ChatGPTがスティーヴン・キング風の文章を断るようになりました。ところが、著作権が切れているチャールズ・ディケンズも断られ、シェイクスピアは通る。存命か故人か、権利が残っているかどうか——どちらの線でも説明がつきません。誰も基準を教えてくれないまま、線だけが動いています。
2026年7月15日、テクノロジーメディアのNo Latencyは、AIチャットボット5種を対象とした比較監査の結果を公開した。
対象はChatGPT、Claude、Gemini、Microsoft Copilot、Perplexityの消費者向けバージョンで、テストは2026年7月に実施された。同一の7種類のプロンプトを各システムに投入し、合計35件の初回応答を記録した。プロンプトは、存命作家の直接的な模倣、故人作家の直接的な模倣、作家名を挙げない広義の文学的スタイル、模倣しないよう明示した上での存命作家の文体分析の4カテゴリーで構成された。
存命作家に関する依頼では、ChatGPTとPerplexityが拒否して広義の技法特性へ誘導し、ClaudeとCopilotは留保または再解釈を伴って応じ、Geminiは注意書きなしで応じた。ChatGPTは没後長期の作家と最近亡くなった作家のプロンプトには応じた。Perplexityは故人作家の依頼も拒否した。広義のゴシック文体とノワール文体、および存命作家の文体分析は5システムすべてが許可したが、Perplexityはノワールに留保を付し、ChatGPTは分析に注意書きを添えた。
記事はジェームズ・リチャーズが執筆し、13ページの調査ノートPDFが併せて公開された。
From:
Where AI Chatbots Draw the Line on Imitating Authors
【編集部解説】
この記事が公開されたのは2026年7月15日でした。そして、それから12日後の7月27日、Ars Technica が「ChatGPT が有名作家の文体模倣を拒否するようになった」と報じます。翌28日にはEngadgetが故人のアガサ・クリスティを使って独自にテストし、同様の回避応答を確認しました。同記事は、存命作家と故人作家の双方で回避応答が生じたというArs Technicaの結果とも整合するとしています。
つまり、この監査は結果として、変化前とみられる挙動を記録したことになります。7月時点の観測では、ChatGPT は存命と故人を区別していた。それが2週間足らずのうちに、複数媒体の追試で異なる挙動が観測されるようになります。ただし、OpenAI が実際にいつ変更を適用したのか、すべての利用者・モデル・地域に及んでいるのかは、公開情報からは確認できません。技術メディアの記事としては珍しく、公開後の現実がその内容を上書きしていく様子を、私たちはリアルタイムで見ることができます。
Engadget がアガサ・クリスティ風のミステリを依頼したところ、ChatGPT は「クリスティの作品はまだ著作権保護下にあるため、その特徴的な文体に近い模倣はできない」という趣旨の回答を返しました。これはChatGPT自身が述べた理由であり、法的な結論ではありません。保護状況は国や作品、刊行年によって異なります。
スティーヴン・キング風の書き出しを求めた Ars Technica のテストでも、「厳密な文体や特徴的な声色の近接模倣はできない」としつつ、会話的な語り、じわじわ迫る不安、心理的緊張といった一般的な特徴に基づく代替案が提示されています。
ここで注目すべきは、No Latency が指摘していた構造そのものは変わっていない、という点です。拒否されているのは「厳密な模倣」であり、雰囲気・ペーシング・トーンといった技法特性の依頼は依然として通ります。この点は Ars Technica、Engadget、Android Authority の3媒体で一致して観測されています。
観測上、境界は単純な「存命か否か」だけでは説明できなくなりました。Ars Technica のテストでは、J.K.ローリングやエイミー・タンといった存命作家に加え、チャールズ・ディケンズやアーネスト・ヘミングウェイにも同様の回避応答が生じています。ディケンズの原著は米国ではすでにパブリックドメインですから、著作権の存続だけでは説明がつきません。一方で Android Authority の検証では、クリストファー・マーロウやウィリアム・シェイクスピア風の書き換えには応じたと報告されています。
つまり、新しい線がどこに引かれたのかは、外から観測する限りでは読み取れない状態にあります。これはNo Latencyの監査が浮かび上がらせた問題、すなわち境界の基準を外部から検証できない状態が、そのまま持ち越されたことを意味します。内部基準が存在しないという意味ではありません。外部から検証できないという意味です。
