好きなゲームを自分の手で作り替える。Modと呼ばれるその文化は、権利者との微妙な距離の上に成り立っています。
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』をVR化するMod「BetterVR」は、2025年末の公開から20回以上の更新を重ね、いまも動き続けています。ところが2023年には、同じゲームの、ほとんど同じ環境で動く別のModが、任天堂の申し立てをきっかけに公開停止へ追い込まれていました。
何が違うのでしょうか。気になって、任天堂が実際に提出した法的文書まで遡って調べてみました。
Crementif氏が開発する『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のVR化Mod「BetterVR」は、2026年8月24日公開の0.9.23が最新版で、開発が続いている。
同作では2023年4月、YouTuberのPointCrow氏が公開したマルチプレイ化Modが、任天堂からの著作権申し立てを受けて公開停止となっている。両者はいずれも、Wii U版のゲームとCemuエミュレータを動作条件としている。
任天堂は2026年に入ってからもGitHubに対し20件のDMCA通知を提出しており、通知本文は保護対象著作物として『ブレス オブ ザ ワイルド』の米国著作権登録番号を挙げている。ただし確認した20件の対象はすべてNintendo Switch向けエミュレータ等で、Cemu関連は含まれていない。
【編集部解説】
2023年4月に何が起きたか
まず、比較の対象になる出来事を整理しておきます。
2021年、YouTuberのPointCrow氏(Eric Morino氏)が、『ブレス オブ ザ ワイルド』をマルチプレイ化するModの作成に1万ドルの賞金を出すと表明しました。条件は、2人以上が同時に遊べること、マップの移動に制限がないこと、そしてSwitchまたはCemu上で動作することでした。
Modは2023年4月4日、同氏のDiscordサーバーで無料公開されます。開発チームを率いたAlexMangue氏は、ゲームのコードそのものを書き換えるのではなく、エミュレータのプロセスが確保したメモリに自前のコードを注入する手法をとったと説明しています。
動きは早いものでした。4月6日、米国法人のNintendo of Americaが関連する4本の動画をブロックします。異議申し立てによって動画は視聴可能に戻ったものの、収益化は止まったままでした。
翌日にはさらに24本が申し立ての対象になります。最終的に影響を受けたのは28本で、うち24本は米国法人によるブロック、最初の4本に対しては日本の任天堂本社から著作権侵害の警告が出されました(PointCrow氏自身の説明では警告2件)。YouTubeでは警告が3回累積するとチャンネルが停止されます。
4月11日(米国時間)、PointCrow氏はDiscordからModのダウンロードリンクを削除しました。「任天堂と協議中のため、このDiscordからModを取り下げました」という短い声明とともに。
ここで見落としたくないのは、Modそのものは法的に削除されていないという点です。報じられた範囲では、訴訟も、Modの配布先に対する削除要請も確認されていません。動画という生計手段が締められた結果、開発側が自主的に手を引いた。結果は同じでも、機序はまったく違います。
BetterVRは、ほとんど同じ場所に立っている
さて、BetterVRです。
開発者Crementif氏によるこのModは、Cemu上で動くWii U版『ブレス オブ ザ ワイルド』を、頭の動きも手の動きもそのまま反映される本格的なVR体験へ変換します。立体視、6DoF、ルームスケール、モーション操作に対応しています。動作条件として、Cemu 2.6以降、更新データV208、Windows、OpenXR対応ヘッドセット、そしてWii U版の正規コピーが明記されています。なお、Wii U版のダウンロード販売は2023年3月28日に終了しました。いま新たに正規のコピーを手に入れるには、中古のパッケージを探すことになります。
つまり、2023年に消えたModとBetterVRは、同じゲームの、同じWii U版を、同じエミュレータで動かし、同じく正規コピーの所有を前提としているわけです。違いは、片方がマルチプレイで、もう片方がVR変換だという一点に見えます。
小さなプロジェクトではありません。2026年9月時点で、リポジトリはStar約1,500、Fork 200、コミット644を数えます。最新版は2026年8月24日公開の0.9.23で、開発者自身が「ほぼ月1回」と表現するペースで更新が続いています。開発者は「公開版は今後も無料・オープンソースのままにする」と明言しています。
