メルカリ検索AI、「実装未定」の裏にあった直接搭載の設計図

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メルカリがGENIACに採択されたとき、公式リリースには「実装されるかどうかは現時点では未定」と書かれていました。ところが、NEDOが公開している提案概要には、検索エンジンへの直接搭載まで記されています。8月21日、実用化の時期も明らかになりました。3つの資料を並べて読みます。


メルカリは検索や推薦に用いる生成AIモデルの開発に乗り出した。8月21日には、2027年6月期の実用化を目指す方針が明らかになった。同社は2026年6月4日、経産省・NEDO主導のGENIACに「Generative Retrieval技術を用いた二次流通市場向け高精度検索・推薦基盤モデルの開発」が採択されたと発表している。

NEDOが公開する提案概要によれば、Qwen3.5をベースに、出品データ約40億件、駿河屋のカタログ約3,000万件、LLM合成の口コミ約300万件を統合学習させ、「メルカリ」の検索・推薦エンジンに直接搭載する計画だ。研究はR4Dが担当し、期間は2026年7月〜12月末。8月5日の決算説明では独自AIモデルの開発推進を掲げた。

From: 文献リンクメルカリ、経済産業省およびNEDOによる生成AI基盤モデル開発支援プロジェクト「GENIAC」に採択

【編集部解説】

「未定」と書かれた研究に、実装の設計図はあった

メルカリは2026年6月4日、経済産業省とNEDOが主導するGENIACに、研究開発組織R4Dの「Generative Retrieval技術を用いた二次流通市場向け高精度検索・推薦基盤モデルの開発」が採択されたと発表しました。研究期間は2026年7月から12月末。いまはまだ、その折り返し地点にも届いていない時期です。

そのリリースには、こう書かれていました。「本研究の成果がプロダクトへ実装されるかどうかは現時点では未定です」。研究として立ち上げたものに製品化の約束はしない、という慎重な書き方です。

ところが、NEDOが公開している採択者の提案概要には、同じ案件についてこう記されています。社会実装の方法として、「メルカリ」の検索・推薦エンジンに本モデルを直接搭載し、ユーザーへ提供する。さらにグローバルアプリへの実装まで、道筋が引かれています。

そして8月5日、2026年6月期の決算説明でメルカリは独自AIモデルの開発推進を掲げます。さらに8月21日、2027年6月期の実用化を目指す方針が明らかになりました。

つまり、この2か月半で変わったのは実装の意思が生まれたかどうかではありません。事業計画書のなかにあった構想を、会社としてどこまで外に約束するか。その距離が段階的に詰まっていった、という話です。広報文が慎重であることと、社内に絵がないことは、まったく別のことでした。

「探しに行く検索」から「思い出す検索」へ

検索の土台には、いまも単語の逆引き辞典があります。全商品の説明文を単語に分解して索引をつくり、入力された語と一致する商品を拾い上げ、BM25や売れ筋スコアで並べ替える。転置インデックスとBM25は、現在も現役の基盤技術です。

もっとも、実際のECサービスがキーワード検索だけで動いているわけではありません。ベクトル検索や埋め込み、行動データを使ったランキングなどが実務では併用されています。メルカリでも、画像埋め込みを使った類似商品推薦を本番導入し、ログデータをモデルの評価に活用しています。

それでもなお、フリマアプリの検索は難しい。R4Dの解説によれば、メルカリの出品物の約8割は既存のカタログと紐付けができません。この比率の集計時点は公表されていませんが、型番や公式の商品情報を持たない商品が大半を占める市場であることは変わりません。説明文は簡素で、書き手ごとに語彙も違います。

R4Dが挙げている例が、この難しさをよく表しています。「結婚式に着ていける上品なセットアップ」と検索したとき、ぴったりの商品が出品されていたとしても、その説明文が「落ち着いた雰囲気のフォーマルな服です」だったら、語はひとつも一致しません。商品は存在するのに、出会えない。

Generative Retrievalの新しさは、「意味で検索できる」こと自体ではありません。まず商品ごとに、階層構造を保った意味のID(Semantic ID)を割り当てます。カテゴリ、色、サイズ、向いている用途といった情報が、数値のIDに畳み込まれる。そのうえで、モデル自体にインデックスの機能を持たせる学習を行います。検索のときは、入力されたクエリからふさわしいIDを生成し、それに一致するか近いIDを持つ商品を返す。検索を、照合ではなく生成の問題として解く。ここが分かれ目です。

