日EUデジタルパートナーシップ第4回閣僚会合 ブリュッセルで6G・EU CRA・DSA協力を確認

家のWi-Fiルーターに貼られる認証ラベルから、SNSの違法投稿への対応、そして次世代の6G通信まで—一見ばらばらに見えるテーマが、ブリュッセルでひとつのテーブルにそろいました。日本とEUが描く「これからのデジタル」は、想像以上に私たちの日常の近くで進んでいます。


経済産業省は2026年5月7日、2026年5月5日にベルギー・ブリュッセルで第4回日EUデジタルパートナーシップ閣僚級会合を開催したと発表した。共同議長は松本デジタル大臣、林総務大臣、越智経済産業大臣政務官、ヘンナ・ヴィルックネン欧州委員会上級副委員長の4名が務め、共同声明を発出した。

声明では、日EUデータ戦略ワーキンググループの立ち上げ、責任あるAIに関する協力文書への署名コミットメント再確認、共同研究プロジェクト「6G-MIRAI-HARMONY」の進展、半導体分野の覚書(MoC)に基づく早期警戒メカニズムの活用、IoT製品向けのEU CRAとJC-STARの相互承認に向けた協力推進、DSAと情報流通プラットフォーム対処法に関する協力取り決めへの署名などが盛り込まれた。

越智政務官は会合に先立ちヴィルックネン上級副委員長と二者会談を行ったほか、NTT Client Innovation Center、AGC Technovation Center、トヨタモーターヨーロッパを訪問した。第5回会合は2027年に東京で開催予定。

From: 文献リンク第4回日EUデジタルパートナーシップ閣僚級会合を開催しました

【編集部解説】

このプレスリリースを読んで真っ先に感じたのは、日EUのデジタル協力が「対話のフェーズ」から「制度の接続フェーズ」へとはっきり進んだ、という手応えです。2022年に発足したこの枠組みは、回を重ねるごとに具体性を増してきました。今回の共同声明で目を引くのは、抽象的な合意ではなく、ワーキンググループの新設、認証制度の相互承認、署名済みの協力取り決めなど、実務に落ちる仕掛けが並んでいる点です。

その象徴が「日EUデータ戦略ワーキンググループ」の立ち上げです。データの自由流通を掲げるDFFTは、日本が2019年のG20大阪サミットで打ち出した構想ですが、これまで「理念」の色合いが強いものでした。今回、欧州のデータスペースと日本のデータスペースをつなぐユースケース検討が進み、デジタルIDの相互運用性に関する実証も実施されたと明記されています。理念が、ようやくインフラの輪郭を持ち始めたと言ってよいでしょう

技術側の目玉は、6G共同研究プロジェクト「6G-MIRAI-HARMONY」の進展です。これはEU側の6G-MIRAIと日本側のHARMONYが連携した枠組みで、Apple、Ericsson、Telefonica、KDDI、京セラ、東京大学など、欧日の主要プレイヤーが参画する大型プロジェクトです。AIを通信ネットワークに組み込む「AIネイティブ無線」を主題に据えており、3GPPの次世代規格策定にも影響を及ぼすことが期待されています。6Gの2030年商用化を前に、米中の動きと並ぶ「第3極」の標準化ルートが芽吹いている格好です。

サイバーセキュリティ分野で実務インパクトが大きいのは、EU CRA(サイバーレジリエンス法)と日本のJC-STARの相互承認に向けた協力です。EU CRAは2024年10月に最終確定しており、違反時には最大1500万ユーロまたは全世界売上高の2.5%の制裁金が科される厳しい規制です。JC-STARはIPAが運営するIoT製品の任意ラベル制度で、★1から★4(STAR-1からSTAR-4)の4段階構成です。両制度が相互承認に向かえば、日本のIoTメーカーがEU市場へ参入する際の二重認証のコストが下がる可能性があります

半導体分野で注目したいのは、覚書に基づく「早期警戒メカニズム」です。地政学リスクや自然災害でサプライチェーンが揺らいだとき、日EUが即座に情報を交換して被害を最小化する仕組みで、台湾有事や紅海ルートの混乱といった現実の脅威を念頭に置いた防衛線とも読めます。

プラットフォーム規制では、EUのデジタルサービス法(DSA)と日本の情報流通プラットフォーム対処法をめぐる協力取り決めが署名されました。両法ともSNSなどの大規模プラットフォーム事業者に違法・有害コンテンツへの対応を義務づける性格を持ちます。日EUが執行ノウハウを共有することで、米国系巨大プラットフォーマーへの規制圧力が事実上ひとまわり強まる構図になります。

