「喜び」と「驚き」は近いのか。同じ問いを89人の人間とGPT-4oに投げ、答え合わせをした研究が発表されました。6つの言葉で試したときには明瞭でなかった構造が、99語に広げると姿を現します。何を測るかだけでなく、いくつ測るかによって、見えてくるものが変わりうることを示しています。
基礎生物学研究所のHan Ke特任助教と渡辺英治准教授は、GPT-4oに感情語を空間上へ配置させ、その結果を人間の配置と比較した研究を発表した。3つの感情語を格子上に置く課題を用い、まず89人の参加者とGPT-4oに、喜び、驚き、怒り、恐れ、嫌悪、悲しみの6つの基本感情で同じ課題を行わせた。
人間とGPT-4oはいずれも喜びと驚きを同じまとまりに置いたのに対し、単語埋め込みは喜びと怒りを同じまとまりに分類した。対象を99語へ広げると、快・不快と支配性に関わる2つのまとまりが現れ、覚醒度はクラスタを分ける軸としてではなく、二次的な成分レベルの次元として検出された。
課題はすべて英語で実施された。論文は2026年7月10日にScientific Reports誌へ掲載された。
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【プレスリリース】AIに「感情の地図」を描かせる GPT-4への問いかけで、99の感情語に潜む構造を可視化
【編集部解説】
はじめに表記を一つ整理しておきます。発表資料も論文タイトルも「GPT-4」と書いていますが、論文の方法欄に記された実際の使用モデルは gpt-4o です。本記事ではGPT-4oと表記します。
6つで見えなかったものが、99で見えた
「喜び」と「驚き」は近いか。「激怒」と「悲しみ」は、同じ不快でも何が違うのか。
この種の問いを人間に答えてもらう実験には、避けられない壁があります。語数が増えると比較すべき組み合わせが爆発するのです。99語なら、2語の組み合わせだけで4851通り。ひとりの参加者に全部を、しかも繰り返し評定してもらうのは現実的ではありません。
そのため、この分野の研究は限られた語数で行われてきました。論文が挙げる先行研究の例を見ると、24語、27語、30語といった規模が並びます。80語を部分評定でさばいた研究や、135語を分類課題で扱った研究もありますが、いずれも全組み合わせの比較ではありません。今回の研究がおもしろいのは、その「絞る」という前提そのものに疑いの目を向けている点です。
6つの基本感情だけを使ったとき、人間もGPT-4oも感情語を2つのまとまりに分けました。〈喜び・驚き〉と〈怒り・恐れ・嫌悪・悲しみ〉。快いか不快か、という直感どおりの分かれ方です。
ところが対象を99語に広げると、そこに新しい構造が顔を出しました。快い感情の中でも「興奮」と「安らぎ」は違う。不快な感情の中でも「激怒」と「悲しみ」は違う。テンションの高さ、すなわち覚醒度に対応する変化です。
6語のときには明瞭でなかったものが、99語にして初めて見えた。この一点が、今回の研究のいちばん重い部分だと考えます。
なぜならそれは、これまでの感情理論のあいだにある食い違いの一部が、理論の対立ではなく、実験で使った単語の数と選び方に由来していた可能性を示すからです。研究チーム自身も、そう示唆しています。何を測るかだけでなく、いくつの語を対象にするかによって、見えてくる構造が変わりうる。方法論としてかなり居心地の悪い指摘です。
ただし、この「現れた」は控えめな出方です。2つのまとまりのあいだに覚醒度の差があるかを検定すると、プロンプティングでも単語埋め込みでも有意差は出ませんでした。覚醒度が姿を見せたのは、主に、次元圧縮で取り出した成分のひとつと既存の感情語評定データとの相関としてです。しかもクラスタごとに分けて見ると相関は強まり、全体でまとめて見ると弱まります。覚醒度はグループを分ける力としてではなく、グループの内側を撫でるような変化として残っていた——論文の記述はそういう手触りです。
AIを「答えさせる」のではなく「物差しとして使う」
もうひとつ、用途の転換があります。
言葉の意味を座標に変換する技術は以前からありました。単語埋め込みです。既製のものを使うだけなら誰でも試せますが、研究目的に合わせて調整しようとすると、機械学習の専門知識や学習用データ、計算環境が必要になることがあります。
