1994年12月3日。秋葉原や新宿の店頭には、朝から長い行列ができていました。黒い箱を手にした人々の顔には、期待と興奮が入り混じっていました。初代PlayStationの発売日です。その日だけで約10万台が売れました。
31年が経ちました。あの日に子供だった世代は親になり、今度は自分の子供とゲームをしています。でも、変わったのは時間だけではありません。私たちが「体験」と呼ぶものの質が、根本的に変わりました。
私たちは、何を拡張してきたのでしょうか?
視覚という扉が開いた日
1994年12月3日、本体と同時に発売されたローンチタイトルの一つが『リッジレーサー』でした。画面に映し出されたのは、テクスチャ付きのポリゴンで構成された3D空間。当時のゲーム雑誌は「あまりのリアルさに度肝を抜かれた」と記しています。
それまでゲームは、平面の中で完結していました。CD-ROMという大容量メディアを採用したPlayStationは、「見る」ことを「そこにいる」ことへと変えました。画面の向こうに「空間」が存在する。プレイヤーはその中を移動できる。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、これは革命でした。
1997年に発売された『ファイナルファンタジーVII』は、全世界で1,400万本を売り上げました。映画のようなムービーシーンと、探索できる3D世界。視覚という感覚を通じて、物語の中に入り込む体験が、誰にでも手の届くものになりました。
触覚が加わり、聴覚が深まる
2000年3月4日、PlayStation 2が発売されました。DVD再生機能を備え、史上最多となる1億6000万台を売り上げたこのハードは、単なる性能向上ではありませんでした。「Emotion Engine」と名付けられたプロセッサは、より複雑な物理演算を可能にし、水や炎、布の動きまでリアルタイムで計算できるようになりました。
同時期、コントローラーも進化していました。1997年に登場したデュアルショックは、振動機能とアナログスティックを搭載。単純な「ブーブー」という振動から、繊細な表現へ。銃を撃てば手に反動が伝わり、車が地面を駆ければタイヤの感触が指先に届く。
2020年11月、PlayStation 5とともに発表されたDualSenseコントローラーは、この進化の到達点でした。「ハプティックフィードバック」— 触覚フィードバックと呼ばれるこの技術は、従来の振動とは次元が違います。氷の上を歩く感触、砂を踏む感触、水面を滑る感触。それぞれが異なる振動パターンとして手に伝わります。
開発者の青木俊雅氏は、DualSenseのコンセプトをこう語っています。「コントローラーに消えてもらう」と。つまり、プレイヤーが「コントローラーを握っている」という意識を忘れ、ゲームの世界に直接触れているかのような体験を目指したのです。
2025年、ハードウェアさえも消える
2025年11月6日—つまりちょうど先月—PlayStation Portalにクラウドストリーミング機能が正式実装されました。これにより、PS5本体を持っていなくても、購入したゲームをストリーミングでプレイできるようになりました。
現時点で対応タイトルは数千本以上。自宅のPS5の電源がオフでも、別のアカウントで使用中でも、カフェでも、ホテルでも、高速Wi-Fiさえあればゲームができます。ハードウェアという物理的な制約さえも、消え始めています。
2025年9月時点で、PlayStation 5の全世界累計出荷台数は8,420万台です。
次は、何を拡張するのか?
視覚から始まり、聴覚が深まり、触覚が加わりました。31年かけて、私たちは感覚を一つずつ拡張してきました。
次は何でしょうか?嗅覚や味覚でしょうか?それとも、私たちがまだ名前を持たない、全く新しい感覚でしょうか?
答えはまだ、誰も知りません。
【Information】
参考リンク
用語解説
ハプティックフィードバック 触覚フィードバック技術。従来の単純な振動(オン/オフの2段階)ではなく、精密な振動パターンを生成することで、様々な感触を再現する。DualSenseでは、氷、砂、金属など異なる素材の感触を表現できる。
クラウドゲーミング(ストリーミング) ゲームの処理をクラウド上のサーバーで行い、映像と音声だけをユーザーの端末にストリーミング配信する技術。ユーザーの入力操作はネット経由でサーバーに送られる。高性能なハードウェアを手元に持たなくても、高品質なゲーム体験が可能になる。
CD-ROM Compact Disc Read-Only Memoryの略。初代PlayStationで採用された記録メディア。それまで主流だったROMカートリッジと比べて大容量(約650MB)で、製造コストも低かった。この採用により、ゲームソフトの低価格化と表現の多様化が実現した。






























