OpenAI社長「Appleの機密は必要ない」|AIハードウェア開発を巡る訴訟に反論

AIハードウェアの構想が独創的であっても、開発過程まで独立していたとは限りません。Appleの訴訟とOpenAIの反論から、人材移動で得られる経験と営業秘密の境界、独自開発を証明するために必要な記録や管理体制、製品計画への影響を整理します。


OpenAI社長のグレッグ・ブロックマン氏は、ジョアンナ・スターン氏とのインタビューで、Appleが起こした営業秘密訴訟について、他社の機密情報には関心がなく、自社の開発と長期計画に集中していると述べた。Appleは、OpenAIが採用面接を通じてApple社員から機密情報を得ようとしたと主張している。

ブロックマン氏は、OpenAI初のハードウェアが近く登場するとし、複数端末や独自チップの開発にも言及した。さらに、ChatGPTとCodexを統合した現行アプリの混乱を認め、2026年末までにWorkタブを廃止する方針を示した。

From: 文献リンクOpenAI President on Apple Lawsuit: We Don’t Need Your Secrets

【編集部解説】

今回の訴訟で焦点となるのは、OpenAIに独自のAI端末を構想する能力があるかどうかではありません。Appleが問題視しているのは、OpenAIがハードウェア事業を立ち上げる過程で、Appleの非公開情報を不正に取得または利用したかどうかです。

米国の連邦法では、営業秘密として保護されるためには、情報の所有者が秘密を保つための合理的な措置を講じており、一般に知られていないことによって経済的価値を持つ必要があります。また、不正な手段による取得や、守秘義務に反して得られた情報の使用・開示は「不正流用」に含まれる一方、独自開発やリバースエンジニアリングなど、合法的な手段による取得は除外されています。

したがって、OpenAIがApple出身者を雇用していること自体や、Apple製品に近い市場へ参入すること自体が、直ちに違法となるわけではありません。争点となるのは、元社員が持つ一般的な経験や技術力と、Appleが秘密として管理してきた具体的な設計情報、製造工程、部品情報、取引先との関係を、どこで区別するかです。

Appleの訴状は、元Apple社員のチャン・リウ氏とタン・タン氏、OpenAI、io Productsなどを被告として、営業秘密の不正流用と契約違反を主張しています。Appleによれば、OpenAIの採用面接では、Apple社員に対して非公開の技術資料を確認しておくよう求めたり、CADデータ、設計物、試作品、バッテリーや基板などの実物を持参するよう指示したりする行為があったとされています。

さらにAppleは、リウ氏が退職後もAppleのシステムへアクセスし、非公開製品の技術仕様や設計情報を含むファイルを取得したと主張しています。タン氏についても、Appleの社内コードネームやサプライヤー情報を採用面接やOpenAIのハードウェア開発に利用したと訴えています。

ただし、これらは現時点ではApple側の訴状に記載された主張です。裁判所が事実として認定した内容ではなく、OpenAIや個人被告からの詳細な反論、証拠開示、証人尋問などは今後の手続きで示されることになります。訴訟は2026年7月10日に提起され、公開記録で確認できる範囲では、まだ初期手続きの段階です。

グレッグ・ブロックマン氏は、OpenAIには他社の営業秘密へ関心を持つ理由はなく、自社独自の視点と長期的な製品計画に基づいて開発していると述べました。一方で、係争中であることを理由に、Appleが挙げた個別の事例については回答していません。

OpenAIはこれに先立ち、Appleの訴えに根拠があることを示す証拠は認識していないとしたうえで、人材が働く場所を選ぶ自由を支持するとの立場も示しています。ただし、この声明もAppleが訴状で挙げた個別の情報取得行為を具体的に否定するものではありません。

OpenAIが独自に設計を進めてきたことを示す開発記録、設計変更の履歴、採用面接の方針、Apple出身者が持ち込んだ情報を排除する管理体制、サプライヤーとの交渉記録などが、今後の判断材料になると考えられます。これは訴訟資料と法制度から読み取れる今後の焦点です。

OpenAIの端末が画面を持たないAI機器であるか、Apple製品とは異なる使用体験を提供するかという製品コンセプトだけでは、開発の独立性を証明したことにはなりません。仮に端末の外観や用途がApple製品と異なっていても、製造方法、部品構成、素材加工、量産工程、取引先情報などに不正取得した情報が使われていれば、別の問題が生じます。反対に、OpenAIが合法的に得た人材の経験と独自の研究開発だけで製品を構築していたと示せれば、Appleの主張がそのまま認められるとは限りません。

