anywhere café×新上五島町のVRイベント、定員4倍の応募—90歳も「行きたい」と動かした五感観光の力

「どうやって行けばいい?」——VR体験を終えた参加者が真っ先に口にしたのは、感想ではなく旅の計画だった。観光プロモーションの新しい形が、大阪の古民家カフェから動き出している。


株式会社G1 companyは2026年3月14日、大阪市住之江区の古民家カフェ「anywhere café」にて「VR×食×現地中継で楽しむ 新上五島町体験イベント」を開催した。

長崎県新上五島町および読売新聞大阪本社の会員組織「わいず倶楽部」が協力した。同イベントの結果は4月14日にプレスリリースとして公開された。定員15名に対し約60名が応募し、応募倍率は約4倍だった。

当日参加者16名全員がアンケートで「実際に行きたい」と回答し、満足度も100%だった。「ぜひ行きたい」が37.5%、「機会があれば行きたい」が62.5%を占めた。会場では360度VR映像、現地リアルタイム中継、特産品「かんころ餅」の提供を組み合わせた体験を実施した。

参加者には日本在住の外国人会員組織「わいず倶楽部インターナショナル(WCI)」からの5名も含まれた。最高年齢90歳の参加者がVR体験への感想として来訪意向を示した。

From: 文献リンク90歳がVRで離島を体験、長崎県新上五島町デジタル観光に4倍の応募

株式会社 G1 companyPRTIMESより引用

【編集部解説】

今回のニュースが示すのは、単なる「VRを使った面白いイベント」ではありません。「見せる観光」から「感じさせる観光」へという、地方誘客の根本的なパラダイムシフトの萌芽です。

日本の観光行政は近年、観光庁主導で「来訪意欲を増進させるためのオンライン技術活用事業」を推進しており、VR・ライブ中継・現地体験を組み合わせたアプローチは国の方向性とも一致しています。株式会社G1 companyの取り組みは、その民間版実証実験として位置づけられます。

注目すべきは、体験設計の「多感覚性」にあります。VR映像(視覚・聴覚)と「かんころ餅」(味覚・嗅覚)を同時に提供することで、単一感覚への刺激にとどまらない没入感を実現しました。電通がTourism EXPO Japanで披露した没入型VRシステム「TELEPOD」や、JTBが活用する空間VR「uralaa」でも来場者数2.4倍という効果が報告されており、多感覚アプローチはVR観光の有効性を高める共通知見となりつつあります。

90歳の参加者がVR体験に感動し来訪意向を示したという事実は、象徴的な意味を持ちます。VRは「若者向けのガジェット」というイメージが根強いですが、高齢者向けにVR旅行体験を提供してきた登嶋健太氏の活動でも、多くの高齢者がVR旅行を楽しんでいることが報告されています。テクノロジーの世代間バリアは、体験設計次第で取り除けるという証拠が積み重なっています。

一方で、冷静に見ておくべき点もあります。今回のアンケートはn=16という非常に小規模なサンプルです。「来訪意向100%」という数字は、もともと関心が高い層が選ばれてイベントに参加している点を加味する必要があります。「意向」が「実際の来訪」に転換されたかどうかの追跡調査こそが、このモデルの真の評価軸になるでしょう。

インバウンド活用の可能性も見逃せません。「わいず倶楽部インターナショナル(WCI)」からの外国人参加者5名が「外国人との交流イベントがあれば参加したい」と回答したことは、このモデルが訪日外国人の誘客導線としても機能し得ることを示しています。言語・文化の壁がある地方離島への誘客において、VRによる「事前の感情移入」は特に有効なアプローチになり得ます。

スケールアウトへの課題として、コスト構造があります。360度映像の制作、リアルタイム中継の安定稼働、VRヘッドセットの管理・衛生管理、現地スタッフの確保——これらを他地域で再現するには相応の投資が必要です。「都市部の体験拠点×地方の観光資源」というモデルは魅力的ですが、採算性と持続可能性の設計が普及のカギを握ります。

新上五島町は、かつてキリシタン文化を受け継ぐ世界遺産構成資産として国際的な認知度も持つ地域です。VRと現地中継で「人の温度」を届けることへの注目は、コンテンツとしての場所の力と、テクノロジーの掛け算で初めて成立するものだと言えます。

【用語解説】

VR(バーチャルリアリティ)
コンピューターが生成した仮想空間を、専用のゴーグル型デバイスを通じて視覚・聴覚で体感する技術だ。現実には存在しない場所や状況に「実際にいる感覚」を与えることができる。

XR(クロスリアリティ)
VR(仮想現実)・AR(拡張現実)・MR(複合現実)を包括する概念の総称だ。現実と仮想空間の境界を横断するあらゆる技術を指す。

観光DX
デジタル技術を活用して観光体験や観光地のプロモーション、誘客の仕組みをデジタル化・高度化する取り組みだ。VRやライブ中継などによる事前体験の提供から、スマートフォンを活用した現地案内まで幅広い施策が含まれる。

