OpenAIは8月3日、Appleの訴訟に反論する文書を公開し、iMessageとメールを添えました。同じ日、Appleは仮処分を申し立てています。ただし申立書は、申立ての核心にある無断ダウンロードはiCloudではなく、Appleが利用する第三者クラウドに関するものだと説明していました。
OpenAIは2026年8月3日、Appleによる営業秘密訴訟に反論する文書を公開し、2026年1月22日から3月5日までのiMessageとメール5通を添えた。同じ日、Appleは仮処分と証拠開示の前倒しを申し立てている。Appleは申立書で、元従業員のチャン・リウ氏が2026年2月、認証上の不具合を発見し、それを利用してAppleが利用する第三者クラウドストレージへ許可なくアクセスしたと主張する。
申立書は脚注で、個人のiCloudに情報が意図せず残っていた事例は、本申立ての核心とは別の問題だと説明している。仮処分の審尋は10月1日に開かれる。
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Apple is getting this wrong
【編集部解説】
8月3日に出た、二つの文書
8月3日、Appleはカリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所サンノゼ支部に仮処分を申し立てました。事件番号は5:26-cv-07078、担当はエドワード・J・ダビラ判事、審尋は10月1日午前9時(太平洋時間)と定められています。
同じ日、OpenAIは自社サイトに反論を掲げました。メール5通と、2026年1月22日から3月5日までのiMessageのログ。7月10日の提訴以降、OpenAIが証拠を添えて答えたのは初めてです。OpenAIの文書はAppleの最新の提出書面に言及しており、申立書を読んだうえで公開されたものと読めます。
一見すると、正面からぶつかったように見えます。ただ、二つの文書を並べて読むと、そうではないことがわかります。
中心となる事実の捉え方が、一致していない
OpenAIが公開したログの中身は、iCloudとAirDropです。Apple社員の側が64GBのドライブでは容量が足りないと相談する場面。転送が止まって翌朝やり直したという報告。リウ氏が「iCloudは接続したままでもよいが、iMessageはサインアウトしたほうがいい」と伝える場面。そして退職から数週間経っても続く、元同僚からの技術照会。
一方、Appleの申立書が核心に据えているのは、別の経路です。Appleは、リウ氏が2026年2月、それまで知られていなかった認証上の不具合を発見し、その不具合を利用して、Appleが利用する第三者クラウドストレージへ許可なくアクセスしたと主張しています。Appleによると、アクセスは2月から4月にかけて複数回行われました。申立書は、ディスプレイの電力開発プログラムに関する「DisplayNotes.key」など一部のファイル名を挙げています。未発表製品の設計要件や技術情報に関する文書も示されていますが、そのファイル名の一部は墨消しされています。
そしてAppleは、申立書の脚注で線を引いています。訴状で言及され本申立ての核心にある無断ダウンロードは、iCloudの活動によるものではなく、第三者クラウドストレージに関するものである——そう書かれています。
本文でも同様です。Appleは、リウ氏が「当初は協力的に見え」、元チームのメンバーとともに、個人のiCloudに残っていた一部のApple情報をAppleへ返したと申立書に記しています。その上で、こうしたやり取りでは、2月から4月に繰り返されたとAppleが主張する第三者クラウドからの無断ダウンロードは説明できない、としています。
OpenAIが残存アクセスへの反論に用いたiCloud上の情報返却について、Appleは同じ日に提出した申立書で、核心とは別の問題だと位置づけていたことになります。両社の文書は、少なくとも中心となる事実関係の捉え方が一致していません。
それでも、退職時の運用の話は消えない
もっとも、訴訟の核心でないことと、実務上どうでもいいことは、別です。
Appleは申立書の脚注で、OpenAIで働くほかの元Apple社員についても、個人のiCloudなどにApple情報が意図せず残っていた事例があり、Apple側から連絡して簡易な是正措置で解決したと説明しています。具体的な人数は明らかにしていません。
日本の職場でも、そのまま起こりうる光景です。退職者のアカウントを棚卸ししないまま数週間が過ぎる。個人のクラウドと業務ファイルが混ざったままになる。困った元同僚が、退職者に直接連絡して聞く。悪意がなくても、この順番で起きます。