Appleは裁判所に対し、被告による営業秘密の保有、使用、開示を禁止する仮差止めと恒久的差止め、関連情報の返還、証拠の保全、損害賠償などを求めています。

現時点で差止めが認められたわけではありません。差止め対象や、営業秘密と認定される情報の範囲によっては、OpenAIが開発工程の見直しや部品・取引先の再選定を迫られる可能性があります。ブロックマン氏が「近く登場する」と述べた端末の発売時期にも、間接的な影響が及ぶ可能性は否定できません。

日本でも、不正競争防止法上の営業秘密として保護されるには、「有用性」「秘密管理性」「非公知性」の3要件を満たす必要があります。不正な取得、使用、開示があった場合には、差止めや損害賠償などの民事上の措置に加え、一定の場合には刑事上の措置も設けられています。

競合企業から技術者を採用する日本企業にとっても、候補者の能力を確認する質問と、前職の秘密情報を引き出す質問の境界は重要です。非公開製品の仕様、社内資料、具体的な製造条件、取引先との契約内容などを面接資料として求めれば、採用候補者だけでなく採用企業側にも法的リスクが及ぶ可能性があります。

今回の訴訟は、OpenAIが独自のAI端末を作れるかという技術力の評価だけでは終わりません。人材の移動によって得られる知識と、企業が保護する営業秘密をどのように分離し、独自開発を証明できる体制を作るかが問われています。現段階ではAppleの主張もOpenAIの反論も確定した事実ではなく、製品の独立性は今後の証拠によって判断されることになります。

【関連記事】

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【編集部後記】

今回の訴訟は、OpenAIのAIハードウェア開発に少なからず影響を与える可能性があります。ただし、企業間の争いによって開発が停滞し、製品の発売や選択肢の拡大が遅れる事態は、消費者にとって望ましいものではありません。営業秘密を守ることと、技術革新を進めることの両立が求められます。
法的な争点が適切に整理され、必要以上に製品開発へ影響が広がらないことを願います。
最終的には、利用者が安全で魅力的なAIハードウェアを選べる環境につながってほしいところです。


【用語解説】

営業秘密(トレードシークレット)
一般に公開されておらず、秘密として管理されることで経済的価値を持つ情報。米国法では、所有者が秘密保持のための合理的な措置を講じていることなどが保護要件となる。日本の不正競争防止法では「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の3要件が示されている。

営業秘密の不正流用(misappropriation)
不正な手段で営業秘密を取得する行為や、不正取得された情報であると知りながら使用・開示する行為。単に競合企業の元社員を採用しただけで直ちに成立するものではなく、情報の取得方法や企業側の認識、使用実態が争点となる。

独自開発(independent derivation)
他社の秘密情報に依存せず、自社の知識、研究、設計記録などに基づいて技術や製品を開発すること。米国の営業秘密法では、独自開発は原則として不正な取得手段には含まれない。

差止め(injunction)
裁判所が、特定の情報の使用や開示などを禁止する救済措置。Appleは訴状で、営業秘密と主張する情報の保有、使用、開示を禁止する差止めなどを求めているが、訴えの内容は裁判所が認定した事実ではない。

io Products
ジョニー・アイブ氏らが設立したハードウェア開発組織。OpenAIは2025年、同社のチームがOpenAIへ統合され、AI時代に向けた新たな製品開発を進めると発表した。ジョニー・アイブ氏とLoveFromは独立性を維持しながら、OpenAI全体のデザインとクリエイティブを担当している。

【参考リンク】

OpenAI公式サイト(外部)
ChatGPTをはじめとするAIモデル、サービス、研究、企業情報を掲載するOpenAIの公式サイト。

Apple公式サイト(外部)
Appleの製品、サービス、企業情報を掲載する公式サイト。

経済産業省「営業秘密~営業秘密を守り活用する~」(外部)
日本の不正競争防止法における営業秘密の要件、管理指針、情報漏えい対策、民事・刑事上の措置を確認できる公式ページ。

【参考動画】

【参考記事】

Apple Inc. v. Liu et al. 訴状全文(外部)
AppleがOpenAI、io Products、元Apple社員らを相手取って提出した訴状。営業秘密の不正流用と契約違反について、Apple側の主張と請求内容が記載されている。記載内容は原告側の主張であり、裁判所が事実認定したものではない。

Apple Inc. v. Liu et al.|Justia Dockets & Filings(外部)
2026年7月10日にカリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所へ提起された訴訟の事件情報と手続き状況を確認できるページ。

A letter from Sam & Jony|OpenAI(外部)
io Productsのチーム統合と、サム・アルトマン氏、ジョニー・アイブ氏らによるAI製品開発の構想を示したOpenAIの公式発表。

OpenAI Responds to Apple’s Trade Secrets Lawsuit|MacRumors(外部)
Appleの提訴に対するOpenAIの初期声明を紹介した記事。OpenAIは訴えを裏付ける証拠を認識していないとし、人材が勤務先を選ぶ自由を支持する立場を示している。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。