2026年8月には新しいトレーラーが公開され、海外のVRメディアが一斉に取り上げました。その中でwccftechは、記事の最後をこう締めています——この献身と創意工夫が、数年前に取り下げに追い込まれたマルチプレイModのように、任天堂の足の下で踏み潰されないことを願う、と。
同じ連想は、他の媒体にもありました。ただ、そこから先へ進んだ記事は見当たりません。私たちが調べたかったのは、その先です。
任天堂の手は、止まっていない
「任天堂が気づいていないだけではないか」という説明が、まず思い浮かびます。これは確かめられます。
GitHubは、自社に提出されたDMCA削除通知の原文を公開リポジトリで全件公開しています。二次情報を経由せず、権利者の主張そのものを読める資料です。
以下に並べる数字は、すべてそこから数えたものです。記事末尾の参考リンクにリポジトリのURLを置いておきますので、この記事を信じていただく必要はありません。年月ごとのフォルダを開けば、同じ数を誰でも数え直せます。Modや権利をめぐる話は伝聞が伝聞を呼んで形が変わりやすく、後で触れるDolphinの一件のように、誤った説明が広く流通したまま当事者の訂正が追いつかない例もあります。原文まで降りたうえで、その原文の在り処も一緒に示すことにしたのは、そのためです。
そこを2026年分だけ数えると、任天堂名義の通知は20件ありました。
| 2026年 | 通知の件数 |
|---|---|
| 1月 | 0 |
| 2月 | 3 |
| 3月 | 3 |
| 4月 | 1 |
| 5月 | 1 |
| 6月 | 2 |
| 7月 | 2 |
| 8月 | 7 |
| 9月 | 1 |
規模も見ておきます。2月12日の通知では、フォーク網ごと127件と218件のリポジトリが一括処理されました。8月17日の通知のひとつでは、311件のネットワークが処理されています。
8月17日という日付に注目してください。 BetterVRの新トレーラーが世界のVRメディアに取り上げられたのが8月9日から11日にかけて。その6日後、任天堂は同じGitHubというプラットフォーム上で、1日に7件の削除通知を提出しています。
見落としている、という説明は成り立ちません。
通知が守ると書いている作品に、『ゼルダ』がある
では、何を守るための通知なのか。本文にこう書かれています。
Switch本体とゲームソフトには技術的保護手段(TPM)が組み込まれており、正規のゲームファイルとのみ相互作用する。保護される著作物には、以下が含まれる——
- PA0002051900(マリオカート8 デラックス)
- PA0002233840(あつまれ どうぶつの森)
- PA0002151614(大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL)
- PA0002028142(ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド)
いずれも米国著作権登録番号です。
整理すると、こうなります。任天堂は2026年を通じて、「『ブレス オブ ザ ワイルド』等の著作権を守るため」という理由でGitHubのリポジトリを削除し続けている。その同じGitHub上に、『ブレス オブ ザ ワイルド』を改変するModが、Star 1,500を集めて置かれている。そして手はつけられていない。
確認した20件の通知の対象を並べると、Yuzu系の各種フォーク、Eden、Citron、Ryujinx/Ryubing、Suyu、Sumi、Skyline、MeloNX、MonoNX、Torzu、Kenji-NX、Pine、Pomelo。いずれもNintendo Switchのエミュレータです。Cemu、Wii U、BetterVRの名は、一件も出てきません。
(なお、私たちが確認したのは2026年にGitHubへ提出された通知に限られます。それ以前や、GitHub以外の場での動きまでは追えていません。)
境界線はどこにあるのか
ここから先は、通知文の読み取りにもとづく編集部の解釈です。任天堂が公式に説明したものではありません。
通知が援用しているのは、米国著作権法17 U.S.C. §1201——技術的保護手段の回避を禁じる条項です。任天堂の主張はこう組み立てられています。Switchのゲームは prod.keys と呼ばれる独自の暗号鍵で暗号化されている。エミュレータは実行時またはその直前に、鍵の不正なコピーを用いて復号する。したがってこれは、保護手段の回避を主たる目的とする技術の取引にあたる。
判例としては、Yuzuの開発元Tropic Haze社に対する2024年3月6日の確定判決が引かれています。Yuzuは2024年2月26日に提訴され、その1週間あまりのちに240万ドルの和解が成立して、開発を停止しました。任天堂が訴状で挙げたのは、『ティアーズ オブ ザ キングダム』が正式発売前に100万回以上ダウンロードされたという被害でした。もう一方のSwitchエミュレータRyujinxも、同年10月に開発者が任天堂から直接接触を受けて停止しています。
