AIチャットボットへの感情吐露は怒りやフラストレーションを軽減できる – シンガポール経営大学の研究

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2024-11-25 18:29 by admin

AI(人工知能)は、いまや私たちの怒りの受け止め手となりうる。シンガポールの研究者たちが明らかにした意外な発見は、デジタル時代における感情処理の新たな可能性を示唆している。誰もが経験する怒りや不安——その吐露の相手として、AIが思いがけない効果をもたらすかもしれない

シンガポール経営大学の研究チームが、AIチャットボットへの感情表出(カタルシス)の効果に関する研究結果を2024年11月に発表した。

研究の主要ポイント

  • 研究期間:2024年(具体的な実施期間は不明)
  • 被験者:シンガポール経営大学の学生150名
  • 実験方法:被験者内計画(全参加者が両条件を体験)
  • 実験条件:
    • AIチャットボットとの対話(10分間)
    • Wordでの日記記述(10分間)
  • 検証項目:負の感情、ストレス、孤独感、社会的サポート

主な研究結果

  • AIチャットボットへの感情表出は、怒りやフラストレーションなどの高・中程度の覚醒状態にある負の感情を軽減した
  • 悲しみなどの低覚醒の負の感情には効果が見られなかった
  • 社会的サポートの実感や孤独感の軽減には効果がなかった

研究チーム

  • 主任研究者:Meilan Hu(シンガポール経営大学 心理学PhD候補生)
  • 共同研究者:Xavier Cheng Wee Chua、Shu Fen Diong、K. T. A. Sandeeshwara Kasturiratna、Nadyanna M. Majeed、Andree Hartanto

論文掲載

  • 掲載誌:Applied Psychology: Health and Well-Being
  • 論文タイトル:「AI as your ally: The effects of AI-assisted venting on negative affect and perceived social support」
  • 掲載時期:2024年11月4日

from AI-assisted venting can boost psychological well-being, study suggests

【編集部解説】

この研究は、AIチャットボットが人々のメンタルヘルスケアにおいて新しい可能性を示唆する重要な発見となっています。

研究結果で特に注目すべき点は、AIチャットボットが「高覚醒」および「中程度覚醒」の負の感情に対して効果を示したことです。これは怒りやフラストレーション、恐れといった強い感情が、AIとの対話によって和らげられる可能性を示しています。

一方で、悲しみなどの「低覚醒」の感情には効果が見られなかったという結果は、AIの限界も示しています。これは人間の感情の複雑さを反映していると考えられます。

興味深いのは、参加者がAIチャットボットを「無生物」として認識していながらも、感情のコントロールに効果があったという点です。これは、感情処理において必ずしも「人間らしさ」が必要ではない可能性を示唆しています。

この研究結果は、特に日本のような「人に相談しづらい」文化を持つ社会において重要な意味を持つかもしれません。24時間365日利用可能で、判断されることを恐れずに感情を吐露できるツールとしての可能性があります。

ただし、研究期間が短く(1週間)、対象者も大学生に限定されているため、長期的な効果や幅広い年齢層への適用可能性については、さらなる研究が必要です。

また、AIチャットボットが社会的サポートの代替にはならなかったという結果は、テクノロジーと人間の関係性における重要な示唆を含んでいます。つまり、AIは人間関係の「代替」ではなく「補完」として位置づけるべきだということです。

将来的には、メンタルヘルスケアの分野でAIチャットボットが果たす役割は、専門家による治療の補助や、治療までの「つなぎ」として発展していく可能性があります。特に、メンタルヘルスの専門家が不足している地域や、カウンセリングのコストが高い地域での活用が期待されます。

【用語解説】

被験者内計画

被験者内計画とは、実験研究において同一の参加者に全ての実験条件を体験してもらう手法のこと。個人差の影響を減らせる利点があり、例えば新薬の効果を調べる際に、同じ患者に従来薬と新薬の両方を試してもらうような場合に用いられる。

覚醒度(Arousal)

感情の強さや活性化の程度を表す心理学用語です。例えば、運動会で1位になって興奮している状態は「高覚醒」、雨の日にぼんやりと物思いにふける状態は「低覚醒」といった具合です。

カタルシス(感情の吐露/Venting)

心の中にたまった感情を表出することで精神的な浄化や解放を得ることです。例えば、スポーツの試合で負けた後にロッカールームで叫ぶような行為が該当します。

【参考リンク】

  1. シンガポール経営大学(SMU)心理学部(外部)
    アジアでも有数の心理学研究拠点。今回の研究を実施した機関です。
  2. Applied Psychology: Health and Well-Being(外部)
    心理学の応用研究に特化した学術誌。特にメンタルヘルスケア分野の研究を重視しています。
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