生成検索でも、モデルが不適切な候補を生成する問題への対処が必要です。提案概要ではこれを「幻覚」と表現し、その抑制のためにリランキング手法を組み合わせ、Amazon ESCIなどの国際ベンチマークと社内の実証環境で精度を検証するとしています。生成系の検索モデルで起こり得る誤生成を想定した設計です。

探しに行くのではなく、思い出す。AWSのブログに寄せたコメントで、R4D所長の小堀訓成氏はこれを「AI自身が商品を丸暗記して探す次世代検索モデル」と表現しています。

AIのコストは、どこに置かれるのか

8月21日に実用化の方針が明らかになったとき、その理由として挙げられていたのは二つでした。AIの利用コストと、特定のモデルに依存するリスクです。

では、自前モデルを持つと何が変わるのでしょうか。消えるのはコストではなく、コストの構成です。外部のAPIに支払う分を減らせても、学習と推論に必要なGPU、クラウド、運用の人手は新たに要ります。今回の学習にもAWSのAmazon EC2 P5インスタンスを使う計画です。支出を消す判断ではなく、支出の置き場所を選び直す判断だと見るほうが実態に近いはずです。

それでも、この置き換えには意味があります。外部モデルの価格は、自社の外側で決まる変数です。提供する側の競争環境が変われば、利用する側の条件も変わる。オープンウェイトのモデルを土台にして、手元で動かせる状態をつくることは、その変数を自社の管理下へ少しでも寄せる作業にあたります。

公的な支援を使いながら進めていることも、この投資の性格をよく表しています。計算資源の提供を受けて研究を走らせ、その成果を自社サービスの中核に据える。国内で基盤モデルの開発力を育てるという制度の目的と、一社の経営判断が、ここで重なっています。

40億件と、50億品

学習データとして設計されているのは、出品ログ約40億件です。注釈によれば、この40億件は2024年9月10日時点の累計出品数を指しています。

一方、7月に公開された13周年のインフォグラフィックスによれば、累計出品数は2026年1月に50億品を突破しました。どちらもサービス開始以来の日本国内累計出品数で、母集団の定義は同じものです。ただし、40億件という記載だけから、2024年9月以降のデータを学習の対象外にしていると読むことはできません。実際のカットオフ時点は公表されていません。

それでも、この二つの数字が並ぶことには意味があります。メルカリが相手にしているのは、止まっているデータではない。商品集合が絶えず入れ替わる環境で、モデルとSemantic IDをどう増分更新していくかは、Generative Retrievalを実運用に乗せる際の主要な技術課題として知られています。継続学習をはじめとする研究は進んでいますが、メルカリがどの更新方式を採るかは公表されていません。

研究期間の半年と、その先の実用化は、この設計と地続きです。経済産業省は8月20日、9月9日にGENIAC採択事業者による事業計画発表会・中間報告会・成果報告会を開くと告知しました。研究の折り返しに差しかかるこの時期に何がどこまで語られるかは、実用化の輪郭を知る手がかりになります。

依存は消えるのではなく、制御できる範囲が広がる

土台となるモデルも、すでに明かされています。提案概要には、Qwen3.5をベースに二次流通特化型のモデルを開発すると書かれています。Qwen3.5はアリババが公開しているオープンウェイトのモデルで、重みを手元に置いて扱うことができます。

ここで期待できるのは、依存の消滅ではなく、自社で制御できる範囲の広がりです。この検索・推薦モデルについては、特定の商用APIだけに条件を握られない構成を取りやすくなる。一方で、ベースモデルの技術系譜や、学習と推論に必要なGPUといった外部技術への依存までなくなるわけではありません。依存先が入れ替わるというより、選択肢が増える試みだと見るのが正確でしょう。

興味深いのは、その先です。提案概要では、開発したモデルをHugging Faceなどで公開し、技術知見もテックブログや勉強会で共有する計画が示されています。オープンウェイトを土台に得た成果を、再び外部へ還元する設計になっています。

