1円で発行できるJPYCが、韓国の板では37.60ウォン、日本円にして4円台で約定しました。似たことは5年前にも二度起きています。発行体も取引所も違う三つの事例を並べてみると、そのたびに名指しされてきた同じものが浮かび上がってきます。三度目には、それまでと違う条件がありました。
韓国の取引所Upbitは2026年9月17日18時、日本円ステーブルコインJPYCの取引を開始した。対応ネットワークは当初Ethereumのみ、告知記載の参考価格は1JPYC=8.81ウォンだった。1分足では18時5分に12.00ウォンで最初の取引が成立し、18時39分に37.60ウォンへ到達した。参考価格の4.27倍にあたる。
Upbitは上場直後に注文の制限を設けたが、その後の全面停止は確認されない。JPYC株式会社は同日夜、EthereumとPolygonの発行予約を一時停止し、いずれも18日未明に復旧した。総流通量は17日10時23分時点の約18億9963万JPYCから18日朝には約42億6000万JPYCへ増え、18日9時00分の1分足は終値9.32ウォンとなった。
| 2021年5月 | 2021年11月 | 2026年9月 | |
|---|---|---|---|
| 取引所 | Binance | Coinbase | Upbit |
| 銘柄 | GYEN | GYEN | JPYC |
| 発行体 | GMO-Z.com Trust | GMO-Z.com Trust | JPYC株式会社 |
| 規制の所在 | ニューヨーク州 | ニューヨーク州 | 日本(資金決済法) |
| 上振れ | ― | 円の7倍超(訴状) | 参考価格の4.27倍 |
| 取引所の対応 | 上場4時間15分で停止 | 売却制限のうえ全面停止 | 上場直後の注文制限のみ |
| 発行側の動き | ― | ― | 発行予約を一時停止、未明に復旧 |
| 説明された原因 | 流動性の不足と異常な価格変動 | 需要に供給が追いつかなかった | 在庫が足りなくなった |
2021年に二度起きていたこと
5年前にも、円が海外の板で跳ねたことがあります。
Binanceの4時間15分
2021年5月12日、Binanceが円建てステーブルコイン「GYEN」を上場しました。協定世界時で午前7時、BTCとUSDTの2つのペアで取引が始まっています。
34分後、Binanceは大きな価格変動を理由に取引を一時停止しました。午前11時に再開しますが、その15分後、ふたたび止めています。理由として掲げられたのは「流動性の不足と異常な価格ボラティリティ」でした。上場からわずか4時間15分のことです。
GYENは、GMOインターネットグループの米国子会社GMO-Z.com Trustが発行していた円建てステーブルコインです。ニューヨーク州金融サービス局の認可を受けた、米銀行法規制に準拠する世界初の日本円ステーブルコインでした。1単位=1円での発行と償還を掲げる設計は、いまのJPYCと同じです。
半年後、同じことが繰り返されます。
Coinbaseで起きたこと
2021年11月10日、GYENがCoinbaseに導入されました。当初はCoinbase Pro利用者が保有分を移せるだけで、売買はできません。16日に全面的な取引が始まると、価格はほとんど即座に円から離れました。
このときの状況は、翌年に提起された集団訴訟の訴状に記録されています。以下は原告側の主張と、そこに引かれた被告側の反論であり、裁判所が認定した事実ではありません。
訴状によれば、流動性が極端に低く、GYENの価値は円の7倍を超えました。Coinbaseの価格データに1GYENあたり5,353.87ドルとの表示が出た時点があったとも記されています。ただし訴状は、この表示がのちにCoinbaseによって削除され、現在は最高値を0.34ドルとしているとも書いています。表示された数字と、実際に成立した価格は分けて読む必要があります。
その後の展開が、今回と読み比べるうえで重要です。
停止は、価格が戻ったあとだった
訴状は、11月19日までに価格が円の水準まで戻り、高値で購入した保有者には数時間で最大80%の損失が生じたと記しています。下がっていく過程でCoinbaseは一部利用者の売却を制限し、19日の東部時間16時に全取引を停止しました。つまり全面停止は、価格が戻ったあとに来ています。
しかもCoinbaseは事後検証で、パリティの崩れと19日の停止は無関係だと説明しました。停止の原因はデータソースの更新にともなう表示上の不具合であり、ペッグの崩れではない、というものです。訴状はこの反論も併せて記録しています。
2021年の2回目は、取引所が板を止めて収めた事例ではありません。
では、3回に共通するものは何か。
三度に共通するもの、変わったもの
訴状のなかで、Coinbaseは自社の説明をこう述べています。GYENへの買い需要が供給に対して大きく、あらゆる市場でGYENの供給が足りなかったことが、パリティの崩れを招いた。
需要に対して、供給が足りない