法的にも無関係ではありません。米国のDTSAでも日本の不正競争防止法でも、情報が営業秘密として保護されるには、保有者がそれを秘密として管理していたことが要件になります。日本ではこれを秘密管理性と呼び、営業秘密をめぐる訴訟で重要な争点となりやすい要件の一つとされています。
退職後もアクセス権が残っていた事実は、その情報について合理的な秘密管理措置が取られていたかを判断する一事情になり得ます。ただし、一人の元社員に権限が残っていたことだけで、Apple全社の管理体制やすべての情報の営業秘密性が否定されるわけではありません。情報の性質、アクセス制御、秘密表示、契約、退職時の措置などを踏まえ、情報ごとに判断されます。
そしてApple自身、この論点を先回りして塞ぎにかかっています。申立書は一節を割いて、第三者クラウドの権限を業務上の必要性に応じて制限していたこと、利用規約で業務目的に限る旨を明示していたこと、問題の脆弱性を把握したのちただちに調査して修正したことを列挙しました。合理的措置の要件は満たしている、という主張です。
まだ、何も認定されていない
ここまでのすべては、双方の主張です。
Apple側では、認証上の不具合の利用も、面接で試作品やCADデータの持参を求めたという主張も、裁判所が事実と認めたものではありません。リウ氏・タン氏・ペン氏のほかに11人の元Apple社員が関与または目撃した可能性がある、という主張の根拠も、大部分が墨消しされています。
OpenAI側にも空白があります。第三者クラウドからの無断ダウンロードという中心的な主張について、公開された反論文書は正面から答えていません。答えているのは、iCloud経由のやり取りと、2月のメール誤送信についてです。タン氏が未発表製品のコードネームを面接で使ったという主張への回答も、他社の機密情報を使ってはならないとチームに伝えてきた、という趣旨にとどまります。
なお、Appleは申立書のなかで、従業員の移動を制限する意図はないと明記しています。一般的な知識・技能・経験は、原則として転職先でも活用できる。一方、特定可能な秘密の設計情報を持ち出して使うことは別の問題です。ただし、その境界がどこにあるのかは、しばしば訴訟で争われます。
10月1日
Appleが求める仮処分には、営業秘密へのアクセス・取得・使用・開示の禁止、不正取得などを第三者に勧誘・奨励することの禁止、証拠の破棄・削除・隠蔽の禁止、フォレンジック調査、情報の返還が含まれます。特定製品の出荷停止は請求項目に明記されていません。
ただし、禁止対象となる情報が開発中の設計に組み込まれていたと裁判所が判断した場合には、設計変更や開発・出荷の遅延につながる可能性があります。Appleは申立書で、仮処分がないまま一日過ぎるごとに、OpenAIが、Appleから盗まれたとされる情報について得た知識をハードウェア開発に組み込むことが可能になると主張しています。
審尋は10月1日。それまでに双方が提出する書面で、この食い違いがどこまで埋まるのかが見えます。
Appleの申立書はCourtListenerで誰でも読めます。メモランダム本文3ページ、PDFでは10ページ目の脚注に、本申立ての核心はiCloudの活動ではなく第三者クラウドへのアクセスだと書かれています。ここを読むと、OpenAIが公開したiMessageがどの領域の話なのかが見えてきます。手元で確かめられるのは、退職者のアカウントをいつ、誰が棚卸ししたかという記録です。その記録がないとき、意図せぬ保持は誰の責任になるのでしょうか。
【関連記事】
AppleがOpenAIを提訴、元社員2名が営業秘密窃取か─面接で「実物の部品」持参を指示
Appleが2026年7月10日にOpenAIらを提訴した際の記事。訴状で名指しされた2人と、Apple側の主張の骨子を整理している。
OpenAI社長「Appleの機密は必要ない」|AIハードウェア開発を巡る訴訟に反論
OpenAI社長がインタビューで訴訟に触れた際の記事。個別の事例には答えていない段階での反応を伝えている。
【編集部後記】
申立書の脚注に、ひとつだけ他社の名前が出てきます。x.AI対OpenAI。同じ北カリフォルニア地区連邦地裁が今年、OpenAI側の棄却申立てを認めた事件です。あの事件ではOpenAI自体の関与を示す主張が足りないと判断された。本件は法人被告とその役員が関与し、主導している。Appleはそう論じています。
負けた側の論理を読み込んで、自分の書面の予防線に使う。Appleが警戒しているのは、OpenAIが同じ勝ち方をすることなのかもしれません。
10月1日、その予防線が効いているかどうかが見えます。
