Even Realities|1億5000万ドル調達で評価額10億ドル、美団・テンセントが主導

[更新]2026年7月7日

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進化は、足し算より引き算の方が難しいものです。ある企業は、たった一つの部品を持たないという決断だけで、巨大テック企業と肩を並べる評価を得ました。ただし、その引き算が及んだのは視覚だけです。もう一つの感覚は、開かれたままになっています。


中国のスマートグラス企業Even Realitiesが、Pre-B資金調達ラウンドでユニコーン企業となった。調達額は1億5000万ドル、評価額は10億ドルに達した。ラウンドは美団とテンセントが主導した。

累計調達額は1億5900万ドルとなり、当初のシリーズA(900万ドル)にはCDH Investments、Cyanhill Capital、China Growth Capitalなどが出資していた。同社はカメラを搭載せず、両眼式モノクロ緑色ディスプレイを採用したスマートグラス「Even G2」と、健康管理機能付きスマートリング「Even R1」を展開している。調達資金は次世代プラットフォーム開発、AI統合の深化、グローバル事業拡大に充てられるという。

From: 文献リンクSmart Glasses Startup Even Realities Secures Unicorn Status with $150M Funding Round

【編集部解説】

Even Realitiesの評価額10億ドルという数字そのものより注目すべきは、この会社が「何を足したか」ではなく「何を外したか」でユニコーンになった点です。

主力製品のEven G2はカメラを一切搭載せず、両眼式のモノクロディスプレイに情報を映し出し、指先で操作するスマートリング「Even R1」で入力を行う設計です。Meta、Google、Apple、Samsungが軒並みカメラとAIアシスタントを軸にスマートグラス市場への参入を進める中、Even Realitiesはカメラを持たないことを差別化の核に据えています。

この選択が単なる仕様上の割り切りではなく戦略として意味を持つのは、Metaのスマートグラスをめぐる直近の状況があるからです。2026年3月、MetaのRay-Banスマートグラスで撮影された映像がケニアの委託業者によってAI訓練用に人手でレビューされており、入浴や性行為など極めて個人的な場面が含まれていたことがスウェーデンの新聞の調査報道で明らかになりました。これを受けて米国では集団訴訟が提起されています。Even Realitiesが「プライバシーは設定ではなく設計で守る」と主張するとき、念頭に置いているのはこうした事例だと考えられます。

ただし、カメラを外せばプライバシーの論点が消えるわけではありません。Even G2には会話をリアルタイムで読み取り、専門用語の解説や応答案を提示する「Conversate」という機能があり、生の音声そのものは保存されない一方、文字起こしをもとにしたAIによる要約はアプリ内に保存される設計だとされています。裏を返せば、マイクは常に周囲の会話を拾える状態にあるということでもあります。カメラがないことは「見られる」不安を取り除きますが、「聞かれる」側の同意という論点は、今回の資金調達の報道ではほとんど語られていません。カメラ排除を全面的な「プライバシー由来の優位性」と読む前に、この点は留保しておくべきでしょう。

実用が進んでいる領域は、現時点では一般消費者というより特定の職業層です。Even Realitiesのユーザーは30〜50代の男性専門職が中心で、その3割ほどが企業幹部だとCEOのWill Wang氏は述べています。フレーム単体で599ドル、処方レンズやリングを加えると平均1000ドル前後という価格帯を踏まえれば、これは量販ではなく高単価・少量販売で利益を出すモデルだと読めます。一方、IDCのデータによれば2026年第1四半期のスマートグラス出荷台数は225万台で前年同期比167%増、Metaが約7割のシェアを占めているとされます。Even Realitiesが挑んでいるのは、この急拡大する市場の主戦場ではなく、その脇にある専門職向けニッチだと位置づけるのが実態に近いでしょう。

日本はEven Realitiesが自ら主要市場の一つに挙げている地域です。同社はアメリカ、日本、韓国、中東、欧州を中心に展開しており、製造拠点である中国本土では今のところ販売していません。主導した美団・テンセントに加え、初期ラウンドにもCDH InvestmentsやCyanhill Capitalなど中国系の資本が名を連ねています。自国市場を避けて欧米・日本向けに製品を投入している構図は、単純な「中国製ハードウェアへの警戒」という枠組みだけでは説明しきれない部分を含んでいます。

普及の障壁として残るのは、価格の高さに加えて、この「引き算」の戦略が長期的に維持できるかという問題です。カメラを持たないことは今のところ明確な差別化になっていますが、Meta側がプライバシー保護機能や同意管理を強化する形で対応すれば、この優位性は縮小する可能性があります。逆に、EUなどでカメラ搭載型デバイスへの規制が強まれば、Even Realitiesの設計判断が業界標準に近づく可能性もあります。どちらに転ぶかは、現時点では見通せません。

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【参考動画】

【編集部後記】

「プライバシー・バイ・デザイン」という標語は、常に一人称で語られます。守られているのは、着けている本人の安心です。カメラを外すという判断も、音声を要約に留めるという設計も、すべて装着者側の体験として組み立てられています。会話の相手、すれ違う他人の同意は、そもそも設計の対象に含まれていません。想定されているのは一人称の安心であり、二人称の同意ではないのです。この非対称に、まだ名前すらついていません。

【用語解説】

ユニコーン企業:評価額10億ドル以上に達した未上場のスタートアップ企業を指す呼称。

Pre-B(プレシリーズB)ラウンド:シリーズAの後、正式なシリーズBの前段階として実施される中間的な資金調達ラウンド。

ディスプレイ型グラス:カメラではなく小型ディスプレイを主軸に情報を提示するタイプのスマートグラスの総称。カメラ・AIアシスタントを軸とする「カメラ型」と対比される。

導波路(どうはろ)光学:光を細い導管状の素材内で反射させながらレンズ内に画像を投影する光学技術。スマートグラスの薄型化・軽量化に用いられる。

【参考リンク】

Even Realities公式サイト(外部)
Even G2・R1の製品情報、価格、購入オプションなどを掲載。

Meta公式サイト(外部)
VR/AR・AIウェアラブル事業を含むMeta Platformsの企業情報。

Meituan公式サイト(外部)
今回の調達ラウンドを主導した中国のテクノロジー・リテール企業の概要。

Tencent公式サイト(外部)
Even Realitiesの既存投資家であり、今回のラウンドにも参加した中国のインターネット・テクノロジー企業の概要。

IDC公式サイト(外部)
スマートグラス市場の出荷データ・調査レポートを提供する市場調査会社。

【参考記事】

Smart glasses maker Even Realities hits $1B valuation with $150M funding led by Meituan, Tencent|TechCrunch(外部)
CEO Will Wang氏への直接取材に基づく報道。ユーザー層、価格帯、主要展開市場などの一次情報を含む。

Meta Sued After Workers Watched Private Moments Recorded on AI Smart Glasses|PetaPixel(外部)
Meta Ray-Banの映像レビュー問題と、それに伴う集団訴訟の詳細を報じた記事。

Even Realities raises $150M, hits $1B valuation with smart glasses|Yahoo Finance(外部)
IDCの出荷データを引用し、スマートグラス市場全体の成長率とMetaのシェアを報じた記事。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。