メガネが、静かに賢くなっています。AIとカメラを内蔵しながら見た目はどこにでもあるアイウェア——Ray-Ban Metaは2025年、前年比3倍以上の売上を達成し、「ガジェット好きのおもちゃ」という評価を過去のものにしつつあります。そのRay-Ban Metaが、ついに日本に上陸します。
Metaは2026年3月31日、EssilorLuxotticaとの共同開発によるAIグラスの新ラインナップを発表した。
今回の発表の柱は、処方箋対応を前面に打ち出した新フレーム「Ray-Ban Meta Blayzer Optics」と「Ray-Ban Meta Scriber Optics」の2機種だ。(こちらに関しては別記事にて取り上げてます)過伸展ヒンジや交換可能なノーズパッドなど人間工学的設計が施されており、米国での販売価格は499ドルから。米国では3月31日より予約受付を開始し、4月14日より光学小売店での販売が始まる。
日本にとって直接関係するのは、同日に明かされた市場展開計画だ。MetaはRay-Ban MetaおよびOakley Metaの小売展開を「今後数ヶ月以内に」日本、韓国、シンガポール、チリ、コロンビア、ペルーへと拡大すると発表した。あわせて、音声をリアルタイムで翻訳するライブ翻訳機能を今夏に20言語へ拡大し、日本語もその対象に含まれる。
なお、ディスプレイ搭載の上位モデル「Meta Ray-Ban Display」(799ドル)については、今回の新市場展開の対象に含まれていない。
【編集部解説】
3年越しの上陸──なぜ、いまなのか
Ray-Ban Metaが世に出たのは2023年10月のことです。カメラとAIアシスタントを内蔵しながら見た目は普通のサングラス——「未来のメガネ」と呼ばれたその製品は、2025年に前年比3倍以上の売上を記録しました。しかし日本では長らく、手に入れるには海外に飛ぶか個人輸入に踏み切るしかありませんでした。
2026年3月31日の発表で、その状況がようやく変わることになりました。ではなぜ、これほど時間がかかったのか。Metaは理由を公式には明かしていません。しかし今回の上陸準備を振り返ると、単一の理由ではなく、複数の条件が同時に整ったタイミングだったことが浮かび上がってきます。
「入場券」としての技適
日本でWi-FiやBluetoothを搭載した無線機器を販売・使用するには、総務省が定める技術基準適合証明——いわゆる「技適」の取得が必要です。これがRay-Ban Metaの日本参入を阻んできた最も直接的な壁として語られてきました。
ただし、技適はあくまで「入場券」です。取得したからといって、すぐに意味のある市場展開ができるわけではありません。チケットを手に入れた先に、より複雑な条件が待っていました。
「AI搭載グラス」を日本語なしで売れるか
Ray-Ban Metaの最大の売りは、AIアシスタント機能です。「Hey Meta」と呼びかけて質問したり、カメラで見たものについて聞いたりできる体験——ここが従来のスマートグラスとの決定的な違いでした。
しかし今回の発表時点で、このAI機能はまだ日本語に対応していません。日本語を含む20言語へのライブ翻訳対応は「今夏」に展開予定とされています。
これは見かけ上の小さな問題ではありません。「Hey Meta」と話しかけて英語でしか応答されない製品を、「AI搭載グラス」として正式発売するのはマーケティング上のリスクを伴います。AI機能の日本語対応に一定の目処が立ったことが、「今後数ヶ月以内に」というタイミングの背景にある可能性が高いでしょう。
流通の本丸:「誰が、どこで、どう売るか」
技適やAI言語対応と並んで、おそらく最も複雑だった条件が流通の整備です。
まずMeta側の動き。同社の公式サイトには、2026年4月3日時点で、Amazon Japan、ビックカメラ、ヨドバシカメラ、ヤマダ電機、ベスト電器、ソフマップ、エディオン、コジマ、ECカレント、ツクモの10社が日本の認定リテーラーとして掲載されています。ただし現時点では主にMeta Quest VRヘッドセット等の販売チャネルとしての認定であり、AIグラスの日本展開が正式に始まった際に、これらのパートナーシップがスマートグラスの販売にも拡大・適用される可能性があります。
