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862億ドル。SpaceXが6月の上場で調達したこの金額を、Anthropicが上回ろうとしていると報じられました。ただし、この数字は時価総額ではありません。いま飛び交う9,650億ドル、2兆ドル超、1.6兆ドルという「評価額」とは、そもそも測っているものが違います。


Anthropicが、SpaceXの記録に並ぶか上回る規模の新規株式公開を見込んでいると、Bloombergが関係者の話として米東部時間8月20日(日本時間21日)に報じた。SpaceXのグロス調達額は当初約750億ドル、全行使後で約862億ドルだった。

Anthropicは早ければ8月中の公開申請を準備しており、CFOのクリシュナ・ラオ氏が主導した投資家説明では評価額に踏み込まなかったとされる。Bloombergが閲覧した非公開資料では、2025年の純損失は約420億ドルで前年の約83億ドルから約5倍。ランレートは7月末に650億ドル。

IPO準備にはMorgan Stanley、Goldman Sachs、JPMorgan Chaseが関与し、Citigroupも加わる方向だ。

From: 文献リンクAnthropic Expects to Match SpaceX’s Record IPO Size or Top It

【編集部解説】

862億ドルという数字が指しているもの

まず、今回の報道で記録として名指しされている数字を確認しておきます。SpaceXの約862億ドル(約13兆7,000億円。1ドル=159円の参考レートで換算、2026年8月21日時点。以下同)は、IPOで新株を発行して調達したグロスの金額であって、時価総額ではありません。

IPOでは、会社全体の値段を表す上場時の評価額と、株式のオファリング総額を分けて考える必要があります。新株発行分は会社の資金になりますが、既存株主による売出しが含まれれば、その代金は売主に入ります。SpaceXはSEC提出資料上すべて新株発行で、公開価格は1株135ドル、グロスの調達額は当初約750億ドル、オーバーアロットメント全行使後で約862億ドルでした。上場時の評価額は約1.77兆ドルです。

Anthropicが並ぼうとしているのは、この約862億ドルのIPO規模です。「SpaceX超え」を「時価総額でSpaceXを抜く」と読むことはできません。同じ規模のIPOでも、上場時の評価額は公開価格と上場後の株式数で決まります。Anthropic自身、6月1日の発表時点で募集株数も価格も設定していないと明記しています。

IPOの最終評価額は、まだ決まっていません

では評価額はいくらになるのか。ここは、数字の出どころを分けて見る必要があります。

会社は目標額を設定していません。Bloombergは、CFOのクリシュナ・ラオ氏が主導した投資家説明で、評価額の問題に踏み込まなかったと報じています。Financial Timesも8月13日、複数の出資者の話として、幹部は私的な場でもIPOの目標評価額を定めていないと伝えました。会社が公表した直近の評価額は、5月のシリーズHでの9,650億ドル(約153兆円、ポストマネー)です。

一部の投資家は2兆ドル以上を見込んでいます。同じFTの記事によれば、6人の出資者が、早ければ10月の上場で2兆ドル超という試算を語りました。前提は、2026年末のランレートが1,000億〜1,200億ドルに達するという予想です。年率800%で伸びる会社なら売上高の30倍でも低いほうだとして、3兆ドルを挙げた投資家もいます。一方で同じ記事は、6月に成長が鈍ったと語る投資家がいることも伝えています。

1.6兆ドルは、デリバティブの価格から逆算された暗示的な評価額です。暗号資産取引所に上場するプレIPO型の商品が対象で、推定株式数と各取引所の値動きに依存します。

9,650億ドルは会社が5月に公表した私募ラウンドの評価額、2兆ドル超は一部投資家の将来試算、1.6兆ドルはデリバティブ市場からの逆算。同じ「評価額」でも、主体も時点も根拠も違います。混ぜて読むと、会社がまだ設定していないIPOの評価額が、確定した数字のように見えてきます。

「650億ドル」と「162億ドル」は、別のものを測っています

もう一つ、混ざりやすい数字があります。7月末のランレート650億ドルです。

ランレートは直近の短い期間の売上を年換算した推計値で、実際に計上された売上ではありません。Bloombergが報じた第1四半期47億3,000万ドルと、第2四半期の暫定115億ドル超を単純に足すと、上半期の計上売上は162億3,000万ドル超になります。650億ドルとこの数字は、同じものを測っていません。

前年同期の第2四半期が7億8,700万ドルだったことを思えば、伸びそのものは異例の速さです。ただし急成長の局面では、直近の高いペースを12か月に引き延ばすランレートは、過去12か月の実績より大きく見えます。そのペースが続くことを保証する数字ではありません。公開S-1で財務諸表が開示されれば、この推計値を実際の四半期の数字と突き合わせて読めるようになります。

