SABERAスマート眼鏡、Makuakeで先行販売開始—jig.jpが挑む「日常で使えるARグラス」の現在地

[更新]2026年4月21日

スマートフォンが世界を変えたように、次は「眼鏡」がインターフェースになる時代が来るかもしれない。その第一歩が、日本の眼鏡産地・鯖江から静かに、しかし確実に動き出した。


株式会社jig.jpは、ARグラスブランド「SABERA(サベラ)」のメディア向け新製品発表会を開催し、ブランドおよびプロトタイプを初披露した。発表会には代表取締役社長CEOの川股将のほか、Cellid株式会社代表取締役CEO白神賢氏、株式会社ボストンクラブ代表取締役小松原一身氏が登壇した。

SABERAはMakuakeにて2026年4月20日11時より先行販売を開始し、同年7月以降は自社ECサイトおよび販売代理店での本格販売を予定している。製品の重量は40gで、視力補正用レンズにも対応する。ARグラス市場は2025年から2035年にかけて年平均成長率19.1%で拡大し、2035年には1,153億米ドル規模に達すると予測されている。

From: 文献リンクjig.jp、次世代スマート眼鏡ブランド「SABERA(サベラ)」新製品発表会を開催

※アイキャッチは株式会社jig.jp PRTIMESより引用

株式会社jig.jp PRTIMESより引用

【編集部解説】

今回のニュースは単なる新製品発表ではありません。「日本のモノづくりが、ついにARという新戦線に本格参入した」という宣言として受け取るべき出来事です。

SABERAの最大の技術的特徴は、Cellid株式会社が開発した「プラスチック製ウェーブガイド」にあります。ウェーブガイドとは、プロジェクターからの光を眼鏡レンズ内部で反射・誘導し、ユーザーの目に届ける光学素子のことです。従来のガラス製ウェーブガイドに比べ、プラスチック製は軽量・薄型化が容易で、量産コストも低く抑えられます。Cellidはこのプラスチック製ウェーブガイドを国内で唯一量産できる企業であり、2025年2月には約1,300万米ドルの資金調達を完了しています。SABERAはその技術の、いわば「初の市場実装」という位置づけにあたります。

プレスリリースには記載がありませんが、他メディアの報道によると、ディスプレイは右目側のみの単眼式であり、緑色(Green Micro LED)で情報を表示する仕様です。これはARグラス黎明期の製品に多く見られるアプローチで、両眼フルカラー表示の製品に比べて消費電力・重量・コストの面で有利です。一方で、表現できる情報量と没入感には制約があります。

価格については、プレスリリース本文には記載がありませんが、他メディアによると一般販売価格は税込92,400円、Makuakeの超早割価格は基本セット64,990円(200個限定)とのことです。国内外の競合製品と比較しても、価格帯は標準的なARグラスの範囲内に収まっています。

市場規模の数字についても補足が必要です。プレスリリースはFuture Market Insights社の予測として「2035年に1,153億米ドル(CAGR 19.1%)」を引用していますが、これはARグラス単体の市場の数字です。同じ期間を対象とした他の調査会社(Market Research Future社)では約877億米ドル、Spherical Insights社では約851億米ドルと、調査機関によって相当の幅があります。いずれにせよ市場が大きく拡大する方向性には各社一致しており、数字の水準よりもトレンドの方向性として読むことが適切です。

ポジティブな側面としては、スマートフォンを取り出さずに通知・翻訳・ナビゲーションが視界に届く体験は、特にビジネスの現場でのパフォーマンス向上に直結する可能性があります。プレゼンや商談中に手元を見ずに原稿確認ができる機能は、具体的なユースケースとして分かりやすく、企業ユーザーへの訴求力があります。視力補正レンズへの対応も、眼鏡ユーザーを排除しない設計思想として評価できます。

一方、潜在的なリスクも看過できません。マイクを常時搭載したウェアラブルデバイスは、プライバシーや盗聴リスクへの懸念を引き起こします。ARグラスに関する国内の法的整備はまだ追いついていない部分が多く、公共空間での使用マナーや音声収録に関するルール整備は今後の課題です。

SABERAが切り開く本当の意義は、「日本発のARグラスのエコシステム」を国内に根付かせることにあるといえます。jig.jpはソフトウェア企業を起点に、鯖江の眼鏡産業(ボストンクラブ)と国産光学技術(Cellid)を束ねた産業連携モデルを実現しました。ハードウェア・光学・ソフトウェアのトライアングルが国内で完結するこの構造は、将来的なグローバル展開においても独自の競争優位になり得ます。

「眼鏡の街・鯖江から世界へ」というメッセージは、単なるキャッチコピーではなく、日本の製造業が次のインターフェース時代に向けて仕掛けた、本気の布石として注目すべきでしょう。