今回の方法は、モデル自体を再学習させず、自然な文章で課題を与えて応答を分析するものです。研究チームはこれを、AIを「答えを出す装置」ではなく測定道具として使う道だと位置づけています。もっとも、実際の手順は軽くありません。膨大な回数の問い合わせを回し、欠損を処理し、距離を計算し、クラスタリングと次元圧縮にかける。楽なのは、モデルを訓練し直す必要がないという一点です。
innovaTopiaでは、脳の言語処理と大規模言語モデルの内部表現が一致するというNature誌掲載の研究や、GPT-4と10万人の創造性を競わせたモントリオール大学の研究を報じてきました(いずれも記事末尾の【関連記事】にリンクしています)。それらはいずれも「AIが人間にどこまで近づいたか」を測る話でした。今回はベクトルが逆で、AIを定規にして人間の側を測っています。この向きの違いは、今後この分野の記事を読むときの補助線になるはずです。
ちなみに単語埋め込みの側は、6つの基本感情で「喜び」を「怒り」と同じまとまりに入れました。人間の直感とはかなり違う分け方です。ただしこれは埋め込みが劣っているという話ではありません。比較対象になったのは調整を加えていない状態の埋め込みで、論文自身が「適切に調整すれば同等の次元感度に達しうる」と認めています。今回の主張は、専門的な資源や訓練データを用意せずに使えるかどうかという土俵の上にあります。
この研究が「言っていないこと」
ここは慎重に線を引く必要があります。
研究チームは、発表資料の中で3つの留保を明示しています。GPT-4oが人間と同じ感情を経験していることを意味しない。対象は感情の実体験ではなく、感情を表す言葉の意味的・概念的な構造である。そしてこの構造が実際の感情体験や脳内の表現とどこまで対応するかは、今後の検証課題である。
「AIが感情を理解した」という話ではありません。GPT-4oは人間が書いた膨大な文章から言葉どうしの関係を学んでいるので、人間に似た配置を作るのはむしろ自然です。研究チーム自身がそう説明しています。
「AIが人間を上回った」という話でもありません。6つの基本感情を扱った第1の研究では、クラスタ内のまとまりとクラスタ間の分離を合わせて示す指標は、人間由来のデータで最も高く、プロンプティング、調整前の単語埋め込みの順でした。ただしこれは、AIと人間の総合的な精度を順位づける指標ではありません。プロンプティングの利点として研究チームが挙げているのは、人間には負担が大きすぎる規模の語彙を比較できることと、専門的なモデル調整をせずに使える可能性です。
覚醒度についても同じ注意が要ります。これは感情語を大きく二分する主軸としてではなく、それぞれのまとまりの内部を細かく分ける二次的な成分として現れました。心理学には覚醒度を主要な軸のひとつに据える理論もありますから、今回の結果を「覚醒度は主軸ではなかった」と一般化するのは行き過ぎです。あくまで、この課題とこの分析の枠組みで、そう出たということです。
留保すべき点
測定道具の同定ができない。これが最大の論点だと考えます。
物差しとして使われたGPT-4oは、ChatGPTでは2026年2月13日に通常の利用から退き、Business・Enterprise・EduのCustom GPTsでも4月3日に提供が終了しました。APIでは、研究が記した gpt-4o とは別のモデル名である chatgpt-4o-latest が2月17日に停止し、固定スナップショットの gpt-4o-2024-05-13 は10月23日に停止が予定されています。一方で、gpt-4o というエイリアス自体には、現時点で公式の停止予定日は掲載されていません。
つまり、再現性の問題は「モデルがもう使えないから」ではありません。論文の方法欄に記録されているのは gpt-4o というモデルIDだけで、固定スナップショット名が書かれていないことにあります。OpenAIは、固定スナップショットを指定することでモデルの挙動と性能を特定の版に固定できると説明しています。裏を返せば、エイリアスを指定した測定は、いつのモデルを写したものかを後から特定できません。どの固定版を使ったのか特定できないため、将来まったく同じモデル条件で追試できる保証がない。これが留保の中身です。
しかも大規模言語モデルの出力は確率的です。研究チームは応答のばらつきを決めるパラメータを4段階試し、人間との一致度に差がないことを確かめたうえで値を選んでいます。設定を丁寧に検討した研究ですら、モデルの版という最も基本的な条件が記録から抜け落ちている。プロンプティングを研究手法として定着させるうえで、ここは避けて通れない課題です。
