スマートグラスは「テック製品」から「ファッションアイテム」へと変貌しつつある。MetaがRay-Banとのコラボでそのシフトを証明してみせたいま、Googleも同じ道を歩み始めました。パートナーに選んだのは、世界屈指のラグジュアリーブランド、Gucciです。テクノロジーとファッションの融合がどこへ向かうのか——その答えが、2027年に一つ証明されようとしています。
Googleが開発するAndroid XRプラットフォーム向けスマートグラスに、ラグジュアリーブランドのGucciが参入することが明らかになった。Reutersの報道によれば、Gucciブランドのスマートグラスは2027年に登場する予定だ。音声機能のみのモデルになるのか、ディスプレイを搭載するのかといった詳細は現時点で不明である。
Gucciをグループブランドとして抱えるKeringのCEOが明らかにしたもので、Googleからの公式コメントはない。このパートナーシップは、Googleが今年(2026年)中にリリースを予定している最初のAndroid XRグラス群には含まれない。先行するのはGentle MonsterおよびWarby Parkerとのコラボモデルで、いずれもSamsungが製造を担う。Gucci版はそれに続く第二波の位置づけとなる。
Googleが目指すのは、屋外やアクティビティの場面だけでなく一日中装着できるアイウェアだ。想定される開発モデルは、内部コンポーネントを共通化しつつフレームデザインをブランドごとに変える方式とされる。
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Gucci-branded Android XR smart glasses are coming in 2027
【編集部解説】
同じ「スマートグラス×アイウェアブランド」という構図でも、MetaとGoogleが描いている戦略は根本のところで正反対に近いものです。今回のGucci参入を単なる「第二波の追加ブランド」として眺めてしまうと、この競争の本質を見落とすことになります。両社のアプローチの違いを整理したうえで、なぜ「いま」Gucciなのかを読み解いていきます。
「一体化」のMetaと「分散」のGoogle
MetaはEssilorLuxotticaとの「一社集中型」のアライアンスを選択しました。EssilorLuxotticaは世界最大のアイウェアコングロマリットで、Ray-Ban、Oakley、Oliver Peoples、Persolなどを自社保有し、プラダ、アルマーニ、バーバリー、シャネルといったラグジュアリーブランドとも独占ライセンスを結んでいます。Sunglass Hutを含む世界18,000超の直営店網も抱えており、開発から製造、販売までを垂直統合できる点が強みです。さらに2024年、MetaはEssilorLuxotticaに30億ユーロを出資して約3%の株式を取得し、資本関係まで含めた長期同盟を築いています。
対するGoogleは「分散協業型」です。製造パートナーにSamsungを据えたうえで、フレームデザインのブランドパートナーを個別に集めています。Google I/O 2025で、GoogleはWarby ParkerおよびGentle Monsterとの提携を発表し、同日Kering Eyewearも独自に提携を公表しました。Warby Parkerに対しては開発費として最大7,500万ドル、さらに一定の条件達成を前提とした最大7,500万ドルの追加投資を約束する手厚い内容です。今回のGucciブランド版は、このKering Eyewearとの提携から生まれる最初のモデルという位置づけになります。
両社の違いは、リスク分散と速度のトレードオフとして現れます。Metaは一社に集中することで意思決定と生産拡張のスピードを手にしました。Googleは分散することで異なる顧客層に同時に働きかけられる設計を得た代わりに、ブランドごとに開発・製造・マーケティングを並走させる複雑さを抱え込むことになります。
数字で見るギャップ——Metaはすでに「量産家電」の入り口に立っている
現時点での市場先行の差は、Googleが軽視できない水準に達しています。
EssilorLuxotticaの2024年Q4決算時点で、Ray-Ban Metaの販売は2023年10月の発売から累計約200万台でした。ところが2025年Q4決算では、2025年単年だけでRay-Ban+Oakley合算で700万台と、前年比3倍超の伸びを記録しています。累計出荷は発売以来およそ900万台に達したと報じられました。生産能力についても、2026年末までに年産1,000万台という当初目標の前倒しだけでなく、年産2,000万〜3,000万台への上方修正がBloombergによって報じられています。
GoogleのProject Auraが2026年中に発売予定、Gucci版は早くても2027年という時間軸で見ると、GoogleはRay-Ban Meta(第2世代、2023年10月発売)から約3年遅れてスタートすることになります。この差は単なる発売タイミングの差ではなく、インストールベース、エコシステム(対応アプリ、ユーザー習慣、サードパーティ連携)、そして「スマートグラスを掛けた人が街を歩く光景」の既視感まで含めた差になり得ます。
ブランドのレイヤー構造——Metaの「マスプレミアム」、Googleの「階層設計」