つまり、任天堂がGitHubで振っている刃は「Mod撲滅」でも「エミュレーション撲滅」でもなく、暗号鍵という一本の線に照準を合わせています。
この読み方を裏づける事例がもうひとつあります。2023年、GameCube/Wiiエミュレータ「Dolphin」のSteam版が頓挫した件です。よく「任天堂がDMCA削除通知を出した」と説明されますが、Dolphin側が後に公式ブログで訂正しています。実際には、Valveが自主的に任天堂へ照会し、任天堂側の弁護士が反対の意見を示した。削除通知は出ていません。そして争点になったのは、Dolphinが復号用のWii Common Keyを自身のソースコードに同梱していたことでした。
ここでBetterVRのREADMEに戻ります。「このModはゲームファイルを一切同梱していない」「BetterVRはコードのみを改変し、ゲームデータには手を触れない」と書かれています。動作にはユーザー自身が正規のWii U版を用意する必要があります。Cemu側も鍵を配布していません。公式FAQは、これらの鍵は著作権で保護されているためCemuと一緒に提供することはできず、ダンプして正しく設定するのは利用者の責任だと明記しています。Dolphinが同梱して行き詰まったものを、Cemuは著作権を理由に拒んでいるわけです。
線の向こう側とこちら側が、かなりはっきり見えてきます。BetterVRが生き延びている理由は、任天堂の寛容さでも見落としでもなく、いま振られている刃の射程がそこまで届かない形をしている——これが、資料から引ける最も筋の通った説明です。
ただし、射程外は安全ではない
ここで話を終わらせると、危険な記事になります。
そもそも、暗号鍵の線は2023年のModとBetterVRを分ける説明にはなりません。PointCrow氏のModも同じCemu側にいて、同じく鍵を回していませんでした。それでも止まったのです。
2023年にPointCrow氏を止めたのは、§1201でも訴訟でもありませんでした。YouTubeの著作権クレームと警告です。可視性と生計を締める、より柔らかい武器でした。
そしてBetterVRは、その武器の射程には完全に入っています。開発者本人のトレーラーも、VR系YouTuberによる紹介動画も、YouTube上にあります。2023年に使われた手順を、そのまま適用できる位置にあるわけです。
ここで見ておきたい資料が、もう一つあります。任天堂の「ネットワークサービスにおける任天堂の著作物の利用に関するガイドライン」です。
2023年4月、PointCrow氏は「自分の動画は任天堂のガイドラインに違反していない」と主張していました。当時、その主張には形式的な足場がありました。
その足場は、2024年9月2日の改定で塞がれます。「違法または不適切な投稿」の例示に、以下が加わったためです。
- 不正にコピーされたゲームソフト、改造されたゲームソフト、任天堂の許諾を受けずに制作されたゲームソフトに関するもの
- チート、クラッキング、技術的制限手段の回避、不正な改造またはこれらを可能にする物、ツールもしくはサービスに関するもの
- エミュレーターや技術的制限手段を回避するプログラムなど、任天堂が導入したセキュリティを回避するソフトウェアや装置の使い方に関するもの
同じ改定で本文にも、ガイドラインに従わない投稿に対して「法的措置を講じる権利」と、違反者に対して「以後の任天堂のゲーム著作物の使用を認めない権利」を保持する旨が追記されています。
ここまで並べると、現在の状況の形が見えてきます。
ルールは書かれている。それも2024年9月に、異例なほど具体的に。
違反は可視である。リポジトリはGitHubに、トレーラーはYouTubeにあります。
そして執行だけが、起きていない。2026年だけで20件のDMCA通知を出しながら、この一件には触れていない。
「なぜ潰されないのか」という問いは、ここまで絞り込むと、Mod文化の寛容さをめぐる話ではなくなります。権利者が、執行できる対象の中から何を選び、何を選ばないでいるのかという話になる。そして、その選別の基準を私たちは知りません。任天堂は公式に説明していませんし、おそらく説明する必要もないと考えているはずです。
次の一歩は、線に近づく方向を向いている
最後に、この先の話をしておきます。
Road to VRによれば、BetterVRの今後の予定には「長らく待たれていたマルチプレイ対応」が含まれています。新しいCemuに移植済みで、同期処理が残っている段階だといいます。
2023年に止められたのが、ほかでもない『ブレス オブ ザ ワイルド』のマルチプレイModだったことを思い出すと、これはなかなか際どい一歩です。