420億ドルの赤字をどう置くか

Bloombergが閲覧した非公開資料によると、2025年の純損失は約420億ドル(約6兆7,000億円)。前年の約83億ドルから約5倍です。

純損失は、売上原価から研究開発費、人件費まで含んだ最終的な数字です。費用の内訳が公開されていない現時点で、この420億ドルを計算資源の原価そのものと読むことはできません。ただし、AnthropicがSpaceXと結んだ計算資源の契約が3年で数百億ドル規模になりうるとBloombergが報じているとおり、需要に先行して大規模な計算資源を押さえる契約は、少なくともAnthropicにとって大きな資金需要の一因です。

同じ資料の上では、第2四半期の調整後営業利益は黒字でした。調整の中身も会計基準に沿った数字も公開されていないため、一つの四半期から採算性を判断するには材料が足りません。ここも、公開S-1を待つ領域です。

6月に見えていた「三社同時上場の波」は、形を変えました

innovaTopiaでは6月、SpaceX・Anthropic・OpenAIが相次いで上場へ向かう構図を「巨額IPOの波」として報じました。当時の見立てでは、OpenAIも早ければ9月の上場を視野に入れているとされていました。

今回の報道では、OpenAIは2027年の上場を検討しているとされています。三社が短い期間に並ぶという絵は、少なくとも時期の面で描き直しが必要になりました。

とはいえ、波が細ったわけではありません。Bloombergの集計では、8月19日までの米IPO調達額は1,606億ドルに達し、2021年の過去最高1,952億ドルまで346億ドルです。仮に2026年中にSpaceX並みの規模で上場すれば、この記録は塗り替わる計算になります。同じ8月20日には、CitigroupがMorgan Stanley、Goldman Sachs、JPMorgan Chase & Co.と並ぶ主要アドバイザーに加わる方向だとも報じられました。Bloombergの2026年の米IPOリーグテーブルでは同行が首位で、SpaceXの案件での役割が大きく寄与しています。変わったのは波の高さではなく、押し寄せる順番です。

公益目的会社が、公開市場に出るということ

正式な社名はAnthropic, PBC。末尾のPBCは、Public Benefit Corporation、公益目的会社を指します。デラウェア州法のもとで取締役会は、株主の金銭的利益、会社の行為によって重大な影響を受ける者の利益、そして定款に掲げた公益目的という三つを均衡させて経営することを求められます。

その会社が、創業者らに持株比率を上回る議決権を与える超議決権株(複数議決権株式)を検討していると報じられています。Bloombergによれば、約2%を保有するCEOのダリオ・アモデイ氏と共同創業者らが対象です。短期的な株主圧力から経営判断を守りやすくする一方、一般株主の議決権を相対的に弱め、経営陣の支配を固定化しうるという批判も広くあります。

しかもAnthropicの取締役会は、すでに独立したLong-Term Benefit Trustの選任した取締役が過半数を占めています。4月にNovartis CEOのヴァス・ナラシンハン氏が加わったことで、その状態になりました。AI安全性を掲げてきた会社が、公開市場の時間軸とどう折り合いをつけるのか。超議決権株が採用される場合、株式の種類も議決権も取締役の選任権も、上場後の正式な条件は公開S-1で確認することになります。

日本の読者にとって

日本の個人投資家がAnthropic株を直接買えるかどうかは、上場先と各証券会社の取扱い次第で、現時点では決まっていません。ただ、影響は株を持つかどうかとは別のところに及びます。

Claudeは、国内でも業務システムやコーディング支援に組み込まれ始めています。その提供元が、継続的に数字を開示する会社になる。モデルの提供条件や価格を決めるのは引き続き会社ですが、その判断は開示を通じて投資家の評価にさらされます。6月12日には、Claude Fable 5とMythos 5へのアクセスが輸出管理を理由に全ユーザー向けに停止されました。7月1日、Fable 5は世界の利用者向けに提供を再開し、Mythos 5は承認された一部の米国組織にアクセスが戻っています。依存先の意思決定がどこまで見えるようになるかは、実務上の関心事です。

公開申請の時期も、調達規模も、評価額も、報道はそろって「変わりうる」と付しています。それでも申請が行われれば、財務諸表や資本構成、リスク情報、IPOの条件といった多くを、会社名義の届出書で検証できる段階に入ります。報道された将来見通しや交渉中の数字がすべて載るわけではありませんが、少なくとも土台になる資料は手に入ります。

【関連記事】

Anthropic IPO始動 ─ Claude開発元がSECにS-1を秘密提出、OpenAI追い抜く
6月1日の機密提出を報じた記事。今回の続報の起点にあたり、当時の評価額と、上場をめぐるその時点での経緯もここで確認できる。

SpaceXの報道|監視する欧米、参加する日本――巨額IPOの波とFable 5が示した依存のコスト
3社が相次いで上場するという見立てを示した記事。本文では、この見立てを今回のOpenAIをめぐる報道を受けて更新している。

【編集部後記】

SpaceXがSECに提出した資料には、Anthropicとの計算資源契約が月12億5,000万ドル、2029年5月までと書かれています。ただし最初の3か月を過ぎれば、90日前の通知で解約できる条項も付いています。

