暑さがようやく落ち着いて、ふらっと美術館に行きたくなる季節になりました。芸術の秋です。今年の10月は、筆者が個人的に「これは行きたい」と思っている展覧会が、ちょうど3つ重なりました。
19世紀に日本へ油彩の技術を運んだイタリア人画家、言葉と線のあいだを往復した20世紀の詩人、そして近代化を経たアジアを内側から撮る現代の写真家たち。並べてみると、どれも「人間は世界をどう写し取ってきたか」という問いにつながっていて、なかなか面白い組み合わせです。
生成AIが文章も画像も量産するようになった今、「写す」「書く」「描く」は人間だけの営みではなくなりつつあります。そんな今だからこそ、それぞれの時代の人がこの営みに何を託してきたのか、自分の目で確かめてみたくなりました。ここでは時代順に紹介していきます。
1. 日本洋画の「源流」に会いに行く――フォンタネージ――イタリアの光・心の風景(三菱一号館美術館)

日本の近代洋画の源流をたどると、必ず名前が挙がる一人のイタリア人がいます。アントニオ・フォンタネージ(1818–1882)です。1876年、58歳で「お雇い外国人」として工部美術学校に招かれ、その門下から浅井忠や小山正太郎ら初期の洋画家が育ちました。
彼自身はスイス、フランス、英国を渡り歩いた画家です。1855年のパリ万国博覧会でコローやトロワイヨンらバルビゾン派の作品に強く心を動かされ、のちにはコローやドービニーを囲む画家たちとも交流しました。1861年にパリで発表した作品は、コローやクールベから称賛を受けています。ロンドンではターナーやコンスタブルを研究し、そうした影響を詩情豊かな独自の風景画へと昇華させました。つまり、ヨーロッパで写実的な風景画を切り拓いた流れを吸収し、それを明治の日本に手渡した「中継点」でした。彼が教えた工部美術学校は日本初の官立美術学校で、本格的な西洋画の専門教育はここから始まりました。
画家になる前に、兵士だった
面白いのはその経歴です。1848年、フォンタネージは第1次イタリア独立戦争に志願兵として参加しています。除隊後はスイスへ逃れてジュネーヴを拠点に活動しますが、1859年に第2次独立戦争が始まると再び志願し、少尉として従軍しました。その後はパリのサロンに出品し、ロンドンやフィレンツェにも滞在しています。1869年にトリノのアルベルティーナ美術アカデミーで風景画教授に就任し、その7年後に日本へ渡ります。
イタリア統一(1861年)と明治維新(1868年)は、ほぼ同じ時代の出来事です。国家をつくる戦争を自ら経験した画家が、国家をつくり直している最中の日本に招かれた。この符合、ちょっとできすぎていて面白いと思いませんか。油彩の技法、遠近法、陰影表現は、当時の日本にとって鉄道や電信と同じ「輸入すべき技術」でした。工部美術学校が工部省の所管だったことが、それをよく物語っています。
約200点で全貌をたどる大回顧展
本展は日本イタリア国交樹立160周年、フォンタネージ来日150周年を記念する展覧会で、主催者は「日本初の大回顧展」とうたっています。7月から京都国立近代美術館で開かれている展覧会が東京に巡回してくる形で、京都会場は10月4日まで開催中です。トリノ市立近現代美術館(GAM)とトリノ博物館財団の協力で、初期から晩年までの作品に、弟子たちやイタリアの後続世代の作品を加えた約200点で、その全貌をたどります。
見どころは三つあります。縦200センチ・横301センチの大作《雲》(1880年)をはじめとする本人の作品群。浅井忠《徳川家の霊廟I(寺の入り口I)》(1878年頃)など、日本の弟子たちの作品。そして、同時代から20世紀のイタリアの芸術家に及んだ影響の検証です。「日本洋画の父」という一面だけでなく、イタリア近代美術の中での位置づけまで見渡せる構成になっています。
師の絵と弟子の絵を並べて見ると、技術がどう受け渡され、どこで日本の画家が自分の目を持ち始めたのかが見えてくるかもしれません。150年前の技術移転の現場をのぞき見できるような展示になりそうで、筆者も今から楽しみにしています。