さらに見逃せないのが、議論の新トピックに「ビデオゲーム及び映像コンテンツ戦略」が加わった点です。これは日本のコンテンツ産業にとって追い風になる可能性があります。EU側も近年、ゲーム産業を戦略分野として位置づけ始めており、日本の制作リソースとEUの市場・規制ノウハウが交わる接点が今後生まれるかもしれません。

一方で、潜在的な論点も書き留めておきたいと思います。EUのデジタル規制は「ブリュッセル効果」と呼ばれるとおり、域外企業にも事実上の遵守を促す、きわめて強力な波及力を持ちます。相互承認は日本企業にとって追い風ですが、ガバナンス枠組みそのものはEU側の設計思想に引き寄せられやすい構造もあります。標準を「使う側」ではなく「作る側」に立つには、日本の継続的な技術プレゼンスが欠かせません

長期的な視点で言えば、今回の合意は単なる二国間協力の話ではなく、米国・中国とは異なる「価値観ベースのデジタル秩序」を、民主主義陣営の側で組み上げていく作業の一部です。広島AIプロセスのフレンズグループにグローバルサウスを呼び込む努力も、その文脈に位置づけられます。次回は2027年に東京で開催される予定で、それまでにどこまで「合意」が「運用」に変わるか。そこが、このパートナーシップの真価を測るものさしになるはずです。

【用語解説】

DFFT(Data Free Flow with Trust)
2019年のG20大阪サミットで日本が提唱した、信頼性のある自由なデータ流通を実現するという概念。プライバシーやセキュリティを確保しつつ、国境を越えたデータ移動を促進する国際的な原則として位置づけられている。

データスペース
特定の業界や分野ごとに、参加企業・組織がルールに基づいてデータを共有・流通させるための共通基盤。欧州ではGAIA-Xを軸に複数のデータスペース構想が進行している。

十分性認定
EUのGDPR(一般データ保護規則)が定める制度で、域外の国・地域がEU並みの個人情報保護水準を備えていると認められると、データを自由に移転できる。日本は2019年に十分性認定を取得済み。

広島AIプロセス
2023年のG7広島サミットで日本主導により立ち上がった、生成AIを含む高度なAIシステムの国際的ルール形成の枠組み。「フレンズグループ」は、その精神に賛同する国・地域による自発的な協力枠組みとして2024年5月に発足した。

EU CRA(サイバーレジリエンス法)
EUが2024年10月に確定させた、デジタル要素を持つ製品全般のサイバーセキュリティを規律する法律。違反時には最大1500万ユーロまたは全世界売上高の2.5%の制裁金が科される。

JC-STAR
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が2025年3月に運用を開始した、IoT製品のセキュリティ要件適合評価およびラベリング制度。★1から★4(STAR-1からSTAR-4)の4段階構成で、海外制度との相互承認が大きな目的のひとつとされている。

DSA(デジタルサービス法)
EUが2022年に成立させ、2024年に全面適用された、オンラインプラットフォーム事業者に違法・有害コンテンツへの対応や透明性確保を義務づける包括的な規制。

情報流通プラットフォーム対処法
日本でプロバイダ責任制限法を改正・改題する形で成立した、大規模SNS事業者などに違法・有害情報への迅速な削除対応や運用方針の透明性を求める法律。

6G-MIRAI-HARMONY
EU側の研究プロジェクト「6G-MIRAI」と、日本側プロジェクト「HARMONY」が連携した日EU共同の6G研究枠組み。AIをネットワーク基盤に組み込む「AIネイティブ無線」の実現を主題に据えている。

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)
NTTが提唱する、光技術を中核に据えた次世代情報通信基盤構想。低消費電力・大容量・低遅延を特徴とし、2030年代の社会インフラを担う想定で開発が進められている。

3GPP
携帯通信の世界標準を策定する国際団体。3G以降のモバイル通信規格を一元的に取り決めており、6Gの仕様も同団体での議論が中心となる見込み。

早期警戒メカニズム
半導体分野の覚書に基づき、サプライチェーンの混乱兆候をいち早く共有する日EUの情報交換の仕組み。地政学リスクや自然災害による影響を未然に把握する目的を持つ。