ブランドラインナップを価格帯で眺めると、両社が想定する市場の広さが見えてきます。
MetaのRay-Ban Metaは300ドル前後から、Oakley Meta HSTN($399〜)と、いずれも「プレミアムな日用品」として買える価格帯に収められています。CNBCなどの報道によればプラダブランド版の計画もあるとされており、EssilorLuxotticaの強みはあくまで「ミドル〜アッパーミドル」に巨大なボリュームを作り出すことにあります。
対するGoogleの3ブランド構成は、価格帯を明確に階層化する設計です。Warby Parkerはアクセシブルな価格で幅広い層に届けるD2C、Gentle Monsterはアジアや若年層に強いファッションラグジュアリー、そしてGucciは、一部の海外メディアでは他のどのスマートグラスよりも高い価格帯になるとの見方も出ています。MetaがRay-Banという「ひとつの象徴」で市場全体を取りにいくのに対し、Googleは「3つの異なるセグメント」を同時に攻めにいく構えです。
ここで注意が必要なのは、スマートグラスの中核コンポーネント(センサー、チップ、ディスプレイ)は標準化される方向にあり、ブランドごとに変わるのは主にフレームデザインだという点です。つまりGucci版の「実質価値」は内部技術ではなく、フレームのクラフトマンシップとブランド体験に依存します。消費者がそれに数十万円を払うかどうかは、Gucciのブランド力が「スマートデバイスの領域でも」通用するかという、まだ答えが出ていない問いに決着をつけることにもなります。
Kering側の文脈——「ReconKering」のなかのAIグラス
この提携を理解するうえで見落とせないのは、Kering自身が深刻な構造転換のただなかにあることです。
Gucciの2024年通期売上は前年比21%減少し(comparable basis)、2026年Q1もアナリスト予想の約6%減を大きく下回る8%減(comparable basis)と、回復シナリオがさらに後ろ倒しになりそうな数字が出ています。この状況を打開するため、Keringは2025年9月にルノー前CEOのLuca de Meo氏をグループCEOに迎えました。自動車業界出身の立て直しのプロが、ラグジュアリーグループの再建を任された形です。
De Meo氏は「ReconKering」と名付けた再建計画を掲げ、その3段階ロードマップの起点を「2026年末までの構造的リセット」に置いています。Android XR版Gucciの投入時期が2027年に設定されていることは、このリセット期間が明けた直後のリローンチ戦略と重なります。
今回の発表(2026年4月16日のフィレンツェでのCapital Markets Day)そのものが、投資家向けの再建プランのプレゼンの場で行われたという事実も重要です。De Meo氏はGucciを「より派手に」するのではなく「紛れようのない」ブランドにしたいという趣旨を語っています。AIグラスは、その「紛れようのなさ」を次世代デバイスの領域で証明する布石として位置づけられているとも読めます。
つまりGucci×Android XRは単なるコラボ案件ではなく、「ラグジュアリーの危機」「テクノロジーの進化」「次世代コンピューティングの主導権争い」という3つの力学が交差する地点に立ち上がったプロジェクトです。Meta×EssilorLuxotticaが「勝っているプレイヤー同士の同盟」だとすれば、Google×Keringは「追い上げるプラットフォームと再起を図る老舗」のアライアンスだと整理できます。
「顔のリアルエステート」を巡る争奪戦
スマートグラスの競争が、スマートフォンやVRヘッドセットの競争と根本的に異なる点が一つあります。それは、舞台が「顔」という、もっとも個人的で、もっとも社会的に露出する場所だということです。
2015年のGoogle Glassの失敗は、技術的欠陥ではなく社会的拒絶が本質でした。カメラを顔につけた人々は飲食店への入店を断られ、「Glassholes(グラスホール)」と揶揄された経緯があります。このときの記憶が、両社の現在の戦略を規定しています。
Metaは「Ray-Banという、すでに顔の上に存在していたブランド」を借りることで、社会的違和感を最小化するアプローチを取りました。既知のデザインにテクノロジーを忍ばせる——これが成功の最大要因でした。Googleは一周遅れで同じ問題に取り組みつつ、単一ブランドに頼らず複数のファッション的「人格」をプラットフォームに乗せることで、ユーザーが自分のアイデンティティに合わせて選べる設計を試みています。
Gucciがそのラインナップに加わることの意味は、「AIグラスはテクノロジー製品ではなく、自己表現の道具である」という命題を、もっとも説得力のあるブランド資本で保証することにあります。カメラを顔に載せることへの社会的抵抗感を、ラグジュアリーのオーラで中和できるのか。その問いに対する最初の本格的な回答が、2027年のどこかで私たちの街角に現れることになります。
MetaとGoogleのスマートグラス戦争は、技術仕様の競争であると同時に、「誰が私たちの顔の上で正統性を持つのか」というブランドと文化の競争でもあります。Metaがボリュームで押すのか、Googleが多様性で切り込むのか。答えが出るまでの数年間は、スマートグラスの市場形成史のもっとも興味深い局面になるはずです。
【用語解説】
Android XR
