Mayo Clinic開発AI「REDMOD」、CT画像から「見えない」膵臓がんを平均475日前に発見

BMJ Groupは2026年4月28日、医学誌『Gut』に膵臓がんの早期検出に関する研究を掲載した。研究チームは「Radiomics-based Early Detection MODel(REDMOD)」と呼ばれるAIフレームワークを開発し、最も一般的な膵臓がんである膵管腺がんの極めて初期の組織変化を、標準的なCTスキャンから検出することに成功した。

複数の病院から集めた219名の患者の腹部CTスキャンで検証を行い、3年後までに発症しなかった1243名のスキャンと比較した。REDMODは臨床診断の平均475日前に前臨床段階のシグネチャを検出し、感度は73%と放射線科医の39%を上回った。臨床診断の2年以上前のケースでは精度68%対23%であった。独立群539名では81%強、米国国立衛生研究所のNIH-PCTデータセット80名では87.5%を膵臓がんなしと正しく識別した。論文DOIは10.1136/gutjnl-2025-337266。

From: 文献リンクAI model detects very early normally ‘invisible’ tissue changes of pancreatic cancer

【編集部解説】

このREDMODを開発したのは、米国Mayo Clinicの放射線科医アジット・ゲンカ博士率いる研究チームです。実は同チームは2022年にも『Gastroenterology』誌でラジオミクスを用いた前臨床膵臓がん検出の研究を発表しており、今回の論文はその系譜上にある「臨床応用に向けた検証研究」と位置づけられます

本研究の核心は「ラジオミクス」という技術にあります。これはCT画像から人間の目では認識できない数百もの定量的特徴量、たとえば組織のテクスチャや構造の微細な変化を抽出し、機械学習で解析するアプローチです。膵臓がんは病変が画像に現れる頃には既に進行していることが多く、従来は「症状が出てから探す」しかありませんでした。REDMODは「症状も影もない正常に見える膵臓」から、がんの兆候を読み取ろうとしています

膵臓がんがこれほど恐れられる理由は、5年生存率が15%を下回るという厳しい現実にあります。患者の85%以上は病変が他臓器へ転移してから診断され、米国では2030年までにがん関連死因の第2位になると予測されています。診断時の病期がほぼすべての予後を決めてしまう、極めて時間との戦いを強いられる疾患なのです

注目すべきは、Mayo Clinicが既に次の段階へ進んでいる点です。「AI-PACED(Artificial Intelligence for Pancreatic Cancer Early Detection)」という前向き臨床試験を立ち上げ、原因不明の体重減少や新規発症糖尿病を有するハイリスク患者に対して、REDMODを実際の医療現場でどう運用するかを検証中です。研究室の精度が現場でも再現されるかが、今後の最大の論点となります。

技術的に興味深いのは、REDMODが「自動膵臓セグメンテーション」を内蔵している点です。これまで医師が手作業で膵臓の輪郭を描く必要があり、これが人為的なばらつきの温床でした。完全自動化により、世界中のどのCT装置で撮影された画像でも安定した解析が可能になる見込みです。これは臨床導入のスケーラビリティを根本から変える設計思想と言えます

一方で、潜在的なリスクも無視できません。研究者自身が認めているように、本研究は民族的に多様な患者群を含んでおらず、アジア人や他の集団でも同じ精度が出るかは未検証です。また、感度73%ということは27%の見逃しがあり、539名の独立検証群では約19%、80名のNIH-PCTデータセットでは約12.5%の偽陽性が発生する計算になります。膵臓がんの偽陽性は、不要な内視鏡的超音波検査や生検につながり、患者に身体的・心理的負担を強いる可能性があります。

規制面では、米国FDAの「AI/MLベース医療機器」承認フレームワークが2021年から段階的に整備されており、REDMODのような診断支援AIはこの枠組みでの承認を目指すことになるでしょう。日本でも医療機器プログラム(SaMD)の承認制度が整備されつつあり、海外で承認された医療AIが国内でも使えるようになる流れが加速しています。

長期的視点で見ると、この技術は「症状が出てから検査する」という現代医療の枠組みそのものを変える可能性を秘めています。日常的に撮影される腹部CTを「セカンドオピニオン的にAIが再解析する」というワークフローが定着すれば、他の疾患でも応用が広がるはずです。膵臓がんという最難関の壁にAIが挑むことで、医療AIの社会的信頼度そのものを引き上げる契機となるかもしれません。

【用語解説】

膵管腺がん(PDAC: Pancreatic Ductal Adenocarcinoma)
膵臓がんの中で最も多く、全体の約90%を占めるタイプ。膵臓の中の膵管(消化液を運ぶ管)の細胞から発生する。早期症状がほとんどなく、診断時には進行していることが多いため、5年生存率が極めて低いことで知られる。

ラジオミクス(Radiomics)
医用画像から、人間の目では識別できない数百〜数千の定量的特徴量(テクスチャ、形状、強度パターンなど)を抽出し、機械学習で解析する手法。同じCT画像でも、ラジオミクス解析によって肉眼では見えない病変の予兆を捉えられる可能性がある。