実験装置がクラウド上のサービスであることの生々しさも、論文には記されています。99語から3語を選ぶ組み合わせを回した結果、各ペアについて97組の座標が得られるはずでしたが、サービスの混雑や接続の不調で応答が欠け、実際に残ったのは平均76組でした。研究チームはこの偏りが結果を歪めていないかを別途検証しています。
検証の土台にも幅があります。感情語の並び方は99語すべてで計算されましたが、その並びが本当に感情の次元に対応しているかを確かめる段では、基準にした既存の評定データに収録がなかった35語が外れ、64語で検証されています。論文はこの35語について、比較的プロトタイプから遠い感情概念が中心だったと分析したうえで、別の評定データを使った補足分析も行い、方向はおおむね一致したと報告しています。ただし両者は直接比較できる指標ではないとも断っています。
6つの基本感情を扱った第1の研究について、論文は統計的な検定を探索的かつ記述的なものであり、確証的ではないと明記しています。語数が少ないためです。発表資料はこの部分をきれいな成功として描いていますが、論文の筆致はかなり慎重です。
実験の実施時期は公表されていません。論文にも発表資料にも、いつデータを取ったのかの記載がありません。固定スナップショットが特定できないことと合わせると、この研究がどの時点のGPT-4oを写したものなのかは、外からは確定できないことになります。
検証されているのは英語だけです。課題はすべて英語で実施されました。日本語を含む他言語での検証と、文化による配置の違いは今後の課題と位置づけられています。日本語には英語に一対一で対応させにくい感情語もありますから、ここは素直に楽しみな部分でもあります。
論文自身が挙げている限界も一つ紹介しておきます。格子の上に置かせるという課題の形式そのものが、次元的なパターンを引き出しやすい可能性があるという指摘です。感情の心的な表現は、階層やネットワークとして組織されている可能性もある。研究チームはそう書き添えています。
資金の出どころも記しておきます。本研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業に加え、パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社の支援を受けて行われました。
手元で試せます
研究チームは発表資料の末尾に、日本語で試せるプロンプト例を添えています。3つの感情を100×100のグリッド上に配置させてみる、というものです。
ただしこれは体験用であって、研究データは英語で取得されたものです。手元のAIが返す配置は、論文の結果そのものではありません。それでも、AIに「答え」ではなく「配置」を求めたとき何が返ってくるのかを一度見ておくと、この研究が何をやったのかは驚くほど早く飲み込めます。
【関連記事】
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ChatGPTなどに臨床心理検査を実施した研究。AIの内面を測ろうとする試みで、本記事とはちょうど逆向きのベクトルを持つ。
【編集部後記】
渡辺英治氏の名前は、以前から錯視の研究で知られています。自然の動画で学習させた予測符号化型のニューラルネットワークに、蛇の回転錯視の静止画を入力すると、予測された画像のあいだに、人が知覚するのと同じ向きの回転が現れた。2018年の研究です。
AIに人間と同じ錯覚を見せた人が、今度はAIに感情の言葉を並べさせている。どちらも、AIを賢くする話ではありません。AIを鏡にして、人間の側の仕組みを覗く試みです。次にこの鏡へ映されるのは、私たちのどの機能でしょうか。
【用語解説】
プロンプティング(Prompting)
自然な文章でAIに指示や質問を与える方法。本研究では、3つの感情語を意味の近さに応じて格子上へ配置するようGPT-4oに指示した。モデル自体を再学習させずに使える点が、従来手法との差になる。
単語埋め込み(Embedding)
単語の意味の関係性を多数の数値の組み合わせで表す方法。意味が似た単語ほど数値空間で距離が近くなるように表現される。既製のモデルは利用しやすいが、研究目的に合わせて調整する場合は、機械学習の知識・学習データ・計算環境が必要になることがある。
基本感情
多くの感情研究で基礎的なものとして扱われる感情の分類。本研究ではエクマンが1971年に提示した joy(喜び)、surprise(驚き)、anger(怒り)、fear(恐れ)、disgust(嫌悪)、sadness(悲しみ)の6つを用いた。ただし研究者によって数も顔ぶれも異なり、四種説・八種説なども存在する。