【用語解説】

ウェーブガイド(波面導光素子)
光をレンズ内部で全反射させながら目に届ける光学素子。ARグラスにおけるコア技術であり、小型プロジェクターの映像を眼鏡レンズを通じてユーザーの視界に重ねる役割を担う。ガラス製とプラスチック製があり、プラスチック製は量産性・軽量化の面で優れる。SABERAはCellidが国内唯一量産するプラスチック製ウェーブガイドを採用している。

Green Micro LED
マイクロサイズのLED素子を用いたディスプレイ技術の一種。従来の液晶・有機ELと比べ、高輝度・低消費電力・長寿命が特徴。SABERAは緑色のGreen Micro LEDを1基搭載し、右目側のレンズに情報を表示する。1,500ニット(nits)という高輝度により、屋内外での視認性を確保している。

単眼式(モノキュラー)
左右どちらか片方の目にのみ映像を表示するディスプレイ構成のこと。両眼式(バイノキュラー)と比べ、重量・消費電力・コストを抑えられる。一方、表示できる情報量や空間的な没入感に制限がある。ARグラスの第一世代製品に多く採用されるアプローチである。

FOV(Field of View:視野角)
ディスプレイが表示できる角度の範囲を指す。SABERAのFOVは30°。人間の通常視野(約200°)と比べると狭いが、通知・テキスト表示を主目的とするスマートグラスの初期製品としては標準的な数値である。FOVが広いほど没入感は増すが、光学設計の難易度と重量が増大する。

CAGR(Compound Annual Growth Rate:年平均成長率)
複数年にわたる成長率を1年あたりの平均値に換算した指標。「CAGR 19.1%」とは、対象期間中に毎年平均19.1%ずつ市場が拡大することを意味する。市場予測レポートで広く用いられるが、調査会社によって前提条件が異なるため、数値に幅が生じやすい点に注意が必要。

参考リンク】

株式会社jig.jp(外部)
東証グロース上場(5244)のソフトウェア企業。ライブ配信「ふわっち」やVTuber事業が主力。SABERAは同社初のハードウェア事業領域。

SABERA 公式ブランドページ(外部)
jig.jpが展開する日本発ARグラスブランドの特設サイト。製品コンセプト・機能・スペック・先行販売情報を掲載している。

Makuake|SABERAスマート眼鏡 プロジェクトページ(外部)
2026年4月20日11時より先行販売を開始。一般販売価格は税込92,400円。超早割価格は64,990円(基本セット)から。

Cellid株式会社(外部)
ARグラス用プラスチック製ウェーブガイドを国内唯一量産するスタートアップ。2025年2月に約1,300万米ドルを調達済み。

株式会社ボストンクラブ(外部)
1984年創業、鯖江を拠点とする老舗眼鏡メーカー。SABERAのフレームデザインおよび装着性設計を監修している。

【参考記事】

Cellid and Jig.jp Jointly Develop AR Glasses|PR Newswire(外部)
Cellid・jig.jp・ボストンクラブによる共同開発を報じた英語プレスリリース(2025年12月)。プラスチック製ウェーブガイドが国内唯一の量産技術であることを詳述した一次資料。

Cellid Raises $13 Million to Advance AR Glasses Display Development|PR Newswire(外部)
Cellidが2025年2月に約1,300万米ドルを調達したと報じたプレスリリース。編集部解説の資金調達額の表記訂正に使用した根拠資料。

Augmented Reality Glasses Market Size and Share Forecast Outlook 2025 to 2035|Future Market Insights(外部)
ARグラス市場が2035年に1,153億米ドル・CAGR 19.1%に達するとの予測を示したレポート。プレスリリース引用数値の出典確認に使用。

AR and VR Smart Glasses Market Report Size, Share & Trend 2035|Market Research Future(外部)
同期間のAR/VR市場を約877億米ドル(CAGR 15.6%)と予測。Future Market Insights社との数値差の検証に使用した比較資料。

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【編集部後記】

鯖江という街を、ご存知でしょうか。

福井県のこの小さな産地が、世界の眼鏡フレームの約20%を生産しているという事実は、知る人ぞ知る日本のモノづくりの奇跡です。職人たちが代々受け継いできた「掛け心地」への執念、0.1mmを争うフレーム精度へのこだわり——それは、どんな最先端テクノロジーも一朝一夕には模倣できない、時間と誇りが積み重なった技術資産です。

そして今、その鯖江から、ARグラスが生まれようとしています。

偶然ではありません。「顔に乗せるもの」を知り尽くした産地だからこそ、40gという軽量設計が実現できる。日常に溶け込む装着感を追求してきた眼鏡職人の感覚が、テクノロジーの器を整えている。ハードウェア・光学・ソフトウェアという三つの要素が国内で完結するこのプロジェクトは、グローバルの巨人たちが資本と規模で押し切ろうとするAR市場に、まったく異なる文脈で切り込む試みです。

スマートフォンの時代は、シリコンバレーが主役でした。次のインターフェースの時代は、どこが主役になるのか——その答えのひとつが、鯖江から確かな手応えとともに動き出した気がしています。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。