巨額の約束に、いつでも降りられる出口が用意されている。本文で扱った「3年で数百億ドル」という規模と、この解約条項。AIインフラへの投資の実像に近いのは、どちらの側面でしょうか。


【用語解説】

IPO(Initial Public Offering、新規株式公開)
未上場企業が株式を証券取引所に売り出し、誰でも売買できる状態にすること。会社は資金を調達でき、既存株主は保有株を換金する機会を得る。

公開申請とS-1
S-1は米国で上場する企業がSECに提出する登録届出書。財務諸表、資本構成、リスク要因などを記載する。一定の要件を満たす企業は、まず内容を非公開のままSECに提出して審査を受けられる。その後に公開申請を行うと、届出書が誰でも閲覧できる状態になる。

オーバーアロットメント
IPOで当初の予定を超える需要があった場合に備え、引受金融機関が追加の株式を売り出せる仕組み。上場後に株価が公開価格を上回ると行使されることが多く、行使されれば調達額はその分だけ増える。

グロス調達額
売り出した株式の総額。引受手数料や諸経費を差し引く前の金額であり、会社が最終的に手にする現金とは一致しない。

ランレート(年換算売上高)
直近の短い期間の売上を12か月分に引き延ばした推計値。実際に会計上計上された売上ではない。急成長の局面では、過去12か月の実績より大きな数字になりやすい。

調整後営業利益
会計基準に沿って算出した営業利益から、一時的な費用や株式報酬などを企業の判断で除いた指標。何を調整するかの定義は企業ごとに異なるため、会計基準に沿った数字と単純には比較できない。

ポストマネー評価額
資金調達の直後に会社全体につけられた値段。調達した金額を含んだ数字であり、調達前の評価額と区別される。

公益目的会社(Public Benefit Corporation、PBC)
米国の営利法人の一形態。デラウェア州法のもとでは、取締役会は株主の金銭的利益、会社の行為によって重大な影響を受ける者の利益、そして定款に掲げた公益目的の三つを均衡させて経営することを求められる。

超議決権株(複数議決権株式)
1株あたりの議決権が普通株より多く設定された株式。少ない持ち株比率で会社の意思決定を左右できるため、創業者が上場後も経営権を保つ手段として使われる。一般株主の議決権が相対的に弱まるという批判もある。

暗示的な評価額(implied valuation)
市場で取引されている価格から逆算した企業価値。株式そのものではなく、上場前の株価に連動するデリバティブなどの価格と推定株式数から計算されるため、会社が掲げる目標額とは別のものになる。

リーグテーブル
金融機関が手がけた案件の規模を集計し、順位づけした表。IPOの引受業務では、どの案件に関与したかが順位に直結する。

【参考リンク】

Anthropic confidentially submits draft S-1 to the SEC(外部)
2026年6月1日の公式発表。募集する株数と価格はまだ設定しておらず、上場は市場環境その他の要因に左右されると明記している。

Anthropic raises $65B in Series H funding at $965B post-money valuation(外部)
2026年5月のシリーズH。650億ドルを調達し、ポストマネー評価額は9,650億ドルとなった。この数字の一次情報にあたる。

The Long-Term Benefit Trust(外部)
Anthropicの取締役を選任する独立した信託。設立の趣旨と、どのような権限を持たせる設計にしたかを公式に説明している。

Anthropic’s Long-Term Benefit Trust appoints Vas Narasimhan to Board of Directors(外部)
2026年4月14日の発表。この就任によって、信託が選任した取締役が取締役会の過半数を占めるようになったと記されている。

Redeploying Claude Fable 5(外部)
6月12日の提供停止から7月1日の再開までの経緯。Fable 5とMythos 5で復旧の範囲が異なることが読み取れる。

Delaware Code Title 8, Subchapter XV(外部)
公益目的会社を定めるデラウェア州法の条文。取締役会に求められる、株主の利益を含む三つの利益の均衡が、ここに規定されている。

【参考記事】

Anthropic investors bet on $2tn valuation in record IPO(外部)
8月13日。6人の出資者が、早ければ10月の上場で2兆ドル超を見込むと報じた。本記事の評価額をめぐる節の骨格となった記事。

Anthropic Set to Add Citigroup to Top IPO Banks on Mega-Listing(外部)
転記元と同日の続報。Citigroupが主要アドバイザー陣に加わる方向であることと、同行が引受実績で首位にあることを伝えている。

Anthropic quarterly revenue eclipses $11.5 billion amid IPO prep(外部)
8月14日。第2四半期の暫定売上高115億ドル超と、前年同期7億8,700万ドルとの比較。暫定値である旨も明記されている。

Anthropic revenue run rate hits $65 billion ahead of IPO(外部)
8月17日。7月末のランレートは650億ドル。会社が公開したIR資料ではなく、投資家向けの更新情報として報じられた数字。

Anthropic moves closer to mega-IPO as bankers line up investor meetings(外部)
7月15日。引受金融機関が投資家との面談を設定し始めた段階を伝えた記事。10月の上場という見立ては、ここで出てきている。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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