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ISC、米国での離着陸試験を断念 荏原製作所と自社エンジン開発で2028年打上げ目指す

[更新]2025年12月23日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

華々しい日米連携から一転、国産技術への回帰―。将来宇宙輸送システムが米国での離着陸試験計画を中止し、荏原製作所の電動ターボポンプを軸とした国内開発へ舵を切った。一見後退に見えるこの決断が、実は日本の宇宙産業の自立を加速させる転換点となる可能性がある。


将来宇宙輸送システム(ISC)は2025年12月23日、米国連邦航空局(FAA)の許可申請手続きが2026年3月までに完了しないことから、米国でのASCA 1.0ミッションの離着陸試験計画を中止すると発表した。

ISCは2024年4月に米国Ursa Major Technologies社と連携協定を締結し、Hadleyエンジンを調達する再使用型ロケット開発を進めていたが、FAAの申請受理遅延と米国政府閉鎖の影響で実証が不可能となった。

一方、国内では液体メタンエンジン開発で一定の成果を上げており、2025年4月には民間4社目となる液体メタンエンジンの燃焼試験に成功している。

荏原製作所が開発するロケットエンジン用電動ターボポンプも2025年9月に実液試験を完了した。

ISCは今後、国内で開発するロケットエンジンを用いて離着陸試験を行い、2028年3月までに北海道スペースポート(HOSPO)での人工衛星打上げ実証を目指す。

From: 文献リンク将来宇宙輸送システム株式会社、米国でのASCA 1.0ミッションを中止。自社エンジンを開発し、国内での離着陸実証を経て2027年度中に打上げ実証を目指す

【編集部解説】

将来宇宙輸送システム(ISC)の戦略転換は、日本の民間宇宙産業にとって重要な転換点を示しています。米国での離着陸試験計画の中止は一見後退に見えますが、実は国産技術確立という本質的な方向へと舵を切る決断でした。

ISCは2024年4月、米国Ursa Major Technologies社のHadleyエンジンを調達し、日米連携による再使用型ロケット開発を発表しました。Hadleyは推力約22キロニュートン(5,000ポンド)の酸素リッチ段階燃焼サイクルエンジンで、3Dプリンティング技術により数日で製造できる先進的なエンジンです。米国でのASCA 1.0ミッション実施は、日本の民間企業として初めての試みであり、大きな注目を集めていました。

しかし、ロケットエンジンは国際武器移転規則(ITAR)により原則として米国外への持ち出しが禁止される機微技術です。ISCは米国子会社を設立し、技術援助協定(TAA)を米国国務省から2025年1月に承認を得ましたが、米国連邦航空局(FAA)の許可申請プロセスは想定以上に時間を要しました。FAAの正式申請受理の遅延に加え、米国政府閉鎖による業務停止が重なり、2026年3月までの実証が不可能となったのです。

この状況に直面したISCは、単なる計画延期ではなく、国内での自社エンジン開発へと大きく方針を転換しました。実は、ISCは米国連携と並行して国内でのエンジン開発も着実に進めていました。2025年4月には液体メタンエンジンの燃焼試験に成功し、民間企業として国内4社目となる実績を残しています。液体メタンは液体水素に比べて取り扱いが容易で、SpaceXのStarshipなど次世代ロケットの主流燃料として注目されています。

さらに重要なのが、荏原製作所との連携です。荏原が開発するロケットエンジン用電動ターボポンプは、従来のガス駆動式とは異なり、バッテリー電力でモータを駆動する革新的な技術です。従来のターボポンプは燃料の一部を燃焼させて高温高圧ガスでタービンを回す複雑な機構でしたが、電動式はシステムを大幅に簡素化できます。特に再使用型ロケットにとって、着陸時の推力調整が容易になることや、繰り返し使用に耐えられるメンテナンス性の向上は決定的に重要です。

荏原は2021年に宇宙事業を立ち上げ、2000年代初頭からJAXAのエンジン用ターボポンプ改良を支援してきた豊富な経験を持っています。2025年9月には液体メタンと液体酸素を用いた実液試験を完了し、異常振動や漏洩もなく安定稼働することを確認しました。この技術は推力3トン級のロケットエンジンを想定しており、ISCの開発ロードマップと完全に合致します。

