innovaTopia

ーTech for Human Evolutionー

STAR(コロンビア大学)がAI精子検出で世界初妊娠成功 19年間の不妊治療に終止符

 - innovaTopia - (イノベトピア)

米国コロンビア大学不妊治療センターのゼブ・ウィリアムス博士率いるチームが開発したAIシステム「STAR」(Sperm Track and Recovery:精子追跡・回収)により、2025年3月に世界初の妊娠が成功した。

このシステムは無精子症の治療に使用される。無精子症は射精液中に検出可能な精子がない状態で、米国の男性不妊症約40%のうち約10%を占める。19年間妊娠を試み15回のIVF治療が失敗した夫婦が、STARによる治療で妊娠に成功した。妻のロージー(仮名)は38歳で、現在妊娠4か月である。STARは5年の開発期間を経て完成し、AIアルゴリズムと流体チップを組み合わせ、1時間で800万枚の画像をスキャンして精子を検出・分離する。従来の手法で胚培養士が2日間探しても見つからなかった精子を、STARは1時間で44個検出した実績がある。この技術は天体物理学者が新星を発見する手法からインスピレーションを得て開発された。

From:
文献リンクDoctors Report the First Pregnancy Using a New AI Procedure

【編集部解説】

今回のSTARシステムによる成功例は、不妊治療分野におけるAI技術の実用的な応用として極めて重要な意味を持ちます。無精子症という従来治療が困難とされていた症例に対して、AIが具体的な解決策を提供した点が画期的です。

従来の精子検出では、高度な訓練を受けた胚培養士が顕微鏡下で目視により精子を探す必要がありました。無精子症の場合、体内最小の細胞である精子を、その他の細胞残渣が混在するサンプルから発見するのは「千の干し草の山から針を探す」作業に例えられるほど困難でした。STARシステムは、この作業を人間の数百倍の速度で実行できる点が革新的です。

技術的な観点から見ると、STARは単なる画像認識AIではなく、検出と分離を同時に行う統合システムです。AIアルゴリズムと流体工学を組み合わせたマイクロ流体チップにより、精子を検出した瞬間に物理的に分離・回収できます。この「検出即分離」の仕組みが、従来の手法との決定的な違いといえます。

ただし、現在の報告は単一の成功例に基づいており、大規模な臨床試験による有効性の検証はまだ行われていません。また、STARシステムの規制当局による承認状況についても、公開情報では明確になっていません。医療機器としての正式な承認プロセスを経ているかどうかは、今後の普及において重要な要素となります。

この技術の潜在的な影響範囲は広範囲に及びます。米国では男性不妊が全不妊症例の40%を占め、そのうち10%が無精子症とされています。これは決して少なくない数字であり、STARが実用化されれば、多くの夫婦にとって新たな希望となる可能性があります。

長期的な視点では、このような精密医療技術の発展により、不妊治療がより個別化・精密化される傾向が加速すると予想されます。AI技術の進歩により、従来は「治療不可能」とされていた症例に対しても、新たなアプローチが可能になる時代が到来したといえるでしょう。

【用語解説】

無精子症(azoospermia)
射精液中に精子が検出されない状態。一般男性の約1%、男性不妊症患者の約10%に見られる症例で、従来は精子提供以外に治療選択肢が限られていた。

IVF(体外受精)
卵子と精子を体外で受精させ、発育した胚を子宮に移植する不妊治療法。1978年に世界初の体外受精児が誕生して以来、世界中で広く行われている標準的な治療法。

マイクロ流体チップ
微細な流路を持つプラスチック製のチップで、極小量の液体を精密に制御・分析できる。医療分野では細胞分離や薬物送達システムなどに幅広く応用される技術。

胚培養士
体外受精における精子・卵子・胚の取り扱いを専門とする技術者。精子の検出・選別、受精操作、胚培養などの高度な技術と経験を要する作業を担当する。

【参考リンク】

Columbia University(外部)
1754年創立のアイビーリーグ校で、医学分野において世界トップクラスの研究実績を誇る名門大学

Columbia University Fertility Center(外部)
STARシステムをはじめとする最先端の生殖医療技術を患者に提供している専門施設

【参考動画】

STARシステムとマイクロ流体技術について、コロンビア大学不妊治療センターが公式に解説した動画。BBCでも取り上げられた革新的技術の詳細を紹介している。

【参考記事】

Finding viable sperm in infertile men can take days. AI did it in hours.(外部)
ワシントン・ポスト紙による技術的側面の詳細解説と従来手法との比較分析

New AI Fertility Technology Helps Couple Conceive After 18 Years(外部)
TODAY番組による患者体験談を中心とした技術の実用性と社会的意義の解説

Columbia Fertility Looks to the Stars to Help Men with Infertility(外部)
コロンビア大学医療センター公式による天体物理学からインスピレーションを得た開発背景の詳細説明

【編集部後記】

19年間という長い期間、希望を持ち続けた夫婦の物語には、私たちも深く心を動かされました。AI技術が医療分野で実用化される事例を目の当たりにすると、テクノロジーの可能性について改めて考えさせられます。

期待と同時に、倫理的な課題や規制のあり方についても気になるところです。また、こうした最先端技術がどのように社会に普及していくのか、アクセシビリティの観点からも興味深いテーマだと感じています。

ヘルスケアテクノロジーニュースをinnovaTopiaでもっと読む

AI(人工知能)ニュースをinnovaTopiaでもっと読む

投稿者アバター
乗杉 海
新しいものが大好きなゲーマー系ライターです!
ホーム » ヘルスケアテクノロジー » ヘルスケアテクノロジーニュース » STAR(コロンビア大学)がAI精子検出で世界初妊娠成功 19年間の不妊治療に終止符