StripeとTempoは2026年3月18日、AIエージェント向けのオープン標準決済仕様「Machine Payments Protocol(MPP)」を共同で発表した。MPPはAPI、Model Context Protocol(MCP)、HTTPエンドポイントに対してエージェントがプログラム的に支払いを調整するための仕様であり、マイクロトランザクションと定期支払いに対応する。
StripeユーザーはPaymentIntents APIを用い、数行のコードでMPP経由の支払いを受け付けられる。対応する決済手段はステーブルコイン、カード、Shared Payment Tokens(SPT)経由の後払いだ。Browserbase、PostalForm、Prospect Butcher Co.がすでにMPPを採用している。Parallel Web Systemsの創業者パラグ・アガーワルもMPPの活用を表明している。
Stripeはあわせて、Agentic Commerce Suite、Agentic Commerce Protocol(ACP)、MCPインテグレーション、x402への対応を含むエージェント向け金融インフラを整備している。
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Introducing the Machine Payments Protocol
【編集部解説】
インターネットの通信規格であるHTTPには、1995年から「402 Payment Required(支払いが必要)」というステータスコードが定義されていました。しかし長らく「将来の使用のために予約」とされたまま、約30年間ほとんど使われることなく眠り続けていました。MPPはこのコードを核に据え、エージェントがリソースをリクエストすると、サーバーが402で支払い要件を返し、エージェントが支払いを承認してリソースを受け取るという、シンプルかつ革新的なフローを実現しています。
この発表が単なる「新しい決済API」にとどまらない理由は、お金そのものがインターネットの基本インフラになろうとしている点にあります。Stripeが2025年に処理した総決済額は1.9兆ドルに達し、前年比34%増を記録しました。同じ期間にグローバルなステーブルコイン取引量は2倍の4,000億ドルに拡大しています。こうした数字が示すのは、デジタル経済における「決済の重力」が急速に変化しているという現実です。
MPPの技術的な核心は「セッション」という概念にあります。これは、エージェントが一度承認して資金をあらかじめ預け、その後のAPIコールやデータ取得ごとにリアルタイムで自動決済が流れる仕組みです。1トランザクションごとにブロックチェーン処理が走るのではなく、小さな取引を束ねて決済するため、マイクロトランザクションを現実的なコストで成立させることができます。設計思想はOAuth(認証の標準化)に近く、「決済版OAuth」とも呼ばれています。
見逃せないのは、MPPの設計がはじめからオープンスタンダードとして構想されている点です。現時点でTempoブロックチェーン上で動作しますが、プロトコル自体は決済レールに依存しない構造になっています。Visaはすでにカード決済向けにMPPを拡張し、LightsparkはビットコインのLightning Network向けに対応を進めています。ローンチ時点で100以上のサービスが参加する決済ディレクトリも公開されています。Visaは公式に設計パートナーとして具体実装を発表しています。
人類は長い間、「支払い」という行為を人間の意思決定と結びつけてきました。MPPが問いかけているのは、その前提そのものです。エージェントが経済的な主体として自律的に取引を完結させる世界は、私たちの働き方・消費のあり方・ビジネスモデルの設計すべてに影響を与えるはずです。Stripeが今この基盤を「オープンスタンダード」として世に出した意図は、インターネットの初期にTCP/IPやHTTPが誰でも使える共有インフラとして解放されたことと、構造的に同じ思想を持っているように見えます。エージェント経済の「決済レイヤー」を巡る競争は、今まさに始まったばかりです。
【用語解説】
マイクロトランザクション(Microtransaction)
ごく少額の取引を指す。APIの1回の呼び出しやデータの1件取得など、従来の決済インフラでは処理コストが見合わなかった超小口取引を可能にする概念だ。エージェント経済においては、サービスの利用単位がより細かくなるため、マイクロトランザクション対応が不可欠となる。
ステーブルコイン(Stablecoin)
価格が法定通貨(主に米ドル)に連動するよう設計された暗号資産だ。ビットコインなどと異なり価格変動が小さく、決済や送金に適している。USDCなどが代表例であり、MPPではステーブルコインを決済手段の一つとして採用している。
Shared Payment Tokens(SPT)
Stripeが提供するエージェント向けの支払い認証の仕組みだ。単一の取引に限定してスコープされ、有効期限付きで発行されるため、セキュリティを保ちながら、AIエージェントがカード・ウォレット・後払いなどの法定通貨決済を利用できるようになる。
x402
HTTPの402ステータスコード(Payment Required)を活用した、もう一つのマシン向け決済プロトコルだ。主にステーブルコインによるシンプルな従量課金APIに適しており、MPPとともにStripeがサポートする。MPPがセッション型の継続支払いに強みを持つのに対し、x402はよりシンプルな1リクエスト単位の課金に向いている。
Agentic Commerce Protocol(ACP)