汎用ではなく、特化型という選び方

GENIACの採択事業を並べてみると、今回のメルカリの位置がはっきりします。楽天は約7,000億パラメータの日本語LLM「Rakuten AI 3.0」を公開しました。汎用モデルの土俵で戦う道です。対してメルカリが選んだのは、二次流通という一領域に絞った検索・推薦の基盤モデルでした。GENIAC公式サイトがこの支援区分を「領域特化モデル開発事業」と掲げ、旧名称を「生成AI基盤モデル開発事業」としていることにも、政策の向きが表れています。

令和8年版の情報通信白書も、SLM(小規模言語モデル)や領域特化型AIの可能性を取り上げています。ここで気をつけたいのは、小規模であることと領域特化であることは別の軸だという点です。そのうえで、用途とデータに強く特化する方向は、日本企業が競争力を築く選択肢の一つとして注目されています。そのドメインでしか得にくいデータは、汎用モデルにはない優位の源泉になり得る。40億件以上の出品データをはじめとするメルカリ独自のデータと、駿河屋の3,000万件のカタログは、その候補となる資産です。

「見つからなかったもの」が流通しはじめる

R4Dは、埋もれていたロングテール商品の流通が進めば年間約69万トン以上の温室効果ガス排出回避につながるとしています。杉の木およそ7,900万本が1年間に吸収する量にあたる規模です。この69万トンは、同社が2025年6月期に、算定対象カテゴリーの日米取引について公表した年間の削減貢献量とほぼ同じ数字で、検索改善による上乗せ分がこれとどう結びつくのかは、公開資料からは追えません。それでも、検索精度という地味な指標を資源循環につないで語ろうとする姿勢は、この会社らしいと感じます。

トイレットペーパーの芯も、きれいに作られた泥団子も、メルカリでは売られている。R4Dの解説記事にあったこの一節が、いちばん腑に落ちました。型番も公式の商品情報も持たないものが、この市場には非常に多い。そうした商品は、従来のキーワード検索では見つけにくい存在でした。

うまく商品名にできなかった欲しいものを、曖昧な言葉のまま探せる。それは検索窓の話であると同時に、まだ誰の手にも渡っていない価値が次の人に届くかどうかの話でもあります。

【関連記事】

LINEヤフー「エキスパートAI」、AIが夕飯の一皿を決める
国内大手が同じ時期に投入したAI検索・推薦の事例。用途を絞って設計するという考え方の対比として読める一本になっている記事。

GENIAC-PRIZE 2026、テーマ2メンバー締切8月31日 自由課題の企業募集も8月下旬まで
同じGENIACの枠組みのなかで走る懸賞金型プログラム。制度全体がいまどこまで来ているのかをつかむのに役立つ記事である。

Rakuten AI 3.0 正式公開—日本最大LLMの実力と「DeepSeek発」論争の核心
GENIAC採択企業が汎用の大規模モデルで戦う道を選んだ事例。今回の領域特化型との違いが、並べて読むとはっきり見えてくる。

【解説】令和8年版情報通信白書のSLM|「指さし確認」が日本の勝ち筋になり得る理由
小規模モデルと領域特化をめぐる政策文書の読み解き。今回のメルカリの選択がどこに位置づくのかが、立体的に見えてくる一本である。

【編集部後記】

提案概要に並ぶ目標のなかに、「再検索率の削減」という一項がありました。検索がうまくいったかどうかを、クリックの多さではなく、やり直しの少なさで測る。売上に直結する指標を並べたくなる場面で、あえてこの一行を置いたところに、つくり手の姿勢が出ている気がします。探し物が一度で見つかることを目標に掲げた企業を、私はあまり知りません。

あなたが最後にメルカリで検索をやり直したのは、どんな言葉を入れたときでしたか。


【用語解説】

Generative Retrieval(生成検索)
キーワードとの一致を探しに行くのではなく、商品を指すIDをAIが生成して検索結果を返す方式。検索を「照合」ではなく「生成」の問題として扱う点が、従来の検索エンジンと異なる。

Semantic ID
商品の意味を畳み込んだ識別子。カテゴリ、色、サイズ、用途といった情報を、階層構造を保ったまま数値のIDに変換したもの。単なる連番ではなく、ID自体が商品の中身を表す。

転置インデックス
検索エンジンの基盤技術。全文書を単語に分解し、「この単語はどの文書に出てくるか」という逆引きの辞典をあらかじめ作っておく仕組みで、現在も広く使われている。

