Last Updated on 2025-05-23 18:31 by admin
2025年5月20日(現地時間、日本時間5月21日)にスウェーデンのフィンテック企業Klarna(クラルナ)、翌5月21日(現地時間、日本時間5月22日)にビデオ会議サービス大手Zoom(ズーム)のCEOがそれぞれAIアバターを使用して決算説明会に参加する新たな動きが注目を集めている。
Klarnaの共同創設者兼CEOであるSebastian Siemiatkowski(セバスチャン・シェミアトコフスキー)氏は、2025年第1四半期の決算発表において、自身のAIアバターを使用した83秒間の動画を公開した。AIアバターは「私です、より正確には私のAIアバターです」という言葉で始まり、同社の業績を発表した。Klarnaは四半期売上高が7億100万ドルを記録し、前年同期比27パーセント増となったものの、税引前損失は9200万ドル、純損失は9900万ドルとなった。同社は従業員数を約40パーセント削減し、2022年の約5000人から現在は約3000人となっている。
ZoomのCEOであるEric Yuan(エリック・ユアン)氏も、2025年第1四半期の決算説明会でAIアバターを使用した。ユアン氏のアバターは同社のZoom Clipsツールを使用して作成され、「今日は、AIを搭載したカスタムアバターを使用して、決算報告の一部を発表します」と述べた。実際のユアン氏は、その後のライブ質疑応答セッションには本人が参加し、「AI生成アバターを本当に気に入っている」と語った。Zoomは年間売上高見通しを48億ドルから48億1000万ドルに引き上げ、前年同期比3パーセントの成長を記録している。
Klarnaは2022年以降、OpenAIを活用したカスタマーサービスアシスタントにより年間4000万ドルのコスト削減を実現し、顧客満足度を維持している。また、MidjourneyやDALL-Eなどの生成AIツールを使用してマーケティングコストを1000万ドル削減し、従業員の87パーセントが日常的にAIを使用している。
Zoomは、ChatGPTの登場後にAIエンジニアリングチームを3倍に拡大し、GPUに大規模投資を行った。同社のAI Companionは現在70万以上のアカウントで利用され、会議後の作業時間を25パーセント削減している。Zoomは今週、カスタムアバター機能を全ユーザーに展開すると発表した。
この動きは、Soul Machines(1億3500万ドルの資金調達を実施)、Microsoft、Samsungなど他の企業でも同様の技術開発が進んでいることを示している。一方で、AIが生成した決算説明会が基本的なファンダメンタルズよりも高いセンチメント分析スコアを示す場合があるという懸念も専門家から指摘されている
References:Tech CEOs are using AI to replace themselves
【編集部解説】
今回のKlarnaとZoomによるAIアバターを使った決算発表は、単なる技術デモンストレーションを超えた、企業コミュニケーションの新たなパラダイムシフトを示しています。これまでCEOの顔と声は企業の信頼性を象徴する重要な要素でしたが、AIアバターの登場により、その前提が根本的に変わろうとしています。
特に注目すべきは、両社がそれぞれ異なるアプローチを取っていることです。Klarnaは完全にAIアバターのみで決算発表を行った一方、ZoomのEric Yuan氏は冒頭のプレゼンテーションのみをアバターに任せ、質疑応答は本人が対応するハイブリッド形式を採用しました。この違いは、AI技術に対する両社の戦略的立場の差を反映していると考えられます。
Klarnaの決算内容を詳しく見ると、売上高は前年同期比27パーセント増と好調な成長を示している一方で、9900万ドルの純損失を計上しており、収益性の課題が浮き彫りになっています。この状況下でAIアバターを使用したことは、コスト削減への強いコミットメントを示すメッセージとも解釈できます。
