Last Updated on 2025-05-24 07:17 by admin
Nature誌が2025年5月22日に発表した記事によると、宇宙産業の価値は2023年の6,300億米ドルから2035年には1兆8,000億ドルへと3倍に拡大する見込みである。現在、世界には77の宇宙機関が存在するが、多くの低・中所得国(LMIC)、先住民族の国家・コミュニティ、小国が宇宙活動の議論から排除されている。
現在、世界には77の宇宙機関が存在し、宇宙産業の価値は2023年の6,300億米ドルから2035年には1兆8,000億ドルへと3倍近い驚異的な成長が見込まれています。しかしその陰で、多くの低・中所得国(LMIC)、そしてとりわけ先住民族の国家やコミュニティ、さらには小国が宇宙活動に関する重要な議論や意思決定のプロセスから排除されているという深刻な課題が浮かび上がっています。
重要なのは、先住民族コミュニティは宇宙探査そのものに必ずしも反対しているのではなく、むしろ自らの権利と文化的価値観が尊重され、意味のある形で協議と協力が行われるプロセスを求めている点です。しかし、現状では彼らの声は十分に届いていません。
具体的な事例と顕在化する緊張
ハワイ・マウナケア問題
ハワイの先住民コミュニティが聖地であるマウナケア山頂での30メートル望遠鏡(TMT)建設に反対している。カナカ・マオリ(ハワイの先住民)の指導者と市民、その他の先住民環境活動家が聖地の冒涜として反対しているが、すべてのカナカ・マオリが反対しているわけではない。
ナバホ族の月面遺骨問題
2024年、アメリカ先住民ナバホ族は、商業的な試みとして人間の遺骨を月面に送ろうとした計画に対し強く異議を唱えた。月を神聖な存在と見なすナバホ族にとって、この行為は深い心の痛みと文化的冒涜を意味した。
SpaceXスターベース市制化と先住民族の懸念
2025年5月3日、テキサス州のSpaceX従業員コミュニティ「スターベース」が住民投票により市として法人化されることが決定した。これにより同社がボカチカビーチの周辺地域の管理権限を強化する可能性があり、この地域が先住民族カリーンクロード族の祖先の土地であるにもかかわらず、彼らの同意なしに環境汚染や土地の囲い込みが進むのではないかという懸念が浮上している。
オーストラリアの先住民宇宙参画
オーストラリアでは、先住民族の宇宙産業への参画を目指す注目すべき動きがある。2020年にはアボリジニ所有企業「適正技術センター」が地上局「サテライト・エンタープライズ」を開設し、宇宙経済へのアクセスを試みている。また、メルボルンのモナシュ大学に拠点を置く国立先住民宇宙アカデミー(NISA)はNASAと協力し、次世代の先住民宇宙飛行士やSTEM人材の育成に取り組んでいる。ケアンズでは、ガンガンジ族のダニエル・ジョインビー氏が先住民の知見を活かすコンサルタント会社「ガンガンジ・エアロスペース」を設立した。
しかし、課題も存在する。2024年には、宇宙打ち上げ企業エクアトリアル・ローンチ・オーストラリアがアーネム宇宙センターを閉鎖し、クイーンズランド州への移転を発表しました。この背景には、官僚的なプロセスの遅延や先住民との協議の複雑さが指摘されており、グマッジ・コミュニティの多くは、地域経済の発展機会が失われたことに失望を表明している。
スウェーデン・サーミ族問題
北極圏のエスレンジ宇宙センターでの軌道ロケット打ち上げ拡張が、先住民サーミ族のトナカイ牧畜を脅かしている。2021年、ハーバード大学主導のSCoPEx太陽地球工学実験がサーミ評議会の反対により中止された。これはサーミ族が法的に認められた土地利用権を有しているにもかかわらず、エスレンジがサーミ族と協議することなく実験の許可を与えたためである。
国際条約・協定の限界と新たな動き
1967年宇宙条約は先住民族の権利を明示的に言及していない。
1976年のボゴタ宣言では赤道諸国が自国上空の静止軌道の所有権を主張したが広範に拒絶された。
2020年以降、50カ国以上がアルテミス協定に署名。しかしこれもまた先住民族の権利に関する具体的な条項を含んでいない。ただし、署名国が国内法や政策を通じて先住民族の権利保護に積極的に取り組むならば、協定が間接的に包摂性を高める道筋となる可能性も指摘されている。
2024年9月、国連未来協定がニューヨークサミットで採択。
2007年、国連先住民の権利宣言が採択。この宣言は、先住民族が自らの文化、土地、資源について自己決定権を持つこと、そして影響を受ける可能性のあるプロジェクトに対して「自由で事前の十分な情報に基づく同意(FPIC)」を与える権利を有することを明記している。
Nature誌によるこの記事は、5カ国の学者と先住民研究者グループによって執筆され、協力、協議、尊重、責任、相互利益に基づく包摂的で反植民地的な宇宙探査の必要性を訴えるものである。
References:
Why space exploration must not be left to a few powerful nations
【編集部解説】
今回のNature記事は、宇宙探査における包摂性という、これまで主流メディアではあまり注目されてこなかった重要な視点を提示しています。
宇宙産業の急成長と排除の構造