BM25
検索結果の並べ替えに使われる代表的なアルゴリズム。文書中にキーワードがどれだけ密に出現するかなどをもとに、スコアを算出する。

オープンウェイト
モデルの重み(学習済みパラメータ)が公開されており、利用者が自分の環境にダウンロードして動かせる形態。API経由でしか使えないクローズドなモデルと対置される。

Qwen3.5
アリババが公開している大規模言語モデルのシリーズ。オープンウェイトで提供され、今回の二次流通特化型モデルのベースに据えられる。

リランキング
検索や生成で得られた候補を、別の基準で並べ替え直す工程。今回は「幻覚」の抑制を目的として組み合わせられる。

Amazon ESCI
EC検索の関連性評価に用いられる公開ベンチマーク。クエリと商品の関係を、完全一致・代替・補完・無関係の4区分で扱う。

継続学習
学習済みのモデルに、新しいデータを段階的に学ばせていく手法。商品が絶えず入れ替わる環境でモデルを最新に保つための研究領域として知られる。

SLM(Small Language Model/小規模言語モデル)
パラメータ数を抑えた言語モデル。少ない計算資源で動かせる点が特徴で、モデルの規模を示す軸であり、用途を絞る「領域特化」とは別の概念である。

ロングテール商品
需要が少なく、個別には埋もれやすい商品群。点数としては膨大で、二次流通ではこの層をどう見つけやすくするかが課題になる。

削減貢献量
自社の製品やサービスが社会に提供されることで回避できた温室効果ガス排出量の推計値。自社が排出した量とは別の指標である。

Amazon EC2 P5インスタンス
AWSが提供するGPU搭載の仮想サーバー。大規模なAIモデルの学習に用いられる。

【参考リンク】

株式会社メルカリ(外部)
フリマアプリ「メルカリ」を運営する企業の公式サイト。今回の採択を伝えるプレスリリースのほか、決算資料などのIR情報も掲載している。

メルカリ 決算情報(外部)
四半期ごとの決算短信と決算説明資料を掲載するIRページ。独自AIモデルの開発推進が方針として示された決算説明資料も、ここから確認できる。

mercari R4D(外部)
今回の基盤モデル開発を担うメルカリの研究開発組織。AIや量子コンピューターなど、研究領域ごとに成果と解説記事を公開している。

GENIAC(経済産業省)(外部)
国内の生成AI開発力強化を目指す経済産業省の支援プロジェクト。第4期までの採択事業者と、支援区分ごとの一覧をここで確認できる。

NEDO 競争力ある生成AI基盤モデルの開発(実施体制の決定)(外部)
競争力ある生成AI基盤モデルの開発について、実施体制を公開するページ。採択者の提案概要資料へのリンクがここに置かれている。

Qwen3.5(Hugging Face)(外部)
今回の開発でベースとなるオープンウェイトモデルの公開ページ。重みの取得方法とライセンス条件を、ここで直接確認することができる。

メルカリ、駿河屋と資本業務提携契約を締結(外部)
学習データとなる3,000万件の商品カタログの提供元との資本業務提携を伝えるリリース。2025年12月17日付で公表された。

【参考記事】

NEDO 資料3 実施先提案概要(PDF)(外部)
第4期採択者の提案概要をまとめた公開資料。Qwen3.5をベースとすることと、検索・推薦エンジンへの直接搭載を明記する。

“欲しいものにすぐ出会える”最高の検索体験を目指して 〜「GENIAC」に採択されたメルカリR4Dの「AI検索・推薦モデル開発」とは〜(外部)
出品物の約8割がカタログ未紐付けであることや、Semantic IDが商品を探し当てる仕組みを、図を交えて解説した技術記事。

メルカリ、商品検索のAIモデルを自前開発 山田社長「利用コスト抑制」(外部)
2027年6月期の実用化を目指す方針と、その背景にあるAIの利用コストと依存リスクを報じた記事。全文の閲覧は有料となる。

経済産業省 GENIAC 基盤モデル開発支援事業 (第4期) における採択事業者への支援を開始(外部)
計算資源を提供する側から見た第4期の記事。Amazon EC2 P5インスタンスの利用と、R4D所長のコメントを掲載している。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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