会期:2026年10月17日(土)〜2027年1月24日(日)※会期中展示替えあり 観覧料:一般2,300円(オンライン限定2,100円)、大学生1,300円、高校生1,000円
ちなみに、イタリア国旗の3色(緑・白・赤)のうち2色を取り入れた服装で窓口に行くと100円引きになる「トリコローレセレクト」割引もあります。
2. AIが書き、描く時代に観たい――瀧口修造 書くことと描くこと(アーティゾン美術館)

会期は10月4日(日)まで。 3つのなかで一番会期末が近いので、筆者もまずはここから行ってみようと思っています。
瀧口修造(1903–1979)は、昭和を代表する詩人であり美術批評家です。1920年代にシュルレアリスムの影響下で詩作を始め、1930年にはアンドレ・ブルトン『超現実主義と絵画』を翻訳しました。1958年のヴェネチア・ビエンナーレでは日本館のコミッショナーと審査員を務めています。
その「書く人」が、1960年頃から評論の執筆を控え、自ら「デッサン」と呼ぶ造形作品の制作に向かいます。同年10月には初個展「私の画帖から」を開きました。本展は、石橋財団が所蔵する瀧口作品163点の半数余りを初めて一挙に公開するものです。パウル・クレー、マルセル・デュシャン、ジョアン・ミロら関連作家の作品とあわせ、約140点で構成されます。
プラトンが疑った二つの営み
「書くこと」と「描くこと」を並べるこのタイトルには、西洋思想の古い問いを重ねて読むことができます。プラトンは『国家』で、絵画をイデアの模倣である事物のさらに模倣、真実から遠ざかった「写しの写し」として退けました。『パイドロス』では、文字は記憶を衰えさせ、知恵ではなく知恵の見かけを与えるものだと語らせています。しかもそのすぐ後でソクラテスは、書かれた言葉は絵画に似ていて、問いかけても黙ったまま同じことしか示さない、と述べています。書くことと描くことは、プラトンの時点ですでに並べて疑われていたのです。
なお、展覧会側がイデア論を掲げているわけではありません。ここでのイデア論は、本展を現代から読むための補助線です。
「写し」を量産する機械の時代に
この2400年前の疑いは、いま別の形で戻ってきています。大規模言語モデルは文章を書き、画像生成AIは絵を描きます。書くことと描くことの両方を、人間以外が担う状況が日常に浸透しました。プラトンの図式に当てはめれば、人間が書き描いた膨大な「写し」を学習し、それを統計的に再構成したAIの出力は、さらにもう一段階遠い「写し」とも言えます。
では、人間が自分の手で書き、描くことの意味はどこに残るのか。瀧口の歩みは、この問いへの一つの手がかりになります。言葉によって世界と対峙し尽くした人物が、あえて言葉を離れ、多様な実験的技法で手を動かし始めた。そこにあるのは「完成した出力」よりも、書く/描く行為そのものへの関心です。
AIは意図から出力までの距離を限りなく縮めます。一方で瀧口のデッサンは、その距離の中で迷い、偶然と出会うことに価値を見いだしているように見えます。どちらが優れているかではなく、「書く」と「描く」の境界が揺らぐ今、その境界を生涯かけて行き来した人の仕事を、いま改めて見てみたい。そう思わせてくれる展示です。
会期:2026年6月23日(火)〜10月4日(日) 観覧料:一般 ウェブ予約1,200円/窓口1,500円、大学生・専門学校生・高校生は無料(要ウェブ予約)、中学生以下無料
同時開催は「エットレ・ソットサス ―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」です。
3. 「非西洋」ではなく「現代」としてのアジア――デュエット――アジアン・コンテンポラリー(東京都写真美術館)