原告の側も同じ点を突いています。訴状はGMO Trustが開示しなかった事実のひとつとして、発行済みGYENの供給が需要に足りず、とくに第三者取引所で最初に売買可能になったときに流動性が低くなったことを挙げています。GMO Trustが負うべき義務の列挙にも、需要を満たすだけの発行済みGYENを確保することが入っています。
そして2026年9月18日、岡部典孝氏はこう説明しました。発行が急増して夜中に在庫が足りなくなってしまいました、と。
3回に共通して現れるのは、強い需要に対して、板に出る供給や流動性が足りなかったという説明です。
違いのひとつは、その不足を埋める発行経路へアクセスできる利用者の範囲でした。
窓口に立てる人の範囲
GYENの発行と償還は、GMO Trustに口座を開き、本人確認を経たうえで直接行う仕組みでした。そして2021年当時、日本国内の居住者は販売の対象外です。円建ての資産でありながら、円で暮らす人がその窓口に立てませんでした。
JPYCは違います。日本の本人確認を済ませた利用者なら、1円で発行できます。割高な板があれば、発行して売る動きが生まれる。実際、総流通量は9月17日10時23分時点の約18億9963万JPYCから、18日朝には約42億6000万JPYCへ増えました。約23時間で23億6000万JPYCほど増え、供給は約2.2倍になっています。18日9時の1分足は終値9.32ウォン。参考価格8.81ウォンに対して1.06倍前後まで戻っていました。
もっとも、価格が戻った理由を供給増だけに帰することはできません。裁定の売り、板の厚み、注文の制限、PolygonとKaiaの入金対応、発行予約の復旧が同時に働いています。どれがどれだけ効いたかは、公開されたデータからは分けられません。
【追記(2026年9月20日)】この供給増と価格が戻る速度の内訳については、私がinnovaTopiaのパートナーメディアであるCryptoverseで書いた「JPYCの乖離を埋めたのは発行上限ではない|供給2.2倍の24時間」で掘り下げています。オンチェーンデータ(Etherscanの総供給量、JPYC Infoの流通量)と発行予約・メール機能が止まった正確な時刻から、板に付いた4.27倍という数字と、実際に裁定を仕掛けた場合の粗利(約15%)が別物であることまで検証しています。
収まり方も、3回で同じではありませんでした。Binanceは流動性不足と異常な価格変動を理由に取引を止めました。Coinbaseでは取引制限と全面停止がありましたが、停止が価格を戻したとは確認できません。Upbitは上場直後に注文の制限を設けたものの、その後の全面停止は確認されず、一方でJPYC側では発行予約が一時止まり、復旧しています。
収まり方は同じではない
止める手段の話も、レイヤーを分けておく必要があります。
JPYCのコントラクトには、特定アドレスの移転を止める機能と、契約全体を一時停止する機能が実装されています。ただしこれはオンチェーンの移転を制限する権限であって、取引所の注文板を直接閉じる権限ではありません。岡部氏は18日、凍結が技術的に可能であることと要請に応じる態勢があることを認めたうえで、利用者の財産権であるため簡単には凍結できないと述べ、乖離への対応については「何も対策しないです。1円で償還し続けていれば戻りますから」と書いています。
止める手段のレイヤー
もうひとつ、時間の巡り合わせに触れておきます。
2021年5月、Binanceの取引停止について解説していた人物のひとりが、当時「日本暗号資産市場」の代表取締役だった岡部氏でした。5年前にこの現象を外から説明していた人が、いまは発行体の側で同じ現象を迎えています。
2026年5月15日という日
そして2026年5月15日。この日、GMOトラストはGYENとZUSDの新規発行を終了し、ニューヨーク銀行法605条に基づく自主解散手続きを開始しました。償還期間は180日、期限は2026年11月11日です。世界初の規制準拠円ステーブルコインは、いま発行終了と清算の手続きに入っています。
解説する側から、当事者へ
同じ2026年5月15日、JPYC株式会社は発行上限の運用を「1日100万円」から「1回100万円」へ変更しています。日付が重なったこと自体は事実ですが、一方が終わり、他方が発行そのものを速めたとまでは言えません。
同じ日に、片方は終わりへ
その4か月後に、今回の24時間が来ています。
JPYCは9月18日、累計発行額100億円の突破を発表しました。国内では、電子決済手段等取引業の登録が進みはじめた段階です。コインチェックが国内2社目の登録を完了したのは8月27日でした。
国内より先に、海外だった
国内の登録業者による取扱いが本格化する前に、海外の大手取引所でまとまった取引需要が先に顕在化したことになります。誰かの許可を待たずに板に載るというのは、パーミッションレスな資産の性質そのものです。岡部氏によれば、上場を事前に知らされてもいませんでした。
その性質は、真夜中の在庫不足と発行予約の一時停止という形で発行体にも返ってきました。自由と負荷は同じ根から出ています。
3度目の記録は、これまでの2回と違う形で残りました。次に円建ての何かが海外の板に載るとき、確かめるべきは取引が止まったかどうかだけではありません。額面で発行できる窓口に何人が立てるのか、発行側がどれだけの量をさばけるのか、取引所への入金経路がいくつ開いているのか。この9月の24時間は、その三つを見るための参照例になります。