なぜ、このタイミングだったのでしょうか。同じ時期に、一つの訴訟で和解の最終承認と終局判決が出ています。カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所のアラセリ・マルティネス=オルギン判事は、2026年7月20日、Bartz対Anthropic訴訟における15億ドル(7月28日の日次四本値の終値163円85銭を参考に、1ドル=164円で概算して約2460億円)のクラスアクション和解を最終承認し、終局判決を入力しました。なお終局判決は、控訴がなければ控訴期間の経過後に確定するもので、7月29日時点で確定したことまでは確認できません。
対象は海賊版サイトから取得された作品リスト掲載の48万2460作品で、米国出版社協会などはこれを集団訴訟として史上最大規模の著作権和解と評価しています。請求率は、裁判所命令が2026年4月16日時点で91.3パーセント(44万490作品)、米国出版社協会が92.77パーセントとしており、集計時点の違いによる幅があります。
総額を対象作品数で割ると1作品あたり約3000ドル(同レート換算で約49万2000円)ですが、これは弁護士費用や管理費の控除前、かつ著者と出版社など権利者間の分配前の推計です。実際の受取額はこれより下がり得ます。
代表原告となった作家は、アンドレア・バーツ、チャールズ・グレーバー、カーク・ウォレス・ジョンソンの3名です。正式な事件名義には、関連する法人原告も含まれます。提訴は2024年8月19日でした。
OpenAI 自身も、書籍の学習利用をめぐる複数の著作権訴訟を抱えたままです。今回の変更について、7月29日時点で理由を説明する公式告知は確認できず、Ars Technica の取材にも回答はありませんでした。両者を結びつける公開証拠はなく、材料は時系列だけです。
編集部の仮説としては、これは訴訟対策としての「出力側での防御」だと見ています。学習データをめぐる争いは終わっていない。しかし出力の段階で線を引いておけば、市場への影響という論点に対する材料にはなり得る。実際、全米作家協会がOpenAIらを相手取った訴状は、モデルが原告作品をもとに模倣的・派生的な文章を生成でき、市場を害すると主張しています。ただしこれは原告の主張であり、確定判決による認定ではありません。また、特定のガードレールが訴訟上どこまで有利に働くかも未確定です。
ここには限界もあります。出力側のガードレールは、過去の複製・学習行為が適法だったかという争点を解決するものではありません。蛇口を締めても、水源の正当性は別に問われ続けます。
「作風」は日本ではどう扱われるのか。ここが、日本の読者にとって最も実務的な論点です。
日本の著作権法は創作的表現を保護し、アイデアは保護しません。文化審議会著作権分科会法制度小委員会が2024年3月に取りまとめた「AIと著作権に関する考え方について」は、「作風」を原則としてアイデアの側に位置づけています。つまり、ある作家の作風に似せること自体は、直ちに著作権侵害にはならない。これが出発点です。
しかし、同文書はそこで止まっていません。特定のクリエイターの少量の作品群が、作風だけでなく創作的表現まで共通している場合があり得るとし、その共通表現を出力させる意図で追加学習を行えば享受目的が併存するため、法30条の4が適用されない場合があると整理しています。さらに生成・利用段階でも、類似性や依拠性を総合的に判断したうえで、AI生成物から既存著作物の創作的表現が直接感得できる場合には侵害となり得るとしています。
ここで一点、注意が必要です。この文書は法的拘束力を持たず、特定の生成AIについて確定的な法的評価を行うものではないと、資料自身が明記しています。裁判所を拘束する法令や判例ではありません。
そのうえで見ると、日本の整理でも「作風の模倣」と「表現の再現」の間に線が引かれています。No Latency が英語圏で観測した product boundary と、日本の資料が示す線は、着眼点が似ています。ただし、両者は同じものではありません。前者は企業のプロダクト判断であり、後者は法的拘束力を持たない、小委員会による現行法の解釈整理です。目的も効果も異なります。
この記事の核心は、結論部に置かれた一文にあると考えています。モデルはもはや執筆ツールではなく、ユーザーと文化的素材の間に立つルール執行のレイヤーであるという指摘です。
これは技術の話ではありません。ガバナンスの話です。これまで「何が許される創作的影響か」を決めてきたのは、法廷であり、業界団体であり、時間をかけた文化的合意でした。全米作家協会(Authors Guild)も、他の書き手の独自の文体や声を、その価値を害したり利益を得たりする目的で意図的に模倣しないよう求める指針を示しています。ただしこれは自主的な業界指針であり、政府規則でも裁判所命令でもありません。
いま最初の判定を下しているのは、生成のその瞬間に立つモデルです。個々の拒否について、判定理由の開示も、透明な審査手続きも、異議申し立ての仕組みも確認できません。AIと著作権をめぐる公開の議論や訴訟は各国で進んでいますが、それは「なぜこの一件が拒否されたのか」には答えてくれない。しかも観測された判断結果は企業ごとに異なり、今回は公開告知を確認できないまま変化が観測されました。
