新幹線でトンネルに入った瞬間、動画が止まる。あの小さなストレスを、技術はどう乗り越えようとしているのでしょうか。NTTドコモ、NEC、NTTの3社が2026年5月25日、6G時代に本命となる「ミリ波」を使い、対向車線をすれ違う2台の車両に同時に高速通信を届ける実証に成功したと発表しました。トンネル内という最も難しい環境で、スループットを従来比1.3倍へ。日本の通信史を支えてきた3社が描く2030年代の景色が、また一歩はっきりと見えてきました。
NTTドコモ、NEC、NTTの3社は2026年5月25日、6G時代に活用が見込まれる大容量ミリ波(40GHz帯)通信を用い、複数の高速移動車両で同時に安定した通信を実現する技術を共同開発したと発表した。本技術は、基地局から複数のアンテナを分散配置する分散MIMOに、信号の送信周波数と送信タイミングを事前補正する手法を組み合わせたものである。
2026年3月26日から27日に、国土交通省 国土技術政策総合研究所内の実大トンネル実験施設で実証実験を実施。分散アンテナを150m間隔で3台設置し、2台の無線端末車両を時速60kmで対向車線走行させた結果、平均スループットは560Mbpsとなり従来比約1.3倍、CDF下位5%値は480Mbpsで約1.8倍に向上した。
成果はワイヤレスジャパン×WTP 2026およびつくばフォーラム2026で展示される。
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6G時代に向け、複数の高速移動車両で安定した大容量ミリ波通信の実証に成功 (2026年5月25日): プレスリリース | NEC
【編集部解説】
筆者がこの発表で最も注目したいのは、「1台から複数台へ」という、地味に見えて極めて大きな一歩が踏み出されたという点です。
3社は2025年3月に、高速移動する車両1台に対するミリ波通信の安定化に成功しています。今回はそこから一段進み、「対向車線をすれ違う2台の車両」という、現実の交通環境に近い複雑な条件で同等の安定性を実現しました。研究室レベルから社会実装の入り口へと、技術が確実にシフトしている兆候だと受け止めています。
そもそも、なぜミリ波通信は「速いのに普及しなかった」のでしょうか。ミリ波(28GHz帯や40GHz帯)は広い帯域を確保できるため大容量化に有利ですが、波長が短く直進性が強いため、人や壁などの遮蔽物に極端に弱いという弱点があります。さらに高速移動中は「ドップラー効果による周波数のズレ」と「基地局や分散アンテナの頻繁な切り替え」が同時に起こり、通信が不安定になりがちでした。
今回のキーワードである「分散MIMO」は、この弱点を物量で補う発想です。1つの基地局から複数のアンテナを離れた場所に配置することで、ある方向の電波が遮られても別方向のアンテナがカバーする。今回はそこへ「基地局側で送信周波数とタイミングを車両ごとに事前補正する」という頭脳プレーを加えた点が新しさです。受信側(車両側)だけで補正する従来手法では追いつかなかった複数車両の同時通信を、送信側の知恵で解決した格好になります。
実験の舞台にトンネルが選ばれたのも重要なポイントです。トンネル内では電波が複雑に反射し、走行中のアンテナ切り替えが頻発する厳しい伝搬環境となります。そこで平均スループット約1.3倍、CDF下位5%値(通信品質が低い側5%の境界値)で約1.8倍という結果が出たことは、不安定になりやすい場面での品質の底上げが大きく改善されたことを意味します。平均値より下位5%値の改善幅が大きい点に、エンジニアの本気度が透けて見えるように感じました。
この技術が実装されると、何ができるようになるのでしょうか。プレスリリースが挙げているのは、車内でのXR没入体験、生成AIによるリアルタイム翻訳・案内、そして協調型自動運転に向けたセンサデータの車車間・路車間連携です。特に最後の点は重要で、協調型自動運転は「自車のセンサーで見えるもの」だけでなく、「他車や路側センサーから共有される情報」をいかに低遅延で受け取れるかが鍵とされています。ミリ波の大容量・低遅延が走行中も安定するなら、こうした協調動作の実現基盤になり得るわけです。
一方で、冷静に見ておくべき点もあります。今回の実験は時速60km・車両2台・トンネル内150m間隔のアンテナという限定条件です。実際の高速道路や新幹線環境では、車両台数も速度も桁が違ってきます。3社自身が「今後は高速鉄道や在来線、幹線道路など実環境での実証を進める」と述べている通り、商用化までには越えるべき検証が幾重にも残っている段階だと理解すべきでしょう。
規制面でも、ミリ波帯の取り扱いは今後の焦点です。総務省では26GHz帯について価額競争(条件付オークション)による割当手続きが進んでおり、40GHz帯も5Gの技術的条件や利用意向調査の対象となっています。6G時代の周波数政策は、5Gとは異なるルール設計が動き始めている段階です。技術と制度が同期して動かない限り、社会実装は絵に描いた餅で終わってしまう。本実証の成果は、その制度議論に対する具体的な「技術側からの提案」としても読み解けます。