【関連記事】
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デジタルの円が誰の管理下に置かれるのかを扱った記事。円建て資産が国外で値付けされる今回と対をなす。
【編集部後記】
GYENの償還期間は、2026年11月11日に閉じます。残り2か月足らずです。
世界初の規制準拠円ステーブルコインとして出発した資産が、最後の窓口を開けているあいだに、後から出てきた円建ての資産が海外の板で4倍を付けました。並べて書きながら、この順番の巡り合わせに目が留まりました。片方の終わりと、もう片方が海外の板で受けた大きな需要が、同じ秋に重なっています。偶然ですが、記録には残ります。
【用語解説】
ステーブルコイン
法定通貨など特定の資産に価値を連動させることを目的としたトークン。1単位=1円や1ドルでの発行と償還を掲げるものが多い。
ペッグ
連動の目標値。発行・償還の価格が固定されていても、二次市場の価格までが固定されるわけではない。
流動性
売買の板に出ている注文の厚み。薄いほど、少ない注文で価格が大きく動く。
発行予約
JPYC EXで、円を入金してJPYCの発行を申し込む手続き。チェーンごとに受け付けている。
償還
発行されたコインを発行体に戻し、額面どおりの法定通貨に払い戻すこと。発行が入口、償還が出口にあたる。
1分足
1分ごとの始値・高値・安値・終値をまとめた価格記録。
集団訴訟
同種の被害を受けた多数の当事者を代表して、一部の原告が提起する訴訟。訴状に書かれているのは原告側の主張であり、裁判所が認定した事実ではない。
ニューヨーク銀行法605条
ニューヨーク州の銀行・信託会社が自主的に解散する手続きを定めた条項。GMO Trustはこれに基づく解散を開始した。
電子決済手段等取引業
資金決済法に基づく登録区分。発行するための登録ではなく、発行されたコインを国内で売買・交換・管理する側に必要となる。
【参考リンク】
Upbit|PYUSD・JPYC 新規取扱い告知(外部)
本件の一次資料。対応市場、対応ネットワーク、前日終値と参考価格、上場直後の注文制限、二度にわたる開始時刻の延期までが1本に記録されている。
Upbit|JPYC入出金ネットワーク追加告知(外部)
KaiaとPolygonからの入金開始を告げた告知。入金が反映されるまでに必要な承認数が、ネットワークごとに記載されている。
Binance|GYENの取引停止に関するお知らせ:更新(外部)
2021年5月12日の停止を告げた公式発表。「流動性の不足と異常な価格ボラティリティ」という停止理由が、ここに記されている。
GMO-Z.com Trust|GYEN・ZUSDの発行終了について(外部)
ニューヨーク銀行法605条に基づく自主解散と、2026年11月11日までの180日間の償還期間を告げた発行体本人の告知。
GMOインターネットグループ|暗号資産事業(外部)
GYENを「世界初の米銀行法規制準拠の日本円ステーブルコイン」と説明するグループの公式ページ。対応チェーンの記載もある。
JPYC株式会社|JPYC EX大型アップデート(外部)
発行上限の運用を「1日100万円」から「1回100万円」へ変更した2026年5月15日の発表。GYENの発行終了と同じ日にあたる。
Donovan v. Coinbase 訴状(外部)
2022年8月25日に提出された訴状。2021年11月のGYENについて、原告の主張と被告側の反論の両方が記録されている。
JPYC info(外部)
チェーン別の供給量を集計している非公式ダッシュボード。発行用と償還用のアドレス残高を差し引いた値を、流通量として示している。
【参考記事】
バイナンス、日本円ステーブルコイン「GYEN」の取引を停止 一時再開するも再度停止に(外部)
2021年5月12日の時系列を分単位で記録。7時00分の開始、7時34分の一時停止、11時00分の再開、11時15分の再停止を確認できる。
バイナンスの「GYEN」取引停止から1週間、米国現地法人GMO Trustが今後の対応方針を表明(外部)
GMO Trustの再発防止策と、当時「日本暗号資産市場」代表取締役だった岡部氏による解説動画を掲載。5年前の立ち位置がわかる。
Upbit上場で価格乖離、アービトラージ殺到でJPYC流通量が前日比2.2倍の42億円超に(外部)
約18億9963万JPYCから約23億6000万JPYC増え、42億6000万JPYCに達したと報じた。チェーン別の順位変動にも触れている。
JPYC岡部氏、Upbit上場の価格乖離に見解(外部)
「夜中に在庫が足りなくなってしまいました」という発言の出どころ。海外では1回100万円の制限がかからない点にも言及がある。
GMOトラストのステーブルコイン「GYEN」と「ZUSD」、発行終了手続き開始と新規購入を停止(外部)
2026年5月15日の発表を報じた記事。取締役会での解散決議と、プラットフォームからの購入機能の削除についても記載がある。


















