Last Updated on 2025-04-19 11:43 by admin
天文学者たちは、他の恒星系から飛来する「恒星間天体(ISO)」が太陽系を通過していることを確認し、NASAや欧州宇宙機関(ESA)などの宇宙機関はこれらの天体を研究するための新たなミッションを計画している。これまでに確認された恒星間天体は、2017年に発見された「オウムアムア(1I/’Oumuamua)」と2019年に発見された「ボリソフ彗星(2I/Borisov)」のわずか2つだけである。
天の川銀河には推定10セプティリオン(10の24乗)以上の恒星間天体が存在すると考えられているが、これらの天体は秒速32.14km(時速約11万5700km)という高速で移動するため、発見から潜在的な迎撃までの時間が1年未満しかなく、従来の宇宙船では追跡が困難である。
この課題に対応するため、ESAは「Comet Interceptor(彗星迎撃機)」ミッションを開発中で、2029年に打ち上げが予定されている。この宇宙船は地球から160万km離れたラグランジュポイント2(L2)に待機し、適切なターゲットが現れたら即座に発射する準備をする。日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)も約30kgの超小型フライバイ探査機を提供する計画で、このミッションに参加している。
また、NASAも「Bridge」ミッションを開発中である。将来のミッションでは、人工知能(AI)を活用した小型宇宙船の群れ(スウォーム)による多角的観測や、ソーラーセイルとレーザー技術を組み合わせた新しい推進システム、炭素繊維複合材や3Dプリントシールドなどの先進材料が活用される見込みである。
2023年に部分運用を開始したベラ・C・ルビン天文台(旧称:大型シノプティック・サーベイ望遠鏡)は、10年間のミッション期間中に約50個の恒星間天体を検出すると予想されており、そのうち約20%(年間約5個)が検出可能で、さらにその中の約1.69%が宇宙船による接近観測(ランデブー)が可能と見積もられている。
from:Strange Objects Are Flying Through Our Solar System — And Now NASA Wants to Chase Them
【編集部解説】
私たち太陽系を訪れる「恒星間天体(ISO)」の探査は、宇宙科学における次なるフロンティアとして急速に発展しています。これらの天体は他の恒星系から飛来する宇宙の旅人であり、私たちの太陽系外の情報を直接もたらす貴重な「宇宙の使者」と言えるでしょう。
恒星間天体とは何か?
恒星間天体とは、文字通り「恒星間」を移動する天体のことです。これまで確認されているのは、2017年に発見された「オウムアムア(1I/’Oumuamua)」と2019年に発見された「ボリソフ彗星(2I/Borisov)」のわずか2つだけです。しかし、天の川銀河には推定10セプティリオン(10の24乗)以上のISOが存在すると考えられています。
これらの天体は、遠い恒星の周りでの巨大な衝突や重力的放出によって形成され、恒星系を離れて宇宙空間を漂っています。そして時に、私たちの太陽系を通過することがあるのです。
オウムアムアは約400メートルの長さで、幅の10倍ほどの細長い葉巻型の形状と奇妙な加速パターンを示し、科学者たちを困惑させました。一方、ボリソフ彗星はより従来の彗星に近い特徴を示しましたが、その組成は太陽系の彗星とは異なっていました。これらの特徴から、ISOは他の惑星系の形成や進化に関する貴重な情報をもたらす可能性があります。
探査の課題:速さとの戦い
ISOを研究する上での最大の障害は、その驚異的な速度です。これらの天体は秒速32.14km(時速約11万5700km)という速さで地球を通過します。これは東京から大阪までをわずか3秒で移動する速さです。
このような高速で移動する天体を観測するには、発見してから迅速に行動する必要があります。しかし、発見から潜在的な迎撃までの時間は1年未満しかなく、従来の宇宙船では地球から打ち上げて追いつくことは不可能です。
待ち伏せ型ミッションの登場
この課題に対応するため、宇宙機関は革新的な「待ち伏せ型」ミッションを開発しています。欧州宇宙機関(ESA)の「Comet Interceptor(彗星迎撃機)」は2029年に打ち上げが予定されており、地球から160万km離れたラグランジュポイント2(L2)に待機します。ISOが発見されると、即座に発射して観測を行うという戦略です。
Comet Interceptorは、メイン宇宙船と2つの小型プローブで構成されており、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)も約30kgの超小型フライバイ探査機を提供する計画で参加しています。複数の視点から同時に観測することで、立体的なデータ取得が可能になります。
また、NASAも「Bridge」という同様のミッションを開発中です。これらのミッションは、地球からの打ち上げを待つのではなく、あらかじめ宇宙空間に待機しておくことで、ISOの高速性という課題に対応しようとしています。
革新的技術の応用
将来のISOミッションでは、さまざまな革新的技術が応用される見込みです。例えば、人工知能(AI)を活用した自律型宇宙船の群れ(スウォーム)による観測が検討されています。複数の小型宇宙船が連携して観測を行うことで、単一の大型宇宙船では不可能な多角的なデータ収集が可能になります。