宇宙産業の市場規模が今後10年で3倍に拡大するという予測は、PwCやMorgan Stanleyなど複数の調査機関が発表している数値と一致します。しかし、この成長の恩恵を受けるのは主に先進国の大企業であり、77の宇宙機関が存在する一方で、多くの国や地域が意思決定プロセスから排除されているのが現実です。
特に注目すべきは、先住民族コミュニティが単なる「反対勢力」として描かれがちな点です。実際には、彼らの多くは宇宙探査そのものに反対しているわけではなく、自分たちの権利と文化的価値観が尊重される形での参画を求めています。
具体的な紛争事例の背景
ハワイのマウナケア問題では、記事が指摘するように「すべてのカナカ・マオリがTMTに反対しているわけではなく、多くのハオレ(ネイティブハワイアンでない人々)が抗議者と同盟している」という複雑な構造があります。2019年の抗議活動では4週間にわたって12の天文台すべてが閉鎖され、50年の歴史で最長の運用停止となりました。
スウェーデンのエスレンジ宇宙センターでは、サーミ族のトナカイ牧畜業者が法的に認められた土地利用権を持っているにも関わらず、宇宙開発が優先される構造的問題が浮き彫りになっています。2021年のSCoPEx実験中止は、事前協議の重要性を証明した事例といえるでしょう。
オーストラリアモデルの先進性と課題
オーストラリアの取り組みは世界的に注目されています。国立先住民宇宙アカデミーがNASAとの連携により先住民宇宙飛行士の育成を進めている一方で、エクアトリアル・ローンチ・オーストラリアのアーネム宇宙センター閉鎖は、官僚的プロセスの遅さと先住民協議の複雑さが経済機会を逸失させるリスクも示しています。
記事では、多くのグマッジ・コミュニティメンバーが「鉱業などの破壊的慣行からの地域の移行を助けるであろうこの地域の経済基盤を奪われたことに失望している」と具体的に言及されており、先住民コミュニティが宇宙産業に期待していた経済効果の重要性が分かります。
法的枠組みの限界と新たな動き
1967年の宇宙条約が先住民族の権利を明示していない点は、現代の宇宙開発において深刻な法的空白を生んでいます。一方で、2024年9月に採択された国連未来協定は、産業・科学プロジェクトの開発段階に先住民の同意を組み込む初の試みとして評価できます。
アルテミス協定についても、現在50カ国以上が署名していますが、先住民族の権利に関する明確な条項は含まれていません。記事では「署名国が同時に先住民の権利を支援するために行動する場合のみ」アルテミス協定が先住民関与の道筋となり得ると指摘しています。
将来への影響と長期的視点
記事の結論部分では「パンデミックから気候危機まで、今日の多くの問題は、地域の人々の洞察と惑星規模のガバナンスとの間の断絶から生じている」と指摘し、宇宙探査を包摂的なガバナンスの実験場として位置づけています。
2025年7月のメルボルン大学での国際天文学連合シンポジウムや、9月のシドニー国際宇宙会議は、包摂的な宇宙探査に向けた具体的な議論の場となる予定です。これらの会議の成果が、今後の宇宙開発の方向性を左右する可能性があります。
【用語解説】
アルテミス協定:
2020年に米国主導で開始された月・火星探査に関する国際協定。透明性、平和目的、相互運用性など10の原則を定める。2025年5月現在、50カ国以上が署名している。日本も初期署名国の一つ。
先住民族の自由で事前の十分な情報に基づく同意(FPIC):
開発プロジェクトが先住民の土地や文化に影響を与える場合、事前に十分な説明を行い、強制されることなく同意を得る国際的な人権原則。国連先住民権利宣言で確立された。
低・中所得国(LMIC):
世界銀行の分類による経済発展段階の指標。1人当たり国民総所得が4,255ドル以下の国々を指す。宇宙開発においては技術・資金面で制約を受けやすい。
静止軌道:
地球の自転と同期して周回する軌道(高度約36,000km)。通信衛星や放送衛星が多く利用している。1976年のボゴタ宣言では赤道諸国がこの軌道の所有権を主張した。
30メートル望遠鏡(TMT):
ハワイ・マウナケア山頂に建設予定の超大型光学赤外線望遠鏡。主鏡直径30メートルで、現在の最大級望遠鏡の9倍の集光力を持つ。日本、米国、カナダ、中国、インドが参加する国際プロジェクト。
【参考リンク】
SpaceX公式サイト(外部)
イーロン・マスクが設立した宇宙開発企業。再使用可能ロケット「ファルコン9」と衛星インターネット「スターリンク」を提供。
NASA公式サイト(外部)
米国航空宇宙局の公式サイト。アルテミス計画の最新情報や宇宙探査ミッションの詳細を提供。
国立天文台TMTプロジェクト(外部)
30メートル望遠鏡の日本における推進機関。建設計画の詳細と環境・文化的配慮について説明。
オーストラリア宇宙庁(外部)
オーストラリアの宇宙開発を統括する政府機関。先住民関与チームの活動も紹介。
適正技術センター(外部)
アボリジニ所有企業として2020年にサテライト・エンタープライズを開設。先住民コミュニティの宇宙経済参画の先駆例。
【参考動画】
【編集部後記】
宇宙探査が「全人類のため」と言われる一方で、実際の意思決定から多くの声が排除されている現実をどう思われますか?日本も宇宙開発を進める中で、アイヌ民族をはじめとする先住民族の視点や、アジア諸国との協力をどう深めていけるでしょうか。私たちが夜空を見上げるとき、そこに何を見出すか。技術革新だけでなく、多様な価値観が共存する宇宙時代について、ぜひ皆さんの意見をSNSでお聞かせください。