現在の物理学では電磁気力、重力、強い力、弱い力の4つの基本的な力が知られているが、標準模型では暗黒物質や重力の量子理論など説明できない現象が残されている。その中で、Alexander Wilzewski率いる国際研究チームが、原子内部で自然界の「第5の力」が存在する可能性を示す新たな制約を発見した。
この研究論文「Nonlinear Calcium King Plot Constrains New Bosons and Nuclear Properties」は2025年6月にPhysical Review Lettersに掲載され、筆頭著者はAlexander Wilzewskiである。
研究チームは5つのカルシウム安定同位体(⁴⁰Ca、⁴²Ca、⁴⁴Ca、⁴⁶Ca、⁴⁸Ca)を2つの異なる電荷状態で使用し、光学遷移周波数を高精度測定した。その結果、質量が10から10^7 eV/c²の範囲にある媒介粒子によって支配される未知の微弱な力の存在を示唆する上限値を設定した。
この力が持つとされる性質は、湯川秀樹博士が提唱した「湯川相互作用」と呼ばれる形式で記述されるため、電子と中性子間の未知の相互作用を探る上で重要な手がかりとなる。ただし、観測された非線形性は、標準模型の枠内にある「核分極」など、まだ十分に解明されていない効果によっても説明できる可能性が論文では指摘されている。
そのため、現時点では「第5の力」の確実な発見ではなく、今後の追加実験による検証が不可欠である。
From:A Fifth Force of Nature May Have Been Discovered Inside Atoms
【編集部解説】
今回の研究は、物理学の根幹を揺るがす可能性を秘めた発見です。Alexander Wilzewski率いる国際研究チームが、カルシウム原子内部での精密測定を通じて「第5の力」の存在制約を厳密化しました。
現在の物理学では、宇宙のあらゆる現象は4つの基本的な力で説明されています。電磁気力、重力、強い力、弱い力がそれらですが、この枠組みでは説明できない現象が数多く存在するのも事実です。
特に注目すべきは、研究手法の革新性にあります。従来の第5の力探索は宇宙規模での観測が中心でしたが、今回は原子レベルという極めて小さなスケールでの測定を実現しました。5つのカルシウム同位体の光学遷移を精密に測定し、キングプロットと呼ばれる手法で標準模型の予測からのわずかなずれを検出したのです。
この手法により、質量10から10^7 eV/c²の範囲で媒介粒子が存在する可能性の上限値を従来より厳しく設定できました。これは、力を粒子が媒介するという湯川博士の理論に基づき、電子と中性子の間に働く未知の相互作用を探索する現代的なアプローチです。
ただし、現段階では「制約の厳密化」であり、第5の力の確実な発見ではないことを理解しておく必要があります。研究チームも追加実験と計算の精密化が必要だと慎重な姿勢を示しており、科学的検証プロセスはまだ続きます。
長期的な視点では、第5の力の確認は量子コンピューティングや新材料開発、さらには宇宙探査技術にも革新をもたらす可能性を秘めています。人類の宇宙理解が根本から変わる、まさに科学史に残る発見への道筋が見えてきているのかもしれません。
【用語解説】
標準模型(Standard Model):現在の物理学で、電磁気力、強い力、弱い力の3つの基本的な相互作用を記述するモデル。重力を除く全ての素粒子現象を説明する理論的枠組みだが、暗黒物質などの現象は説明できない。
湯川粒子(Yukawa particle):日本の物理学者湯川秀樹が1935年に理論的に予言した中間子の概念を拡張した仮説上の粒子。原子核内で核力を媒介する粒子として提唱され、湯川は1949年にノーベル物理学賞を受賞した。
光学遷移(Optical transition):原子内の電子が異なるエネルギー準位間を移動する現象で、可視光領域のエネルギーに対応する遷移。電子にエネルギーを与えると高い軌道に移り、元に戻る際に特定のエネルギーを放出する。
キングプロット(King plot):同位体間の原子遷移周波数の変化をマッピングした図表。標準模型によって直線関係が予測されるが、予測からのずれは未知の力の存在を示唆する可能性がある。
カルシウム同位体:同じ陽子数(20個)を持つが中性子数が異なるカルシウムの変種。安定同位体は⁴⁰Ca、⁴²Ca、⁴⁴Ca、⁴⁶Ca、⁴⁸Caの5つが存在する。
暗黒物質(Dark matter):宇宙に存在するが光では観測できない物質。宇宙の質量の約85%を占めるとされるが、その正体は未解明である。
eV/c²:素粒子物理学で使用される質量の単位。電子ボルトをc²(光速の2乗)で割った値で、アインシュタインの質量エネルギー等価性E=mc²に基づく。
【参考リンク】
Physical Review Letters(外部)
世界最高峰の物理学専門誌で、アメリカ物理学会の旗艦出版物。1958年創刊以来、ノーベル賞受賞論文を多数掲載している権威ある学術誌である。
Physics Magazine – American Physical Society(外部)
アメリカ物理学会が発行する物理学の最新研究を一般向けに解説するオンライン雑誌。専門的な研究成果を分かりやすく紹介している。
理化学研究所(外部)
日本最大の自然科学研究機関。カルシウム同位体研究や重イオン加速器施設RIBFを運営し、原子核物理学の最先端研究を行っている。
【参考動画】
【参考記事】
Searching for a New Force – Physics Magazine(外部)
アメリカ物理学会の公式解説記事。カルシウム同位体の光学遷移測定による第5の力探索の詳細な科学的解説を提供。
Nonlinear Calcium King Plot Constrains New Bosons and Nuclear Properties(外部)
Alexander Wilzewski率いる研究チームによる原著論文。第5の力の制約に関する詳細な実験データと理論的考察を収録。
Physicists confirm possible discovery of fifth force of nature(外部)
2016年にハンガリーの研究チームが発見した未知の粒子が第5の力の証拠である可能性をUCIの理論物理学者が確認したという研究。
【編集部後記】
物理学の根本的な発見は、私たちの日常にどのような変化をもたらすのでしょうか。第5の力の存在が確認されれば、量子コンピューターの性能向上や新材料の開発、さらには宇宙探査技術の革新につながる可能性があります。
一方で、過去には実験の欠陥により「第5の力発見」が覆された事例もあり、科学的検証の重要性を物語っています。皆さんは、このような基礎研究の成果が実用化されるまでにどれくらいの時間が必要だと思われますか。
また、湯川秀樹の中間子理論から90年を経て、日本発の物理学理論が再び注目される意義についてどう感じられるでしょうか。ぜひSNSで皆さんの率直なご意見をお聞かせください。