Googleが開発するXR(拡張現実・複合現実)向けのプラットフォーム。スマートグラスやヘッドセットへの搭載を想定しており、SamsungがパートナーとしてAndroid XRベースのデバイス製造を担う。
Warby Parker
米国発のDirect-to-Consumer(D2C)アイウェアブランド。オンライン直販で処方箋メガネを手ごろな価格で提供するビジネスモデルを確立した。GoogleのAndroid XRグラス向けパートナーの一社で、Googleから最大1億5,000万ドルの投資コミットメントを受ける。
Google Glass
2013〜2015年にGoogleが一般向けに展開を試みたスマートグラス。カメラ搭載への社会的反発(「Glassholes」と揶揄された)や実用性の問題から普及には至らず撤退。
ReconKering
Kering CEOのLuca de Meo氏が2026年4月に発表した同グループの再建計画の名称。2026年末までの構造的リセット、2028年の再加速、2030年の完全復活という3段階のロードマップが示されている。
【参考リンク】
Android XR(外部)
GoogleのXRプラットフォーム公式サイト。スマートグラスやヘッドセット向けの機能・パートナー情報を掲載。
Gucci 公式サイト(外部)
ラグジュアリーブランドGucciのオフィシャルサイト。現行のアイウェアラインナップも確認できる。
Kering 公式サイト(外部)
Gucciを傘下に持つラグジュアリーコングロマリットKering。グループ戦略・IR情報を参照できる。
EssilorLuxottica 公式サイト(外部)
MetaのAIグラスパートナー。世界最大のアイウェアグループとして保有ブランドや事業構造を公開している。
Warby Parker 公式サイト(外部)
GoogleのAndroid XRグラス向けパートナー。D2Cアイウェアのビジネスモデルと現行ラインを確認できる。
Gentle Monster 公式サイト(外部)
韓国発のアバンギャルドアイウェアブランド。GoogleのAndroid XRグラス向けパートナーの一社。
Ray-Ban Meta スマートグラス(外部)
MetaとEssilorLuxotticaが共同展開するAIグラスの製品ページ。現時点でのスマートグラス市場の基準点として参照価値がある。
【参考記事】
Meta & EssilorLuxottica Sold 7 Million Smart Glasses In 2025(UploadVR, 2026年2月)
MetaとEssilorLuxotticaの2025年スマートグラス販売実績(700万台)、累計出荷約900万台、年産2,000〜3,000万台への計画上方修正を詳報。
Meta Smart Glasses Drive EssilorLuxottica’s Growth(UploadVR, 2025年10月)
MetaによるEssilorLuxotticaへの30億ユーロ・約3%出資と、同社の保有ブランド・店舗網の詳細を解説。
Google Announces Optical Partnerships for Android XR Smart Glasses(Vision Monday, 2025年)
Google I/O 2025でのWarby Parker・Gentle Monster提携発表(同日Kering Eyewearも独自に提携公表)と、Warby Parkerへの投資条件を詳報。
Kering Capital Markets Day 2026(CNBC, 2026年4月16日)
フィレンツェでのCapital Markets DayにおけるDe Meo氏の発言とGucci再建戦略を報道。Gucciブランドのスマートグラス参入が公表された場の報告記事。
Kering’s New CEO Luca de Meo: The Turnaround Plan(Global Finance Magazine)
2025年9月のDe Meo氏就任背景、Gucci 2024年通期21%減の業績悪化と再建戦略の概要。
ReconKering: Luca de Meo’s Strategy(NSS Magazine)
ReconKering計画の詳細と2026年Q1 Gucci売上8%減(comparable basis)の最新業績。
Ray-Ban Meta Smart Glasses Revenue H1 2025(Road to VR)
Ray-Ban MetaおよびOakley Meta HSTNの価格帯と収益動向の分析。
【編集部後記】
Gucciがスマートグラスを作る——このニュースに、胸が高鳴りました。あの緑と赤のウェブ、GGのモノグラム、フィレンツェの職人が仕立てるあの質感が、顔の上に置かれ、AIと静かにつながる日がやって来る。
スマートフォンを選ぶとき、私たちはスペック表を眺めます。けれど眼鏡を選ぶときに見るのは、鏡に映った自分の顔です。そこに立つのが自分らしいかどうか、毎朝確かめてから家を出る。Gucciという名前は、その鏡の前の時間を、どこか誇らしいものに変えてくれる力を持っています。テック製品の文脈ではなかなか生まれない感情です。
もちろん価格は相当なものになるでしょうし、機能がRay-Ban Metaを超えるとも限りません。それでも、最初に「掛けたい」と思わせてくれるデバイスが生まれそうなこと自体が、この領域にとって大きな転機だと感じます。











