アンデュリル・インダストリーズは2025年12月3日、日本への正式な進出を発表した。
同社は東京にオフィスを開設し、現地チームを拡大する。アンデュリル・ジャパンの責任者にはパトリック・ホレンが任命された。ホレンはレイセオン・テクノロジーズでの勤務経験があり、米国ミサイル防衛局の上級顧問を務め、米国海軍で30年間勤務した経歴を持つ。
同社はすでに海上自衛隊に対し、AI対応ソフトウェアプラットフォーム「ラティス」を活用した実証作業を行っている。今後は統合防空・ミサイル防衛、低コストで大量生産可能なシステム、海洋自律性と海中システム、人間と機械のチーミングと先進的な自律性の4分野に焦点を当てる。
日本政府の支援を受け、既存の産業施設を防衛生産のために転用する機会や、日本の主要大学とのパートナーシップを通じた人材育成を模索している。
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Anduril Expands to Japan, Advancing its Mission to Transform Allied Defense
【編集部解説】
アンデュリルの日本進出は、単なる海外オフィス開設以上の意味を持ちます。この動きは、防衛産業における技術革新の中心が、従来の大手防衛企業からシリコンバレー型のスタートアップへと移行しつつあることを示す象徴的な出来事です。
同社は2025年6月に25億ドル(約3750億円、1ドル150円換算)の資金調達を実施し、企業評価額は305億ドル(約4兆5750億円)に達しました。調査会社Sacraの推計によれば、2024年の売上高は約10億ドル(約1500億円)とされ、前年比で約138%の成長を遂げたと見られています。従来の防衛大手企業が年間5%程度の成長に留まる中、アンデュリルは極めて高い成長率で事業規模を拡大しています。
日本進出のタイミングは、高市早苗首相が2025年10月の就任直後に、防衛費のGDP比2%目標について前倒しに言及したと報じられた時期と重なります。日本政府は2023年度から2027年度までの5年間で約43兆円(約3210億ドル、1ドル134円換算)の防衛費を計上する計画を進めており、2027年度の防衛予算は8.9兆円(約660億ドル)に達する見込みです。
アンデュリルの中核技術である「ラティス」は、AI搭載のオープンな指揮統制ソフトウェアプラットフォームです。数千のデータストリームをリアルタイムで統合し、3次元の状況認識画像を生成します。重要なのは、このシステムが既存の装備やサードパーティ製のセンサーとも連携できるオープンアーキテクチャを採用している点です。従来の防衛システムが特定メーカーの製品に依存する「クローズド」な構造だったのに対し、ラティスは異なるメーカーの装備を統合できる柔軟性を持っています。
同社が掲げる4つの重点分野は、いずれも現代の防衛における喫緊の課題に対応したものです。統合防空・ミサイル防衛では、北朝鮮のミサイル脅威や中国の軍事活動に対する防御能力の強化が求められています。低コストで大量生産可能なシステムの開発は、ウクライナ紛争が示したように、安価なドローンが戦場を支配する時代への対応です。
海洋自律性と海中システムの分野では、アンデュリルはオーストラリア海軍向けに自律型潜水艦「ゴースト・シャーク」のプロトタイプを開発中で、2025年半ばまでに製造可能な設計の完成を目指しています。インド太平洋の広大な海域において、継続的な監視能力は日本の防衛にとって不可欠な要素となっています。
人間と機械のチーミングという概念は、完全自律ではなく「人間がループ内にいる」形での自動化を意味します。AIが脅威を検知・追跡し、最終的な攻撃判断は人間が行うという仕組みです。これは倫理的な懸念に配慮しつつ、反応速度を大幅に向上させるアプローチといえます。
潜在的なリスクとしては、技術的な課題が挙げられます。2025年12月初旬の報道では、アンデュリルの自律システムにおけるドローンの墜落やソフトウェア障害について、投資家や軍関係者から技術的な信頼性への懸念が示されています。急速な成長を遂げる企業が直面する典型的な「スケールアップの痛み」です。
また、日本の防衛産業との協業においては、文化的・制度的な調整が必要となります。日本の防衛調達プロセスは慎重で時間がかかることで知られており、「数カ月で納品」を掲げるアンデュリルのスピード感とのギャップをどう埋めるかが課題です。
長期的な視点では、この進出は日本の防衛産業エコシステム全体に影響を与える可能性があります。既存の産業施設を防衛生産に転用し、主要大学とのパートナーシップを通じてAI人材を育成するという同社のアプローチは、日本の製造業の強みとシリコンバレーの革新性を融合させる試みです。成功すれば、日本が「技術の輸入国」から「共同開発パートナー」へと立場を変える転換点となるでしょう。