No Latency が企業向けに指摘した点は、日本の制作現場にもそのまま当てはまります。あるツールで通ったワークフローが、別のツールでは止まる。同じツールでも、来月には止まるかもしれない。実際、Reddit には、数か月にわたり執筆に使い上位プランに課金していた利用者が、作家名を指定した書き換えを拒否されるようになったと述べる投稿があります。個人の自己申告であり代表性は確認できませんが、影響の出方を示す一例ではあります。
出版、広告、エンタメ、教育、ブランド制作で生成AIを組み込んでいる組織にとって、これは無視できない設計上のリスクです。プラットフォームのガードレールを前提にした制作フローは、その前提が動けば全体が影響を受け、場合によっては崩れ得ます。
対処の中核は、模倣・帰属・独自性・許容される影響について自社の内部ルールを持つことです。プラットフォームの判断に外注しないこと。加えて、複数モデルを併用できる設計、契約上の保証の確認、プロンプトと出力のログ保存、定期的な回帰テスト、代替ワークフローの用意といった手当ても現実的な選択肢になります。
長い時間軸で見ると、人類の創作史は模倣と influence の連続でした。徒弟は師の筆致を写し、作家は先行者の文体を吸収して自分の声を見つけてきた。日本音楽著作権協会(JASRAC)が文化庁への意見で述べたように、個性の発露としての創作を奨励するために著作権制度は設計されてきた。その「個性の発露」に至る道筋には、常に模倣という段階が含まれていたはずです。
いま起きているのは、その道筋の一部が、機械によって数秒で踏破できるようになったことへの反応だと考えています。個々の書き手の文体が、これほどの再現度と低コストで模倣されうる状況は、少なくともこれまで一般的ではありませんでした。定量的に測られた事実ではなく、編集部の見立てです。各社が引く product boundary の背後にも、この認識がある可能性があります。
だとすれば、問われているのは「AIに何を禁じるか」ではないのかもしれません。人間にとって、模倣を経て自分の声を獲得するというプロセスに、どんな価値があったのか。それを言語化できるかどうかが、次の10年の分かれ目になると考えています。
No Latency 自身が示した線引きは、その意味で示唆的です。文体を研究することと、文体を模擬することは同じではない。学ぶために分解するのか、置き換えるために複製するのか。この区別は、AIに教える前に、私たち自身が持っておくべきものです。
最後に二点。この監査は7種のプロンプトによる35件の初回応答という小規模なもので、著者自身が大規模ベンチマークではないと明記しています。モデルのバージョン、地域、アカウント階層、設定によって結果は変わる。そして実際、公開後約2週間で、複数媒体がNo Latencyの記録とは異なるChatGPTの挙動を観測しました。
もう一点。調査ノートPDFは応答の全文を再掲していないため、R、C、Qといった分類が妥当かを第三者が独立に再判定することはできません。各社の正式な社内規則を監査したものでもありません。
ここから読み取れるのは「どのAIが厳しいか」というランキングではなく、少なくとも主要5製品の観測挙動には、安定した共通基準が見えないという事実です。それが、いま最も確実に言えることだと思います。
【関連記事】
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作風で物語を生成させたところ原作と見分けがつかない出力が得られたとして、2026年3月にミュンヘン地裁へ提訴された事案。境界を引く前に何が起きていたかを追える。
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本記事が扱う2026年7月の最終承認に至る前段。和解合意時点の経緯と、海賊版サイトからの取得が争点となった背景を報じている。
【編集部後記】
拒否の理由をChatGPT自身が語る、という構図が気になっています。「クリスティの作品は著作権保護下にあるため」という説明は、法的な判断ではなく、モデルが生成した文章です。それでも利用者にとっては、それが唯一手に入る根拠になります。
判定の基準を尋ねる相手が、判定を下す当事者しかいない。しかもその答えは、確率的に組み立てられた言葉です。ディケンズが断られた理由を、私たちはどこで確かめられるのでしょうか。
【用語解説】
ガードレール
AIサービスの提供者が、モデルの挙動に対して設ける制約や安全策の総称。入力フィルター、システム指示、学習後の調整、監視なども含む広い概念だが、今回の記事が扱っているのは、生成の瞬間に働く出力側の制御である。
創作的表現とアイデアの二分論
著作権法が「具体的な表現」を保護し、「アイデア」は保護しないとする原則。日本の文化庁資料も、作風は原則としてアイデアの側に属するとの整理を示している。この二分論こそが、作風の模倣をめぐる議論の出発点である。