一方で、製造・販売パートナーのEssilorLuxotticaは、日本にもともと深い根を張っている企業です。同社は日本国内でRay-Ban、Oakley、Oliver Peoplesの直営店舗を約70店舗運営し、百貨店内のリテールや数千の独立系眼鏡店との取引関係も持っています。さらに2024年4月には、関東を中心に約70店舗を展開する国内眼鏡チェーン「和真(Washin)」を買収しました。会長兼CEOのフランチェスコ・ミレリは、「日本には成長と拡大に向けて長い滑走路がある」として、日本を戦略上の重要市場と位置づけています。
つまり、流通インフラだけを見れば、日本でRay-Ban Metaを売る準備は相当前から進んでいたことになります。Meta側に家電量販チャネル、EssilorLuxottica側に光学小売チャネル——AIグラスがこの両方の販路を必要とする特殊な製品であることを考えると、両方が揃っていた日本はむしろ有利な市場だったとも言えます。
では、なぜ流通の準備があっても時間がかかったのか。
ひとつの仮説は、スマートグラスが「既存の売り場のロジックで売れる商品ではない」という根本的な問題です。度付きレンズのフィッティングに精通した眼鏡店のスタッフが、AIアシスタントの使い方やプライバシー設定まで説明できるわけではありません。逆に、VRヘッドセットを売ってきた家電量販店は、メガネのフィッティングのノウハウを持っていません。
米国でMetaが「Meta Lab」という体験型直営店舗を展開し、さらにニューヨーク五番街に10年のリースで旗艦店を開設したのは、この課題への回答のひとつです。スマートグラスは「手に取って試す」体験なしに売りにくい製品であり、日本でそれをどう実現するかは、販売開始後もしばらく試行錯誤が続くでしょう。
MetaとEssilorLuxotticaの間の力学
両社の関係は、外から見えるほど平穏ではありませんでした。報道によれば、Metaのザッカーバーグは普及を優先して価格を下げたがっていたのに対し、ラグジュアリーブランドの利益率を守りたいEssilorLuxotticaとの間で、価格設定や販売戦略をめぐる議論が続いてきました。
日本は既存のアイウェア流通網が複雑で、価格帯の設定がそのまま販売チャネルの選択に影響する市場です。両社のこの摩擦が、日本展開のタイミング調整に一定の影響を及ぼしていた可能性は十分にあります。
AI機能の段階的な展開
ハードウェアが届いても「フル機能」ではない状態で始まることは理解しておく必要があります。日本語のライブ翻訳が使えるようになるのは今夏以降。栄養管理機能のような新AI機能は当面米国限定です。「Ray-Ban Metaが日本で買える」と「Ray-Ban Metaの真価が日本で体験できる」の間には、まだ数ヶ月のラグがあります。
視野の外にいる競合——Googleの影
最後に、視野を少し広げておきます。
Googleは2025年12月、Samsung、Warby Parker、韓国の高級アイウェアブランドGentle Monsterとの協業で、Gemini搭載のAIグラスを2026年中に発売すると発表しました。オーディオのみのモデルと、レンズ内ディスプレイ搭載モデルの2種類が計画されています。
ただし、日本市場に関する具体的な言及はまだありません。5月19〜20日に予定されているGoogle I/O 2026で詳細が明かされる可能性はありますが、現時点では「海外では対抗馬が走り始めているが、日本ではまだ姿が見えない」という状況です。
Ray-Ban Metaが日本市場で「先に棚を取る」ことの意味は、Googleがいつ・どのような形で日本に来るかによって大きく変わります。いまの段階では、Metaが日本のAIグラス市場で先行者利益を得る構図が見えているとだけ言えるでしょう。
【用語解説】
技適(技術基準適合証明)
総務省が定める無線機器の認証制度。Wi-FiやBluetoothを搭載した機器を日本国内で販売・使用するには、この認証の取得が電波法により義務付けられている。未取得機器の使用は電波法違反となる。
EssilorLuxottica(エシロールルックスオティカ)
フランスのEssilorとイタリアのLuxotticaが2018年に合併して誕生した世界最大のアイウェア企業。Ray-Ban、Oakley、Persol、LensCrafters、Sunglass Hutなどを傘下に持ち、MetaのAIグラス製造・販売パートナー。日本でも福井の眼鏡メーカー買収や眼鏡チェーン「和真(Washin)」の買収など積極的な投資を行っている。