もうひとつ。Crementif氏は『マリオカート8』のVR化にも着手しています。ただし対象がどのバージョンかは、まだ確定していません。開発者自身のリリースノートの見出しは「BetterVR for MK8 Deluxe」となっていますが、トレーラーに映っているのはWii U版だと報じた媒体もあり、Wii U版かデラックス版かは未決定だとする報道もあります。
この違いは小さくありません。Wii U版ならこれまでと同じ土俵です。一方の『マリオカート8 デラックス』はSwitchタイトルであり、米国著作権登録番号 PA0002051900 として、任天堂が2026年2月のDMCA通知で名指しして守っている、まさにその作品です。
マルチプレイと、Switchタイトル。偶然にも、任天堂が過去に動いた二つの条件が、どちらもロードマップの上に乗っています。
分かっていないこと
誠実に言えば、この記事が答えを出せていないことのほうが多いです。
任天堂がなぜこの一件に手をつけないのか、その理由は当事者しか知りません。§1201の射程という説明は、公開された通知文から読み取れる最も筋の通った仮説であって、意思決定そのものではありません。
BetterVRのマルチプレイ対応がいつ実装されるのか、『マリオカート8』がどのバージョンを対象にするのかも、現時点では未確定です。
そして、こうも思います。正規のコピーを持っている人が、自分のPCの中で、ゲームデータを一切複製せずに遊び方を変えること。それは誰の、何を損なっているのでしょうか。米国の条文は「鍵を回してはいけない」と書いてあります。ですが、鍵を回していないこの行為について、その条文は何も言っていません。
答えの出ていない場所に、BetterVRは8か月あまり、立ち続けています。
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【編集部後記】
調べるほどに、任天堂が何かを間違えているという話にはなりませんでした。権利者には権利を行使する自由があり、行使しない自由もあります。その選び方を外から採点するのは、たぶん筋が違うのでしょう。
それでも、鍵を回していない改変について誰も何も言っていない、という空白は残ります。私たちはこれをどう見ておけばいいのか、まだ決めきれていません。
数年後にこの記事を読み返したとき、BetterVRはまだ更新されているでしょうか。それとも消えているでしょうか。どちらであっても、その理由のほうを知りたいと思っています。
【参考リンク】
【用語解説】
Mod(モッド)
ゲームの動作やデータを利用者が改変する行為、およびその改変プログラム。BetterVRはゲームデータに手を触れず、実行時のコードのみを書き換えるタイプ。
6DoF(6自由度)
頭や体の前後・左右・上下の移動と、三方向の回転をあわせた6種類の動きを、そのままゲーム内の視点に反映させる仕組み。視線の向きだけが反映される3DoFとは区別。
Cemu
Wii U向けソフトをPC上で動作させるエミュレータ。ゲームファイルも暗号鍵も同梱せず、利用者が自身の実機から用意する前提の設計。公式FAQは、鍵が著作権で保護されているため同梱できないと説明。
DMCA(デジタルミレニアム著作権法)と第1201条
オンライン上の著作権侵害に対する削除要請の手続きを定めた米国の法律。うち第1201条は、著作物へのアクセスを制御する技術的保護手段の回避と、回避を主目的とする技術の取引を禁じる条項。著作権侵害そのものを問う規定とは別建て。任天堂がGitHubへの削除通知で援用しているのがこの条項。
技術的保護手段(TPM)
著作物への不正なアクセスや複製を防ぐための技術的な仕組み。任天堂は、Switch本体とゲームファイルの暗号化がこれにあたると主張。
prod.keys
Nintendo Switchのゲームファイルを復号するために用いられる暗号鍵群の通称。任天堂の削除通知が回避行為の根拠として挙げているのが、Switchエミュレータによるこの鍵の不正コピー使用。
著作権侵害の警告(copyright strike)
YouTubeで権利者からの削除要請が認められた際にチャンネルへ付与されるペナルティ。3回の累積でチャンネルおよび関連チャンネルが停止対象。収益化のみを止めるContent IDの申し立てとは別制度。2023年のPointCrow氏の件では両方を併用。
米国著作権登録番号
米国著作権局に登録された著作物の識別番号。任天堂の削除通知は、保護対象をこの番号で特定。『ブレス オブ ザ ワイルド』はPA0002028142、『マリオカート8 デラックス』はPA0002051900。
fork(フォーク)とネットワーク単位の処理
GitHubで既存リポジトリを複製して派生させる仕組み、およびその派生群。削除対象が100件を超え、権利者が派生も同等に侵害していると申し立てた場合、GitHubがネットワーク全体を一括処理する運用。