インバウンド
訪日外国人旅行者、またはその誘致・促進を指す観光業界の用語だ。日本への外国人観光客数の増加は近年、地方経済の重要な収益源として注目されている。

行動直前層
マーケティング用語で、購買や行動(この場合は旅行)の意思決定がほぼ固まっており、あとは具体的なきっかけや情報を待っている状態の人たちだ。認知・関心段階よりも転換率が高いとされる。

デジタルデバイド
インターネットやデジタル機器を使いこなせる人とそうでない人の間に生まれる情報格差や機会格差のことだ。高齢者と若年層の間で特に顕著に現れるとされている。

多感覚性(マルチセンソリー)
視覚・聴覚だけでなく、味覚・嗅覚・触覚などの複数の感覚に同時に働きかけることで、体験の没入度や記憶への定着を高めるアプローチだ。今回のイベントではVR(視覚・聴覚)と「かんころ餅」(味覚・嗅覚)の組み合わせがこれにあたる。

【参考リンク】

株式会社G1 company(外部)
XR技術を活用した観光体験の企画・開発と体験型観光施設の運営を手がける大阪の企業。anywhere caféの運営母体として、自治体連携の観光プロモーション事業を展開している。

anywhere café OSAKA(外部)
大阪市住之江区にある築70年以上の古民家カフェ。「旅の気分を味わえる」をコンセプトにVRゴーグルや360度映像の無料体験を提供し、関西のテレビ番組にも取材されている。

新上五島町観光なび(新上五島町観光物産協会)(外部)
長崎県の離島・新上五島町の公式観光ガイドサイト。29もの教会が点在する島の世界遺産・絶景・食など観光情報とアクセス方法を案内している。

来訪意欲を増進させる12の観光DX事業(観光庁)(外部)
観光庁が主導する観光DX実証事業をまとめたnoteページ。VRや中継を活用した誘客施策など、行政側の取り組みの全体像を確認できる。

【参考動画】

【参考記事】

Team Dentsu Inc. Makes Its Debut at Tourism EXPO Japan(電通報 英語版)(外部)
電通がTourism EXPO Japanに出展した没入型VRシステム「TELEPOD」を報じた記事。観光プロモーションにおけるVR没入体験の最新動向を国際的な視点から紹介している。

空間VR技術を活用した新たな地域プロモーション(JTB 法人サービス)(外部)
JTBの空間VR「uralaa」を活用した地域プロモーション事例ページ。来場者数2.4倍という数値とともにVR観光の誘客効果が紹介されている。

お年寄りのVR旅行:登嶋健太さんインタビュー(Insta360 公式ブログ)(外部)
高齢者向けVR旅行体験を提供してきた登嶋健太氏へのインタビュー記事。テクノロジーの世代間バリア解消を裏付ける取り組みとして参照した。

来訪意欲を増進させる12の観光DX事業(観光DX推進プロジェクト)(外部)
観光庁が推進する観光DX実証事業の全体像をまとめた記事。VR・ライブ中継を組み合わせた誘客施策が国の政策方針と合致していることを確認するために参照した。

誘客・再来訪促進に向けた観光DX推進モデル実証事業(国土交通省 観光庁)(外部)
観光庁が公表した観光DX実証事業のPDF資料。インバウンド誘客におけるデジタル技術の活用可能性について政府機関の視点から分析している。

自治体のVR・360度動画の活用事例18選(MVSK)(外部)
自治体がVRや360度動画を活用する18の事例をまとめた記事。観光誘客や海外向けプロモーションにおけるVRの有効性と実例を横断的に把握するために参照した。 

【関連記事】

観光庁がDX推進で人手不足に対策 2025年度予算要求:628億円
観光庁が主導する観光DXの政策・予算の全体像を解説した記事。今回の民間実証と行政の動きを合わせて読むことで、観光DXの大きな流れが見えてくる。

ハイパーリアルVRが「感情を設計」する——マードック大学研究が示す医療・教育への可能性
VRが人の感情や畏敬を引き出すメカニズムを学術的に解明した記事。今回の「90歳が感動した」という現象の背景にある科学的根拠として参照したい。

永久封印のナッティパティ洞窟をVR体験可能に 観光モードで配慮
物理的にアクセスが難しい場所をVRで観光体験可能にした事例。「行けない場所を疑似体験する」という点で、今回の離島観光プロモーションと同じ文脈で読める記事だ。

【編集部後記】

VRゴーグルと特産品さえあれば、旅の「予行演習」はどこでもできる——今回の取り組みを見ていて、そんなことを考えました。旅行代理店の店頭やご当地アンテナショップに体験ブースを置いて、VRで島の絶景を体感しながら名産品をつまんで、気に入ったらその場でツアーを予約できる。そんな導線が当たり前になる日は、実はもう遠くないのかもしれません。

「行きたいけど、よく知らないから不安」という心理的ハードルは、観光地にとって長年の課題です。でも、VRで先に”行ってしまう”体験が背中を押してくれるなら、その課題はかなりシンプルに解けそうです。どこか近所のアンテナショップで、ふと手に取ったVRゴーグルが、人生を変える旅の入口になる——そういう未来、悪くないと思いませんか?

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。