SETI研究所とカリフォルニア大学デービス校の研究チームが、ザトウクジラが人間との友好的な交流中にバブルリングを作り出す行動を初めて記録し発表した。
ザトウクジラは泡を道具として使うことが知られている。今回の研究では、11頭の個体が12の別々の場面で合計39個のバブルリングを生成する様子が観察された。この行動は従来知られていた狩猟や求愛時の泡利用とは明確に異なり、人間に向けたコミュニケーションの一種として意図的に作られている。
研究の共同主執筆者はアラスカクジラ財団のフレッド・シャープ博士、海洋野生動物写真家のジョディ・フレディアーニ博士、共著者にはSETI研究所のローランス・ドイル博士が含まれる。
この発見はWhaleSETIプロジェクトの一環として、地球上の非人間知性を研究することで地球外知的生命体探査の手法を洗練させる目的で実施されている。クジラたちは船や泳者に自発的に接近し、明らかな好奇心と社交性を示しており、種間コミュニケーションの可能性が示唆されている。
From: Whales Are Blowing Perfect Bubble Rings—Is This Their Way of Saying Hello?
【編集部解説】
今回の研究は、2023年12月に同じ研究チームが発表したザトウクジラ「トウェイン」との20分間の「会話」実験の続編として位置づけられます。前回の研究では音響コミュニケーションに焦点を当てていましたが、今回は視覚的信号であるバブルリングに注目した点が画期的です。
この発見の技術的意義は、従来の動物行動研究とAI技術、そして宇宙生物学の融合にあります。WhaleSETIプロジェクトは、地球上の知的生命体とのコミュニケーション研究を通じて、将来的に宇宙からの未知の信号を解析するアルゴリズムの開発を目指しています。
特筆すべきは、観察されたバブルリング生成が人間の存在下でのみ発生している点です。研究チームは、12のエピソードのうち10回が人間や泳者の存在下で発生し、6回では複数のクジラが関与したことを確認しました。これは偶然の行動ではなく、意図的なコミュニケーション試行である可能性を強く示唆しています。
この研究が持つ長期的な影響は多岐にわたります。まず、種間コミュニケーション研究の新たな地平を開く可能性があります。
さらに、AI技術の発展にも寄与する可能性があります。研究チームは動物コミュニケーションの解読にAI技術を活用しており、これらのアルゴリズムは将来的に宇宙からの未知の信号解析に応用される予定です。
一方で、この研究には慎重に検討すべき側面もあります。野生動物との接触を推奨するような解釈は避けるべきでしょう。研究は厳格な科学的プロトコルの下で実施されており、一般の人々が同様の接触を試みることは海洋生態系に悪影響を与える可能性があります。
この研究は、人工知能と宇宙探査技術の融合という現代テクノロジーの最前線を象徴しています。
【用語解説】
WhaleSETI
SETI研究所とカリフォルニア大学デービス校が共同で立ち上げたプロジェクト。地球上の非人間知性(クジラ)を研究することで、宇宙からの信号を解析する手法を洗練させることを目的とする。
スパイホッピング(Spy-hopping)
クジラが頭部を水面上に出して周囲を観察する行動。今回の研究では、バブルリング生成時にクジラが示した探索的行動の一つとして記録された。
種間コミュニケーション
異なる種の生物間で行われる意思疎通や情報交換。今回の研究では、ザトウクジラから人間への一方向的な信号発信として観察された。
ポロイダル渦(Poloidal Vortex)
論文タイトルにも使用された物理学用語で、トーラス状(ドーナツ型)の渦構造を指す。クジラが作るバブルリングの物理的構造を正確に表現した専門用語。
【参考リンク】
SETI研究所(外部)
地球外知的生命体の探査を目的とした非営利研究機関。1984年設立でカリフォルニア州マウンテンビューに本部を置く
カリフォルニア大学デービス校(外部)
カリフォルニア州デービスにある公立研究大学。1905年設立で全米最大の獣医学部を有する
アラスカクジラ財団(外部)
アラスカ南東部でザトウクジラの行動研究を行う非営利組織。フレッド・シャープ博士が主任研究者を務める
Marine Mammal Science誌(外部)
海洋哺乳類学会が発行する学術誌。海洋哺乳類の形態・機能・進化・生理・行動・生態・保護に関する新発見を掲載
【参考動画】
【参考記事】
SETI研究所公式プレスリリース(外部)
ザトウクジラのバブルリング研究について詳細に報告。WhaleSETIプロジェクトの目標と成果を公式発表
ABC News – How humpback whales are playfully communicating with humans(外部)
ザトウクジラが人間と遊び心のあるコミュニケーションを取っている可能性について米国主要メディアが報道
Science Daily – Whales blow bubble rings–And they might be talking to us(外部)
科学的観点からザトウクジラのバブルリング行動を解説。地球外知的生命体探査への応用可能性を詳述
The Independent – Humpback whales could be secretly trying to talk to humans(外部)
英国メディアによる詳細な分析記事。12のエピソードで観察された行動パターンと科学的意義を解説
【編集部後記】
この研究は、私たちが「知性」や「コミュニケーション」をどう定義するかという根本的な問いを投げかけています。もしクジラが本当に私たちと「会話」を試みているとしたら、私たちはその意図を正しく理解できているでしょうか。そして、この地球上での種間コミュニケーションの研究が、将来的に宇宙からの信号を解読する鍵になるかもしれません。皆さんは、人間以外の知性とのファーストコンタクトがどのような形で実現すると思われますか?