Stripeが策定したオープン仕様だ。AIエージェントが既存の決済インフラを通じてチェックアウトを起動・完了できるようにするための標準を定めており、SPTを活用した安全な支払い認証フローを含む。ChatGPTなどのAIアプリケーションと販売者の間のコマースを可能にする。
【参考リンク】
Stripe(外部)
インターネット向け金融インフラを提供する決済大手。MPPの共同策定者として、エージェント経済を支える決済基盤の整備を進めている。
Tempo(外部)
StripeとParadigmが共同でインキュベートした決済特化型ブロックチェーン。ステーブルコインによるガス支払いとMPPの決済レイヤーを担う。
Machine Payments Protocol(MPP)公式サイト(外部)
StripeとTempoが共同策定したマシン向け決済プロトコルの公式サイト。仕様概要、クイックスタート、SDK(TypeScript・Python・Rust)を公開。
Stripe MPPドキュメント(外部)
StripeによるMPP実装の公式技術ドキュメント。PaymentIntents APIを使った統合方法、コードサンプル、テスト手順などが記載されている。
Stripe Agentic Commerce ドキュメント(外部)
StripeエージェントコマースドキュメントのトップページでMPP・ACP・SPT・x402など各技術仕様へのアクセス起点となるページ。
Browserbase(外部)
AIエージェントおよび自動化向けヘッドレスブラウザーインフラを提供する企業。MPP採用の先行事例としてセッション課金を実現している。
Model Context Protocol(MCP)公式サイト(外部)
AIエージェントが外部データソースやツールと連携するための標準プロトコル。MPPはMCPサーバーへの支払いにも対応しており連携が可能だ。
【参考記事】
Stripe-backed crypto startup Tempo releases AI payments protocol, launches blockchain(外部)
TempoメインネットがMPP発表と同日稼働。VisaのMPP拡張とStripe・Paradigmによる共同インキュベーションの経緯を報じる。
Stripe-Backed Protocol Lets AI Agents Transact Autonomously(外部)
LightsparkのLightning Network向け拡張など、MPPがレール非依存のプロトコルとして設計されている背景を詳述している。
Stripe and Paradigm’s Tempo mainnet goes live for machine payments(外部)
Stripeの2025年総決済額1.9兆ドルやステーブルコイン取引量4,000億ドルなど、市場規模の数値が詳しく掲載されている。
Tempo Mainnet is live(外部)
Tempo公式ブログによる正式発表。MPPのセッション機構や100以上のサービスが参加する決済ディレクトリの詳細が一次情報として確認できる。
Visa Scales Agentic Commerce Through Stripe Protocol Collaboration(外部)
VisaがMPP向けカード決済仕様・SDKをリリース。Visa Acceptance PlatformへのMPP対応など具体的な取り組みを報じている。
Stripe’s MPP vs. x402: What Actually Happened Today(外部)
MPPとx402の技術的差異を比較解説。セッション型支払いの仕組みやAgentic Commerce Suiteとの関係性が整理されている。
Integrate the Agentic Commerce Protocol(外部)
StripeによるACPの公式技術仕様ページ。SPTを活用したエージェントチェックアウトフローの詳細が一次情報として確認できる。
【関連記事】
x402・USDC・Catena Labsが切り拓く「エージェンティック・ファイナンス」—AIエージェントの決済インフラはステーブルコインが握る
MPPが解決しようとした「課題と背景」を補完する直近記事。AIエージェント決済の文脈としてセットで読む価値が高い。
KlarnaUSDとTempo:KlarnaがStripeのBridgeで描くステーブルコイン決済の未来
TempoとStripeの関係性・設計思想を理解するための補足記事。MPP発表の背景にある両社の協力関係を把握できる。
a16zが提言:AIエージェント時代にブロックチェーンが不可欠な5つの理由
AIエージェント経済における決済インフラの必要性を論じた背景記事。MPPが生まれた思想的文脈を深く理解できる。
【編集部後記】
AIエージェントが「自分で支払いをする」という光景は、まだ少し先の話のように感じるかもしれません。でも、その基盤となるプロトコルはすでに動き始めています。私たちが毎日当たり前のように使っている「決済」という行為が、人間だけのものでなくなる日は、思いのほか近いのかもしれません。あなたはこの変化を、どこから見ていきたいですか?
MPPが登場した背景にある「AIエージェント決済の課題意識」については、MPP発表の直前に公開した「x402・USDC・Catena Labsが切り拓くエージェンティック・ファイナンス」でも詳しく取り上げています。また、今回の発表の基盤となるTempoとStripeの関係性は「KlarnaUSDとTempo」で、AIエージェント時代にブロックチェーンが果たす役割については「a16zが提言:AIエージェント時代にブロックチェーンが不可欠な5つの理由」で整理しています。あわせてご覧いただくと、この動きの全体像がより深く見えてくるかと思います。







