Meta Ray-Ban Display
Meta Ray-Banシリーズの上位モデル(799ドル)。右目のレンズ内に単眼フルカラーディスプレイを搭載し、手首に装着するMeta Neural Band(EMGリストバンド)でジェスチャー操作が可能。
Transitions®(トランジションズ)レンズ
屋外では紫外線に反応して色が濃くなり、室内では透明に戻る調光レンズ。EssilorLuxotticaが製造・販売しており、Ray-Ban MetaシリーズにもTransitionsレンズオプションが用意されている。
早期アクセスプログラム(EAP)
Metaが新機能を段階的にリリースする際に採用する先行体験プログラム。参加ユーザーは正式リリース前の機能を試用し、フィードバックを提供する。
Prizm™レンズ(Oakley)
Oakleyが開発した光学テクノロジーを採用したレンズ。ゴルフ、ロードサイクリングなどスポーツ種目ごとに特定の色域を強調し、コントラストと視認性を高める。
【参考リンク】
Ray-Ban Meta 公式(Meta Store)(外部)
Ray-Ban MetaシリーズのAIグラス製品情報・購入ページ。全ラインナップを確認できる。
Meta AIグラス 認定リテーラー一覧(外部)
日本での販売店舗リスト(ビックカメラ、ヨドバシカメラ、ヤマダ電機ほか)を含む公式ページ。
Meta AIグラス 対応国・地域一覧(外部)
AIグラスが現在正式に販売・サポートされている国の公式リスト。展開状況の確認に。
EssilorLuxottica 公式サイト(外部)
Ray-Banブランドを保有し、MetaのAIグラス製造・販売パートナーを務める世界最大のアイウェア企業。
総務省 技適未取得機器を用いた実験等の特例制度(外部)
技適未取得の機器を研究開発等の目的で一時的に使用するための届出制度の公式説明。
【参考記事】
Introducing Our First AI Glasses Built For Prescriptions(外部)
今回の発表の英語版公式ニュースルーム(Meta Newsroom)。
Meta spars with EssilorLuxottica over AI Ray Bans pricing(外部)
MetaとEssilorLuxotticaの価格・戦略をめぐる摩擦を報じた記事。両社関係を知るための背景情報。
EssilorLuxottica closes the acquisition of Washin to grow its optical retail presence in Japan(外部)
EssilorLuxotticaによる和真(Washin)買収完了のプレスリリース(2024年4月9日)。
Google to launch first of its AI glasses in 2026(外部)
GoogleがGemini搭載AIグラスの2026年発売を発表。競合動向の背景情報。
【編集部後記】
今回の発表を見て、真っ先に頭をよぎったのはMeta Questのことでした。まずハードウェアを届け、体験者を増やし、その上にサービスを重ねていく。Metaが得意とするあの戦い方が、AIグラスという新しい舞台で、しかもアジアを起点に始まろうとしています。日本、韓国、シンガポールを同時に押さえにきた構図は、Googleの本格参入を前にした地固めにほかなりません。
気がかりはやはり価格です。Meta Questが日本で広く受け入れられた背景には、性能に対して納得感のある価格設定がありました。この円安下で、Ray-Ban Metaにも同じバランスが実現されるかどうか。日本市場での浸透速度は、ここにかかっていると感じます。
AI機能の日本語対応はまだ先、フル機能はさらにその先。承知の上で、日本発売が始まったら手に入れるつもりです。Metaがハードウェアからエコシステムを築きにかかるその初動に、使い手として立ち会ってみたい。待ち望んでいた上陸を、素直に楽しみにしています。









































