PayPay、台湾で海外支払いモード開始—HIVEX®で40万店舗対応、韓国に続く第二弾

台湾の夜市でPayPayをかざす、その小さな体験の裏側で、通貨と国家権力をめぐる壮大なゲームが静かに動き始めている。


PayPay株式会社は、海外でPayPayアプリを使える「海外支払いモード」を2026年4月末より台湾で提供開始する。2025年9月30日に開始した韓国に続く第二弾で、「HIVEX®」の国際ネットワークを通じて台湾国内40万箇所以上で決済が可能となる。

対応方式はCPMとMPMの両方で、「PayPay残高払い」と「PayPayクレジット」が使える。日本国内でeKYCを完了済みのユーザーは渡航先で自動的に利用でき、海外事務手数料は税込3.85%となる。「台湾ファミリーマート(全家便利商店)」および「HiLife(萊爾富)」での割引優待と、空港での「EasyCard(悠遊卡)」購入機能も提供予定だ。

From: 文献リンク台湾でも「PayPay」が利用可能に

【編集部解説】

「PayPayで台湾旅行」——この一文だけ聞くと、単なる利便性向上のニュースに見えるかもしれません。しかしその裏側には、アジア全域のキャッシュレス決済を再編しうる、静かな構造変化が起きています。

「HIVEX®」とは何か

今回の仕組みの核心は、PayPay自体ではなく「HIVEX®」というネットワークにあります。HIVEX®は、ソフトバンクが出資する米国のTBCASoftが開発・運営する、ブロックチェーンをベースにした国際決済インフラです。各国・地域によってQRコードの規格がバラバラでも、HIVEX®がその差異を吸収して標準化するため、ユーザーは現地の決済規格を意識せずに自分のウォレットを使えます。平たく言えば、HIVEX®は「異なる言語を話す財布どうしをつなぐ通訳者」の役割を担っています。

双方向で広がるネットワーク

注目すべきは、この仕組みが「日本人が海外でPayPayを使う」という一方向にとどまらない点です。すでにHIVEX®を通じてWeChat Payのユーザーが日本国内のPayPay加盟店で支払いができるほか、香港のOctopusカードなど14ヵ国・地域の複数の決済サービスのユーザーが日本で決済できる環境も整っています。PayPayは「日本人が海外に持ち出せる財布」であると同時に、「訪日外国人が使えるインフラ」でもあるわけです。

なぜ今、台湾なのか

台湾は日本人の海外旅行先として常に上位に入る市場です。韓国(2025年9月)で得た運用ノウハウをベースに、台湾という「旅行者数・商習慣・技術インフラ」のバランスが取りやすい市場を第二弾に選んだのは合理的な判断と言えるでしょう。HiLifeが全台1,800店舗以上、台湾ファミリーマートが4,000店舗以上を展開する台湾のコンビニ密度は、決済インフラの普及にとって大きなアドバンテージになります。

コスト面と為替リスクは要注意

利便性の一方で、見落とせない点があります。海外事務手数料は税込3.85%が徴収されます。少額の買い物であっても手数料が上乗せされる構造であり、クレジットカードの海外事務手数料(一般的に1.6〜2.0%程度)と比較すると割高になるケースもあります。また、表示レートは「海外ネットワーク事業者が提示するレートに手数料を加えたもの」であり、市場レートとの乖離が生じる可能性がある点も理解しておきたいところです。

セキュリティと規制上の意義

eKYC(電子本人確認)の完了を利用条件にしている点は、単なる機能制限ではなく、国際的なマネーロンダリング対策(AML)規制への対応として理解できます。国境をまたぐ金融サービスには各国の規制当局が関与するため、身元確認の厳格化は今後の海外展開を継続するための”通行証”でもあります。また、海外では新規端末でのログインを不可とする措置も、スキミングやアカウント乗っ取りへの実効的な対策として機能します。

今後の展望

韓国・台湾と続いた展開が次にどの市場を狙うかは明示されていません。ただし、HIVEX®ネットワークにはすでに香港・タイ・シンガポールなどアジア主要国の決済サービスが接続しつつあります。PayPayの海外展開は「アプリ単体のサービス拡張」ではなく、HIVEX®という共通インフラの上で加速するアジア横断型の決済エコシステム構築として捉えると、その意味合いは大きく変わってきます。日本発のキャッシュレスプレイヤーがアジアのQR決済標準化競争においてどこまで存在感を示せるか——その試金石が、この台湾展開にあると言えるでしょう。

【用語解説】

TWQR
台湾のQRコード決済に共通で使われる規格ブランドのロゴ表示。このロゴが掲示されている店舗では、対応する各国の決済アプリによるQRコード払いが可能である。PayPayはHIVEX®を通じてこの規格に接続している。

eKYC(電子本人確認)
電子的な手段を用いてオンライン上でユーザーの本人確認を行うプロセスのこと(Know Your Customer の略)。マイナンバーカードや運転免許証の画像・動画を使ってアプリ上で完結できる。「海外支払いモード」の利用条件であり、海外では手続きが行えないため出国前の完了が必要だ。

CPM(ストアスキャン方式)
ユーザーがアプリ上に表示したQRコードを店舗側の端末が読み取る支払い方式。Customer Presented Mode の略。

MPM(ユーザースキャン方式)
店舗に掲示されたQRコードをユーザーが自分のスマートフォンで読み取る支払い方式。Merchant Presented Mode の略。