9月30日に開幕したばかりの本展は、中国と日本の6人による写真・映像作品を紹介します。2018年の「愛について アジアン・コンテンポラリー」に続くシリーズ第2弾です。中国の写真文化を牽引する三影堂厦門撮影芸術中心のテン・チンユン(滕青云)氏と、同館学芸員の伊藤貴弘氏が共同で企画しました。中国作家4名はいずれも日本の公立美術館で初紹介となります。
近代化を「終えた」社会の内側から
アジアはしばしば、西洋の近代に対する「他者」として語られてきました。エキゾチックな伝統や、近代化の途上にある社会として、です。しかし本展の作家たちが向き合っているのは、すでに近代化・都市化・グローバル化を経た社会そのものです。問題の出どころは「西洋との差」ではなく、近代化した社会の内部にあります。
6人の視点を並べると、それがよく分かります。
- 村越としや:福島県須賀川市出身。東日本大震災の前と後、二つの時間の福島を撮り続けてきました。震災を経た土地の「変化や矛盾、知覚や認識の違い」を風景から見いだそうとしています。
- ワン・トゥオ(王拓):映像連作〈The Northeast Tetralogy〉で、中国東北部を起点に歴史的事件から現代の事件、民間伝承までを翻案・再構成します。土地に刻まれた近現代中国の「歴史の断層」を浮かび上がらせる試みです。
- スイ・タカ(塔可):中国最古の詩集『詩経』に詠まれた中原(黄河中下流域)を巡るシリーズ〈Odes〉。2500年以上前の詩の舞台が、現代の風景としてどう立ち現れるかを写します。
- ルオ・ヤン(罗洋):同世代の女性を撮った〈Girls〉で知られ、2018年にBBC「100 Women」に選出されました。本展では1990年代後半以降生まれの若者を追う〈Youth〉、欧州などに暮らすアジア系移民を見つめる〈Diaspora Birds〉もあわせて紹介されます。
- ジャン・ポンイー(蒋鹏奕):〈Dark Addiction〉は、蛍の生物発光の軌跡をフィルムに直接記録するカメラレスの作品です。写真というメディウムの物質性を問い直します。
- fumiko imano:セルフ・ポートレイトのコラージュで「双子」を生み出し、自己とアイデンティティを揺さぶります。
災害後の土地、国家の歴史の語り直し、ジェンダーと世代、移民とディアスポラ。これらは「アジア特有の問題」ではなく、近代化した社会がどこでも抱える問題です。日本と中国の作家が同じ空間で「デュエット」を奏でることで、それが一国の事情ではなく、同時代の課題として見えてきます。
また、ジャン・ポンイーのカメラレス作品は、2で触れた問いにも接続します。カメラを使わず、蛍の光そのものをフィルムに直接記録する。画像がいくらでも生成できる時代に、「写真とは何を写すものか」を根本から問い返す作品です。実物を前にしたらどう見えるのか、個人的にいちばん気になっています。
会期:2026年9月30日(水)〜2027年1月17日(日) 観覧料:一般900円、学生720円、高校生・65歳以上450円。10月1日(木)は無料
10月3日(土)13:00からは、テン・チンユン氏、写真評論家のグウ・ゼン(顧錚)氏、伊藤貴弘氏によるシンポジウムがあります(参加無料、当日10:00から整理券配布)。せっかくなら、この日に合わせて行ってみるのもよさそうです。
3展をつなぐ一本の線
19世紀、フォンタネージは「描く技術」をヨーロッパから日本へ運びました。20世紀、瀧口修造はその先で「書くこと」と「描くこと」の境界を問い直しました。そして21世紀、アジアの写真家たちは近代化を経た自分たちの社会を、自らの目で写しています。技術の輸入から、表現の自律へ。3展を順に歩けば、アジアの近代150年を一本の線でたどれそうです。
筆者は、会期末が近いアーティゾン美術館(10月4日まで)から回り、次に東京都写真美術館、10月17日の開幕を待って三菱一号館美術館へ、という順番で行ってみようかなと考えています。芸術の秋、みなさんもどれか一つ、気になった展示に足を運んでみてはいかがでしょうか。

















