バイオテクノロジー企業のColossal Biosciencesは2026年5月19日、人工環境下で生きたヒナの孵化に成功したと発表した。
ニューヨーク発のAP通信が報じた。卵殻を模した3Dプリント製の格子状構造物から、生後数日から数か月までの26羽のヒナが誕生したという。同社CEOのベン・ラム氏は、この技術をニュージーランドで絶滅したサウスアイランド・ジャイアントモアの復活へ応用する構想を示した。モアの卵はニワトリの卵の80倍の大きさである。孵化の過程では受精卵を人工システムに入れ、ふ卵器に設置し、本来卵殻から吸収されるカルシウムを追加し、胚の発生をリアルタイムで画像化した。University at Buffaloの進化生物学者ヴィンセント・リンチ氏と、University of Sheffieldのニコラ・ヘミングス氏は、これは「人工卵殻」であって完全な人工卵ではなく、技術自体も新規性は限定的だと指摘している。
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A de-extinction company has hatched live chicks from an artificial eggshell
【編集部解説】
このニュースで最も注目すべき技術的ブレークスルーは、「人工卵殻が通常の大気環境で機能する」という一点に集約されます。シェルレス培養(殻なしでの胚培養)の試みは1980年代から存在しましたが、いずれも純粋酸素を大量に供給する必要があり、それがDNA損傷を引き起こすうえ、商用ふ卵器とも互換性がないという根本的な壁を抱えていました。
Colossal Biosciencesは、3Dプリント製の格子構造にバイオエンジニアリングされたシリコン系の膜を組み込むことで、天然の卵殻と同等の酸素透過性を再現したと発表しています。つまり今回の成果は「卵をゼロから作った」というより、「産業スケールでの胚発生工学を可能にする入り口を開いた」と捉えるのが正確です。
なぜモア復活にこの技術が必要なのかという点も、見逃せない論点です。サウスアイランド・ジャイアントモア(学名:Dinornis robustus)の卵は、ニワトリの卵の約80倍、エミューの卵の約8倍の容積があったと推定されています。エミューを代理母候補とする計画は存在するものの、胚が一定以上に成長すれば代理母の卵殻には収まりきらず、途中で人工卵殻へ移し替える工程が不可欠になります。今回の技術は、その「移植先」を確保するための前提条件と言えるでしょう。
応用範囲はモアだけにとどまりません。Colossalの絶滅種復活リストにはドードーも含まれており、すでに2025年秋にカワラバトの始原生殖細胞の培養に成功していることが National Geographic で報じられています。始原生殖細胞とは、将来的に卵子や精子へと分化する細胞のことで、ここに遺伝子改変を施すことで「絶滅種に似た形質を持つ鳥」を産み出す道筋が技術的に整いつつあります。
さらに本質的な含意は、Colossal社内のExo Dev(体外発生開発)チームが、哺乳類向けの人工子宮開発を並行して進めていると MIT Technology Review が報じている点です。鳥類は元々体外で胚発生する生物であるため、哺乳類の人工子宮よりも工学的なハードルが低く、今回の人工卵殻はその「練習問題」としての性格も持っています。長期的には、ヒトを含む哺乳類の体外発生技術への道がここから繋がっていく可能性は否定できません。
一方、批判的な見解の本質も丁寧に読み解いておく必要があります。University at Buffaloのヴィンセント・リンチ氏が「これは人工卵殻であって人工卵ではない」と述べているのは、技術が機能していないという意味ではなく、「卵黄・卵白・絨毛膜などを外から注ぎ入れている時点で、生命を一から構築したとは言えない」という用語上・概念上の指摘です。University of Sheffieldのニコラ・ヘミングス氏も、ビニール容器でヒナを孵化させる実験自体は過去にも存在したと冷静に述べています。革新性は「殻の設計と酸素透過膜」にあり、そこを正しく評価する姿勢が求められます。
倫理面・規制面でも論点は山積しています。たとえ「モアに似た鳥」を作り出せたとしても、それは遺伝子改変された現生鳥類であり、生態学的に本物のモアと同じ役割を果たすかは未知数です。ニュージーランド国内では先住民マオリの文化的観点も含めた議論が必要であり、放鳥の可否や生息地確保についても国際的なコンセンサスは存在しません。日本においても、遺伝子改変動物の取り扱いについてはカルタヘナ法による規制が及ぶ領域であり、輸入・展示・繁殖のすべてにおいて慎重な制度設計が要請されることになります。
「Tech for Human Evolution」を掲げる立場から見るとき、本件は単なる動物復活プロジェクトとしてではなく、「生命の形成過程そのものを工学化する」第一歩として記憶されるべきニュースです。日本ではニホンオオカミやニホンアシカが失われ、トキも一度は野生絶滅を経験しています。失われた命を取り戻すという発想と、生まれてくる命を設計するという発想は、今回の技術によって地続きになりました。私たち人類がその境界線をどう引くのか、議論を始める時期に来ているのではないでしょうか。
【用語解説】
絶滅種復活(de-extinction)