快・不快(Pleasure)
感情が心地よいものか、不快なものかを表す軸。感情を連続的な次元で捉える理論の代表的な軸のひとつ。
覚醒度(Arousal)
感情に伴う興奮や高ぶりの程度を表す軸。高い例は「興奮」「激怒」、低い例は「安らぎ」「悲しみ」。本研究では、感情語を大きく二分する主軸ではなく、それぞれのまとまりの内部を細分する二次的な成分として現れた。
支配性(Dominance)
状況を自分で制御していると感じるか、逆に圧倒されていると感じるかを表す軸。
UMAP
高次元のデータを、点どうしの近さをできるだけ保ったまま少数の軸へ圧縮する手法。本研究では、感情語の距離行列から解釈しやすい成分を取り出すために用いられた。
ANEW
英語の単語について、快・不快、覚醒度、支配性の3次元の評定値を集めた規範データ。本研究では、取り出した成分が実際に感情の次元に対応しているかを確かめる基準として使われた。
固定スナップショット
大規模言語モデルの、ある時点の版を固定して指定できるようにしたモデル名。gpt-4o-2024-05-13 のように日付が付く。エイリアス(gpt-4o など)は指し示す先が変わりうるため、研究の再現には固定スナップショットの記録が要る。
プレプリント
査読を経る前、または査読と並行して公開される論文原稿。本研究では、掲載誌の版に図が含まれていないため、図の入った版がプレプリントとして案内されている。
【参考リンク】
基礎生物学研究所(外部)
本研究の実施機関。自然科学研究機構に属する大学共同利用機関で、愛知県岡崎市に所在し、生物学の基礎研究と共同利用研究を担う。
基礎生物学研究所 神経生理学研究室(外部)
渡辺英治氏が率いる研究室。メダカを用いた視覚研究と、深層学習を用いた錯視や視覚メカニズムの解析を並行して進めている拠点である。
総合研究大学院大学(外部)
渡辺氏が准教授を兼任する大学院大学。基礎生物学コースを通じて基礎生物学研究所と連携し、大学院の教育と研究指導を担っている。
Scientific Reports(外部)
Nature Portfolioが2011年に創刊した査読付きオープンアクセス誌。自然科学の全領域を対象とし、本論文もここに掲載された。
OpenAI API Deprecations(外部)
OpenAIが公開するモデル終了予定の一覧。固定スナップショットごとの停止日と、推奨される移行先が確認できる。
【参考記事】
Mapping 99 emotion terms with GPT4 prompting reveals nuanced semantic conceptual structure(外部)
Han Ke氏と渡辺英治氏による原論文。99の感情語を対象に、プロンプティングと単語埋め込みを人間の空間判断と比較している。
プレプリント版(OSF Preprints)(外部)
図を含む原稿。掲載誌で公開されている版には論文の図が載っていないため、研究チームがこちらを図の参照先として案内している。
Retiring GPT-4o, GPT-4.1, GPT-4.1 mini, and OpenAI o4-mini in ChatGPT(外部)
GPT-4oなどをChatGPTから引退させる公式告知。2026年2月13日の引退と、その判断に至った背景が説明されている。
Illusory Motion Reproduced by Deep Neural Networks Trained for Prediction(外部)
渡辺氏らによる2018年の論文。予測符号化型のニューラルネットワークが、蛇の回転錯視に対して人と同じ向きの運動を示した研究。
Correspondence of high dimensional emotion structures elicited from video clips between humans and multimodal LLMs(外部)
動画によって喚起される高次元の感情構造が、人間とマルチモーダルな大規模言語モデルのあいだで対応するかを検討した研究。
GPT-4 accurately predicts human emotions and their neural correlates(外部)
519人の参加者と48の感情および感情次元を用い、GPT-4が観察者の感情をどこまで予測できるかを検証したプレプリント。


