ステージ0(Stage 0)
がんが発生部位にとどまり、周囲組織に浸潤していない最も初期の段階。「上皮内がん」とも呼ばれ、この段階で発見できれば外科的切除による根治の可能性が高い。

膵臓セグメンテーション(Pancreatic Segmentation)
CT画像上で膵臓の輪郭を周囲の臓器や組織から正確に区別する作業。従来は放射線科医や技師が手作業で行うため時間と熟練を要したが、REDMODでは完全自動化されている。

感度(Sensitivity)
実際に病気を持つ人を「陽性」と正しく判定できる割合。本研究ではREDMODが73%、放射線科医が39%だった。感度が高いほど見逃しが少ない。

ハイリスク患者(High Risk Patients)
本研究の文脈では、原因不明の体重減少と新規発症糖尿病を有する人々を指す。これらは膵臓がんの初期サインとして知られており、重点的な検査対象となる集団である。

前向き検証(Prospective Validation)
過去のデータを使った後ろ向き解析ではなく、これから起きる症例で技術の有効性を検証する研究手法。臨床応用前の最終ゲートとなる重要なステップ。

AI-PACED(Artificial Intelligence for Pancreatic Cancer Early Detection)
Mayo ClinicがREDMODの臨床的有用性を検証するために立ち上げた前向き臨床試験の名称。ハイリスク患者へのAI支援検出の運用方法を評価する。

【参考リンク】

Mayo Clinic(メイヨー・クリニック)(外部)
米国ミネソタ州ロチェスターを本拠地とする世界有数の総合医療機関。本研究を主導したアジット・ゲンカ博士の所属先である。

Gut(医学誌「Gut」)(外部)
BMJ Groupが発行する消化器病学分野の国際的な査読付き医学誌。本研究論文の掲載媒体である。

BMJ Group(外部)
英国の医学出版社で、世界的に権威のある医学誌『The BMJ』『Gut』などを発行している組織である。

EurekAlert!(外部)
米国科学振興協会(AAAS)が運営する、世界の研究機関による科学ニュースリリース配信プラットフォームである。

National Institutes of Health(米国国立衛生研究所)(外部)
米国保健福祉省傘下の世界最大級の医学研究機関。本研究の主要な資金提供者の一つである。

【参考動画】

Mayo Clinic公式YouTubeチャンネル(外部)
膵臓がんの症状・診断・治療に関する医師による解説動画が多数公開されている。

【参考記事】

Mayo Clinic AI detects pancreatic cancer up to 3 years before diagnosis in landmark validation study(Newswise)(外部)
Mayo Clinic公式の発表記事。5年生存率15%未満、85%以上が転移後診断という現実を明示している。

Mayo Clinic AI detects pancreatic cancer up to three years before diagnosis(KIMT News)(外部)
REDMODが前臨床がんの73%を診断中央値16か月前に検出したことや、AI-PACED臨床試験への展開を解説している。

AI algorithm beats radiologists at spotting early pancreatic cancer(AuntMinnie)(外部)
放射線科医向け専門メディアによる報道で、限局性膵管腺がんの比率を10%から50%に増やせば生存率が2倍以上になるとのモデリング研究を引用している。

Mayo Clinic’s AI Predicts Pancreatic Cancer Up to Three Years Prior to Diagnosis(Bioengineer.org)(外部)
膵臓がんが2030年までに米国でがん関連死因の第2位になると予測されていることを解説している。

AI applied to prediagnostic CTs may help diagnose pancreatic cancer at earlier, more treatable stage(Mayo Clinic News Network, 2022)(外部)
2022年のMayo Clinic公式発表。本研究の前身となる『Gastroenterology』掲載論文を解説している。

AI spots pancreatic cancer before symptoms appear(ICT&health)(外部)
医療IT専門メディアによる報道。REDMODがステージ0での識別を可能にする可能性を解説している。

【関連記事】

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AlibabaのDAMOアカデミーが開発した膵臓がん検出AI「PANDA」の中国における実世界検証結果を報じた記事。CT画像からのAI膵臓がん検出というテーマで、本稿のREDMODと並ぶ世界の最前線事例である。

DAMO Panda:アリババのAI膵臓がん検出技術がFDA画期的医療機器指定を獲得
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Mayo Clinicによる別の医療イノベーション事例。技術領域は異なるが、本研究を主導したMayo Clinicがどのような姿勢で先端技術を医療現場に取り入れているかを知る参考となる。

【編集部後記】

膵臓がんという「沈黙の臓器」の病に、AIが新たな光を当てようとしています。みなさんは、ご自身やご家族が過去に受けた腹部CTの画像が、何年も後に病気の予兆を映していたかもしれないと考えたことはありますか。これまで「異常なし」と判定された画像にも、AIによる再解析の余地が生まれつつあります。

医療AIが普及する未来において、私たちは自分の医療データとどう向き合うべきでしょうか。読者のみなさんが、この技術の進歩をどう受け止めるか、ぜひ考えてみてください。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。