AML(マネーロンダリング対策)
Anti-Money Laundering の略。犯罪収益の資金洗浄を防ぐための規制・対策の総称。国境を越える金融サービスには各国当局によるAML規制への準拠が求められ、eKYCの義務化はこの文脈で理解できる。

MPSP(モバイル決済サービスプロバイダー)
Mobile Payment Service Provider の略。PayPayやWeChat Pay、EasyCardのような、スマートフォンを使ったQRコード決済サービスを提供する事業者のことを指す。HIVEX®はこれらMPSP同士をつなぐ中立的なネットワーク基盤として機能する。

PayPayステップ
PayPayの利用実績に応じてPayPayポイントの還元率がアップする特典プログラム。海外支払いモードでの決済もカウント対象となる。

【参考リンク】

PayPay株式会社(外部)
日本最大規模のQRコード決済サービス。登録ユーザー数6,500万人超。残高払い・クレジット払い・ポイント管理をアプリひとつで管理できる。

TBCASoft – HIVEX®公式ページ(外部)
ソフトバンク出資のTBCASoftが運営するHIVEX®の公式ページ。異なるQR決済規格をつなぐDLTネットワークの仕組みを解説している。

EasyCard Corporation(悠遊卡股份有限公司)(外部)
台湾の交通系ICカード「EasyCard(悠遊卡)」運営企業の公式サイト。MRTやバス・コンビニで広く使え、PayPayアプリからの購入も予定。

台湾ファミリーマート(全家便利商店)(外部)
台湾国内に4,000店舗以上を展開する大手コンビニチェーン。PayPay海外支払いモード開始時にPayPayユーザー向け割引優待を提供予定。

HiLife(萊爾富国際股份有限公司)(外部)
台湾全土に1,800店舗以上を展開する大手コンビニ。2,000店舗を目標に拡大中。PayPay海外支払いモード開始時に割引優待を提供予定。

【参考記事】

able in Taiwan(PayPay公式・英語)(外部)
2026年4月末の台湾展開を発表した英語版公式プレスリリース。40万箇所対応・eKYC自動利用・コンビニ割引優待などの詳細が記載されている。

HIVEX Powers Seamless Cashless Payments for Chinese Travelers in Japan(Fintech News Singapore)(外部)
HIVEX®によりWeChat PayユーザーがPayPay加盟店で支払いできるようになった経緯を報じた英語メディアの解説記事。

TBCASoft and Octopus Cards (Hong Kong) Launch Cross-Border QR Payments via HIVEX®(TBCASoft公式)(外部)
香港OctopusカードのHIVEX®接続を発表したリリース。アジア横断型エコシステムの広がりを示す事例として参照した。

HIVEX® – TBCASoft公式解説ページ(外部)
HIVEX®の技術特性や仕組みを解説した公式ページ。暗号資産不使用・個人情報非連携など規制適合性を確認するために参照した。

SoftBank backed TBCASoft to roll out cross border DLT payment HIVEX(Ledger Insights)(外部)
ブロックチェーン専門メディアによるTBCASoft・HIVEX®の解説。SoftBankの出資関係とHIVEX®の技術的背景を確認した。

【関連記事】

PayPayとVisa提携、米国進出へ新会社設立
PayPayがVisaと組み、ついに米国市場への本格参入を宣言。QRコードとNFCを組み合わせた「デュアルモード」で、タッチ決済が主流の米国市場にどう切り込むのか。台湾展開と合わせて読むと、PayPayの海外戦略の全体像が見えてくる。

2026年後半に初の規制下ステーブルコイン発行へ
台湾の金融当局が、自国初のステーブルコイン発行に向けた規制整備を進めている。PayPayが台湾でのQR決済インフラを広げる一方、台湾側では通貨のデジタル化が着々と進む。この2つの動きが将来どこで交差するか——決済の未来を考える上で欠かせない背景だ。

【編集部後記】

取材を進めながら、ずっと頭の片隅に引っかかっていたことがある。HIVEX®はブロックチェーン基盤でありながら、暗号資産を明示的に使わない。なぜか。おそらくそれは、規制当局に受け入れられながら、静かにWeb3的インフラを社会に埋め込むための、最も現実的な選択だからだと思う。

PayPayがいつかステーブルコインになるとき、何が起きるだろう。SWIFTは小口送金の領域から静かに侵食されていく。ドルはむしろステーブルコインに乗って基軸通貨としての地位を強化するかもしれない。一方で中国はe-CNYで東南アジア・アフリカへの浸透を着々と進め、ASEANはドルにも人民元にも依存しない独自の決済圏を作ろうとしている。

そしてもし円建てステーブルコインがHIVEX®ネットワーク上で流通するなら——アジアのQR決済インフラ上で円が基軸通貨として機能する未来が生まれる。日本が長年実現できなかった「円の国際化」を、銀行でも政府でもなく、スマホの決済アプリが成し遂げるという逆説だ。

台湾の夜市でPayPayをかざす、その小さな体験の裏側に、国家と通貨と権力をめぐる壮大なゲームが静かに動いている。この流れがどこへ向かうのか、みなさんと一緒に追いかけていきたいと思っている。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。