今回の決断の背景には、国際政治リスクへの認識があります。ロケットエンジンのような機微技術の国際協力は、政権交代や外交関係の変化に左右されやすい不確実性を伴います。米国との連携を通じて得た技術的知見は貴重ですが、長期的な事業継続性を考えれば、国産技術の確立は避けて通れない道です。特に2025年以降、米国の宇宙政策や輸出管理が不透明さを増す中、自律的な技術基盤を持つことの重要性は増しています。

日本では現在、複数の民間企業が小型ロケット開発を進めています。スペースワンは固体燃料ロケット「カイロス」で2024年3月に初号機の打上げを実施し、インターステラテクノロジズは液体メタンロケット「ZERO」を開発中です。これら企業は文部科学省のSBIRフェーズ3事業の支援を受けており、政府も民間ロケット産業育成に本腰を入れています。2030年代前半までに国産ロケットで年間30回の打上げを目指す政府目標の達成には、民間企業の成長が不可欠です。

ISCの特徴は、最初から再使用型ロケットに焦点を絞っている点です。SpaceXのFalcon 9が2017年に再使用機体での商業打上げに成功して以来、再使用化は世界的なトレンドとなっています。ロケットの製造コストの大部分を占める機体を繰り返し使用できれば、打上げコストを劇的に削減できる可能性があります。ISCは1,000回以上の飛行が可能な単段式宇宙往還機(SSTO)の実現を最終目標に掲げており、そのための技術蓄積を段階的に進めています。

ただし、課題も残されています。ロケットエンジン開発は極めて難易度が高く、多額の資金と時間を要します。ISCは2028年3月までに北海道スペースポート(HOSPO)での人工衛星打上げ実証を目指していますが、残された時間は限られています。また、再使用型ロケットの実現には、エンジンだけでなく、熱防護システム、誘導制御、着陸脚、整備運用体制など、多くの技術要素が必要です。

それでも、今回の決断は日本の宇宙産業の自立性向上という観点から評価できます。海外技術への依存を減らし、国内サプライチェーンを構築することは、長期的な産業競争力の基盤となります。旭化成の推進システム製造技術・評価施設の活用、荏原製作所の電動ターボポンプ、そしてISC自身のアジャイル開発手法。これらを組み合わせることで、日本独自の宇宙輸送システムが生まれる可能性があります。

ISCが掲げる「毎日、人や貨物が届けられる世界。そんな当たり前を宇宙でも。」というビジョンは、まだ遠い未来に見えるかもしれません。しかし、技術的な困難に直面しても方向性を見失わず、国産技術確立という本質的な価値に立ち返る今回の決断は、日本の宇宙産業の成熟を示すものといえるでしょう。

【用語解説】

再使用型ロケット
打上げ後に機体の一部または全部を回収し、再び使用できるロケット。従来の使い捨て型と異なり、機体を繰り返し利用することで打上げコストの大幅な削減が期待される。SpaceXのFalcon 9が代表例で、第1段機体を垂直着陸させて回収・再使用している。

液体メタンエンジン
液化メタン(LNG)を燃料とするロケットエンジン。液体水素に比べて取り扱いが容易で、密度が高いためタンクを小型化できる。SpaceXのStarshipやBlue OriginのBE-4など、次世代ロケットの主流燃料として注目されている。

電動ターボポンプ
バッテリー電力でモータを駆動し、燃料や酸化剤を燃焼室に送り込むポンプ。従来のガス駆動式ターボポンプに比べてシステムが簡素化され、出力制御が容易になる。再使用型ロケットとの相性が良い。

技術援助協定(TAA:Technical Assistance Agreement)
米国の国際武器移転規則(ITAR)の下で、機微技術に関する情報交換を行うために必要な協定。ロケットエンジンなどの防衛関連技術を扱う際に米国国務省の承認が必要となる。

北海道スペースポート(HOSPO)
北海道大樹町に位置する民間ロケット発射場。インターステラテクノロジズなど複数の民間企業が利用している。日本初の民間主導型宇宙港として、商業打上げサービスの拠点を目指している。