長期的な視点で言えば、日本は6Gの標準化レースで先行ポジションを取りたい立場にあります。総務省「Beyond 5G推進戦略」では2030年代の実用化・社会実装が掲げられ、3GPPでは初の規範的6GリリースとされるRelease 21の検討が進んでおり、2028〜2029年頃にかけて仕様化が本格化する見通しです(ただし詳細時期はなお流動的)。標準化交渉のテーブルで強い発言力を持つには、実証された技術の蓄積が物を言います。NTT・ドコモ・NECが2022年から積み上げてきた共同研究の延長線上にある今回の成果は、日本案を世界標準へ押し上げる原動力の一つになると見ています。
「移動しながらでも、止まっているのと同じ品質で通信できる」——一見当たり前に思えるこの状態を、ミリ波という難しい電波で実現しようとする取り組みは、私たちが将来、移動という概念そのものを再定義する未来へとつながっています。車内が単なる「移動空間」から「もう一つの活動空間」へ変わるかもしれない。その布石として、この発表は記録しておく価値のある一歩だと考えます。
【用語解説】
ミリ波(40GHz帯)
波長がミリメートル単位の高周波電波で、おおむね30GHz以上の帯域を指す。広い帯域幅を確保できるため大容量通信に向く一方、直進性が強く遮蔽物に弱い。本実証で扱う40GHz帯は、6Gでの本格活用が見込まれている周波数の一つだ。
分散MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)
1つの基地局から多数のアンテナをエリア内の離れた場所に分散配置し、それぞれのアンテナと無線端末との間で同時に複数の信号を送受信する技術。ミリ波の遮蔽弱点を補い、通信の安定性を高める手段として6Gの中核技術と位置付けられる。
ドップラー効果(ドップラー周波数)
電波の発信源や受信端末が動いているとき、観測される周波数が本来の値からずれる物理現象。近づくと高く、遠ざかると低く観測される。高速移動中の無線通信では、このずれが通信品質を劣化させる主要因の一つとなる。
アンテナ切り替え(分散MIMO構成下)
分散MIMOでは、1つの基地局が複数の分散アンテナを管理する。移動端末が走行するにつれ、最適なアンテナが順次切り替わる仕組みだ。基地局間の切り替え(ハンドオーバー)とは別概念で、同一基地局内で発生する現象である。
スループット
単位時間あたりに実際に伝送できるデータ量。理論上の最大値ではなく実測値を指し、通信品質の実用的な指標として用いられる。本実証ではMbps(メガビット毎秒)で表記されている。
累積分布関数(CDF:Cumulative Distribution Function)
ある値以下となる確率を表す関数。通信実験では品質のばらつきを評価するために用いられる。下位5%値とは、観測されたスループットを低い順に並べたとき下位5%にあたる境界値であり、品質が落ちやすい場面での安定性を測る代表的な指標となる。
6G(Beyond 5G)
5Gの次世代となる移動通信システム。総務省は2030年代の社会実装を視野に研究開発・標準化を推進している。3GPPでは初の規範的6GリリースとされるRelease 21の検討が進み、2028〜2029年頃にかけて仕様化が本格化する見通しだが詳細時期は流動的だ。超高速・超低遅延に加え、空・海・宇宙まで含めた立体的カバーや、AIネイティブなネットワーク制御などが特徴として議論されている。
XR(拡張現実/Extended Reality)
VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)などを総称する概念。大容量・低遅延通信を前提とした没入型サービスでの活用が期待される。
協調型自動運転
自車のセンサー情報だけでなく、他車両や路側設備、クラウドから共有される周辺情報を活用して走行判断を行う自動運転方式。広範な情報を低遅延で授受できる通信基盤が前提となる。
【参考リンク】
NTTドコモ 公式サイト(外部)
日本の大手移動通信事業者。6G関連の研究開発を推進し、白書『6G White Paper』の公開や国際的な技術連携にも力を入れている。
NEC 公式サイト(外部)
日本の総合電機メーカー。通信インフラ事業を中核領域の一つとし、分散MIMOなど6G要素技術の研究開発をNTT・ドコモと共同推進。
NTT 公式サイト(外部)
日本電信電話株式会社。NTTグループの持株会社であり、研究所(NTT研究所)を通じて6Gや次世代ネットワーク技術の基礎研究を担う。
総務省 Beyond 5G(6G)に向けた技術戦略の推進(外部)
総務省が公開するBeyond 5G(6G)関連政策の公式ページ。2030年代の社会実装を視野にしたロードマップや研究開発戦略を確認できる。
国土交通省 国土技術政策総合研究所(外部)
国土交通省所管の研究機関。今回の実証実験会場となった実大トンネル実験施設を保有し、道路・建築・都市基盤などの研究を行う。
ワイヤレスジャパン×ワイヤレス・テクノロジー・パーク(WTP)2026(外部)
