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6月16日【今日は何の日?】「IBM設立の日」ーIBMがもたらした社会の変化

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-06-16 00:52 by admin

6月16日は、世界最大級のIT企業であるIBM(International Business Machines Corporation)の設立記念日です。

1911年に前身となるC-T-R(Computing-Tabulating-Recording Company)として創立されたIBMは、100年以上にわたって技術革新の最前線に立ち続け、現代社会の基盤を築き上げてきました。

その歩みは単なる企業の成長物語ではありません。IBMは技術革新によって社会を変革し、働き方の概念を再定義し、時には論議を呼ぶ形で歴史の節目に深く関与してきた企業でもあります。今回は、この巨大テック企業が社会にもたらした光と影、そして現在進行形の変革について探ってみましょう。

IBMが築いた現代社会の土台

IBMが社会に与えた影響を理解するには、まず同社が生み出した技術的遺産を振り返る必要があります。IBMによる発明はDRAM、ハードディスク、フロッピーディスク、磁気ストライプカード、リレーショナルデータベース(RDB)、SQLプログラミング言語、バーコード、現金自動預け払い機(ATM)などがあります。

これらの技術は、現在私たちが当たり前のように使っているデジタルインフラの基盤そのものです。コンビニでのバーコード決済、銀行のATM、企業のデータベース管理ーこれらすべてにIBMの技術的DNAが組み込まれています。

特に重要なのは、1964年4月に発表されメインフレームの世界に君臨したSystem/360でした。この革命的なコンピューターシステムは、主記憶へのアドレス付けはバイト単位とし、4バイトなどを1ワードとすること、科学技術計算用と事務処理用で別の命令セット・別のコンピュータとするのではなく、またハイエンドからローエンドまで命令セットアーキテクチャを共通とした「シリーズ」とし、価格差は実装方法の差とするなど、コンピュータの大きな世代交代を経た今も共通の標準は、System/360で打ち立てられました。

つまり、現在のコンピューターの基本設計思想の多くは、60年前にIBMが確立したものが今も生き続けているということです。

先進的な企業文化の創造者

技術革新と並んで注目すべきは、IBMが雇用や働き方の分野で示してきた先進性です。同社は多くの現代的な労働慣行の先駆者でもありました。

人権と多様性への早期取り組み

1953年、トーマス・ワトソン・ジュニアは社会の潮流に先駆け、人種、肌の色、宗教で差別しないという規定を策定しました。これは1954年のブラウン対教育委員会裁判での連邦最高裁判決の1年前、そして1964年の公民権法制定の11年前にあたります。この取り組みは、民権運動が本格化する前から企業として平等性を追求していたことを示しています。

リモートワークの開拓者

現在、多くの企業が導入するリモートワークも、IBMが数十年前から実践していた働き方でした。1981年、やがて到来するネットワーク社会を見据えて、オフィスシステムをネットワーク化し、リモート環境でも社内システムにアクセスできるようにしました。そして1999年、イントラネットを用いて部分的在宅勤務が制度化され、2009年には完全在宅勤務が認められました。一般的な企業の約10年から20年前に実現した取り組みでした。

包括的な福利厚生制度

週休2日制(1972年)、産休(1974年)、フレックスタイム(1989年)、長期勤続リフレッシュ休暇(1990年)、介護休暇(1991年)、ボランティア休暇(1991年)、短時間勤務(2004年)など、社員の働ける条件で働くという環境を作るため、世界でも最先端の試みを最も早く行っている企業です。

これらの制度は、現在多くの企業が「働き方改革」の名のもとに導入している施策の先駆けともいえるものです。

テクノロジーの光と影:IBM製品が社会に与えた複合的影響

しかし、IBMの歴史は華々しい技術革新だけで語れるものではありません。同社の技術が、人類史上最も暗い出来事の一つに関与したという重い歴史的事実があります。

負の遺産:ホロコーストへの技術提供

IBMがナチスに売り込んだパンチカード機器「ホレリス」が、ユダヤ人の判別と鉄道の効率的な運行を容易にし、ユダヤ人問題の「最終解決」に無比の威力を発揮したという告発が、ジャーナリストのエドウィン・ブラックによってなされました。

600万人ものユダヤ人を虐殺したホロコースト——ナチスのジェノサイド——において、ナチス・ドイツは、いかにして膨大な人数の名簿を効率よく作成して強制収容所に送り込めたのでしょうか?答えは、IBMドイツの人口調査システムと、類似の高度な人口計数・登録技術にありました。

これは「ITと人権」の最初期にして最悪の事例が、ホロコーストだったという重要な教訓を示しています。技術それ自体は中立的ですが、その使われ方によっては人類の尊厳を脅かす道具にもなりうるという事実を、私たちは忘れてはならないでしょう。

独占的地位がもたらした課題

1960年代から1980年代にかけて、IBMはコンピューター市場で圧倒的な地位を占めていました。1969年には、司法省により独占禁止法違反で提訴されることになります。これは技術企業の市場支配力が社会に与える影響について、早期に問題提起がなされた事例でもありました。