単段式宇宙往還機(SSTO:Single Stage To Orbit)
切り離し可能な段を持たず、単一の機体のみで地上から軌道まで到達し、再び地上に帰還できる宇宙輸送機。技術的難易度は極めて高いが、実現すれば運用コストを劇的に削減できる可能性がある。

SBIRフェーズ3
文部科学省の「中小企業イノベーション創出推進事業」の第3段階。民間ロケット開発企業に対して段階的に補助金を支給し、2027年度の打上げ実証を目指す支援制度。

【参考リンク】

将来宇宙輸送システム株式会社(外部)
再使用型ロケット「ASCA」を開発する日本のスタートアップ企業。2028年までの人工衛星打上げ実証を目指している。

荏原製作所 – ロケットエンジン用電動ターボポンプ(外部)
荏原製作所のロケットエンジン用電動ターボポンプ開発に関するニュースリリース。2025年9月に実液試験完了を発表。

Ursa Major Technologies(外部)
米国のロケットエンジン開発企業。Hadleyエンジンなど先進的な推進システムを開発・製造している。

旭化成 – 将来宇宙輸送システムとの包括連携協定(外部)
旭化成が保有する推進システム製造技術・評価施設をISCに提供。滋賀県高島市の施設で燃焼試験を実施。

インターステラテクノロジズ(外部)
北海道大樹町を拠点とする民間ロケット開発企業。小型人工衛星打上げロケット「ZERO」を開発中。

スペースワン(外部)
固体燃料ロケット「カイロス」を開発する民間企業。和歌山県串本町に射場を保有し、2024年に初号機を打上げ。

北海道スペースポート(HOSPO)(外部)
北海道大樹町に位置する日本初の民間主導型宇宙港。複数の民間ロケット企業が打上げ施設として利用。

【参考記事】

新しい宇宙輸送の早期確立へ!将来宇宙輸送システムのエンジン開発戦略とは(外部)
SPACE CONNECTによる詳細な解説記事。ISCとUrsa Major Technologiesの連携や、ASCA 1プロジェクトの技術的背景を詳しく説明している。

荏原製作所、宇宙輸送の新段階に向け電動ターボポンプの実液試験に成功(外部)
荏原製作所の電動ターボポンプ開発の背景と技術的意義を解説。従来のガス駆動式との違いや、再使用型ロケットとの相性について詳述。

500億円企業への第一歩。将来宇宙輸送システムが再使用ロケットの離発着試験に着手(外部)
宙畑による詳細レポート。ASCA hopperミッションの概要や、ISCの長期的な事業構想、資金調達計画について説明している。

日本から民間ロケットを打ち上げる 4社が目指すそれぞれの宇宙(外部)
SBIRフェーズ3事業に採択された4社(ISC、インターステラテクノロジズ、スペースワン、スペースウォーカー)の開発状況を比較。

目指せSpaceX、日本発ベンチャーが再使用ロケットに挑戦(外部)
日経クロステックの記事。ISCのアジャイル開発手法や、JAXAの過去の再使用ロケット実験との関係について解説。

Ursa Major receives largest job incentive award in Colorado history(外部)
Ursa Major Technologiesが過去最大の州税額控除を獲得。従業員1,850人の雇用創出計画を発表し、企業価値15億ドルに到達。

文科省、インターステラなどに100億円超 ロケット開発(外部)
日本経済新聞の記事。文部科学省がSBIRフェーズ3事業で3社に総額100億円超の補助金を追加支給すると発表した内容を報道。

【編集部後記】

今回のISCの決断は、「遠回りに見える道が実は最短ルート」という、イノベーションの本質を示しているように思えます。米国との連携という華々しい計画を中止し、国内での地道な技術開発へ舵を切る。一見後退に見えるこの選択が、実は日本の宇宙産業の自律性確立という本質的な価値につながっているのです。皆さんは、短期的な成果と長期的な基盤構築、どちらを優先すべきだと考えますか?そして、日本の民間宇宙企業が世界と競争していくために、今最も必要なものは何でしょうか。技術力、資金力、それとも政治的な支援体制でしょうか。宇宙産業の未来について、ぜひ一緒に考えてみませんか。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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