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ChatGPT vs. Penguin Random House|ドイツ児童書の著作権侵害訴訟が問うAIの「記憶」

Penguin Random House は2026年3月27日、OpenAI のアイルランド法人を相手取り、ミュンヘン地方裁判所に提訴した。

同社の法務チームが ChatGPT に対し、著者兼イラストレーターのインゴ・ジークナーの児童書シリーズ「Der kleine Drache Kokosnuss」の作風で物語を生成するよう指示したところ、原作と見分けがつかないテキスト・画像・カバーデザイン・あらすじ文・セルフパブリッシング手順が出力された。

From: 文献リンクPenguin to sue OpenAI over ChatGPT version of German children’s book

【編集部解説】

この訴訟が米国での著作権争訟と大きく異なるのは、法的な根拠となる制度の違いです。米国では「フェアユース(公正利用)」という柔軟な例外規定のもと、2025年6月に複数の裁判所が LLM 訓練を「変容的利用(transformative use)」と認め、AI 企業側が有利な判断を得ています。

一方ドイツでは、EU 指令を国内法に落とし込んだ著作権法(UrhG)が適用されます。とくに§44b条では、テキスト・データマイニング(TDM)の例外規定と、権利者がその例外の適用を明示的に留保できる仕組みが定められており、Penguin Random House はこの権利留保を事前に行っていたとされています。つまり、「学習のために使っていい」という前提自体を法的に遮断していたことになります。

本件でもうひとつ注目すべき背景があります。Penguin Random House の親会社である Bertelsmann は、2025年1月に OpenAI と提携協定を締結しています。ただしこの契約は、SNS 上での書籍レコメンデーションなどを目的としたものであり、Bertelsmann のメディアアーカイブへのアクセス権は含まれていません。同社が OpenAI のビジネスパートナーでありながら、その同じ OpenAI を提訴するという構図は、「AI に協力的であることと、知的財産を守ることは矛盾しない」という出版業界のスタンスを明確に示しています。

今後 AI 企業に求められるのは、訓練データの透明性確保と、権利者との事前のライセンス交渉です。すでに一部の AI 企業はメディア企業とのライセンス契約に踏み出していますが、本件はその動きをいっそう加速させるでしょう。クリエイターにとっては、自身の作品がどのように学習データとして使われているかを把握し、必要であれば権利留保を行う重要性を改めて示す事例です。AI の進化と創造物の保護をいかに両立させるか――本件はその問いに対し、法廷から一つの答えを示そうとしています。

【用語解説】

LLM(大規模言語モデル)
Large Language Model の略。膨大なテキストデータを学習させることで、自然言語の理解・生成を可能にした AI モデルの総称。ChatGPT の基盤技術であり、GPT-5などが代表例。

メモライゼーション(memorisation)
LLM がトレーニングデータの一部を内部のパラメーターに「記憶」し、特定のプロンプトに対して原文に近い形で再現できる現象。AI 企業は「統計的なパターン学習」と主張する。

重み(weights)
LLM の学習によって更新される内部パラメーターの数値群。モデルが「何をどれだけ重視するか」を表し、事実上モデルの知識や能力の本体にあたる。メモライゼーションはこの重みの中に生じるとされている。

TDM(テキスト・データマイニング)
Text and Data Mining の略。大量のテキストやデータを自動的に解析し、パターンや知識を抽出する手法。EU 著作権指令(CDSM 指令)では一定の条件下でこの行為を著作権の例外として認めているが、今回の裁判ではその例外の適用範囲が争点となった。

§44b UrhG(ドイツ著作権法第44b条)
EU の CDSM 指令第4条を国内法化した条文。TDM の例外規定と、権利者がその例外の適用を明示的に「留保(opt-out)」できる仕組みを定める。Penguin Random House はこの留保を事前に行っており、学習利用を法的に遮断していたとされる。

フェアユース(公正利用)
米国著作権法における例外規定。著作物を許諾なく利用した場合でも、その利用が「変容的」であるなどの条件を満たせば著作権侵害にならないとする考え方。ドイツを含む EU には同様の概念は存在せず、法制度の違いが訴訟の行方を左右する。

変容的利用(transformative use)
フェアユースの判断基準のひとつ。元の著作物とは異なる目的・性質で利用される場合に認められやすい。米国の複数の裁判所は LLM の学習をこの「変容的利用」と認定してきたが、EU・ドイツではこの概念は適用されない。

欧州司法裁判所(ECJ)
EU 法の解釈・適用に関する最終的な判断を下す EU の最高裁判所に相当する機関。ミュンヘンの裁判所がこの問題を ECJ に付託すれば、EU 全域の AI 著作権ルールに直接影響を与える可能性がある。

【参考リンク】

OpenAI(外部)
ChatGPT・GPT-5などの生成AIを開発・運営する米国企業。今回の提訴はアイルランド子会社が対象。

Penguin Random House Verlagsgruppe(外部)
Penguin Random House のドイツ語圏向け出版グループ。「小さなドラゴン・ココナッツ」シリーズを刊行する今回の原告。

GEMA(外部)
ドイツの音楽著作権管理団体。2025年11月、OpenAIに対する著作権侵害訴訟でミュンヘン地裁の判決を勝ち取ったが、OpenAIは控訴する予定。

Bertelsmann(外部)
Penguin Random House の親会社であるドイツのメディア大手。2025年1月に OpenAI と提携協定を締結している。

【参考記事】

Landmark ruling of the Munich Regional Court (GEMA v OpenAI) on copyright and AI training(外部)
Bird & Bird 法律事務所による GEMA 対 OpenAI 判決の詳細解説。

Copyright and AI Collide: Three Key Decisions on AI Training and Copyrighted Content from 2025(外部)
Anthropic が最大15億ドルで和解した Bartz 訴訟など、2025年の主要 AI 著作権判決3件を詳細に分析している。

AI Copyright Lawsuit Developments in 2025: A Year in Review(外部)
世界70件以上の AI 著作権訴訟を総括。Anthropic の15億ドル和解を分岐点として2026年の展望を示している。

AI in litigation series: An update on AI copyright cases in 2026(外部)
約50万人の著者が参加した Bartz 対 Anthropic の経緯と、米国・欧州の法的アプローチの違いを整理している。

Penguin v. OpenAI: AI-assisted production of market substitutes(外部)
今回の提訴を深く掘り下げた分析記事。§44b UrhG の権利留保の戦略的意味と証拠構造を多角的に論じている。

GEMA vs OpenAI: Munich court rules on AI and copyright(外部)
違反1件につき最大25万ユーロの制裁金を含む GEMA 判決の詳細と、欧州全域への波及可能性を解説している。 

【編集部後記】

ChatGPT に「あの本の続きを書いて」と頼んだとき、それはもう創作なのでしょうか。それとも、誰かの記憶を借りているだけなのでしょうか。

私も日々 AI と向き合いながら、その問いに答えが出ないまま使い続けています。あなたにとって、AI と著作権の境界線はどこにありますか?

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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