ブリュッセル効果
EUの規制が、域外の企業や国にも事実上の遵守を促す現象を指す概念。コロンビア大学のアヌ・ブラッドフォード教授が提唱した分析枠組みである。

グローバルサウス
アジア、アフリカ、中南米、太平洋諸島地域などに位置する新興国・途上国を指す総称。一律の定義はないが、国際秩序におけるプレゼンスを強める存在として注目されている。

AJCCBC(日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター)
タイ・バンコクを拠点とする、ASEAN各国のサイバーセキュリティ人材育成を支援する施設。日本が運営支援に関与している。

JISC(日本産業標準調査会)
経済産業省に設置された、日本の産業標準(JIS)を審議する機関。国際標準化機構(ISO)への対応窓口でもある。

CENELEC(欧州電気標準化委員会)
電気・電子分野におけるEUの標準化機関。EUの市場統一指令と密接に連動した規格策定を担う。

高圧PEM型水電解用膜
固体高分子(PEM)方式の水電解装置で用いられる高分子電解質膜。再生可能エネルギーから水素を製造する装置の中核部品で、AGCが事業展開している。

【参考リンク】

欧州委員会 デジタル戦略ポータル(Shaping Europe’s digital future)(外部)
EU側の窓口となる欧州委員会DG CONNECTのポータル。共同声明の英語原文PDFがダウンロードできる。

6G-MIRAI-HARMONY 公式サイト(外部)
日EU共同6G研究プロジェクトの公式サイト。研究構成、参画企業、最新動向が掲載されている。

IPA JC-STAR 公式ページ(外部)
IoTセキュリティラベリング制度JC-STARの制度概要、適合基準、取得済み製品リストを掲載するIPA公式ページ。

広島AIプロセス 公式サイト(総務省)(外部)
広島AIプロセスの背景、フレンズグループの参加国・地域一覧、関連文書を網羅した総務省の公式ポータル。

AGC 公式サイト(外部)
本会合で訪問されたAGC Technovation Centerを擁する素材メーカー公式サイト。水電解事業の情報も掲載。

トヨタモーターヨーロッパ 公式サイト(外部)
トヨタの欧州事業を統括する法人の公式サイト。Hydrogen Factory Europeの取り組みも紹介されている。

【参考記事】

EU and Japan accelerate cooperation on AI, data, quantum and chips(欧州委員会公式プレスコーナー)(外部)
欧州委員会の公式声明。データ、AI、量子、半導体、デジタルインフラ、プラットフォームの各領域で協力深化に合意したと記載。

Japan and EU to enhance cooperation on regulating social media(The Japan Times)(外部)
ブリュッセル会合の主要論点を簡潔にまとめた英語報道。プラットフォーム規制協力強化、AI・量子・半導体協力の継続を伝える。

EU Cyber Resilience Act FAQs(Wind River)(外部)
EU CRAの違反時の制裁金「最大1500万ユーロまたは全世界売上高の2.5%」と国際標準との対応関係を整理した解説記事。

6G-MIRAI: EU-JP Cooperation(6G-MIRAI-HARMONY 公式)(外部)
6G-MIRAI-HARMONYのEU・日本連携の詳細を解説する公式ページ。Apple、Ericsson、KDDI、京セラ、東京大学などの参画体制を掲載。

IoT製品に対するセキュリティラベリング制度(JC-STAR)の運用を開始しました(経済産業省)(外部)
JC-STAR運用開始時の経済産業省プレスリリース。★1から★4の4段階構成と、シンガポール・英国・米国・EUとの相互承認方針を明記。

新セキュリティ基準「JC-STAR」はなぜ作られたのか?(INTERNET Watch)(外部)
JC-STARをIPAに直接取材した詳報。★1から★4までの4段階構成、各国制度との相互承認を目指す方針が運営側の言葉で説明されている。

EU and Japan Deepen Strategic Partnership(Hans Christensen)(外部)
本会合の出席者と論点を、EU政策ウォッチャーの視点から整理。ヴィルックネン副委員長と日本側閣僚の参加体制を確認できる。

【関連記事】

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【編集部後記】

「日EUデジタルパートナーシップ」と聞くと、つい遠い外交イベントのように感じてしまうかもしれません。けれど、IoT機器の認証ラベル、SNSでの違法情報への対応、6Gの通信規格——いずれも、私たちが数年後に手にする製品やサービスの輪郭を決めるものばかりです。

みなさんは、米国・中国とは違う「日EU流」のデジタル秩序が日常にもたらす変化を、どんな場面で感じ取りたいでしょうか。一緒に観察を続けながら、未来の手触りを確かめていけたらうれしく思います。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。