AIと量子コンピューティング:次なる変革の波

現在のIBMは、AI(人工知能)と量子コンピューティングという二つの革新的技術領域で再び世界をリードしようとしています。

Watson:AI実用化の先駆者

IBM Watsonは自然言語処理と機械学習を用いて大量の非構造化データから論理的に推論し意思決定に役立たせるためのプラットフォームです。Watsonは2011年に米国の人気クイズ番組「ジェパディ!」でデビューし、3ゲームのトーナメント戦で、人間のクイズ王であるケン・ジェニングスとブラッド・ラターを破りました。

このWatsonの勝利は、AIが人間の認知能力を特定の領域で上回ることを世界に示した象徴的な出来事でした。現在、Watsonは医療診断支援やカスタマーサービスなど、様々な実用分野で活用されています。

量子コンピューティングの未来

IBMは量子コンピューティングの分野でも積極的な投資を続けています。IBMは2023年12月に、これまでで最多となる1121物理量子ビットを搭載する超電導方式の量子コンピューター向けプロセッサー「Condor」を発表しました。

さらに野心的なのは、今後5年間で米国に1500億ドル投資する方針を示したことです。総投資額のうち300億ドル以上を、ぼう大なデータ処理などを行う量子コンピュータとメインフレームの米国内での製造強化に充てるという発表をしています。

2025年には完全版が提供される予定の様々な量子コンピューティング機能により、従来のコンピューターでは解決困難な複雑な計算問題への解決の道筋が見えてきています。

社会課題解決への新たなアプローチ

IBMの現在の取り組みで注目すべきは、技術を社会課題解決に直接活用する姿勢です。2007年にはストックホルム市の交通量最適化プロジェクトでは、交通量25%削減、公共交通機関利用者1日当たり4万人増加、市内の排出ガス14%削減という成果を出しました。

これは現在のスマートシティ概念の先駆けであり、技術が単なる効率化ツールではなく、持続可能な社会の実現に貢献できることを示した重要な事例です。

イノベーションの継続:特許戦略から学ぶ

IBMの技術革新力を示すもう一つの指標が特許取得数です。IBMは企業別特許取得数で長年にわたり一位を保持してきており、2022年にサムスン電子へ一位の座を譲るまで、連続一位取得記録は29年間続きました。

興味深いのは、IBMは、2020年以降特許に注力しない方針に転換していた旨の声明を出している点です。これは、従来の知的財産の囲い込み戦略から、よりオープンなイノベーション生態系の構築へと戦略転換していることを示唆しています。

組織文化の継承と進化

創業から100年以上を経た現在でも、IBMは独特の企業文化を維持し続けています。行動指針は、「お客様の成功に全力を尽くす」「私たち、そして世界に価値あるイノベーション」「あらゆる関係における信頼と一人ひとりの責任」であり、社員への教育理念は、「教育に飽和点はない」として、継続的学習の重要性を強調しています。

この「THINK」(考えよ)の文化は、創業時から100年以上続いているものであり、技術変革の激しい時代にあっても変わらぬ企業の核心的価値観として機能しています。

未来への示唆:テクノロジー企業の責任

IBMの歴史を振り返ると、テクノロジー企業が社会に与える影響の大きさと、それに伴う責任の重さが浮き彫りになります。

技術革新は確実に人類の生活を豊かにしてきました。コンピューターの標準化、AIの実用化、量子コンピューティングの商用化ーこれらはすべて、人類の知的能力を拡張し、社会課題解決の新たな可能性を切り開いています。

一方で、ホロコーストでの技術悪用や独占的地位の弊害といった負の側面も忘れてはなりません。人に関するデータを集め自動的に処理する行為は大規模な人権侵害に結びつく可能性を持つという教訓は、現在のAI時代においてより重要性を増しています。

おわりに:変革の継続

1911年6月16日に小さなパンチカード機器メーカーとして始まったIBMは、100年以上にわたって技術革新の最前線に立ち続けてきました。その過程で、現代社会の基盤となる技術を数多く生み出し、働き方や企業文化の概念を再定義し、時には深刻な倫理的課題を社会に突きつけてもきました。

現在、AIと量子コンピューティングという新たな技術領域で再び変革を主導しようとするIBM。その取り組みが今後どのような社会変化をもたらすのか、そして過去の教訓を踏まえてより良い未来の構築にどう貢献していくのかー私たちは引き続き注目していく必要があるでしょう。

テクノロジーの力で社会を変革する可能性と責任。IBMの歴史は、この永続的なテーマについて考える上で極めて貴重な示唆を与えてくれています。創立記念日である今日という日は、改めてその意味を考える良い機会なのかもしれません。

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さつき
社会情勢とテクノロジーへの関心をもとに記事を書いていきます。AIとそれに関連する倫理課題について勉強中です。ギターをやっています!