NTT・近畿大学病院・中外製薬|国産LLM「tsuzumi 2」で治験候補患者の抽出を効率化へ

[更新]2026年7月1日

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AIが医師の代わりに診断を下すわけではありません。今回始まったのは、治験に参加できそうな患者を見つけ出す「前段の絞り込み」をLLMに任せる実証実験です。判断の主役を譲らないまま、どこまで作業を肩代わりできるのか。その線引きの精度が問われています。


近畿大学病院、中外製薬、NTT、NTTデータの4者は、リアルワールドデータと大規模言語モデル(LLM)を用いて治験候補患者抽出の精度と効率を検証する共同研究を2026年6月より開始した。近畿大学病院の電子カルテデータを対象に、中外製薬が策定した治験実施計画書の適格基準に基づき、従来のルールベース手法(Python・SQL)とLLMを組み合わせた抽出手法を比較・評価する。技術検証にはNTTが開発した大規模言語モデル「tsuzumi 2」を用いる。

医師およびCRC(治験コーディネーター)の判定結果を比較基準とし、抽出精度のほか作業負荷低減や治験参加者組み入れまでのリードタイム短縮への寄与を検証する。近畿大学医学部等倫理委員会の承認を得たうえで、2027年3月までの実施を予定している。本研究は、2026年5月に近畿大学病院とNTTデータが発表した技術検証の知見を基盤としている。

From: 文献リンク治験候補患者抽出の精度向上・効率化に向け、リアルワールドデータと生成AI(LLM)を用いた共同研究を開始

【編集部解説】

近畿大学病院、中外製薬、NTT、NTTデータが2026年6月に始めたこの共同研究で、まず押さえておきたいのは「AIが何をしないか」です。本研究でLLMが担うのは、治験実施計画書に定められた適格基準に該当しそうな患者を、電子カルテデータから絞り込む作業です。実際に患者を治験に組み入れるかどうかの最終判断は、引き続き医師が行うことが前提として明記されています。

この線引きは、医療AIをめぐる報道でしばしば焦点になる「診断や治療方針をAIに委ねてよいか」という論点を、あらかじめ外す設計だと言えます。本研究が扱うのは、適格基準という比較的形式的な条件に患者データを照合する作業であり、医師やCRC(治験コーディネーター)がカルテを一件ずつ確認していた工程の代替です。この種の作業は、本来は人手によるパターンマッチングに近く、AIの判断介入の度合いという観点では比較的扱いやすい領域に位置します。

なぜこの絞り込み作業がボトルネックになるかというと、適格基準に合致する患者を網羅的に把握できないことが、治験開始の遅延要因の一つとされてきたためです。NTTデータと近畿大学病院は2026年5月にも同様の技術検証を発表しており、過去に実施された治験の適格基準を電子カルテデータに照合した結果、対象集団を大幅に絞り込める可能性を確認していました。今回の研究は、その知見を土台に、ルールベース手法とLLMを組み合わせた手法を比較しながら検証範囲を広げる位置づけです。

技術検証に使われる「tsuzumi 2」は、NTTがフルスクラッチで開発した国産LLMで、金融・自治体・医療分野の知識を重点的に学習している点が特徴です。今回の研究ではさらに医学論文等の学習を重ねた医療特化版として用いられます。NTTは2026年4月にも医学書院と医療AI情報基盤の共同開発で協業に合意しており、医療分野でのtsuzumi 2の展開は今回が初めてではありません。機微情報を扱う領域では、海外製の汎用LLMではなく、データ統制を前提に設計された国産モデルを採用する動きが進んでいることがうかがえます。

一方で、こうした取り組みが解決しようとしている「治験開始の遅延」自体は、より大きな構造の一部にすぎない点も押さえておく必要があります。日本では海外で承認済みの薬が国内で開発すら始まらない「ドラッグロス」が課題とされていますが、その主因として指摘されているのは薬価政策や市場規模に対する企業側の収益性判断であり、治験候補患者の抽出効率はその一因にとどまります。患者抽出の効率化が進んでも、製薬企業が日本市場での治験実施そのものを選ぶかどうかという、より上流の意思決定には直接作用しません。

また、今回の取り組みが医師・CRCの作業をどの程度実際に減らせるかは、これから検証される段階にあります。近畿大学病院の倫理委員会の承認を得て2027年3月まで実施される予定で、研究としての結論はまだ出ていません。抽出精度に加えて、医師・CRCの作業量や内容がどう変化するかも検証項目に含まれており、効率化が実際の臨床現場の負荷軽減につながるかどうかは、今後の検証結果を待つ必要があります。

【用語解説】

リアルワールドデータ
実際の診療現場で蓄積される医療データ。臨床試験や新薬開発、医療の質向上などへの活用が進んでいる。

治験実施計画書
新薬の効果・安全性を調べる治験の目的・方法・参加条件などをあらかじめ定めた計画書。

適格基準
治験の安全性・科学的信頼性を確保するため、参加できる患者の条件を年齢や症状などで定めたもの。

治験コーディネーター(CRC)
医師・治験参加者・製薬企業などの関係者間を調整し、治験が適切に実施されるよう支援する医療専門職。

ドラッグロス
海外で承認済みの医薬品が日本では開発すら着手されていない状態。薬価政策や市場規模に対する企業の収益性判断が主因とされる。

【参考リンク】

NTT R&D Website「tsuzumi」(外部)
NTTが独自開発した国産大規模言語モデル「tsuzumi」シリーズの技術解説ページ。tsuzumi 2の医療・金融・自治体分野への知識強化について紹介している。

NTTデータ「tsuzumi 2」紹介ページ(外部)
NTTデータによるtsuzumi 2のサービス紹介ページ。1GPUで動作する軽量設計とMicrosoft Azure経由での提供について説明している。

【参考記事】

リアルワールドデータを活用した治験候補患者抽出の技術検証を完了|NTTデータグループ(外部)
今回の共同研究の基盤となった2026年5月発表の前回技術検証。電子カルテデータの解析により対象集団を大幅に絞り込める可能性を確認した内容を報じている。

ドラッグラグ・ドラッグロス|日本製薬工業協会(外部)
ドラッグロスの定義と背景を解説。薬価政策や市場規模の不確実性が主因である構造を整理している。

生成AIを用いた診療データの活用により治験候補患者の選定に貢献|富士通(外部)
富士通も2025年5月に同種の取り組みを発表済みであることを示す記事。治験候補患者抽出へのAI活用が複数社で並行して進んでいる業界動向の裏付けとなる。

【関連記事】

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【編集部後記】

「AIが代わりに診断する」という構図を避け、「医師が判断するための材料集めだけを引き受ける」という、地味だが慎重な役割設計が今回の核心です。医療AIの議論はとかく派手な未来図に引っ張られがちですが、実装の現場で先に動くのは、こうした境界線の引き方の精度です。tsuzumi 2のような国産モデルが機微情報の領域でどこまで信頼を積み上げられるかは、この種の地味な実証の積み重ねにかかっています。ドラッグロスという上流の課題には届かないという限界も含めて、この研究が示すのは「AIに何を任せないか」を先に決める設計思想ではないでしょうか。私たちはこの一年、その検証結果の中身を追っていきたいと思います。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。