シカゴ大学の研究者Yuki Tsukamotoらは、「Neural-Rendezvous」と呼ばれるAIシステムを開発しています。このシステムは、リアルタイムでデータを処理し、ISOとの遭遇を最適化するための意思決定を行うことができます。彼らのシミュレーションによれば、5機の宇宙船からなるスウォームが最も効率的にISOを観測できるとされています。
また、推進システムにも革新が求められています。太陽光の圧力を利用して宇宙船を推進する「ソーラーセイル」は、レーザー技術と組み合わせることで前例のない速度での加速が可能になるかもしれません。これらの軽量システムは、従来の化学推進や核推進よりも効率的に高速化できる可能性があります。
さらに、高速で移動するISOに近づくためには、宇宙塵や強烈な熱から宇宙船を保護する必要があります。炭素繊維複合材、セラミックス、3Dプリントされたシールドなど、先進的な材料科学の応用も重要な要素となっています。
期待される成果と課題
2023年に部分運用を開始したベラ・C・ルビン天文台(旧称:大型シノプティック・サーベイ望遠鏡)は、10年間のミッション期間中に約50個のISOを検出すると予想されています。そのうち約20%(年間約5個)が検出可能で、さらにその中の約1.69%が宇宙船による接近観測(ランデブー)が可能と見積もられています。
しかし、現在開発中のミッションには速度の制約があります。ESAの「Comet Interceptor」は秒速15km(時速5.4万km)、NASAの「Bridge」は秒速2km(時速7,200km)の速度変化能力を持ちますが、これは理想的な秒速30kmには及びません。そのため、到達可能なISOの数は限られています。
また、これらの技術開発には持続的な資金提供が不可欠です。宇宙科学予算の削減は、これらの画期的なプログラムの進展を遅らせる可能性があります。
宇宙探査の新時代へ
ISOの探査は、単に珍しい天体を観測するだけではありません。他の恒星系の形成や進化に関する理解を深め、私たちの宇宙観を大きく変える可能性を秘めています。
また、ISOの探査から生まれる技術は、将来的な宇宙開発全般に革命をもたらす可能性があります。AIを活用した自律型宇宙船、ソーラーセイルとレーザー推進、先進的な材料科学など、これらの技術は月や火星の探査、小惑星資源採掘、さらには太陽系外探査にも応用できるでしょう。
恒星間天体の探査は、まさに宇宙科学の新たなフロンティアです。私たちinnovaTopiaは、この挑戦的な分野の発展を今後も注目していきます。宇宙の謎に挑む科学者たちの情熱と創意工夫が、人類の知の地平を広げ続けているのです。
【用語解説】
恒星間天体(ISO):
星間空間に存在し、どの恒星にも重力的に束縛されていない天体のこと。太陽系の彗星や小惑星と同種のものが多いと考えられている。
オウムアムア(1I/’Oumuamua):
2017年10月19日にハワイのPan-STARRS1望遠鏡によって発見された最初の恒星間天体。ハワイ語で「遠方からの最初の使者」を意味する。約400メートルの長さで、幅の10倍ほどの細長い葉巻型の形状と奇妙な加速パターンを示し、科学者たちを困惑させた。
ボリソフ彗星(2I/Borisov):
2019年8月30日にアマチュア天文学者ゲンナディ・ボリソフによって発見された2番目の恒星間天体。太陽系の彗星に似た特徴を持つが、その組成は異なっている。
ラグランジュポイント(L2):
地球と太陽の重力がバランスする特殊な位置。地球から約160万kmの距離にあり、宇宙望遠鏡や観測機器を配置するのに適している。
スウォーム技術:
複数の小型宇宙船が連携して動作する技術。各衛星が個別の役割を持ちながら全体として一つのシステムとして機能する。例えるなら、蜂の群れのように個々が連携して一つの目的に向かって行動する仕組み。
ソーラーセイル:
超薄膜の帆を広げ、太陽光の光子を推進力として宇宙を航行する技術。風を受けて進む帆船のように、光の圧力を利用して推進する。燃料が不要で持続的な運用が可能。
セプティリオン:
10の24乗を表す数字。日本語では「千垓(せんがい)」に相当する。想像を絶する巨大な数であり、地球上の砂粒の数よりも多いとされる。
【参考リンク】
欧州宇宙機関(ESA)(外部)
欧州の宇宙活動を統括する国際機関。科学ミッション、地球観測、有人宇宙飛行などを実施している。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)(外部)
日本の宇宙航空研究開発を担う機関。人工衛星、ロケット開発、宇宙科学研究などを行っている。
Comet Interceptor(外部)
Comet Interceptorミッションの公式サイト。ミッションの概要や最新情報を提供している。
ベラ・C・ルビン天文台(外部)
ベラ・C・ルビン天文台の公式サイト。プロジェクトの進捗状況や科学的目標について情報提供している。
【編集部後記】
宇宙の旅人「恒星間天体」の謎に、あなたも思いを馳せてみませんか?私たちの太陽系を訪れる異星からの使者は、宇宙の多様性を物語る貴重な証人です。もし次の恒星間天体が発見されたとき、あなたならどんな質問を投げかけたいですか?その起源は?組成は?そして、もしかしたらそこに生命の痕跡は?宇宙の不思議に触れることは、私たち自身の存在を見つめ直す機会かもしれません。宇宙科学の進展とともに、この壮大な謎解きの旅を一緒に楽しみましょう。