Last Updated on 2025-06-20 18:40 by admin
AIの安全性と透明性をめぐる議論が加速する中、米議会では現在「AI内部告発者保護法案(AI Whistleblower Protection Act)」が審議中だ。5月の提出以降、法案には複数の議員や専門家団体から支持が相次いで寄せられており、今後のAI政策のあり方に大きな影響を与える可能性が高まっている。
OpenAIの元従業員らが、同社が利益追求のためにAI安全性を犠牲にしていると告発する公開書簡を発表した。9名の現職・元OpenAI従業員が署名し、AI業界における内部告発者保護の不備を指摘した。
元研究者のDaniel Kokotajloは「OpenAIはAGI構築に熱狂的で、無謀にも最初にそこに到達しようと競争している」と述べた。従業員らは、OpenAIが退職者に対して終身にわたる批判禁止条項を含む秘密保持契約への署名を求め、拒否すれば既得権益を放棄させる手法を用いていたと告発した。
Sam Altman CEOは2024年5月23日に「このことを深く後悔している」と謝罪し、問題のある条項を将来の契約から削除すると約束した。
2024年7月1日、内部告発者らがSECに正式な苦情申し立てを行い、OpenAIが連邦内部告発者保護法に違反していると主張した。
2025年5月15日、Chuck Grassley上院議員がAI内部告発者保護法案を提出し、OpenAI従業員の保護強化を図っている。
From:
OpenAI whistleblowers ask SEC to investigate the company’s non-disclosure agreements
【編集部解説】
今回の告発は2024年6月から始まった一連の動きの延長線上にあり、AI業界における透明性と説明責任の根本的な問題を浮き彫りにしています。
事実関係を整理すると、この問題は単発の告発ではなく、継続的な構造的課題として発展してきました。
最も深刻な問題は、OpenAIが従業員に対して課していた包括的な口封じ契約です。これらの契約には4つの主要な違反が含まれていました。
SEC違反の報告を免除しない非誹謗中傷条項、連邦当局への機密情報開示に事前同意を要求する条項、証券違反を含む契約自体の機密保持要求、そして議会が意図した内部告発者報奨金の放棄要求です。
これは技術的には、従業員が公的利益のために声を上げることを法的に阻害する仕組みを意味します。特に注目すべきは、これらの条項が公知の事実に基づく批判さえも終身にわたって禁止していた点です。
9名の現職・元OpenAI従業員による公開書簡では、AI企業が「効果的な監視を避ける強い財政的インセンティブ」を持っており、「企業統治の特注構造では不十分」だと指摘されています。
現在の内部・政府監視体制では、AI企業は「政府との情報共有義務が弱く、市民社会との共有義務は皆無」という状況です。
現行の内部告発者保護法は主に違法行為に焦点を当てているため、まだ規制されていない多くのAIリスクには適用されません。しかし、カリフォルニアを含む約45州では公共政策例外があり、「破滅的な影響を与える可能性」への懸念は保護対象となる可能性があります。
2025年5月15日に提出されたAI内部告発者保護法案は、この法的空白を埋める重要な一歩です。この法案は既存のAI法と内部告発者保護法を統合し、従業員のコミュニケーションを保護することを目的としています。
AI企業は一般的に、従業員に広範な秘密保持契約の署名を求めており、これが潜在的な内部告発者に対する強力な抑止力となっています。この「萎縮効果」は、AI業界全体で深刻な安全性懸念を提起する文化を阻害しています。
この問題の本質は、世界を変える可能性のある技術開発における透明性と説明責任の確保にあります。内部告発者の弁護士Stephen M. Kohnが述べているように、これはAI開発を停止や破壊することではなく、技術の安全性を確保することです。透明性、開放性、誠実な議論の文化が必要です。暗闇の中で安全なAGIを構築することはできません。
【用語解説】
AGI(汎用人工知能)
人間の認知能力と同等またはそれを上回る人工知能。特定のタスクに限定されず、あらゆる認知的作業において人間レベルの性能を発揮する。現在のAIは特定分野に特化しているが、AGIは人間のように幅広い分野で学習・応用が可能な技術である。
AI内部告発者保護法案
2025年5月15日にChuck Grassley上院議員が提出した法案。既存のAI法と内部告発者保護法を統合し、AI従業員が安全性懸念を報告する際の法的保護を強化することを目的としている。
非誹謗中傷条項
従業員が雇用主を公的に批判することを禁止する契約条項。OpenAIの場合、SEC違反の報告さえも免除しない包括的な条項が含まれており、連邦内部告発者保護法に違反していると指摘されている。
SEC Rule 21F-17(a)
証券取引委員会規則で、内部告発者の権利を保護し、雇用主が内部告発を阻害する契約条項を禁止している。OpenAIの秘密保持契約がこの規則に違反していると告発されている。
【参考リンク】
OpenAI(外部)
ChatGPTやGPT-4を開発するAI研究・展開企業。AGI実現を目指し人類全体に恩恵をもたらすAI技術の開発を使命としている
National Whistleblower Center(外部)
内部告発者の権利保護を専門とする非営利組織。AI内部告発者保護法案の成立を推進している
Kohn, Kohn & Colapinto LLP(外部)
ワシントンD.C.を拠点とする内部告発者専門法律事務所。OpenAIに対するSEC告発を担当している
【参考記事】
OpenAI Insiders Warn of a ‘Reckless’ Race for Dominance(外部)
2024年6月4日のニューヨーク・タイムズ記事。OpenAIの現職・元従業員9名が同社の「無謀で秘密主義的」な企業文化に警鐘
Prompting Congress to Pass the AI Whistleblower Protection Act(外部)
2025年5月15日に提出されたAI内部告発者保護法案の詳細と背景について解説した記事
【編集部後記】
今回のOpenAI問題は、私たちが日常的に使用するAI技術の開発現場で何が起きているかを知る貴重な機会です。ChatGPTやその他のAIサービスを利用する際、その背後にある企業の透明性や従業員の声にどれほど注意を払っていますか?
AI技術がますます社会に浸透する中で、開発企業の説明責任や内部告発者の保護をどう評価すべきでしょうか。また、技術革新のスピードと安全性確保のバランスについて、ユーザーとしてどのような期待を持つべきか、ぜひ皆さんのお考えをお聞かせください。