無線通信技術に特化した国内最大級の専門展示会。今回の実証成果は2026年5月27日〜29日にXGモバイル推進フォーラム展示として出展。
つくばフォーラム2026(外部)
NTT研究開発部門が主催する技術展示・講演イベント。2026年5月27日〜28日にNTT筑波研究開発センタで開催される。
ミリ波分散MIMO実証実験 紹介動画(NEC公式)(外部)
NEC公式の技術紹介動画ページ。今回の実証実験の様子や技術概要を映像で確認できる一次情報源として信頼性が高い。
【参考記事】
6G時代に自動車や列車での安定した大容量通信を実現する、分散MIMOの実証実験に成功(2025年3月25日:NECプレスリリース)(外部)
今回発表の前段にあたる2025年3月時点の実証成果を伝えた一次情報。車両1台に対する送信周波数・タイミング補正技術の成功を報告している。
6G時代に向け、複数の高速移動車両で安定した大容量ミリ波通信の実証に成功(NTTドコモ公式PDF)(外部)
今回発表のNTTドコモ側公式PDF。実験条件・数値・スループット比較の詳細データが一次情報として網羅的に記載されている。
すれ違うトンネル内でも高速通信、ドコモらがミリ波分散MIMOの新技術(ケータイ Watch)(外部)
今回の3社発表を整理した国内専門メディアの解説記事。車内大容量コンテンツや協調型自動運転などのユースケース面の文脈を補足している。
IMT towards 2030 and beyond (IMT-2030) – ITU公式(外部)
ITU-Rが進める6G関連の国際枠組み「IMT-2030」の公式ページ。2030年以降に向けた要件検討と国際標準化の動向が確認できる。
3GPP Release 21公式ページ(外部)
3GPP公式によるRelease 21の解説ページ。初の規範的6Gリリースと位置付けられ、各仕様凍結の見通しスケジュールが整理されている。
6Gの必須技術「分散MIMO」とは NTTとNECが高速車両の大容量通信実験に成功(BUSINESS NETWORK)(外部)
2025年3月実証時の3社オンライン記者説明会の内容を伝える記事。分散MIMOが6G必須技術と呼ばれる背景と研究の系譜を整理している。
令和7年版 情報通信白書 Beyond 5G(総務省)(外部)
2030年代のBeyond 5G実用化に向けた日本政府の戦略を整理した公式資料。Beyond 5G推進戦略2.0など最新の政策方針が確認できる。
【関連記事】
NTTとJAXAが低軌道衛星MIMO実験開始—世界中のIoTをつなぐ技術、定常運用へ NTTグループによるMIMO実証という技術的系譜が共通。地上6G分散MIMOと衛星MIMOを読み合わせると、NTTの通信戦略の全体像が掴める。
中国が6G競争で先手、電磁協調ステルスとエネルギーハーベスティングを統合 6G標準化レースの国際競争という視点で対比できる一本。日本の地上ミリ波技術に対し、中国のRIS技術を扱うグローバル6G動向の補完材料。
スマホが直接、衛星とつながる時代へ。次世代5G規格「Rel-19」による衛星通信に世界初成功 3GPP標準化と通信インフラ進化という共通テーマ。編集部解説で触れた「3GPP Release 21」「2030年代」のロードマップ文脈と地続きの記事。
【編集部後記】
みなさんは、新幹線や特急で長時間移動するとき、何をしていますか。私は最近、移動中にオンライン会議に参加したり、ちょっとした調べ物をしたりすることが増えました。トンネルに入った瞬間に通信が途切れる——あの小さなストレスは、誰もが一度は経験するものではないでしょうか。
今回のニュースで気づかされたのは、「移動中の通信品質」という地味なテーマが、実は私たちの未来の働き方や暮らし方を大きく左右するということでした。XR会議、生成AIとの対話、協調型自動運転——どれも、移動中の安定通信が前提になる世界です。
通信インフラの進化は「期待」と「不安」の両方を運んできます。電波が安定するほど、移動空間でも仕事ができてしまう。便利な反面、「オフラインの時間が消えていく」という現代的な悩みも置き土産にしてくれそうです。それでも、今回の発表からは強い希望を感じました。NTT・ドコモ・NECという日本の通信史を支えてきた3社が、地道に積み上げた共同研究の延長線上で、世界の標準化レースに食い込もうとしている——その姿勢に、ものづくり大国としての矜持が透けて見えます。
個人的に印象に残ったのは、平均スループットの1.3倍以上に、CDF下位5%値での1.8倍という改善幅の大きさです。エンジニアリングの世界では、「平均を上げる」ことより「最悪を引き上げる」ことのほうが難しい。今回の研究チームが品質の底上げにこだわった姿勢に、技術者としての本気度を感じました。
2030年代、私たちはトンネルの中でも遅延を意識せずに作業を続けたり、車外センサーと連携した自動運転車に乗っていたりするかもしれません。その未来へ向けて、今日の小さな一歩を一緒に確かめていけたらと思います。