【用語解説】
ラティス(Lattice)
アンデュリルが開発したAI搭載のオープンソフトウェアプラットフォーム。数千のセンサーやデータストリームをリアルタイムで統合し、3次元の状況認識画像を生成する指揮統制システム。異なるメーカーの装備やサードパーティ製センサーとも連携できるオープンアーキテクチャを採用しており、従来のクローズドな防衛システムとは一線を画す。
マイク・マンスフィールド・フェローシップ
米国連邦政府職員に日本への深い理解を提供することを目的とした2年間の議会委任プログラム。フェローは日本の政府機関に配属され、日米関係の強化に貢献する人材育成を目指す。
Arsenal-1(アーセナル・ワン)
アンデュリルがオハイオ州ピカウェイ郡に建設中の約10億ドル規模の自律兵器製造施設。500万平方フィート(約46万平方メートル)の規模を持ち、2026年7月に生産開始予定。「Arsenal J」は日本版のコンセプトを指す。
ゴースト・シャーク(Ghost Shark)
アンデュリルがオーストラリア海軍向けに開発中の自律型潜水艦。2022年5月に3年間で3機のプロトタイプを製造する契約を締結し、2025年半ばまでに製造可能な設計の完成を目指している。
【参考リンク】
アンデュリル・インダストリーズ公式サイト(外部)
2017年創業の米国防衛技術企業。AI搭載自律システムとラティスソフトウェアプラットフォームを開発。
日本防衛省(外部)
日本の防衛政策、防衛予算、自衛隊の活動などに関する公式情報を提供。防衛力整備計画や防衛白書も公開。
海上自衛隊(外部)
日本の海上防衛を担う組織。アンデュリルは海上自衛隊に対してラティスを活用した実証作業を実施している。
オラクル・アンデュリル提携発表(外部)
2024年9月の提携発表。ラティスをオラクルクラウドインフラストラクチャに展開することを発表している。
【参考記事】
Anduril revenue, valuation & funding | Sacra(外部)
2024年売上高約10億ドルで前年比138%増、評価額305億ドルに到達。粗利益率40-45%と解説。
Anduril Industries Bets Big on Japan and AI-Driven Warfare | TechStock²(外部)
日本進出発表と同時期のドローン技術的課題。Arsenal Jコンセプトや数億〜数十億ドル投資計画を詳述。
Japan in 2025 to continue record-breaking run of increased defense spending | Stars and Stripes(外部)
日本の2025年度防衛予算8.7兆円で前年比9.7%増、13年連続増額。2027年度に8.9兆円達成予定。
Japan Approves Record $58 Billion Defense Budget Amid Rising China Tensions | Newsweek(外部)
2026年度防衛予算案が前年比9.4%増。高市首相がGDP比2%目標前倒し、世界第3位の防衛費支出国へ。
Japan’s Present and Future National Security Strategy | CSIS(外部)
高市首相が2025年10月21日就任、GDP比2%目標を2年前倒し。安全保障文書改訂加速方針を報告。
Anduril Opens Japan Office in Major Indo-Pacific Expansion | The Defense Post(外部)
アンデュリル日本進出が2027年開始予定の5カ年防衛近代化計画に合わせたタイミングであることを報告。
Palmer Luckey’s Anduril plots billions in Japan defense expansion | Red94(外部)
パルマー・ラッキーが数億〜数十億ドル投資準備。Arsenal J工場コンセプトや既存施設転用計画を解説。
【編集部後記】
防衛技術の革新は、私たちが想像する以上のスピードで進んでいます。アンデュリルのような新興企業が日本に進出し、既存の防衛産業の構造を変えようとしている今、この動きは単なる軍事の話ではなく、AI技術の社会実装や日本の製造業の未来を考える上でも重要な示唆を与えてくれます。
みなさんは、民生技術と軍事技術の境界が曖昧になる時代において、どのようなバランスが望ましいと考えますか。わたしたちも、この問いに対する答えを探し続けています。ぜひみなさんの視点もお聞かせください。