著作権法第30条の4
2018年(平成30年)の日本の著作権法改正で整備された柔軟な権利制限規定。著作物に表現された思想や感情の「享受」を目的としない場合に、必要と認められる限度で、かつ著作権者の利益を不当に害しない限り、権利者の許諾なく著作物を利用できると定める。AI学習の適法性を支える主要な根拠条文だ。
【参考リンク】
OpenAI(外部)
ChatGPTを開発・提供する米国のAI企業。今回の作家文体模倣に関する仕様変更について、公式な発表や理由の説明は確認できない。
OpenAI Model Spec(外部)
OpenAIがモデルの振る舞いの原則を公開した文書。有用性、安全性、アラインメントのトレードオフをどう形式化するかが示されている。
Anthropic(外部)
Claudeを開発する米国のAI企業。書籍の無断利用をめぐる集団訴訟で、15億ドルの和解が2026年7月20日に最終承認された。
Google Gemini(外部)
Googleが提供する生成AIサービス。今回の監査では、存命作家の模倣依頼に注意書きなしで応じた唯一のシステムとして記録された。
Microsoft Copilot(外部)
Microsoftの生成AIアシスタント。作家名の手がかりを広義の文体特性へ読み替えたうえで応じる挙動が、今回の監査で観測された。
Microsoft on the Issues「Copilot Copyright Commitment」(外部)
対象の有料商用顧客を著作権請求から防御すると表明した公式ブログ。組み込みフィルターの利用など適用条件がある。
Perplexity(外部)
検索連動型の生成AIサービス。存命・故人を問わず厳密な文体の依頼を拒否した点で、他の4システムとは異なる挙動を示している。
Authors Guild「AI Best Practices for Authors」(外部)
全米作家協会による自主的な業界指針。他の書き手の固有の文体や声を、その価値を害する目的で意図的に模倣しないよう勧告している。
文化庁「AIと著作権について」(外部)
文化庁がAIと著作権に関する見解と関連文書をまとめた公式ページ。2024年3月15日取りまとめの本文や解説資料へリンクする。
文化審議会著作権分科会法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」【概要】(外部)
2024年4月公表の概要版。法的拘束力を持たず、特定の生成AIについて確定的な法的評価を行うものではないと明記している。
JASRAC「『AIと著作権に関する考え方について(素案)』に関して文化庁へ意見を提出しました」(外部)
日本音楽著作権協会による意見表明。生成AIとの関係では作風そのものの保護も検討すべきとの立場を示している。
著作権法(e-Gov法令検索)(外部)
第30条の4や保護期間を定める第51条を含む条文全文。本記事の法制度に関する記述の根拠条文を直接確認できる。
【参考記事】
ChatGPT starts blocking direct requests to copy an author’s style(外部)
2026年7月27日の原報道。ローリング、タンに加えディケンズ、ヘミングウェイにも回避応答が生じたと記録している。
ChatGPT can no longer help rip off your favorite author(外部)
キング風は拒むがマーロウやシェイクスピア風には応じたと報告。境界が一貫しないことを示す材料となる。
Bartz v. Anthropic 和解最終承認命令(2026年7月20日)(外部)
裁判所文書そのもの。判事名、承認日、作品リスト総数48万2460件、請求状況を一次情報として確認できる。
Court Grants Final Approval of $1.5 Billion Anthropic Copyright Settlement(外部)
15億ドル和解の最終承認を伝える。代表原告3名への報奨金が各5万ドルから1万5000ドルへ減額された点にも触れる。
Bartz v. Anthropic Settlement: What Authors Need to Know(外部)
1作品あたり約3000ドルという水準の算出根拠と、権利者が受け取るまでの手続きを作家向けに解説している。
AAP Welcomes Court’s Final Settlement Approval in Bartz v. Anthropic(外部)
米国出版社協会の声明。請求率92.77パーセント、史上最大の集団訴訟和解という評価と、原ファイル破棄義務を記す。
Bartz v. Anthropic PBC ドケット(CourtListener)(外部)
2024年8月19日の提訴から終局判決までの手続経過と、法人を含む正式な当事者名義を確認できる。












