Last Updated on 2025-04-15 14:28 by admin
Appleは2025年4月14日、ユーザーデータを直接学習に使用したり、iPhoneやMacからデータをコピーしたりすることなく、AIモデルを改善する新しい方法を発表した。この手法は、Bloombergが最初に報じたAppleのブログ投稿で明らかにされた。
新手法では、Device Analyticsプログラムへの参加を選択したユーザーのデバイス上で、合成データセットと実際のメールやメッセージのサンプルを比較する。デバイスは、どの合成入力が実際のサンプルに最も近いかを判断し、「サンプルデータに最も近い変種を示す信号のみ」をAppleに送信する。これにより、ユーザーデータがデバイスから外部に出ることなく、AIモデルの改善が可能になる。
Appleは現在、ライセンスされた素材や公開されているオンラインデータ、Applebotウェブクローラーによって収集されたデータでAIモデルを訓練しているが、Bloombergのマーク・ガーマン氏によれば、実際のユーザーデータを活用しないことが、役立つ応答が少なくなる原因となっている可能性がある。同社は2024年6月に発表したApple Intelligence機能の立ち上げに苦戦しており、一部機能の開始を延期している。
この新しいAIトレーニングシステムは、iOS・iPadOS 18.5およびmacOS 15.5のベータ版で導入される予定だ。Appleは2016年のiOS 10発売以来、差分プライバシー(differential privacy)と呼ばれる方法を使用してユーザーデータを保護しており、すでにAI搭載のGenmoji機能の改善にもこれを活用している。
from:Apple’s complicated plan to improve its AI while protecting privacy
【編集部解説】
Appleが発表した新しいAI改善手法は、プライバシーとAI性能の両立という業界全体の課題に対する同社独自のアプローチを示しています。この「差分プライバシー(differential privacy)」を活用した手法は、2016年から同社が取り組んできたプライバシー保護技術の延長線上にあります。Appleはこの技術を既にQuickType、絵文字提案、Safari関連の機能など多くの領域で活用してきました。
この技術の核心は、ユーザーデータを直接収集せずに、デバイス上で合成データと実データを比較するという点にあります。デバイスは「どの合成データが実データに近いか」という情報のみをAppleに送信するため、個人情報が外部に漏れる心配がありません。
Appleのアプローチが注目される背景には、AIの性能向上とプライバシー保護の間のジレンマがあります。多くのAI企業は大量のユーザーデータを収集して学習に使用していますが、Appleはライセンスされた素材や公開されているオンラインデータを使用し、ユーザーの個人データを直接AIトレーニングに使用しない方針を貫いています。これはプライバシー保護の観点では優れていますが、AIの性能面では制約となっていた可能性があります。
特筆すべきは、Appleが2024年6月のWWDCで発表した「Private Cloud Compute」と呼ばれる独自のクラウドインフラを構築し、オンデバイス処理だけでは対応できない複雑なAI処理をプライバシーを保護しながら実行できる環境を整えている点です。このインフラはiOSをベースとした独自OSで動作し、Secure Enclaveや暗号化キーなど高度なセキュリティ機能を備えています。
この取り組みは、Appleの「Apple Intelligence」構想の一部であり、同社がAI分野で独自の立ち位置を確立しようとしていることの表れでしょう。Googleの「Gemini Nano」やMicrosoftの「Copilot Plus」など、競合他社も同様にオンデバイスAIに取り組んでいますが、Appleほど徹底してプライバシーを強調している企業は少ないと言えます。
一方で、この手法にも課題があります。オンデバイス処理を重視すると、クラウドベースの大規模AIモデルと比べて性能面で制約が生じる可能性があります。Appleはこの課題に対し、複雑な処理はPrivate Cloud Computeで行う二段構えのアプローチを採用していますが、この方式がどれだけ効果的かは今後の検証が必要でしょう。
また、「フェデレーテッドラーニング」と呼ばれる、デバイス上のデータを使いながらも個人情報を保護する学習手法も、Appleの戦略の一部となっています。これらの技術を組み合わせることで、Appleは「プライバシーを犠牲にせずにAIを進化させる」という難題に挑んでいるのです。
テクノロジー業界全体にとって、Appleのこの取り組みは重要な先例となるでしょう。規制当局がAIのプライバシー問題に注目を強める中、Appleのアプローチは一つのモデルケースとなる可能性があります。ユーザーにとっては、高度なAI機能を利用しながらもプライバシーを守れるという選択肢が広がることを意味します。
今後は、この技術がどれだけ実用的なAI性能を実現できるかが焦点となるでしょう。プライバシー保護とAI性能の両立は容易ではありませんが、Appleのこの挑戦は業界全体のイノベーションを促す可能性を秘めています。
【用語解説】
差分プライバシー(Differential Privacy):
データベース内の個人情報を保護しながら統計的な解析を可能にする技術。個人データにわずかなノイズ(ランダムな変動)を加えることで、全体の傾向は把握できるが特定の個人を識別できないようにする手法である。
例えば、「あなたは税金を脱税したことがありますか?」という質問に対して、コイントスをして表が出たら本当のことを答え、裏が出たら「はい」と答えるルールを設ける。こうすると回答者は「はい」と答えても実際に脱税したかどうかは分からないため、正直に答えやすくなる。集計者は統計的手法で全体の傾向を把握できるが、個人の回答は保護される。
フェデレーテッドラーニング(連合学習):
個人情報や機密情報を共有することなく、各デバイスやローカル環境で解析・計算を実行し、その分析結果のみをクラウド上で収集・統合するAI学習手法。データそのものを共有せずにAIモデルを改善できる。
これは「レシピの改良を各家庭で行い、味の評価だけを共有する」ようなもの。各家庭は自分の冷蔵庫の中身(プライベートなデータ)を他人に見せることなく料理を作り、「塩を少し減らすと良くなった」といった改良点だけを共有する。中央のシェフ(サーバー)はその情報を集めて基本レシピを改良し、各家庭に新しいレシピを配布する。こうして誰も食材(生データ)を共有せずにレシピ(AIモデル)が改良されていく。
Private Cloud Compute(PCC):
Appleが2024年6月のWWDCで発表した、プライバシーを保護しながら複雑なAI処理を実行するためのクラウドインフラ。iOSをベースとした独自OSで動作し、Secure Enclaveなど高度なセキュリティ機能を備えている。
Device Analytics:
Appleのプログラムで、ユーザーが同意した場合に限り、デバイスの使用状況や性能に関する情報を収集するもの。今回の新手法では、このプログラムに参加したユーザーのデバイス上でのみデータ比較が行われる。
【参考リンク】
Apple Intelligence(外部)
2024年6月に発表されたAppleの次世代AIシステム。プライバシーを重視した設計で、デバイス上とPrivate Cloud Computeでの処理を組み合わせている。
Apple プライバシー(外部)
Appleのプライバシーに対する取り組みを紹介するページ。差分プライバシーなどの技術的アプローチも説明されている。
Private Cloud Compute: A new frontier for AI privacy in the cloud(外部)
Appleが開発したPrivate Cloud Computeの詳細を解説した公式ブログ記事。