絶滅した生物種を、遺伝子工学・クローン技術・選択交配などを用いて現代に蘇らせる試みの総称である。完全な復元ではなく、現生の近縁種に絶滅種の特徴的な遺伝子を組み込み、「絶滅種に似た形質を持つ生物」を作り出す手法が主流となっている。
シェルレス培養
卵殻を使わずに胚を発生させる培養手法。1980年代から研究されており、プラスチック膜や容器を代用品として用いる。発達過程をリアルタイムで観察できる利点があるが、純粋酸素の供給が必要でDNA損傷リスクと拡張性に課題があった。
始原生殖細胞(Primordial Germ Cells, PGCs)
将来的に卵子や精子へ分化していく細胞のこと。胚の発生初期に出現する。鳥類の場合、この細胞を取り出して遺伝子改変を施し、別の鳥に移植することで、絶滅種に似た形質を持つ次世代を生み出す手法が研究されている。
サウスアイランド・ジャイアントモア(Dinornis robustus)
ニュージーランド南島に生息していた飛べない巨大鳥。ジャイアントモア全体の和名は「オオゼキオオモア(大関大モア)」で、なかでも南島の本種は最大個体群とされる。体高は最大で約3.6メートル(約12フィート)、体重は約250キログラムに達し、現存および絶滅種を含めても世界で最も背が高い鳥であったと推定されている。13〜15世紀ごろ、マオリの入植にともなう狩猟圧によって絶滅したとされる。
ドードー(Dodo)
インド洋のモーリシャス島に生息していた飛べない鳥。17世紀末に絶滅した「人為的絶滅」の象徴的な種である。Colossal社が絶滅種復活の対象として掲げる代表的な鳥類の一つ。
ダイアウルフ(Dire Wolf)
更新世末期(約1万2500年前)に絶滅した大型イヌ科動物。Colossal社が2024年10月に「Romulus」「Remus」と名付けた子を誕生させたと2025年に発表し、世界的な話題を呼んだ。
人工子宮(Artificial Womb / Exogenesis)
母体外で胚や胎児を発生・成長させる装置の総称。哺乳類向けの研究は早産児ケアを目的としたものが先行している。鳥類向けの本件技術は、より広義の体外発生(Exogenesis)技術群の一部に位置付けられる。
カルタヘナ法
日本国内における遺伝子組み換え生物等の使用を規制する法律。正式名称は「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」。生態系への影響を未然に防ぐ目的で、輸入・飼育・展示・放出のすべてが規制対象となる。
【参考リンク】
Colossal Biosciences(公式サイト)(外部)
米ダラスを拠点とする世界初の絶滅種復活バイオ企業の公式サイト。マンモスやドードーの復活計画の進捗を公開している。
University at Buffalo(ニューヨーク州立大学バッファロー校)(外部)
記事内で批判的見解を述べた進化生物学者ヴィンセント・リンチ氏が所属する米ニューヨーク州の州立研究大学。
University of Sheffield(シェフィールド大学)(外部)
鳥類繁殖生物学の専門家ニコラ・ヘミングス氏が所属する英国の研究大学。動物学・生態学で世界的実績を持つ。
Associated Press(AP通信)(外部)
今回の元記事を配信した米国の国際通信社。世界各地の支局網で報道機関へ記事を配信している。
【参考記事】
Colossal Biosciences Hatches Live Chicks from Fully Artificial Eggs(Business Wire)(外部)
2026年5月19日付の同社公式リリース。シリコン系膜の技術詳細と卵容積比80倍・8倍の根拠が記載されている。
This chick hatched from an artificial egg(National Geographic)(外部)
26羽の孵化数、2025年秋のカワラバト始原生殖細胞培養、モア代理母候補のエミューとティナムについて詳述。
Chickens Hatch From World’s First Artificial Eggs(TIME)(外部)
2024年のダイアウルフ復活との連続性で本件を位置付け、代理母から人工卵殻への胚移植戦略を解説した記事。
Colossal Biosciences is growing chickens in a 3D-printed artificial eggshell(MIT Technology Review)(外部)
社内Exo Devチームが有袋類から始まる哺乳類向け人工子宮研究を並行することを報じた、技術背景に強い記事。
Live chicks hatched from artificial eggshell in bid to revive extinct 12-foot bird(CBS News)(外部)
AP通信配信内容に加え、サウスアイランド・ジャイアントモアの体高が約12フィート(3.6m)であった点を明示。
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【編集部後記】
「絶滅した生き物を取り戻す」という言葉を、みなさんはどう受け止められたでしょうか。今回の技術は、失われた命を呼び戻す手段であると同時に、生命のかたちそのものを設計する入り口にも見えます。
もし「復活させたい絶滅種」を一つ挙げるとしたら、どんな生き物が思い浮かびますか。その選択に込めた理由のなかにこそ、これからの議論のヒントが眠っている気がします。私たちも答えを持ってはいませんが、みなさんと一緒に考え続けていきたいテーマです。