技術的な観点から見ると、現在のAIアバター技術はまだ完璧ではありません。複数のメディアが指摘しているように、不自然な瞬きの頻度や音声同期の微妙なずれなど、「不気味の谷」現象が依然として存在します。しかし、これらの技術的制約は急速に改善されており、Soul Machinesが1億3500万ドルの資金調達を実施するなど、業界全体で大規模な投資が行われています。
この動きが企業経営に与える影響は多岐にわたります。まず、CEOの時間効率化という実用的な側面があります。Yuan氏が以前から提唱している「デジタルツイン」の概念では、将来的にオフィス業務の90パーセントをAIが代替できると想定されており、今回の実験はその第一歩と位置づけられます。
一方で、投資家や従業員との信頼関係構築という観点では、重要な課題が浮上しています。Speech Craft Analyticsの調査によると、AI生成された決算説明会は、実際のファンダメンタルズよりも高いセンチメント分析スコアを示す場合があることが判明しており、これは投資判断の歪みを生む可能性があります。特に、Klarnaのように損失を計上している企業がAIアバターを使用する場合、その動機に対する疑問が生じる可能性もあります。
規制面では、2024年3月に成立した欧州AI法が透明性と説明責任を重視し、AI生成コンテンツの明確な表示を義務付けています。今回の両社の取り組みは、この規制要件を満たす形で実施されており、今後の業界標準となる可能性があります。
長期的な視点では、この技術は企業コミュニケーションの民主化をもたらす可能性があります。Zoomがカスタムアバター機能を月額12ドルで全ユーザーに提供開始したことは、大企業だけでなく中小企業でも高品質なプレゼンテーションが可能になることを意味します。
ただし、この技術の普及には慎重な検討が必要です。特に、誤情報の拡散リスクや、AI生成コンテンツの悪用可能性については、継続的な監視と対策が求められます。また、人間らしさや感情的なつながりといった、AIでは代替困難な要素の価値が、逆に高まる可能性もあります。
今回の事例は、AI技術が企業の最高意思決定層にまで浸透した象徴的な出来事として、テクノロジー業界の歴史に記録されることでしょう。しかし、真の成功は技術的な完成度ではなく、ステークホルダーとの信頼関係を維持しながら、いかに効率性と透明性を両立できるかにかかっています。
【用語解説】
AIアバター:人工知能技術を用いて自分やキャラクターの顔・身体・動きを再現したデジタルの分身。音声や表情まで模倣し、リアルタイムでコミュニケーションが可能な技術。
センチメント分析:テキストデータや音声データから感情を読み取る手法。「ポジティブ」「ネガティブ」「ニュートラル」の3つに分類され、自然言語処理技術や機械学習によって分析される。
デジタルツイン:現実世界の物理的なオブジェクトやプロセスをデジタル空間で再現する技術概念。CEOの場合、本人の行動や判断パターンをAIで再現することを指す。
不気味の谷現象:人間に似せたロボットやCGキャラクターが、ある程度リアルになると逆に不快感や恐怖感を与える現象。完全にリアルになると再び好感度が上がる。
ファンダメンタルズ:企業の財務状況や業績など、株価や企業価値を判断する際の基本的な経済指標。売上高、利益、成長率、損失などが含まれる。
GPUへの大規模投資:Graphics Processing Unitへの投資。AIの機械学習処理に必要な並列計算能力を提供するハードウェアへの設備投資を指す。
税引前損失・純損失:税引前損失は税金を差し引く前の損失額、純損失は税金やその他の費用を全て差し引いた後の最終的な損失額を指す。
【参考リンク】
Klarna公式サイト(外部)スウェーデン発のフィンテック企業。後払い決済サービスを提供し、世界20万以上の小売企業が導入。AIを活用したカスタマーサービスでコスト削減を実現している。
Zoom公式サイト(外部)ビデオ会議サービス大手。パンデミック以降急成長し、現在はAI機能を強化。カスタムアバター機能やAI Companionなどの生成AI機能を提供している。
Soul Machines公式サイト(外部)人間の脳と中枢神経系をモデルにした仮想神経系技術で、リアルなデジタルヒューマンを作成する企業。1億3500万ドルの資金調達を実施し、大手企業と協業している。