【用語解説】
営業秘密
日本の不正競争防止法では、秘密として管理され、事業活動に有用で、公然と知られていない技術上または営業上の情報を指す。米国のDTSAでは、独立した経済的価値があり、保有者が合理的な秘密保持措置を講じていることなどが求められる。両者は条文上の表現が異なる。
仮処分(preliminary injunction)
本案の判決を待たずに、裁判所が暫定的に一定の行為を禁じる命令。米国の制度であり、日本の民事保全法上の仮処分とは要件も効果も異なる。
証拠開示の前倒し(expedited discovery)
通常の日程より前に、裁判所の許可を得て限定的な証拠開示を行うこと。文書提出や証言録取が対象となる。
第三者クラウドストレージ
当事者自身ではなく、外部のクラウド事業者が提供する保存領域。本件でAppleは、業務上の必要性に応じて権限を制限し、利用規約で業務目的に限る旨を明示していたと主張している。
秘密管理性
日本法上、その情報が秘密として管理されていること。営業秘密として保護されるための要件の一つで、訴訟で重要な争点となりやすい。
DTSA(Defend Trade Secrets Act)
2016年に成立した米連邦の営業秘密保護法。営業秘密の不正取得・使用・開示に対する民事救済を定める。
フォレンジック調査
端末やアカウントのデータを保全し、専門的な手法で取得・解析する調査。訴訟では証拠保全の手段として用いられる。
墨消し
公開文書で機密情報などを塗りつぶし、非表示にする処理。本件の申立書も、公開版では技術情報の多くが墨消しされている。
【参考リンク】
OpenAI(外部)
ChatGPTを開発する米AI企業の公式サイト。今回の反論文書とメール・iMessageのログもここに掲載されている。
Apple Newsroom(外部)
Appleの公式発表を掲載する報道向けページ。製品発表のほか、法務関連の声明が掲載されることもある。日本語版あり。
United States District Court, Northern District of California(外部)
本訴訟が係属する米カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所の公式サイト。事件記録の検索方法や提出書類の案内が掲載されている。
Apple Inc.’s Motion for Preliminary Injunction(Document 38)(外部)
Appleが8月3日に提出した仮処分申立書の全文PDF。本文3ページ(PDF通し10ページ目)の脚注に、申立ての核心が記されている。
【参考記事】
Apple moves for preliminary injunction in OpenAI trade secrets lawsuit(外部)
Appleが仮処分を申し立てた経緯と、申立を回避する条件として提示した5項目の内訳を伝えた記事。申立書のPDFも掲載している。
Apple says more ex-employees may have taken confidential data to OpenAI(外部)
リウ氏とタン氏、ペン氏に加え、さらに11人の元Apple社員について懸念があるという、Apple側の新たな主張を報じた記事。
Apple seeks preliminary injunction against OpenAI in trade secrets case(外部)
5項目のうちOpenAIが3項目に応じる意向を示し、フォレンジック調査を含む2項目で合意に至らなかった経緯を整理した記事。
Apple Seeks Preliminary Injunction Against OpenAI, Requests Expedited Discovery(外部)
審尋の期日や証言録取の対象者に加え、別の元社員が面接の直前に機密文書を取得したとするApple側の主張まで伝えた記事。
OpenAI Responds to Apple’s Lawsuit and Motion for Preliminary Injunction: ‘Apple Is Getting This Wrong’(外部)
OpenAIの反論に懐疑的な立場から、メール誤送信という論点の位置づけを問い直したコラム。Apple提出資料にも言及する。
OpenAI、Appleの提訴に全面反論――「営業秘密は持っていないし、欲しくもない」(外部)
日本語での既報。仮処分の審尋期日を10月1日と伝え、2月のメールのやり取りから7月の提訴までを時系列で整理している。

















